第94話探し物はどこに……
階段を上り切る頃には、物々しい乱闘の音はなくなっていた。
倒れ込んだ男たちの間にレオニードだけが立ち、彼らを見下ろしていた。
人の気配はもうなくなったが、油断はできない。
辺りを警戒しながら、みなもはゆっくりとレオニードに近づいていく。
倒れている男とすれ違う度、「グッ……」と詰まった呻き声が聞こえてきた。
ただでさえレオニードにやられて痛みが体中に響いているところに、毒も加わってくるのだ。さぞ苦しい思いをしていることだろう。
まったく、自業自得だ。
そう心で呟いて男たちを見やってから、みなもはレオニードの後ろへついた。
「もう毒にやられているから、逃げる心配はないよ。先へ進もう」
レオニードは大きく頷き、上への階段を目指す。
と、数歩進んでから、おもむろに口を開いた。
「みなも、ここまで来る間に連中を何人倒しているか、覚えているか?」
「俺が把握している範囲だと七人かな? でも毒の残り香にやられた人もいるだろうから、もう少し人数は多いと思う」
「そうか……ここの連中の人数もキリから聞いている。俺たちが倒した分と合わせれば、あらかた倒し終えたのか」
レオニードが長息を吐き、張り詰めていた緊張をほぐす。
そして歩きながら振り向くと、みなもの頭をくしゃりと撫でた。
「あともう少しだけ耐えてくれ。早く終わらせて家へ帰ろう」
「……うん」
くすぐったい感触が、ほんの少しだけ体を軽くしてくれる。
みなもが小さく笑うと、レオニードも一瞬だけ表情を緩めた。
が、すぐに表情は消え、鋭くなった目からは、見たものを凍らせてしまいそうな冷気が漂っていた。
怒られている訳ではないのに、みなもの心がすくむ。
しかし、微塵も甘さを感じさせない空気が頼もしくもあった。
ようやく上の階に辿り着くと、目の前に硬く閉ざされた扉が出迎える。
レオニードは慎重に扉へ近づくと、なるべく音を立てないようにノブを回す。
押しても引いても、扉が開く気配はない。どうやら鍵がかっているようだった。
「ちょっと待ってて。こんな鍵ぐらい、すぐに外して開けられるから」
みなもは襟の裏から毒の針を取り出し、扉に近づこうとする。
スッ、とレオニードの手が前に現れ、動きを制止させられた。
「いや……鍵穴をこじ開けるよりも、壊した方が早い」
レオニードは小さく扉を小突き、音を確かめる。
さほど厚さのない扉なのだろう、コンコンと響いてくる音が軽い。
一歩、二歩と後ろへ下がり、大きく深呼吸する。
次の瞬間。
腰を低く落として、レオニードは扉へ体当たりした。
ドォンッという音の中に、ミシミシと軋む音が混じる。
そして間を空けずに、再び体当たりする。
一回目よりも更に大きな音が辺りに響いた。
留め金が弾け飛び、扉が部屋に向かって倒れていく。
中に人の姿はなかったが、机の上で煌々と光るランプが、ここに誰かいた事を教えてくれた。
レオニードが先に足を踏み入れ、素早く中を見渡す。
敵が近くにいない事を確かめてから、彼は目配せして、来ても大丈夫だと教えてくれた。
念のために周囲を伺いつつ、みなもも部屋へ入っていく。
床にはいくつか空の酒瓶が転がっており、壁際には大きな袋と鉄製や木製の箱が並んで置かれていた。
みなもは一番近くにあった袋を、そっと触れてみる。
チャリ、という音とともに伝わってくる、金属の硬さや重み――大量の硬貨が詰まっているようだった。
一瞬、もう売り飛ばされたのかと思ったが、すぐに思い直す。
(あれだけ大きな宝石なんだ、これぐらいで済まないハズ。娼館の売り上げか、他の盗品を売り飛ばしたお金だろうな)
他の袋も同じように、硬貨が詰まっているのだろう。
一生かけて贅沢な生活を送っても、使い切れないほどの金額。
それでもなお大金を求め続ける連中の欲深さに、嫌気がさしてくる。
早く奪われた物を見つけようと、みなもは頭を上げて部屋を見渡す。
その時、一番奥に置かれた箱の口から、白い布らしき物がはみ出しているのが見えた。
(もしかして、そこにあるのか?)
念のためにみなもは辺りを見渡す。
部屋の中に人が隠れている気配はない。
レオニードも警戒はしているものの、何かに気づいた様子ではない。慎重に近くの箱や袋の中を確かめている。
段々と体の感覚が鈍くなっている。さっさと終わらせて楽になりたい。
みなもは力を振り絞って箱へ近づくと、膝をついて開けようと試みる。
しかし蓋を上げようとしても、硬い口は微動だにしてくれなかった。
(鍵がかかっているのか……さすがにこれを叩き割ってもらう訳にはいかないな)
クスリと小さく笑うと、みなもは針先を鍵穴へと差し込み、小刻みに動かす。
カチャ、カチャ……カチリ。
かすかな音と同時に、鍵が外れた手応えを感じる。
ふと集中力が途切れて、ため息をつこうとした刹那――。
――パキィッ。
左の斜め上あたりから、何かを強く弾いた音がした。
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