第6話
時刻は飛んで、午後の七時。
現在は地元駅から家に向けて、自転車を押し歩いての帰宅中。
明日は出勤日だから早めに切り上げようという、会社の畜生の鏡のような理由で切り上げた。――なんて、社会人さんカッケーな理由だったら格好良くはなくとも格好悪くはなかったのだが、そんな理由ではなく、疲れた。だから帰るという、なんとも格好の悪さしかない理由でわたし達は帰路についていた。
「はあー、なんか今日は散々だったな、トー」
「ああ、人を振り切るってことがあれほど大変だとは思わなかったよ……」
脚が素敵な人の予想を言い合った後も、あの人はどうだの、あの人が受ける側だった場合はどうだのと、正解を確認できない予想を言い合ったり、雑談したりをしていた。
そんな折。
そんなことをしていたからなのか、その場所に長い間留まっていたからなのかは分からないが、突然、「今、ヒマですか?」と、声を掛けられた。
これには、わたしも
だって、視界に入る前から声の高さやなんやで、声を掛けてきたのが可愛らしい女性なのが確定していたのだから。
声のした方を振り向いて確認しても、そこにいたのはやはり女性。
それも、もじもじしている小動物系の女性と人懐っこそうなワンコ系の女性の可愛らしい二人組みだ。
二人の雰囲気からすぐに、ワンコ系の女性の方が話しかけてきたのだろうという予想をすることは容易だった。
なお、嬉しさを隠せずにいる瑪瑙とわたしが顔を見合わせてから、「ヒマです!」と同時に叫んだのが今日一番のハイライトだ。
……そこが最高潮ということは、その先は下降するばかりだったことを察していただきたい。
つまり、その顔も長くは続かなかったのだ。
それも、二、三、会話しただけで終わるほどに短いハイライトだった。
「自分もトーも、普段は昼間は家にいないから対応したこともなかったし、外にいる時に話しかけられたのも初めてだったからな。手間取ったわ……」
「だな」
勘のいい人は既に薄々気付き始めているだろう。
端的に言うと、この二人は勧誘のためにわたし達に話しかけてきたのだ。
そういう意味では昨夜瑪瑙が言っていた、事によると熱意がありそうな人という意味では当たっていたことは当たっていた。
そんな風には当たってほしくはなかったけど。
こういうの興味あります? と話しかけられても、この時のわたしはヒマですと答えてしまったがために後戻りができず、失礼のないようにと律義にただただ立ちすくんでいた。
その間も、彼女達は引っ切り無しになにかを言ったりしていたが、わたしはその内容を覚えていない。
立ちすくんではいても頭の中では、ここをどのように去ろうかと考えることでパニックになっていたのだから。
やがて、話は弾んではいないのに話が進んだ頃。
彼女達がなにかを手渡そうとしたそんな時。
突如、わたしと彼女達の間をなにかが横切った。
それはわたしの腕を掴んでいて、つられるようにわたしも走り出した。
思考が追いつかず、受身にしかなれないわたしはそれに引っ張られるまま。
さらに加速していったわたし達は、走り出して数十秒、距離にして数百メートルを走っていた。
息切れして立ち止まり、そこでようやく腕を掴んだのが瑪瑙だということにわたしは気付いた。
あの時ほど、わたしの手をとって走ってくれた瑪瑙を頼もしいと思ったことはない。
お礼は言えても、頼もしかったとかそういうことは恥ずかしくて言えないけど。
「さすがにこれだけ移動すれば自分達の後を追け続けているってことは、――まあ、ないだろう」
「へ?」
なんの話だ? 闇の組織に追われているとかそういう設定の話か?
「えっと、この歳にして突如始まった、メノの厨二病的な話?」
「違う違う」
笑いながら瑪瑙は手を振る。
「前にさ、勧誘員は再度勧誘しに家に来るってのをネットで見たことがあって、だから長い時間かけてあっちこっち行って帰ってきたから大丈夫だろうって話だよ
「……そんなことを考えての移動だったのか」
やたらと色々な所に寄って行くなーとは思っていたが、まさか、そんな理由があったとは。
「いったいなんだと思ってたんだよ」
「……てっきり、遊び足りなかったのかと」
そんな理由で移動していたのなら、先ほど、疲れた。だから帰るという理由で帰宅中と言ってしまったわたしが嘘つきみたいじゃないか。
振り切るってことの大変さ云々を、走って逃げたあの時のことだと思って言っちまったじゃないか。
「ハッハッハッ、正直、走って逃げた時点で体力の限界は近かったよ。暑さのせいとかでさ。だけど、あの時のトーのオロオロしている姿を見たら、後日家にいるときに勧誘に来られたらどうなっちゃうのかってのを考えたらさ」
念には念をいれておいて損はないだろ? と瑪瑙は言った。
なんだ、この美男、いや、美談みたいなかんじは……。
まあでも、あれだ。言うことは言っておこう。
礼儀は大事だ。
「あー……、その、ありがとう……」
わたしの礼に、瑪瑙は、おうよ! と笑顔で返した。
「……それにしてもさ、メノ」
こんなに人知れず気を使ったりできるのに。
気付いたら色々と助けられている人だっているというのに。
「なんでメノは彼女ができないんだろうな」
喧嘩を売っていると思われてもおかしくない、わたしが藪から棒に言ったことを瑪瑙は、
「うるせー、できない理由が自分で分かったら脱童貞で苦労はしとらん」
と、やはり笑って答えた。
「そういえばさ、逆ナン待ちはこれで終わりって事はないんだろ?」
「あったりまえじゃんっ。一回や二回の失敗で終われるかよっ! 自分達の戦いはこれからだって言ってもいいくらいだぜ!」
「打ち切り風にすんなよ、そこは!」
それからの帰り道。
わたし達は相も変わらずな、いつも通りのバカ話を続けた。
そして、気付いたらお互いの家の前だった。
「今度はもっと有意義な時間を過ごせるような作戦を頼むぜ! じゃあな」
「おう! じゃあ、また明日」
お互いに挨拶をして別れ、わたし達は各々の自宅の駐輪スペースに自転車を片付けた。
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