第10話もっともらしい嘘

 ジェラルドは背中を椅子から離し、わずかに顔を前に出して、いずみをジッと見つめ続ける。

 しばらくして彼は脱力したように体勢を崩し、再び椅子に背中を預けた。


「こんな小娘が不老不死の方法を知っているとは、にわかに信じがたいな。本当にできるのか?」


 ここで無理だと言ってしまえば、二人とも即座に首を斬られてしまう。

 いずみは敢えてはっきりとした声で、「できます」と言い切った。


「私はまだ年若いですが、久遠の花として薬を作り、人を癒してきました。それに不老不死の秘術は、一族が子供の頃に口伝で学び、口外しないことを厳しく躾けられました。私よりも幼い一族の者でも、不老不死の方法を知っています」


 不老不死の秘術以外のことはすべて真実だ。

 完全な嘘を言っている訳ではない。それが少し気休めになり、いずみは真っ向からジェラルドの視線を受け止めることができた。


 ジェラルドはわずかに眉を上げ、己の顎を撫でる。


「言い切ってくれるとは頼もしい限りだ。では、その秘術を教えてもらおうか」


 これが自分たちが生き残るための分岐点になるはず。

 いずみは一度唾で喉を潤し、暴れ出しそうな動悸を押さえ込んだ。


「不老不死は、人の体の作りを根本的に変えてしまうものです。秘薬を一回飲めばなれるものではありません。何年もかけて幾多の薬草を使い、陛下のお体を少しずつ変えていく必要があります」


 水月と一緒に考えた、もっともらしい嘘。

 ここから逃げ出す方法を考えるために、少しでも期限を伸ばすこと――その場しのぎであっても、今はそれが最善だろうということが、二人の共通した考えだった。


 ジェラルドは眉間に皺を刻み、小さく唸った。


「確かに一理あるな……では、不老不死になるためには、どれだけの時間が必要になる?」


「個人で差はありますが、健康な体の持ち主なら三年から五年ほどかかります。ですが――」


 一旦言葉を止めて、いずみはジェラルドの顔や手や肌を見る。

 誰が見ても健全とは思えない状態だ。もっと近くで見れば詳しく分かるが、今はこの距離から簡易的に見ても、普通ではないと断言できる。


 眼差しを強め、いずみは再び口を開いた。


「――恐れながら、今の陛下では不老不死になる前にお体がもたなくなります。まずは秘術に耐えうる健全な体を作って頂かなければいけません」


 ピクリとキリルが耳を動かし、わずかにいずみを振り向く。

 相変わらず表情のない顔だが、こちらを見てくるその目からは、一段と鋭く冷ややかな視線を感じた。


 時間稼ぎではないかと疑っているのか、王に近づき毒を盛ることを恐れているのか。

 真意は分からないが、警戒されている気配が伝わってきた。


 キリルから送られてくる無言の重圧に負ける訳にはいかない。

 いずみは唇を噛み締め、心を奮い立たせる。


「私なら陛下のお体に合わせて、薬を煎じることができます。そのために、定期的に陛下のお体を私に診させては頂けないでしょうか?」


 しばらくジェラルドは視線を落とし、顎を撫で続けながら考え込む。

 間もなくして、彼はいずみに視線を戻し、億劫そうに鈍い動きで頷いた。


「それが不老不死に必要だと言うなら、余の体を診ることを許そう」


「ありがとうございます、陛下」


 いずみは一礼しながら、ここまで話を聞き入れてくれたことに安堵して表情を緩める。が、


「ならば、城に居る薬師どもは用済みだな。余の体をまともに癒すこともできない連中に、生きている価値などない」


 一切のためらいもなく言い切ったジェラルドに、いずみの顔は強ばる。

 彼が狂王だと言われる理由がよく分かった。


 考えるよりも先に、いずみの口から声が出た。


「お待ちください陛下! 一日でも早く不老不死を成し得るためには、彼らの協力が必要になります」


 思わず言ってしまったが、考えていなかった内容に頭の中が一瞬白くなる。

 顔に出てしまったいずみの動揺を見逃さず、ジェラルドが怪訝そうに目を細めた。


「あやつらにどんな利用価値があると言うのだ?」


 いずみは一度息をついて動揺を抑える。

 少しでも間が開けば不審に思われてしまう。行き当たりばったりでも、口を開くしかなかった。


「まず、私はこの国の土地勘がまったくありません。いくら知識と技術があっても、材料が調達できなければ――」


「その心配は無用だ」


 キリルが抑揚のない声で、こちらの言葉を遮った。


「材料の調達だけならば、それを専門に扱い、卸してくれる人間がいる。それに久遠の花が育てていた薬草の苗や種も持ち運んでいる。必要に応じて、お前が育てれば問題ない話だ」


 自分だけじゃなく、薬草の苗や種までも……。

 思わず愕然となり、いずみの息が詰まった。


 そこまでやっているなら、作り置きの薬も、保存されていた材料も持って来ているのだろう。

 何もかも奪われたのだと思った瞬間、全身が脱力し、その場へ崩れ落ちそうになる。


 けれど水月を、何も知らない城の薬師たちを死なせたくない。

 彼らを生かすためには、ここで意地でも食い下がらなければいけなかった。


 いずみは外套の下でギュッと拳を握り、キリルを見据えた。


「確かにそれなら材料を調達できます。でも、私が目立って動けば、正体に気づいて陛下の不老不死を邪魔する者も出てくるでしょう。彼らを利用したほうが、より自然と周りの目をごまかすことができると思います」


 利用するという言い方はしたくなかったが、狂王の考えに合わせなければ伝わらない。

 再びジェラルドに顔を向けると、いずみは大きく息を吸い込んだ。


「協力者は必要ですが、私の姿と名を変えて薬師の助手として振る舞えば、周りに正体を悟られる危険もなくなります。ですから、どうか彼らにご慈悲をお与え下さい」

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