第53話垣間見えた真実

 剣で応戦しても間に合わない。

 レオニードはみなもの手首を掴み、動きを止める。

 それでも刺そうとする気持ちは変わらず、あらん限りの力で押してきた。


 いきみながら、みなもが顔を上げる。

 挑むような眼差しを送りながら、彼女の口が動いた。


『――――』


 あまりに小さく、自分だけにしか聞こえない声。


 レオ二ードの目が大きく見開いた。


(……そうだったのか。みなも、君は――)


 詳しい事情は分からないが、みなもの狙いが伝わってくる。

 より困惑して動揺する胸の内に反して、レオニードの頭は冷静に自分のすべきことを探っていく。


 とにかく今は逃げるしかない。

 レオニードは剣の柄で、素早くみなもの腹部を突く。


「かはっ……!」


 彼女の息遣いが停止し、その場に膝をつけてうずくまる。


 この隙を逃さず、レオニードはみなもから離れ、襲い来る剣を弾き返しながら浪司の元へ向かった。

 四人を相手にして疲れを見せているが、振るう剣は鈍っていない。むしろ浪司のほうが押しているように見えた。


 こちらの動きに気づいた一人が斬りかかってくる。

 すぐに距離を縮められるが、動じずに剣を構えなおす。


 相手がみなもでなければ、遠慮なく戦える。

 レオニードは迫る刃に臆することなく、懐へ飛び込んだ。


 振り下ろされた剣撃を受け流し、無防備になった敵の胸を斬りつける。

 敵がよろけたところで、浪司と交戦する三人に向けて蹴り倒した。


 敵が「うわっ」と体勢を崩して重なり合う。

 うまく身を翻して巻き添えを避けた浪司は、レオニードに目配せした。


「今ここで粘っても、みなもを助けられん。悔しいだろうが逃げるぞ」


 後ろ髪を引かれる思いだったが、レオニードは無言で頷く。

 そして浪司に並ぶと、新たに襲い来る敵をなぎ払いながらその場を離れた。






「動けるヤツはさっさと侵入者を追え! アイツらを確実に始末しろ」


 辺りを見渡しながらナウムが声高に叫ぶと、倒れていた部下たちが起き上がり、今しがた二人が去ったほうへ向かおうとする。が、


「ナウム様、追う必要はありません」


 短剣を鞘に収めながら、みなもは薄く笑い、妖しい色香をふわりと漂わせた。


「二人ともすでに私の剣で毒を受けています。放っておけば死にますよ」


 ぞくり、とナウムの背筋に寒気が走る。

 遠目で見ていたが、確かにみなもは最初の段階で二人を斬りつけていた。

 いくら暗示にかかっているとはいえ、自分のために親しかった者たちを手にかける……その姿がたまらなく美しく、完全に彼女を組み敷いているという実感を掻き立てる。


「流石だな。やっぱりお前は最高の相方だな」


 みなもの背後へナウムが近づくと、彼女はゆっくりと振り向いて、こちらの胸へもたれかかってきた。

 優しく肩を抱いてみせると、みなもは嬉しそうに顔を綻ばせた。


 ふと脳裏に昔の記憶が浮かび上がる。

 せがまれるままに頭を撫でてあげた時に、よく見せていた顔だ。

 何も知らない、純真で幸せそうな子供の頃の――。


 不意にナウムの胸が痛み、肩を抱く手に力が入った。


「ナウム様、どうされましたか?」


 みなもが顔を上げて、間近にこちらを見つめてくる。

 答えようとしてナウムは言葉を止めた。


 昔を思い出してしまうと、どうしても罪悪感がこみ上げてくる。

 だが、強引に意思を奪い続ける限り、どんな謝罪をしても彼女には届かない。


 意味のないことを口にしても、虚しくなるだけだ。

 ナウムは「何でもねぇよ」と小首を振ると、まだ室内に残っている部下たちを見回した。


「念のためだ、今晩は屋敷の警護に徹してくれ。二人の遺体は夜が明けてから探しに行けばいい」


 疎らに「分かりました」と返事をして、部下たちが移動を始める。

 彼らの動きを確かめてから、ナウムはみなもに視線を戻す。


 と、彼女はわずかにうつむき、己の腹部を押さえていた。


「遠慮なく突かれたな。みなも、大丈夫か?」


「はい……ただ、まだ痛みが続いています」


 自分のものが傷つけられるのは面白くない。

 ナウムは小さく舌打ちすると、みなもの腹部を優しく撫でた。


「今日は自分の部屋でゆっくり休め。……その分、明日の晩はたっぷり可愛がってやるからな」


「ありがとうございます、ナウム様」


 みなもの顎を持ち上げ、薄く開いた唇にナウムは口付ける。その後に「行け」と目配せして促した。


 ゆっくりと彼女が後ろに下がって離れると、硬い動きで踵を返して背中を向ける。

 去っていく姿を目で追いながら、ナウムは優越感に浸って微笑を浮かべた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る