第7話突然の告白
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
雨が数日続いた後。ようやく空は晴れ上がり、春の陽気が戻ってきた。森は久方ぶりの日差しに活気づき、鳥のさえずりも一際賑やかになる。
浪司は「買い出しに行ってくるぜ」と言って、朝から街に出かけてしまった。レオニードと二人きりになるのは不安だったが、せっかくの好天を楽しみたいという気持ちは分かったので、みなもは黙って浪司を見送った。
レオニードはあれから順調に回復し、ゆっくりだが歩けるようになった。久々の晴天だからと、みなもは彼を小屋の前にある切り株に座らせ、穏やかな日差しを浴びさせる。
「久しぶりの外だから気持ちいいだろ?」
背伸びをしながら、みなもはレオニードに声をかける。返ってきたのは――沈黙。
あれからレオニードは、みなもに何も聞こうとはしなかった。今まで通り最低限の会話と沈黙しかない。
どうすれば話をしてくれるだろうか。
みなもが探るように横目でレオニードを見ると、彼は眉間に皺を寄せて遠くを眺めていた。
(もう少し肩の力を抜いたほうが、傷の治りも早いのにな)
どうしたものかと、みなもは首を傾げて考える。ふと今日の夕飯のことが頭をよぎり、「あっ」と声を上げた。
「レオニード、ちょっと一緒に来てくれるかな? 今から湖に行って魚を釣りたいんだ」
気難しそうな顔を変えずに、レオニードは首を振った。
「すまないが、今はそんな気に……」
「少しでも体を動かしたほうが早く回復できるよ。ついでに食料も確保できるしさ」
みなもの言葉にレオニードの耳がぴくりと動いた。
「……分かった」
小さくて不本意そうな声だったが、心なしか彼の顔が緩んだように思えた。
小屋の裏手に広がる森へ入り、二人はなだらかな小道を歩いていく。まだ木々に生えたばかりの葉は小さく、鬱そうとしていない森は光に溢れ、辺りの冷めた空気を温める。
しばらくして森の新芽を鮮やかに映した湖が見えてきた。湖面は光を弾き、時折吹くそよ風と戯れ、揺らめいている。辺りを囲む森の木々も、優しく葉をそよがせる。
いつでも魚が釣れるように、村人たちが作った桟橋へ行くと、みなもは橋の縁に腰かけた。間を空けて、レオニードが隣へ座る。
「これを針に刺せば、楽に魚が釣れるよ」
みなもは懐から爪の大きさほどの樹皮を摘み出し、レオニードへ渡す。
受け取ると、彼は不思議そうに樹皮を見つめた。
「その木の皮を魚が口にすると、痺れてあっさり釣れる。小さい頃に父さんから教わったんだ」
一足先に釣り針へ樹皮を刺し、みなもは湖へ静かに糸を垂らす。
「手元にお金がない時、何度も助けられたよ。おかげで死なずに済んだ。ちょっとコツがあって、生きているように見せないと口に入れてくれないけどね」
冗談めかして笑いながら、みなもは呟いた。
遅れて釣り糸を垂らしたレオニードが、こちらを見据えて口を開く。
「苦労してきたんだな」
思いがけない言葉に、みなもは驚いて息を止める。
そのままレオニードへ顔を向けると、彼は目を細めて悲しそうな顔をしていた。
「誰だって苦労はあるだろ? 特別なことじゃないよ」
変に同情されると気分が落ち着かない。みなもは微笑を作って話を流すが、レオニードの顔は変わらない。
意を決したように、レオニードが目に力を入れた。
「みなも、ヴェリシアという国は知っているか?」
「ヴェリシア? 北方の国だっていうのは知っているけど、どんな国かは知らないな」
本当は詳しく知っているが、様子を見るためにみなもは馴染みのないふりをする。
ヴェリシアは北方の国の中でも西側に位置し、海に面した国。
今はバルディグと交戦中だが、元々は近隣の諸国との関係が良好で、交易の拠点として北方の玄関を担っている国。何度か足を運んだが仲間たちの噂すらなくて、ただ通過するだけの国という認識だ。
レオニードが「知っているだけで十分だ」と頷く。
「俺はヴェリシアの人間だ。兵士として、王宮に仕えている」
一体どういう風の吹き回しだろうか。今まで素性を頑なに語ろうとしなかったのに。
これは釣りどころじゃないと、みなもは糸を湖から引き上げ、竿を脇に置いた。
一息ついてからレオニードは再び口を開いた。
「今、ヴェリシアは隣国のバルディグから攻撃を受けている。厄介なのは、相手は俺たちの知らない毒を、剣や矢に塗って攻撃してくる。どうにか城の薬師が解毒薬の作り方を見つけたが……大陸の東部にしか生えない薬草が必要で、俺はそれを手配しに来たんだ」
「じゃあその傷は、バルディグの兵にやられたってことか」
みなもの話にレオニードは「そうだ」と短く答えた。
「キリアン山脈を越えて東へ向かう最中、敵兵に見つかってしまった。そのまま山腹で毒の剣で斬られた……崖から落ちて死んだと思っていたが、みなもに助けられた」
村の入り口周辺に崖はなかったはず。しかもキリアン山脈のふもとまでは、ここから歩いても丸一日はかかってしまう。
無意識の内にここまで這って来たのだろうか?
疑問には思ったが深くは聞かず、みなもは一番気になっていたことを尋ねた。
「どうして急に、俺へ話す気になった?」
「みなもの力を借りたくなったんだ」
レオニードも釣り竿を脇に置き、己の大腿に肘を乗せた。
「東方出身の黒髪で、ヴェリシアでは誰も解毒できなかった毒を治せた。みなも、君はコーラルパンジーの葉を持っているのではないか? もし持っているならばぜひ譲ってほしい。俺も少しは手に入れたが、あまりに少なすぎる。……早く国へ戻って、一人でも多くの仲間を助けたい」
コーラルパンジー――その言葉にみなもの鼓動が大きく脈打つ。
東方で紅蘭スミレと呼ばれているその草は、蒼蘭スミレの毒を打ち消す。
そして蒼蘭スミレは繊細な性質ゆえ、もう自然には生えていない。
自分が住んでいた里でしか育てられていなかった。
(まさか、バルディグに仲間がいるのか?)
もしかすると、たまたま偶然が重なって解毒薬にコーラルパンジーが必要になっただけかもしれない。でもようやく見つけた手がかりだ。どうにかして確かめたい。
風が流れ、みなもの頬を冷やす。動悸に煽られて熱くなった体には心地よい。
フッ、と顔から力を抜き、みなもはわずかに頷いた。
「コーラルパンジーは手元にあるよ。譲ってもいいけれど、一つ条件がある」
「条件とは……いくら払えばいいんだ?」
「お金が欲しい訳じゃないよ。実は――」
不意にみなもは口を閉ざし、レオニードは立ち上がる。
そして二人は同時に森を睨んだ。
ついさっきまで人の姿はおろか、動物の姿もなかった。だが今は褐色の外套をまとった者たちが三名。手に手に剣を持ち、こちらの様子をうかがっている。遠目で顔は分からないが、銀や金の頭髪が目についた。
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