第4話
どうやら、色々と考えているうちに寝てしまったようだ。
起きたらカーテンの外は明るくなっていた。
頭の上に置いてある目覚まし時計を見れば、時刻は午前九時少し前。
昼頃に起きて急いで家を出る準備をするより、よっぽどいい時間だ。
「んんーあふぁー」
寝転がったままでいると二度寝をしてしまいそうなので起き上がって伸びをすると、変な声が出た。
長い時間寝たおかげか、頭の中は昨日より随分とさっぱりとしている。
既にうろ覚えになりつつある、寝る前にしていた考え事がバカらしいことだったとすら感じてしまえる程だ。
「――そうだ。携帯携帯」
枕の横に置かれた携帯電話を確認すると、メールの受信が一件あった。
メール送信者は瑪瑙。
送信時間から察するに、どうやらあれからしばらく妹とやりあっていたようだ。
メールの中身を読んで安心し、たった今起きたことを伝える返事を出してから、携帯電話に充電器を刺す。
昨日はそこまで携帯電話を使っていなかったから、今から充電しておけば家を出る頃には充電は満タンになっているだろう。
「さてっと。準備するか」
それからの時間は朝食や持って行く物のチェックや簡単な家事や男性のミディアムヘア程度の長さの髪を弄ったりなんだりをして過ごした。
そうして、気付けば時間は十一時前。
軽く昼食を食べた後、鏡の前で借りた服のフィッティングをしてみる。
「うん、サイズはピッタリだし、変な所は――ないな」
鏡の向こうの自分がくるりと回り、背中にも変なところがないことを確認する。
「うっし! 行くか!」
シルバーラックの上に置いておいた小さめの肩掛けバッグを持って玄関に向かう。
玄関には先ほど準備しておいたスニーカー。
多少汚れていた部分を拭き、新品同様に戻した靴を履いて玄関の扉を開ける。
「チッ」
開けた途端に視界に入ってきた道路の照り返しと気温に、つい、舌打ちが出た。
「ったく、昨日の夜は過ごしやすかったのに、くそぉー……」
一応、日焼け止めを塗ってきてはいるが、この暑さではすぐにそれも汗で流れ落ちてしまうだろう。
「行きたくない……けど、約束しちゃったしなー……。しょうがねー、行くか」
頭を掻いてから意を決し、外に向け足を踏み出す。
「あー、もう既に帰りたい……」
口をついて出た言葉とは裏腹に、家の鍵を閉め、駐輪スペースにある自転車で駅に向かう準備をしていく。
「あーあ、こりゃ、立ち漕ぎかな」
駐輪スペースにあった自転車のサドルに触ると、屋根で日光には当たっていないはずなのにとても熱くなっていた。
盗難防止の門を開けて敷地の外に出ると、再び日光はわたしに降り注いでくる。
春先ならまだしも、真夏では全く嬉しくない陽光だ。
「ちっくしょー。わたしがなにか悪いことでもしましたかねー」
立ち漕ぎでペダルを漕いでいく。
当然ながら、漕いでも漕いでも手や顔に当たるのは熱い風だった。
それからの道中、苦痛しかなかったと言っても過言ではない。
交差点での信号待ちや坂等々の時間全て、だ。
頭を埋め尽くすのは、家に帰りたいや数百円で店に長時間居座りたいという後ろ向きなことばかり。
「だけど、この程度はまだラクな方なんだよなー」
そう。この程度は序の口。
本当の地獄はこの先にあることをわたしは知っている。
この中で逆ナン待ち……。果たして、わたしは生きて帰れるのだろうか。
そんなことを考えながら屋外の駐輪場に自転車を預け、集合場所までの道を歩いていく。
暑さのせいか、時間帯のせいか、歩いている人はわたしと同じように駅に向かっていく人達だけで、ここから見える駅のホームにすら人は少ない。
電車を待っている人のほとんどが携帯電話に夢中な中、ふと、一人だけが目に留まる。
……いや、目に留まるという言い方は少し違う気がする。
白無地ティーシャツにネックレス、青のジーンズを履いた涼しげな印象のそいつ。その男は駅のホームで大きく手を振り、目に留まるようにしていたのだから。
「おぉぉぉーい、トオォォーさあぁーん!!」
「…………………………」
なんか、声を出して呼ばれたけど、無視無視。……ああもうっ、まだ手ぇ振ってやがる……。あいつの隣に行きたくねえ……、あそこで電車を待ちたくねえ……。知り合いだと思われたくねえ……。なんか、あいつの後ろにいるカップルはヒソヒソ話してるしよー……。
「どうすっかな……」
とりあえず、手を振っているあいつとは無関係を装って、知らないフリをしてポケットから携帯電話を取り出す。
携帯の画面はなにも表示されていない真っ黒な状態だが、それでも周りから見れば無関係には見えるはず。見えていてほしい。見えていてくれねぇかなー……。
「――あん?」
携帯電話を持って歩いていると、唐突にメールの着信音が鳴った。
差出人はホームにいるあいつ。
メールを開いて中身を見てみると、一行だけの文が表示された。
歩きスマホいくない。
うるせえよ!!
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