第6話語らぬ素性
数日後の昼下がり。無理せず上体を起こせるようになったのを見計らい、浪司がレオニードへ延々と溢れる好奇心をぶつけていた。
「なあなあレオニード。お前、どこから来たんだ?」
「…………」
「一体誰に襲われたんだ? 山賊か? まさか痴情のもつれで斬られたとか?」
「…………」
「しっかり鍛えてあるみたいだが、どっかの兵隊さんか?」
「…………」
次から次へと浪司は質問するが、レオニードは何も答えず沈黙を守り続ける。
浪司に「なんでもいいから話せよ」と泣きつかれ、ようやく出した言葉は「……何も言うことはない」のみ。どうやら彼に愛想や気さくさは皆無らしい。
薬研で木の実を挽きながら、みなもは二人のやり取りを眺める。埒があかないので思わず話に割って入った。
「俺が話しても似たようなものだよ。必要最低限のことしか話さないんだから」
「可愛くないなー。そんなに付き合いが悪いってことは、お前、友達いないだろ?」
一瞬ぴくりとレオニードの耳が動いた。しかし口は開かない。
「だんまりってことは図星か? ガハハハ」
膝を叩いて笑う浪司へ、レオニードが冷ややかな視線を送る。それも束の間、顔を背けて相手にしたくないと無言で伝えてきた。
「嫌われたね、浪司」
「ちょっとは親睦を深めてくれてもいいだろ。おにーさん、いじけちゃうぞ」
……どう見ても熊オジサンだろ。
密かに心の中で突っこんでから、みなもは「そうだ、浪司」と声を上げた。
「お願いがあるんだけど、泡吹き草の新芽を採ってきてくれないかな? 傷薬に使うんだけど、足りなくなってきたんだ」
浪司はおどけていた顔を素に戻す。
「別に構わねぇが、どんな草だ?」
「この時期に草むらで生えている、黄緑色の葉に赤黒い茎の植物。見たことない?」
少し考えて、浪司は手を叩いた。
「あーあー、アレね。知ってるぜ」
浪司は椅子から立ち上がって背伸びすると、みなもに向かって親指を立てた。
「いっぱい採ってきてやるから、楽しみにしてろよ」
「ありがとう。頼りにしてる」
足音大きく浪司は部屋を出ていく。
ぎい、ばたんっ! と小屋の扉が無遠慮に閉じられた後、薬研を挽く音だけが辺りに流れた。
本当にレオニードから会話はしない。みなもが話さなければ、延々と黙り続けるのみだ。
けれど、みなもが薬研を挽きながらレオニードを見やると、何か言いたそうにこちらを見ている。
今だけじゃない。起きている時は、ずっとこちらを見ている。なのに何も話そうとしない。
用があるなら言えばいいのに。
痺れを切らせて、みなもは口を開いた。
「どうしたのレオニード? 言いたいことがあるなら、言ってくれないと分からないよ」
案の定レオニードから声は返ってこない……と思っていたら、しばらく沈黙した後、珍しく言葉が返ってきた。
「……君は俺の味方なのか? 敵なのか?」
いきなり何を言い出すのだろう。
みなもは顔を上げてレオニードを見る。
「少なくとも敵ではないけど……俺を疑ってるの?」
「助けてくれた恩人に、こんなことを言うのはどうかと思うが――」
レオニードが真っ直ぐな視線をみなもへ送る。濁りのない瞳に自分の心を見透かされているような気がした。
「――どうして時折、仇を見るような目で俺を見ているんだ?」
みなもの薬研を挽く手が止まった。
今まで作っていた愛想笑いが消え、冷え切った素顔が露になる。
「よく見てるね。侮れないな」
立ち上がって枕元にあった椅子へ座ると、みなもは体を前に傾けた。
「知りたい、俺のこと?」
みなもが眼差しを強めてレオニードを見つめる。一瞬彼は瞳を逸らしそうになったが、ぐっとこらえて視線を受け止めた。
「……何者なんだ、君は? 一体何を考えているんだ?」
「そう簡単に教えられないよ。貴方が俺に自分のことを隠したいように、俺にも人に知られたくないことがある。自分の手の内を見せないクセに、こっちには秘密を見せろだなんて、都合がよすぎるじゃないか」
しばらく二人は口を閉ざし、互いを探るように視線を交わす。
フッ、とみなもは薄く笑い、その場に張り詰めていた緊張をほぐした。
「まずは貴方のことを教えてよ。その後だったら、俺のことも好きなだけ教える」
「俺だけに話をさせて、君が話さない……ということも考えられるな」
みなもは眉を上げながら肩をすくめる。
「そこは俺を信じて、としか言えないね」
譲る気はない。みなもの意図が通じたらしく、レオニードは口元に手を置いて考えこむ。それきり押し黙ってしまった。
いきなり話す気にはなれないだろう。みなもは立ちあがり、レオニードへ背を向ける。
「少なくとも貴方を殺す気はないから、それだけは安心して……気が向いたら、いつでも言ってよ」
そう言うと、みなもは薬研で新たに挽く薬草を取りに寝室を出ていく。
少し歩いてからレオニードに聞こえないよう、ため息をついた。
(これで俺に興味を持ってくれて、北方の話を聞けたらいいんだけど)
きっと彼をこのまま治療しても、知りたい話は聞き出せない。こちらに興味を持ってくれたのを利用して、北方の情報を聞き出したかった。
もし話してくれなかったら、治療代として話せと言ってやろうか。あの強面の無表情を、困った顔にさせるのは気分がいい。
(嫌な性格してるな、俺)
自分に呆れて、みなもは頭を掻く。
机に置いてあった薬草を手に取り寝室へ戻ると、みなもと同じようにレオニードも困惑した顔で頭を掻いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます