第3話

 近い所がいいなーと漠然と考えて、歩いて二十分程の高校に入学したのが功を奏した。

 きっと、電車で通うような高校に入学していたら、このツノと髪型は周りの迷惑になっていただろうから。

「ハアー……」

 歩いて登校している現在。

 周りの学生達から好奇の目を向けられているのは分かっている。

 きっと、わたしも逆の立場なら同じ目を向けていただろう。

 だって、今のわたしは、ブレザーとスカートをキチンと穿いた、リーゼントの女の子なのだから。

「ハアー……」

 こんな見た目の女の子に友達なんてできるのだろうかと、不安になってくる。

 そう。髪をセットしている最中に気付いてはいたんだ。あれ、この案ダメじゃね? この髪型、近付き難くね? って。

 そんなこれからの高校生活への不安を抱きつつ歩いていると、

「緋富ちゃんだよね? おーはーよっ!」

 と元気よく肩を抱かれた。

「ッ!」

 急に肩を抱かれた勢いで、髪型が崩れるっ!、と、咄嗟に支えるように手で髪を押さえるが、なんとかセーフ。髪はツノからボロンっと剥がれ落ちずに持ち堪えてくれた。。

 多少の衝撃でも大丈夫そうだったが、それでも慎重に、少しずつ少しずつ髪を押さえていた方の手をゆっくりと髪から離していく。それから、支えずに歩いても大丈夫なことを確認してから、聞き覚えのある声の主、同じ中学校出身の親友の方を向く。

 やはりと言うべきかやっぱりと言うべきか、隣には中学校の時と同じく、肩口までの黒髪を対称に結んだ、所謂ツインテールにしている華名がいた。

「えっと、華名かな、おはよう」

 そう言うと、隣を歩く華名は改めて挨拶をしてから、ジィィィーっとこちらを見つめてくる。というより一部を凝視してきた。

 そりゃあ、気になるよね、これ……。今まで普通の髪型だったわたしを知っているわけだし。

 華名は一頻りわたしを見てから、なにかに思い至ったように、「うんうん、なるほど」と、一人で納得したように腕を組んで頷く。

「あれだね、緋富ひとみちゃん。中学時代は真面目な委員長キャラだったけど、高校からは学校をシメるような番長キャラになる気なんだね!」

「しないよ!? そんなこと」

 そう見られてもしょうがないのかもしれないけれど、そんなつもり毛頭ないよ! とツッコむと、華名は、ニャフ? 予想外した? と頭にハテナを浮かべた。

「緋富ちゃん、だったら、どんな理由があってその髪型に?」

「…………」

 うーん、華名は親友だけれど、ツノのことを言っても大丈夫だろうか。ヒかないだろうか。

 例えば、逆の場合だったらどうだろう。

 朝、華名に会って、ツノがあると言われたら……。うーん、個人的には、まあ、華名は華名だしな、と気にせずに接するだろう。

「…………」

 考えて、わたしはとりあえず、華名に訊いてみることにした。

「華名、わたしがなにを言っても信じてくれる?」

「ものによる!」

 華名は即答した。質問を予想していたように即答した。

 しかし、華名は付け加えるように、だけど、と続ける。

「緋富ちゃんが言うなら、なんとなく、信じられる気がするって気持ちもある!」

 と言って、ヘヘーと笑う華名。

 その顔を見ていると、不思議とこちらもなんとなく言っても大丈夫そうだと信じられる気がしてくる。

「……あのさ、この髪型には理由があってさ……」

「うん、なになに?」

 興味深そうに話を聞く華名を見てから、わたしは目線を外して足先を見ながら告白する決心をする。

「その、朝起きたら、わたしの頭にツノが生えてたんだ……」

 言った! 言ってしまった! と、わたしを客観視する頭の中のわたしが叫ぶ。

 そんなわたしを無視して、現実のわたしは恐る恐る、隣を歩いていた華名の足がついてきているかを確認する。

「…………」

 華名はわたしから数歩後ろに佇んでいた。

 その顔は真顔である。

 それを見てわたしは、あー、やってしまった。華名はわたしとは違ったのだ、という気持ちになった。

 近付こうとしたが、私の足は華名の方には動かない。

 なんとなく、今近付いたらどういう反応をされるのかをわたし自身気付いているのだろう。

 だから、動いてくれないのだ。

 親友に拒絶されるくらいなら……。

「――ッ……」

 わたしは後悔に奥歯を噛み締め、私は華名と別れるようにくるりと反転する。

 それから、わたしは校門に向かって歩き出した。

 もう、怖がられてもいい。悪評が立ってもいい。このままの髪型で過ごす。そう決意し、

「おいおいおいおい、置いて行くなよ、し・ん・ゆー!」

「――えっ……」

 決意している最中に、わたしはまた肩を抱かれた。

「冗談で驚いたのに、緋富ちゃん、歩いて行っちゃうんだもん! つれねえなあ。分かってくれよー」

 並んで歩く華名は前を見ながら頬を膨らます。

 それに対してわたしは陸地に上がった魚のように口をパクパクさせることしかできなかった。

 どういうことだ、これは。だって、わたしは、わたしにはツノがあるっていうのに……。

 なんなら、あそこで別れた後、親友とはなんなのかとかそういう哲学的なことを考えさせるような展開になったりするんじゃ……?

「華名、わたしが怖くないの? ツノだよ、ツノ! 普通の人にはないものがあるんだよ!」

「中学時代は委員長キャラだった緋富ちゃんが怖い? いやいや、ないわー。思ったこともないわー」

 怒ったら怖いのかもしれないけどさ、ニャハハハハと華名は笑った。

 それから、華名は言う。

「まあ、ツノがあるって聞いた正直な感想を言うなら、そっかー、ツノかーくらいには驚いたけど、ほら、ツノなら象にだってあるじゃん?」

 と。

「…………」

 安心した途端、わたしの目の端からは滴が出てきそうになった。それを堪えながらわたしは華名の方を向いて指摘する。

「華名……。象のあれはツノじゃなくてキバだからね」

「えっ、そうなの!?」

 わたしにツノが生えたと告白した時よりも分かりやすく驚く華名。

 指摘に対し華名は、たしかに、サーベルタイガーはキバってかんじがする。だったら口の近くについてる象のあれもキバか! と一人で納得して呟く。

 それを見て、わたしは。

 ああ、日常は壊れてはいなかったのだ。

 と実感した。

「あのさ、緋富ちゃん。話は戻ってツノのことと髪型のことなんだけどさ」

「うん?」

「わたしはまだ見てはいないから分からないんだけど、緋富ちゃんに生えたツノって鹿のツノみたいなの?」

「んー……」

 華名からの質問に、わたしは鏡で見たツノを思い出す。

「鹿のツノ、とは少し違うかな……?」

「そっかー。鹿のツノって角質みたいなものらしいからさ、もしかしたら緋富ちゃんのそれも角質の変化したものなのかなって思ったのだけど、違うのかー」

「うん。っていうか華名、象のキバのことは知らなかったのに、鹿のツノが角質なのは知ってるんだ……」

「うん? そりゃ、鹿は地元の京都で見られるからね。象は動物園でしか見られないし」

 どうやら、華名基準では、そこらへんで見られるか見られないかが知識の境目らしい。

「で、髪型のことってのは?」

「あーいや、緋富ちゃんはこれからずっとその髪型で学校生活を過ごすの? って訊こうと思ってさ」

 わたしはこの質問に、うーん、と返す。

 気に入っているかいないかでいうなら気に入ってなどいない。髪型のセットは面倒だし、なんだか怖がられているみたいだし。

 しかし、ツノを公衆の面前に晒すのが怖くないといえばウソになる。

 そう、素直に思ったことをわたしは伝えた。

「面倒ならさ、いっそ、ツノ出しちゃえば?」

「……えっ、いや、でもさ……」

 華名の提案に踏ん切りをつけられず、わたしは言い淀む。

 そんなわたしに華名は、これは親友とはいえ他人事だから言っているんじゃなくてさ、と前置いて言う。

「たぶん、緋富ちゃんの気にしすぎだと思うんだよ」

「そんな、人を自意識過剰みたいに……。でも、もしだよ、全く知らない他人にツノがあったら、華名はなんか思ったりしない?」

 わたしはツノがあるのが他人だった場合の疑問を口にする。

 華名は腕を組んでから少し考える素振りを見せたが、始めから結論は出ていたように、思っていたよりも大して時間をかけずに答えを出した。

「どうとも思わないんじゃないかなー。あー、ツノだなーくらいで」

「えっ、そんなもんなの!?」

「そりゃ、興味がないと言えば嘘にはなりそうだけど、他人だしねー。もし仮に携帯のカメラで撮影が許可されたとしても、すぐに削除するから断るレベルだよ」

 わたしに気遣ってとかではなく、本当にどうでもいいからというように肩を竦めて華名は言った。

 それから華名は、今度はわたしの髪を指差す。

「わたしからすれば、リーゼントの方がからまれる危険があるから意識するよ。緋富ちゃんは別だけれどさ」

「そういうもんかねー」

「そういうもんだよ」

 ニャハハッと笑って華名は答えた。

「…………」

 わたしは考える。

 たしかに、華名の言うことには一理ある。

 たとえ興味本位でカメラで撮ったところで、それは所詮、一過性のもの。料理おいしそー、パシャッとするのと変わらないのだ。

 それなら――。

「華名。わたし達、ずっと親友だよな?」

「あったりまえじゃん!」

 当然! というように笑って答える華名を見て、わたしは髪に手を伸ばす。

 そして、見えなくなっていたツノから髪の毛を少しずつ少しずつ落としていく。

 ヘアスプレー等で固めていなかったのがよかったのかもしれない。髪は思いのほか簡単にとれていった。

「おおぉぉー、立派、立派!」

 そして、ツノの全てが露になって聞こえた一番最初の言葉は、手を叩きながら賞賛してくれた華名の感想だった。

「……ありがとう……」

「えっ、緋富ちゃん、なんか言った?」

「いや?」

 華名はこのツノを見ても、態度もなにも変えずに隣を歩いてくれている。

 隣を歩いてくれているのがなんだか嬉しくてこぼれた感謝の言葉をなかったことにしてわたしは歩き続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る