⑮非特別にんげん
わたしの名前は
昨日わたしの自作小説がクラスの皆に晒された。正しく言うとわたしが自ら晒した。
わたしの学年には学級通信なる文化がある。担任教師が数名の生徒を適当に決めその生徒が各々B4のプリントの三分の一程度を締切までに埋めるというもの。長期休みを除けば毎月発行されホームルームの時間に配布される。新年度から半年間それとは無縁にいたわたしは今月になって指名された。必ず一人一回は当たるようになっているためそろそろかとは予測していた。大いに待設けていた訳でも嫌々であった訳でもなかったわたしは当たり障りのない学校生活のことなどを書こうと思っていた。しかし書き連ねるにつれ気が変わっていった。わたしの文章が小規模でも印刷されると思うと
一時の衝迫は厄災を招くことを知ったのは数日後だった。
恥辱の精神を噛み殺して臨んだ望まぬ昨日のホームルーム、わたしの切削したい拙作は案の定公開処刑の主格となり手段となり客体となった。よりにもよってわたしは官能小説を書いていた。深夜の
昨日の今日わたしの
昨日までわたしは奇を
嫌だ。嫌だけどそれ以上に嫌なのは小説に対する無反応。先刻から鼓膜でヒアリングするのは小言を添加物としてのわたし本体への
切り捨てれば小説なんて誰にも書ける。いくら文体が独創的だからって所詮限定された文字しか使えない。絵画や音楽とは違う。だからわたしの数千字なんて人体が呼吸をすることと同一視されているのかもしれない。微々と風変わりな呼吸を。これが名の知れたクラスの中心人物のような立ち位置だったらリアクションは膨潤だったはずだ。ポジティブな盛況かネガティブな酷評が何れにせよ夥しく涌いていただろう。実状のわたしと断絶した仮想図。その切れ端に回転の前輪を巻き添うと鬱屈に暗転する。落ち込めた酸素を壊れる心拍で吸う。
何で、何で。何でわたし何もできない。何でわたし何もない。何をしても何もしてない。わたしには世間に多くの人にわたしの全てを伝えることができない。面白くなく面白くなくもない。素通りされる木。分からない。分からない分からない。何で。分からない何分からない。何分からない何も分からない。何分からない?分からない??人が何を考えているのか分からない。人に分かられるのはどうやるのか分からない。わたしが何で分かられないのか分からない。わたしと人の違いが分からない。わたしの考え方が人の考え方と違う理由が分からない。わたしが言うこと書くことに人が目もくれないことが分からない。どうせこんなこといっても何も変わらないのが分からない。分からないと言っても人は分かろうとしないのも分からないし分からないのも分からない。人はわたしらに何を思い何を感じ何も言わないのかも言わないのが分からない。認めて欲しいと思っているのかも分からないけど見られないのはもっと意味が分からない。意味も意図も意義も意識も分からないから人のことが分からなくてわたしもわたしで何が何だか分からない。人が何かしか喋れないだって人のことが分からないから人みたいに話せないか意味分からないから。分からないからわたしの現実と人のこと。分からないよ人が分かって欲しいよ人に。分からないよ何で分からないのか。分からない分からない分からない分からない。分かってもらいたいわたしのことを。人から分からない。人に分かってもらいたい。人に見てもらいたい。人から評価をもらいたい。有名人ばっか見てないでよ。有名なことに何の価値が眠っているの。有名になりたくないよ。なれもしないよ。人生が語っているよ。
特別になりたい。でも特別になれない。自分が特別になれない未来を想像して、泣きたい。苦しい。死にたい。死んだら誰か見てくれるのかな。読んでくれるのかな。読まないかな。そりゃそうだ。死ぬだけか。それもいいかな。その方が楽そうだよ。
「ねぇ、硴さん。」
涙が虹む。木に橋かかる。泣いちゃった。軽くだけど。水滴。悲しい水滴。苦しい。悲しい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。逃げたい。寂しい。虚しい。心の中。寂しい。虚ろ。掴めない。消える。消えたい。泣きたい。そうだな。泣きたい。泣きたい。涙が出て。出せば少し楽に。良い。だから。それが。それじゃ。それしか。そして。霞む。濡れる。揺れる。ぼやける。悲しい。悲しい。貧しい。乏しい。このまま垂れ流したい。濁流に潰されて全ての物事が破滅して解決してくれる。わたしの内側はいつもこうしてこうやって
「硴さん?」
……あれ、何か言った。声が来た。わたしに。話しかけられないわたしに何か。言う人?話しかけることがないわたしに話かけらるれ?
数時間ぶりに顔を上げると、隣の席の子だった。
「何かみんな微妙な雰囲気になってるけど」
教室の四隅を見回してそう言って。
言った。
「私は硴の書く文章、好きだよ。」
続けて
「とってもエロくて。」
どんな気持ちか分からなくなった。
《七月編》百合短編集 いろいろ @goose_ban
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