第4話北条早雲

(三河からどんどん遠くに離れてしまっているのでありますが……。)

(ここを押さえておかないと繋がらない部分がありますので……。)

 駿河の国の守護今川家の惣領たる今川義忠亡きあと、嫡男龍王丸がまだ幼少であったことを好機と見た家臣の中から今川の一族である小鹿範満を担ぎ上げるものが現れ今川家中は二分。そこに扇谷上杉と堀越公方が小鹿と手を組むべく介入。龍王丸方は窮地に追い込まれる中、駿河にやって来たのが龍王丸の母の兄(弟)であるのちの北条早雲。その後、彼の知略(上杉・堀越両家は善意の仲介者のような顔をして乗り込んで来ていますが、実際は互いが争っている隙を突いて駿河を簒奪するつもりですよ。)により和睦に成功。その後の北条家発展の切っ掛けを作ったのちの早雲。そんな彼について注目を集める事柄の1つが彼の出自でありまして、どうやら守護大名と室町将軍との間を取り持つ豊臣政権下の石田三成のような。徳川綱吉時代の側用人のような立場にあった。のちの早雲の話は、権威が衰えたとは言え足利将軍の言葉であるから今川家臣や上杉家、堀越公方共々無視するわけにはいかなかった。似たような事例は21世紀になりました現代にも……もしかすると……なのかもしれませんが。

 そんな早雲について比較的最近まで彼のことを「伊勢の素浪人」と紹介されることが多かったように思われます。私も「伊勢の素浪人から関東の覇者へ」と早雲のことを習ったひとりなのでありますが、なぜそのような紹介を長い間されて来たのでありましょうか?日曜夜8時の時代劇が=その人になってしまったような取り上げられかたをされたかたが過去にいらっしゃいまして、それが史実となってしまったのかな?と思われるのでありますが。果たしてどのような話であったのか?想像しますに

 早雲:「北川殿は俺の妹(姉)だが、お前(義忠)に義兄さんと呼ばれる筋合いは無い。」

と悪態をつきながらフラっと駿河にやって来たかと思ったらいつの間にか居なくなり、テキ屋稼業で諸国を歩き回りながらその土地土地のマドンナを惚れてしまう早雲。あれやこれやしている内にマドンナほうも早雲のことが好きになり相思相愛となったところで怖くなった早雲は逃げ出してしまう。傷心の早雲は書き入れ時となる正月や盆の前にまた旅人となるのでありました。

と言うパターンや、

 伊勢のアンコ餅問屋の隠居早雲として忍者も含め6人の共を従え諸国を漫遊し、その土地土地で悪事を働く代官を足利幕府の家紋である引両紋が刻印された印籠を見せびらかすことによって解決へと導くワンパターン。それだから故。印籠を出すまでの45分間のエピソードが勝負の時代劇。

……のような話がどこかであったと思うのでありますが。果たして……。

そんな(どんな?)早雲の活躍もありまして無事今川家の家督を継承することになりました龍王丸はその後。どのような道筋を歩むことになったのか?次に取り上げたいと思います。

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