第11話意外な擁護
虚ろだったジェラルドの目が、心なしか物珍しそうに見開かれる。
それも束の間、半開きの精気のない目に戻ると、鈍い動きで頷いた。
「使い道があると言うなら、あやつらを生かしてやろう。お前の手足として存分に使えばいい。気に入らなければ遠慮なく捨てろ」
人を物として扱うような発言に、いずみの胸奥が大きく騒ぐ。
そんな言い方はしないで欲しいと、声を出して言いたい。
しかし反発したところで、状況は悪化してしまうだけ。
いずみは奥歯を噛み締めて悔しさをこらえ、「……ありがとうございます」と恭しく一礼した。
ジェラルドは小さく息をついてから、今度は水月へ視線を移した。
「余が不老不死になるまで、そこの小童に逃げられては困るな。キリルよ、こやつが逃げぬよう足首を切り落として、地下牢の鎖にでも繋いでおけ」
容赦のない扱いにいずみは思わずぎょっとなり、水月を見やる。
動揺で顔から血の気は引いているが、彼はジェラルドへ挑むような眼差しを向けていた。
キリルが「はい」と口にした直後、水月が「お待ち下さい!」と話に割って入った。
「オレは……いえ、私は久遠の花の薬を扱っていた商人の息子です。彼女の足元には及びませんが、素人よりも薬草の知識はありますし、稀少な材料を入手するツテもあります」
緊張で乾いた唇を軽く湿らせてから、水月はさらに口を動かす。
「陛下、どうか私に彼女の手伝いをさせて下さい。正体がバレぬよう、私も名と姿を変えます。ここから離れられない彼女に代わって、特殊な材料を調達する役目を担わせて下さい」
祈るように水月が深々と頭を垂れる。
必死な彼とは対照的に、ジェラルドは口端を引き上げて冷笑を滲ませる。
「白々しい綺麗事だな。どうせ我が身可愛さに逃げ出そうと思っているのだろう?」
「絶対に逃げ出しません! 私は彼女に命を救われました……そんな恩人を置いて、自由になどなりたくありません」
いつになく真剣な、一切の揺らぎがない力強い声。
ジェラルドは怪訝そうに目を細めて水月を見据えた後、キリルに顔を向けた。
「キリルよ……お前はこやつの言うことを信じられるか?」
話を振られ、キリルはチラリと横目で水月を見る。
彼には珍しく、即答せずに少し考え込んでから口を開いた。
「信じる、という不確かな憶測は意味がありません。私にとっては、目の前で起こる結果がすべてです」
キリルは少し体の向きを変え、もう一度水月を横目で見た。
「ここへ来るまでの間、この者の言動を見てきましたが……徹底して彼女のことを考え、彼女のために動いていました。監視は必要ですが、様子を見る価値はあると思います」
水月を擁護する言葉に驚き、いずみはキリルを凝視する。
事あるごとに反抗的な態度を取る水月を、少なからず面白く思っていないはず。それなのに――。
ジェラルドから「ほう」と意外そうな声が聞こえてきた。
「お前がそんなことを言うとは珍しい。キリルが気に留めるほど、この小僧には使い道があるということか」
キリルは何も言わず頭を下げる。彼の無言がジェラルドの言葉を認めていた。
しばらく品定めするように水月を見つめてから、ジェラルドは小さく鼻で笑った。
「良いだろう小僧、お前の手伝いを許してやる。一度でも逃げるような素振りを見せれば、もう一生歩けなくなると思え」
力ない声なのに、砥ぎたての刃のような鋭い響きがする。
水月はごくりと大きく喉を鳴らしてから、「ありがとうございます」とひれ伏した。
どうにか水月も無事だといずみは安堵する。反面、彼を自由にすることができない己の無力さを痛感する。
なのに、心から気を許せる味方がいてくれるという喜びが混じる。
そんな自分の身勝手な考えが嫌で、心の中で何度も水月に謝っていた。
大きな長息を吐き出してから、ジェラルドは左の肘かけに寄りかかり、頬杖をついた。
「……余は少し疲れた。キリルよ、後のことはお前に任せるぞ」
「御意。必ず陛下が不老不死になられるよう、全力を尽くします」
ゆっくりと力強くキリルは頷くと、立ち上がり、いずみたちにその場を立つよう目配せする。
促されるままに一行が立ち上がると、キリルはジェラルドへ深く一礼して踵を返し、再び先頭へ行こうと歩き出す。
彼の動きを真似ていずみも頭を下げ、ジェラルドに背を向ける。
気が抜けて泣きそうになり、慌てて呼吸を止めてグッとこらえた。
これが終わりではない。
いつ嘘に気づくかと常に不安を覚えながら、一族の仇を癒していく日々が始まる。
どれだけ胸に悲しみを抱えていても、狂王のために一族の力を捧げなければいけない日々が――。
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