第12話襲撃
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夕食を終える頃には窓の外が暗くなり、民家や店から零れる灯りがほのかに夜を照らし始める。
浪司はまだ戻らなかったので先に二人で食事を済ませてから部屋へ戻ると、みなもは床に薬研を置いて手持ちの薬草を粉にし、これから必要になりそうな薬を調合した。レオニードは剣を鞘から出して、丹念に手入れをし始める。
各々にくつろいでいると、廊下からダン、ダン、とゆっくり重たい足音が近づいてきた。
部屋の前で足音が消えると、扉が申し訳なさそうに開く。現れたのはしょんぼりと肩を落とし、見るだけで憐れみたくなってしまうような湿っぽい顔をした浪司だった。
「お帰り、浪司。カジノは楽しかった?」
「聞いてくれよーみなも。最初はカードゲームで順調に儲けてたんだけどな、いきなり親が連続で勝ち始めてなあ……いい手が来たと思って勝負に出たら、あり得ない手で負かされて……ああ、大損しちまったぜ。あそこ絶っっっっ対イカサマしてるぞ」
商売なんだから初めにいい思いをさせて、後からお金をまき上げるのは基本中の基本だ。賭け事に熱くなって引き際を見誤ったほうが悪い。
そう心の中で思いながら、みなもは「大変だったね」と棒読みで返す。こちらの本心を読み取ってか、浪司は口を尖らせてみなもを睨んだ。
「心がこもってねーよ、心が。せっかくいい情報を仕入れてきてやったのに」
「いい情報?」
気になったので素直に尋ねると、浪司は得意げに声を弾ませた。
「カジノにな、最近儲けている宝石商がいたんだ。で、どうしてそんなに儲かってるのか聞いたら、バルディグから大量にインプ石を注文されて儲かっているんだと」
みなもは笑みを消して口元に手を当てると、頭の中でインプ石を合わせて毒を想像してみる。
この石自体は痛み止めの薬の材料として重宝されるが、実はどれだけ効きの遅い毒でも即効で効くようになるという変化をもたらす材料でもある。
一般には知られていない裏の使い道。これを毒に使えることを知っている人間は、かなり薬師の知識に精通している。
決定的ではないが自分の仲間がバルディグにいる可能性は高くなった。みなもは口から手を外し、浪司に微笑を送る。
「ありがとう。すごく参考になる」
「だろ? そんじゃあ情報料をくれ」
浪司がみなもにゴツい手を差し出し、「さあさあ」と金をせびってくる。カジノに負けてどうにか旅の資金を作りたいのだろう。気持ちは分かるが渡す気にはなれない。
みなもは浪司の手を叩き、小気味よい音だけ鳴らした。
「どうせ手元にお金があっても、またカジノで大損するだけじゃないか。ザガットを離れるまでお金は渡さないよ。船に乗ったら船券代は渡すから」
「ここで引いたら丸損確定じゃねーか。ヴェリシアへ出港するまでに、もう一勝負!」
熱く拳を握る浪司だったが、ぐうぅぅ、と情けない腹の音が鳴り、その場へ座りこんだ。
「夕食代もつぎこんだの? 呆れたな」
放っておいてもよかったが、寝ている最中も腹が鳴っていたら、こっちが寝付けない。
みなもは「やれやれ」と息をつきながら腰を上げた。
「情報料に夕食おごるよ。ちょっと食堂に行って聞いてくる」
「金くれよ、金。ワシの飢えは金じゃないと収まらねぇんだよう」
泣き真似する浪司を見やり、みなもは吹き出しながら扉を開けようとした。
かすかに廊下から妙な気配を感じる。
取っ手から手を離し、みなもは足音を殺して後ろに下がった。
「レオニード、浪司……部屋の前に誰かいる」
できる限り声を抑え、二人に注意を促す。
彼らも気づいたらしく、各々に壁へ立て掛けていた剣を手にし、扉を見据える。
無音が続いた後、足を忍ばせて立ち去る気配がした。
「逃げたみたいだね。盗み聞きなんて、嫌な感じだな」
浪司には悪いが、しばらく部屋を出ないほうがよさそうだ。
みなもは踵を返し、自分のベッドへ腰をかけようとした。
ガシャーンッ!
前触れもなく部屋の窓ガラスが割れた。
そして黒い外套をまとい、布で顔を隠した男たち五人が部屋へ雪崩れこんできた。
「追手か!」
相手を見るなり、レオニードが剣を抜いて彼らを迎え撃つ。
傷はまだ癒えていないが、村で襲われた時よりも動きは機敏だ。一人と剣を交え、相手を押し負かす。
「みなも、こっちに来い」
浪司はみなもの腕をつかんで引き寄せると、切っ先を追手に向けながら、部屋の入り口側の隅へ移動した。
みなもは袖に隠していた毒針を数本手にすると、追手たちの一人に狙いを定める。
レオニードに当たるかもしれないが、麻痺するだけで死にはしない。躊躇している時間が惜しい。
シュッ。手首をしならせて毒針を投げる。
狙い通り、相手の武器を持つ腕に当たり、悶絶し始めた。
すぐに別の相手に狙いを定めようとすると……一人がレオニードに押されて体勢を崩し、みなもの近くにやってきた。
「来るな、来るな、面倒臭い」
浪司がみなもの腕から手を離し、返り討ちにしようと前に出る。
ぐいっ、と。
横から何者かに腕をつかまれ、みなもは扉のほうへ引っ張られる。
堪えようと踏ん張ったが思いのほか力は強く、廊下まで引きずり出されてしまった。
前を見ると、他の追手と同じような格好の男がいた。
みなもは男の手から逃れようと身をよじるが、彼の指は腕に深く喰い込んだまま離れず、強引に部屋から遠ざかろうとする。
黒の外套からはみ出た手は、北方の人間特有の白い肌だった。
(その手で俺に触るな!)
焦る気持ちを抑え、みなもは相手に気づかれぬよう、腰に挿していた短剣を抜き、腕をつかむ白い手を刺そうとした。
突然男は振り返り、みなもの両手首を掴んで壁に押し付ける。
身じろいでもビクともしない。屈強な体躯には見えないが力は思いのほか強い。
まともに敵わないならば手段を変えるだけだ。ここで死ぬ訳にはいかない。
みなもは左足で右のつま先をいじり、靴の先端に仕込んでいた毒の刃を出す。
(殺られる前に手を打たせてもらう)
これは相手の命を奪いかねない毒だ。本当なら使いたくないがやむを得ない。
みなもは膝を上げ、つま先の刃で男の足を斬りつけた。
「おおっと、危ない」
咄嗟に男はみなもを離し、後ろへ飛び退く。聞き覚えのある声を漏らしながら……。
昼間の悪寒が甦り、みなもの顔が強張った。
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