第4話 文化祭
文化祭の当日、秋晴れでとてもすがすがしい。
だが、瑠璃の母親は折りたたみ傘を持たせた。
「大丈夫やと思うけど、念のため」という。
学校に到着すると、しばらくしてオープニングセレモニーが始まった。
後はプログラムにしたがってスケジュールが進む。
瑠璃のクラスはお化け屋敷をすると言うことで、特に時間的な縛りはない。
午前中、瑠璃は由香ともに、受付や小道具の管理をしていた。
午後は自由となっているが、十六時頃から手伝いを頼まれた。
プログラムを見ると、十四時から体育館で翔太のクラスの演劇がある。
「由香、翔太くんのクラスの演劇、見に行っていい?」
「うん、いこいこ。かなり凝ってるみたいやし、おもしろそう」
そして、瑠璃は由香と翔太のクラスの演劇を見るために、体育館へ向かった。
演劇の題目は『係長 桃太郎』。
以前、翔太から少し内容を聞いた。
係長である桃太郎が、ブラックな鬼社長を退陣させ、成り上がるサクセスストーリーらしい。
多分コメディーだろう。
そして、翔太は社長の片腕である赤鬼社員を演じるという。
だが、出番は少なく、台詞もないらしい。
翔太は、実行委員だから大変だろうと変に気を遣われ、台詞をなくされたことを悔しがっていた。
演劇が始まると、多少の笑いとともに、滞ることなく話が進んでいく。
独特の舞台衣装に身を包んだ演者は、瑠璃にとって誰かわからないがよく似合っていると思った。
そして、話も終盤になると、赤いスーツに身をくるんだ翔太が出てきた。
「松田くん、お似合いやな」
「うん、思ったよりかっこいいかも」
瑠璃はそんな翔太が出てくると、胸の前で小さく手を振った。
『私に気づいて』と言わんばかりに。
「あれ? あのキジみたいなのって、加藤ちゃう?」
今、その単語を出す由香に、瑠璃は少し苛立った。
「そうかも……ね」
今まで以上に腕を振り回すキジらしき人物を見ると、瑠璃は不安を感じた。
それはまっすぐ翔太に向かって走り始めた。
普通鬼は倒される。
そして、それが翔太に近づいたとき、瑠璃は頭を抱えてうずくまった。
耳を塞いだ。
そしてすべてをシャットアウトした。
演劇が終わると、瑠璃と由香はすぐに体育館を後にした。
由香は瑠璃を心配しながらも、あの出来事を話さなかった。
「瑠璃、ほかのクラスの出し物見に行かへん? まだ時間あるし」
瑠璃は由香の提案に頷いた。
いくつか見て回った教室での出し物は、とてもおもしろかった。
一年生は初々しく、二年生はとてもこった内容であった。
三年生はやっぱり一部のメンバーだけが張り切っている状態だった。
それから、瑠璃と由香は手伝いのため自分たちの教室に戻ることにした。
瑠璃は校舎内でも杖をついている。
由香は瑠璃の歩くスピードに合わせ、ゆっくりと進んでいく。
瑠璃達の教室が見えたとき、中から見覚えのある人物が出てきた。
翔太だ。
瑠璃のいない間に見に来てくれたのだろう。
瑠璃は翔太を呼ぼうと手を上げたとき、翔太の後ろからもう一人出てきた。
加藤だ。
瑠璃はとっさに手を下ろし、立ち止まった。
翔太は加藤の頭をなでている。
加藤は顔に手を当て俯いている。
「怖かったやんか。翔太が怖ないって言うから付いてきたのに」
「夏子がそんな怖がりやって思わへんかったから……ごめん」
「うわ、なんで松田くんとあいつが一緒やねん。それにあれ、絶対うそ泣きやで。うちのクラス怖ないもん」
瑠璃は身体から血の気が失せる気がした。
「松田くんも松田くんや。腹立つわ」
「ううん、いいの」
瑠璃は吐き気がしてそのまましゃがみこんだ。
「瑠璃? どうしたん?」
「ちょっと気持ち悪くなっただけやから、心配せんといて。すぐに治るから」
「保健室行こか?」
瑠璃は首を横に振った。
「大丈夫。一人で行けるから、由香は手伝いしてて」
瑠璃はトイレに行き、一番奥に入った。
それから行事がすべて終わるまでトイレにこもっていた。
泣いた。
吐いた。
身体の中のすべてを出し尽くした。
それでも瑠璃の気持ちは全然すっきりしなかった。
吐きたくても思いは吐き出せなかった。
瑠璃は思う、名前で呼び合う二人、今どういう関係なのだろうと。
教室に戻ると、すでに片付けが終わっており、瑠璃は少しばつが悪かった。
だが顔色が悪い瑠璃を見ると、クラスメイトは優しく接し、そして心配をしてくれた。
「瑠璃、大丈夫?」
由香は心配そうに瑠璃の顔をのぞき込んだ。
「今、ほんまに心配してくれるんは、由香だけやね……」
「だって、うちにとって瑠璃はたーいせつやからね」
由香の笑顔を見ると、瑠璃は癒やされるような気がした。
「ちょっと休んだら、おなかがすいてきたわ」
「そうや、じゃ、たまにはケーキでも食べに行かへん?」
気を遣ってくれている由香に対し、今は素直にうれしかった。
瑠璃と由香は学校を出ると、駅へ向かってバスに乗った。
由香もいつもバスで通学している。
最近、由香と一緒に帰ることが増えた。
夏が終わり、一人で帰ることが増えた頃、由香が帰りを誘ってくれた。
由香と帰ると、今まで経験が出来なかったようなことが出来た。
学校帰りに買い物をしたり、ケーキを食べたり、映画を見たり、ゲームセンターに行ったり。
いろいろなことを話した。
学校のこと、進学のこと、家庭のこと、卒業旅行のこと、芸能人のこと、お笑いのこと、翔太のこと。
だが、由香からは一度も恋愛について相談は受けなかった。
それでもそんな時間を過ごしてくれる由香は、瑠璃にとって親友と思える様になっていた。
駅前でケーキを食べ、たわいもない由香の話を聞くうちに、瑠璃の気持ちは幾分落ち着いた。
「由香、今日はありがと。もう大丈夫」
「ほんまに? 心配やなぁ。今日は家まで送ったるわ」
日が暮れかかっている。
瑠璃は帰ったらすぐにお風呂に入って寝ようと思っていた。
「そこのスポーツ施設って人気やな。ちょっと寄ってみいひん?」
「寄ってもいいけど、うちは何も出来へんで」
ふと、瑠璃の脳裏に翔太との出来事が浮かんだ。
「いい、いい。うちがしてみたいだけやから」
スポーツ施設は相変わらずの人気だった。
由香はバッティングセンターで一回分のコインを買った。
そして、一番速度の遅い所へ入った。
瑠璃はフェンスのすぐ後ろに立ち、由香の姿を眺める。
「ボールが当たらんように気ぃつけてな」
「わかってる」
「ちょっと、そんなに振り回したらあかんって。スカート短いんやから」
「そんなん気にしとったら、打てへんやんか」
「……男前やね」
打ち終わった由香は、一回しか当たらなかったにもかかわらずすっきりとした表情をしていた。
「おもしろかった! また来たいわ」
二人は後ろのベンチに座ろうとしたとき、一番奥の、一番速度の速いところから、ボールを打つ大きな音が響いていた。
瑠璃は目をこらしながらそちらを見ると、制服姿の大きな体格をした人物がバットを振っていた。
「翔太くん?」
だが瑠璃はその姿に違和感を覚えた。
何かを抱きかかえるように立っている上、バットの振り方がいつもよりゆっくりだ。
そして、こちらを振り向いたとき、違和感の正体がわかった。
それは翔太と加藤だった。
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