第13話不本意な再会

「……昼間はどうも」


 軽くピュウと口笛を吹き、男は顔から布をはずす。

 そこには見たくもなかった白い顔と濁った暗紅の瞳があった。


「覚えていてくれたか、嬉しいなあ」


「俺は嫌なことをされたら、ずっと根に持つ性分だからね。昼間の仕返しができるから会えて嬉しいよナウム」


 ナウムは昼間と変わらず顔をにやけさせ、細まった瞳にみなもを映す。


「名前まで知ってくれたなんて感激だなあ。あんな堅物よりオレに興味持ってくれた?」


「別に。二度と顔も見たくなかった」


 みなもが冷やかに睨んでも、ナウムは飄々とした態度を崩さない。むしろ嫌になるほど嬉々とした顔を浮かべてくる。


「つれないこと言うなよ。オレはひと目で気に入ったのに……あんな無愛想な堅物野郎とは別れてオレの所に来いよ。欲しい物があれば何でも買ってやるし、始末したいヤツがいればすぐに消してやる……後悔はさせないぞ?」


 何を考えているんだ、この男は。

 新たな悪寒に耐えられず、みなもは顔をしかめる。


「お前なんかの所に行ってたまるか。どうせ人を散々オモチャにするだけだろ? 他を当たって欲しいな」


「そんな扱いする訳ないだろ。毒に、暗器……色々と使えるみたいだしなあ。オモチャ扱いで終わらせるなんてもったいない」


 おどけたように肩をすくめた後、ナウムは目を細めて鋭くした。


「さっきオレの部下に投げた針も、その短剣も靴の刃も、全部毒が塗られているんだろ?……ククッ、まるで守り葉みたいだな」


 ちょっと待て。どうしてコイツが守り葉のことを知っているんだ?


 みなもは短剣を構え、相手の出方を冷静に伺おうとする。しかし胸の中は動揺ばかり広がってしまい、動悸が早まっていた。


 ナウムはその場を動かず、顔だけ前に出してみなもを凝視する。

 ふっ、と一瞬だけ真顔になり、彼は懐かしそうに目を細めた。


「雰囲気は全然違うんだが、どこかオレの惚れていた女に似ているんだよなあ……昔、オレと会ったことないか? 名前は?」


「誰がお前なんかに教えてやるか! それにお前となんか会った覚えはないし、俺は男だから女の代わりにはならないよ。残念だったね」


 こちらの話を聞き終わる前に、ナウムが鼻で笑った。


「女だろ? 匂いが違う。胸は誤魔化しているようだが、腕は細いし、なにより腰付きがいい。ぜひ服を脱がせて拝みたいもんだな」


 上から下まで、ナウムが全身を舐めるように眺めてくる。

 羞恥と怒りでみなもの頭が熱を持つ。


「黙れ!」


 みなもは腰を落とし、床を蹴ってナウムに向かおうとした。

 同時に向こうから人が駆けてくる音がした。


 彼は無言でナウムに斬りかかる。

 しかし間一髪、ナウムは身軽に後ろへ跳び、剣を避ける。


 みなもの前に大きな背中が現れ、ナウムと隔てる。肩で息をする彼は――レオニードだった。


「覚悟しろ、残るはお前だけだ!」


 切っ先を向けて牽制しながら、ナウムの視線からみなもを遮るようにレオニードは左腕を広げる。

 そんな様子をナウムは興醒めした顔で見つめ、舌打ちした。


「もう他の連中はやられたのか? 使えねぇな。もう少し逢瀬を楽しみたかったんだけどなあ……またな、美人さん」 

 

 意味ありげにみなもへ横目を流してから、ナウムは踵を返して立ち去った。


 しばらくレオニードは剣を構え、ナウムの消えた廊下を睨む。

 何も起きないことを確かめてから、こちらへ振り返る。ナウムを斬りつけた時は険しい形相だったが、今は心配そうにこちらを見つめていた。


「みなも、ケガはないか?!」


「あ、ああ。大丈夫だよ。……まさかアイツと会う羽目になるとは思わなかった」


 急な切り替わりにびっくりして、みなもはレオニードを見つめる。


(……ここまで誰かに心配されたのは、姉さんと離れて以来だな)


 昼間のことも今も、慣れない扱いに戸惑うが、少しだけ懐かしく思えて嬉しい。思わず安堵して力が抜けそうになる。


「そうか……」


 レオニードが目を細めて笑う。本当に心配している気配が分かって、妙にくすぐったい。

 みなもは短剣とつま先の刃をしまい、額ににじんだ冷や汗を拭う。


「顔色が悪くなっているな。怖い思いをさせてすまない」


 言われてみなもは自分の頬に触れると、手に肌の冷たさが伝わった。

 ナウムの顔を思い出し、みなもは眉根を寄せる。


「……別に、怖かった訳じゃない。アイツが変なことを言うから――」


「変なこと? 何を言われたんだ?」


「オレの所に来いってさ。あと昔惚れていた女性に似ているって……考えるだけでも嫌になるよ。そんなことを男相手に言うなんて趣味が悪い」


 一番の動揺は女だと見抜かれた事だが、これも嘘ではない。あの男の下に組み敷かれる自分を想像するだけでも吐き気がしてくる。


 心の中でみなもが忌々しく思っていると、レオニードが視線の温度を下げて、ナウムが去ったほうへと瞳を流した。


「あそこで何が何でも斬りつければよかった。次に会った時は、確実に仕留める」


 レオニードにつられ、みなもも同じ方向へ冷めた視線を送る。


「俺も次に会う時は、使える毒を全部使ってやる」


 軽く深呼吸して苛立ちを抑えると、みなもは再びレオニードを見上げた。


「奴らの目的はコーラルパンジーだろうね。盗られなかった?」


「ああ、大丈夫だ。盗られる前に追い返した」


「それは良かった。ここまで来て、また新しい物を調達するのは大変だからね。……じゃあ部屋へ戻ろうか」


 みなもは話を切り上げ、扉が開いたままの部屋の前に立つ。

 中は見るも無残な状態だ。部屋中ガラスの破片が飛び散り、床は足跡だらけ。ベッドも派手に傾いている。


 そんな部屋で、浪司がうつ伏せでベッドに倒れていた。


「浪司、大丈夫か!?」


 慌ててみなもが駆け寄ると――浪司の腹がぐぐぐぐうぅぅぅ、と大きく鳴った。


「アイツら、余計なことしやがって……ああ腹減ったー」


 ……うん、無事で何より。

 ようやく安堵して、みなもは「自業自得だよ」と浪司の背中を叩いた。

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