第93話心強い再会

 一瞬、頭の中が混乱する。しかしすぐに考えを切り替えた。


(まずはコイツらをどうにかしないと)


 こちらに気づいた男たちが、怒りの形相で向かってくる。


 距離が縮まれば毒を与えられるが、完全に麻痺するまで間がある。

 それまで自分の身を守らなければ……。


 みなもは手にしていた毒の刃を構え、鋭くなった目で彼らを見据えた。

 

 男たちが目前まで迫った時、彼らの表情が一様に歪む。


「な、何だ? 力が、入らない……」


「原因はアイツか? 妙な真似しやがって」


 見る見るうちに男たちの動きが鈍くなる。

 それでも倒れないよう壁に手をつきながら、こちらへ向かってきた。


 一定の距離を確保しながら、みなもは後退する。

 このまま毒の香気を浴びせ続ければ、間もなく彼らも床へ伏す。

 こちらの体が本調子ではない以上、できれば接触は避けたかった。


 前を見据えたまま、足を運んでいく。すると――。


 ――ぐらり。

 不意に目眩がして体がよろめく。

 堪え切れず足元が崩れ、みなもは壁に肩を打ち付けながら座り込んだ。


(ヤバい、逃げ切れない……仕方ないな、作戦変更だ)


 片膝を立て、足に力をためていく。


(連中がこの角から出てきた瞬間、懐に潜り込んで斬りつけてやる)


 毒で思うように体が動かないのは彼らも同じ。

 刃がかすらなくても、十分に隙を作れる。

 

 勝算はある。が、確実ではない。

 急に手の汗ばみが気になり、言い様のない不安に胸が騒いだ。


 角から、先頭の男の頭が見えた。

 みなもは力を振り絞り、床を蹴り出そうとした。


 その瞬間――。


 ドンッ、と鈍い音と共に、男が前へ飛ぶ。

 そのまま彼は体を突き当りの壁にぶつけ、床に横たわった。


(今度は何が起きたんだ?!)


 ぎょっとなって目を丸くしていると、角の向こうから立て続けに低く殴打する音が二回、そしてその場に崩れ落ちる音が聞こえてきた。


 刹那の静寂の後。

 ギッ、ギッ、と誰かがこちらへ歩いてくる音がした。


 敵か、それとも味方か。

 気は抜けないと、みなもは息を呑んだ。


 角から出てきたのは長身の男だった。

 外は日が沈みかけて辺りは薄暗く、彼の顔はよく分からない。


 しかし、見覚えのある体躯と雰囲気で、すぐに誰なのかは分かった。


「みなも、大丈夫か?!」


 こちらに気づいて、彼がすぐに駆けつける。

 間近になった顔に、思わずみなもの表情がゆるんだ。


「うん、俺は大丈夫。……来てくれてありがとう、レオニード」


 今日の昼までは一緒に居たのに、何だか久しぶりに会ったような気がする。

 奪われた物を取り返すまで気は抜けないが、レオニードと合流できた事が心強かった。


 レオニードはしゃがみ込むと、みなもの頬へ手を添える。

 彼の目は安堵したと言うよりも、悲しげに見えた。


「クリスタから話は聞いている。猛毒を口にするなんて……体は辛くないのか?」


「正直なところ、目眩が酷くて吐き気がするよ。でも命に別状はないから――」


 どうせ毒では死なない体。クリスタのためを思えば、これぐらい大した事はない。

 だから心配しなくても大丈夫。


 そう伝えたくてみなもが微笑みかけようとした時。

 頬に置いていた手を肩へ移し、レオニードがグッと抱き寄せた。


「……君に無茶をさせる前に、駆けつけられなくて済まなかった」


 自然と彼の胸へ、みなもの頬と耳が当たる。

 ここへ来るまで、ずっと休みなく走ってきたのだろう。体の熱と共に荒い息遣いが聞こえてくる。


 またレオニードを心配させてしまった。

 申し訳なくて胸奥がチクリと痛んだが、それ以上に会えた事が嬉しかった。


 しばらくこのままでいたい気持ちを堪え、みなもはレオニードを見上げた。


「レオニード、時間がないんだ。疲れているところ悪いけど、一緒に奪われた物を取り返して欲しい」


「ああ。ついさっきキリという男から、毒の中和剤と引き換えに所在を教えてもらった。賊を逃がす前に確保しよう」


 なるほど、だからキリには毒が効かなかったのか。

 頭に引っかかっていた事が分かって得心はいったが、胸にもやもやとしたものが残る。


(中和剤を得るためにレオニードと接触したのか。本当に抜け目のないヤツだ)


 毒を気にせず動けるとなれば、さぞ目的も果たしやすくなるだろう。

 いいように使われている気がして、正直面白くなかった。


 気を取り直して、みなもは立ち上がろうと足に力を入れる。思いのほか自分の体を重く感じる。


 しかし、それはほんの一瞬だけ。

 動きに気づいたレオニードが引っ張ってくれたお陰で、その場に立つ事ができた。


「キリはどこにあるって言ってたの?」


「三階へ上がってすぐの、首領の部屋に隠してあるらしい。……あの男の言う事を信じても良いのか迷うところだが――」


 レオニードが眉間にシワを寄せ、低く唸る。

 困惑する気持ちは良く分かる。ずっと自分も考えていた事だ。


 みなもは小さく肩をすくめると、レオニードの腕をポンッと叩いた。


「連中を逃がす訳にはいかないからね。本当にあっても無くても、そこへ行くのは避けられないよ」


 特に連中の首領――ゲイルは必ず捕らえたい。

 逃せば再び大きな悪事を働くだろうし、こちらの住処を探し出して襲撃してくるかもしれない。下手をすればボリスやクリスタ、ゾーヤも襲われかねない。


 やっと手に入れた平穏な日々を、壊されたくなかった。


 互いに視線を重ねて頷き合うと、みなもは小走りに階段へと向かう。その後をレオニードが背後を警戒しながらついてきた。


 一階から二階へ上がる途中、数人の慌ただしい足音が近づいてくる。

 みなもが刃を構えようとした時、レオニードがその腕を掴んだ。


「俺が相手をする。少し待っていてくれ」


 こちらの返事を待たずに、レオニードが隣をすり抜けて前に出る。

 その手には彼の愛剣が握られていた。が、何故か鞘に入ったままだった。


「レオニード、その剣――」


「ああ、怒り任せに連中を殺したくないんだ。人を生かす事を生業にする人間が、人を殺す訳にはいかない。それに、君に無用な血を見せたくない」


 言い終わらぬ内にレオニードは階段を駆け上がっていく。

 彼の背を目で追いながら、みなもは口端をわずかに上げた。


 こんな不穏な事態なのに、胸の内が春の木漏れ日を受けたように温かくなってしまう。

 兵士ではなく、薬師として生きていく事に迷いがない。

 ずっと一緒に生きてくれるのだと、今さらながらに実感した。


「男がいたぞ! ソイツを先へ進ませるな!」


 レオニードが階段を上がり切った直後、連中の濁った怒声が飛んでくる。

 そして間髪入れずに、一番階段の近くにいた男が切りかかってきた。


 刹那、レオニードのまとう空気が、重く、凍てついたものへと変わる。


「ぐぁ……っ!」


 無駄のない動きでレオニードが男の腹を突き、大きく後ろへ飛ばす。


 どうやら殺す気はないが、容赦する気は一切ないらしい。

 むしろ思い切りよく剣を振れる分だけ、遠慮なく力を入れられる。


 本当に頼もしいと思いつつ、みなもは様子を伺いながら階段を上がっていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る