第14話得られた確信

    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 街の灯りも届かぬ裏路地へ、黒い外套に身を包んで闇夜に溶けた男たちが集まっていた。

 一人が声を潜めて口を開く。


「ナウム様。毒針に刺された者ですが、薬を飲んでもまだ動けずに苦しんでいます」


「チッ、厄介な毒を使われたもんだ。軟膏の解毒剤も使ってやれ。少しは回復も早くなるだろ」


 足手まといになるヤツらに薬なんてもったいねぇ。

 ナウムは心でぼやいてから、集まった部下たちを見回す。


「おい、この中で黒髪の美人さんの名前を聞いたヤツはいるか?」


「確か……みなもと呼ばれていました」


 そうか。やはり思い違いじゃなかったのか。

 暗闇に紛れているのをいいことに、ナウムは口元をいびつに緩める。


(守り葉みたいじゃなくて本物だったか)


 殺したはずのヴェリシアの兵士が生き長らえ、バルディグの毒に対抗できる薬師に接触したと報告を受けた時は驚いた。そこらの田舎薬師が治せるような毒ではなかったからだ。


 しかも新たな報告で分かったことは、その藥師は歳若い黒髪の青年。

 追手として差し向けた部下たちが全員記憶を失っていたと聞いた時、すぐにそれが守り葉と繋がった。


 舞い上がりそうになる気持ちを抑え込んで、確かめなくてはと思った。

 本当ならば急用でバルディグに戻らなくてはいけなかったが、もし真に守り葉であればイヴァン王が所望していた人材。これほどの朗報はない。遅れは出たが有益だった。


 そして……みなもは自分たちがずっと探し続けていた少女だ。


 あそこまで自分好みの女に育っていたのは嬉しい誤算だったと、ナウムは悦に入る。

 だが、みなもと一緒にいた髭を生やした男の顔を思い出し、冷静さを取り戻す。


「みなもと一緒にいた髭オヤジは、なんと呼ばれていたんだ?」


「浪司という流れ者で、彼らの護衛をしているようです」


 部下の報告を耳に入れた瞬間、ナウムは心の中で首を捻る。


(偽名か? 聞き覚えのない名前だ。李湟(りこう)の面影があるから、まさかと思ったが……気のせいだったか?)


 まだ自分が少年だった頃。

 住んでいた村で、李湟という男と二度だけ顔を合わせたことがある。あんな髭オヤジではなく、もっと顔つきは精悍で、鷹よりも険しく鋭い目をした男だったが。

 李湟を思い出し、ナウムは目を閉じる。


(……おそらく別人だろうな。もし李湟本人なら、昼間に会った時、問答無用でオレを殺しにかかってくるハズだ)


 今まで多くの人間の恨みを買ってきたが、李湟だけは特別だ。

 何せ自分は、この手であの男を洞窟の穴に突き落とし、二度と出られぬように蓋をした。


 その上で、彼の大切にしていた物を奪ったのだから。


 束の間、ナウムの背後がうすら寒くなる。

 しかし、すぐに小首を振って不安を追い出す。


(情けねぇな。未だに李湟の残像に踊らされるなんて。……今さら後戻りなんて、できないのになあ)


 考えても埒があかない。

 再びナウムは目を開くと、唇をぎゅっと引き締め、踵を返した。


「急ぎの用が一つ増えたな。早急にバルディグへ戻って、イヴァン様に報告しねぇとな」


 ナウムが進み出すと、部下たちは従順な犬のように後ろへついて歩く。

 弱い駒でも、従えるのは気分がいい。


 それが今までは唯一の楽しみだった。

 だが――ナウムは一人ほくそ笑む。


(必ず手に入れてやる……どんな手を使ってでも、な)


 急用さえなければ、このまま見張り続け、隙を見てみなもを奪いたいところだ。


 今は自分の状況が整うまでの辛抱だと己に言い聞かせ、ナウムは疼き始めた胸の内をなだめていった。


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