第4節


 彼の言ったことは本当だった。次の日、薇弥様の即位式が行われたの。

 信仰心の欠片もない51歳の未亡人女王の誕生よ。神官の国が聞いて呆れるわ。


 みんなは新しい女王の誕生を喜んだけど、私は喜ぶことができなかった。薇弥様が即位式でお母様の首飾りをしてらしたんですもの。それだけでも気が気じゃなかったわ。


 でも、それは当然のことなの。別に薇弥様がお母様の物を勝手に盗ったわけじゃなかったのよ。

 その首飾りは霖狼国の王に代々受け継がれてきた物で、謂わば霖狼国王の証だったから、女王になった薇弥様が着けるのは当たり前だったの。


 それでも、私は我慢できなかったわ。薇弥様がお母様の物に手を触れることが許せなかったの。

 ずっとお母様の事を馬鹿にしていらしたのに。

 よくわからない男との間に子を作った売国奴だって…女王失格だって…影で仰ってるのを何度も聞いたわ。


 私は居ても立ってもいられなくて、即位式が終わってすぐに、いのりの目を盗んでお庭へ出たの。そして、誰もいない池のほとりまで来て…思う存分泣いたわ。



 泣き疲れて、ようやく気が済んだ時、私の前にハンカチが差し出されたわ。あの子だった。


「赤子じゃあないんだ。泣くなよ…」

 竜の模様の綺麗な刺繍がされた蒼いハンカチ。


「薇弥様…お母様の首飾りをつけてたわ。お母様のこと、売国奴とか売女って言ってたのに…」


「おいおい…。その言葉の意味わかってるのか?それは発する者の品位を貶める言葉だ。使わない方が良い」

 彼はまた、諭すように言ったわ。


「わかった…。女王になりたいから使わない…」


「良い子だ。まぁ…野望は隠しときな。機を待つんだ」

 彼はそう言ってニヤリと笑った。



 彼とはもう少しお話ししていたかったけど、それはできなかったわ。いのりが来たの。私を探したせいか…薇弥様に気を使ったせいか、彼女はずいぶん疲れて見えたわ。


「なくした兄様ありがとう。また、会いましょうね…」

 私が小さな声でそう言うと、彼は前と同じく静かに頷いた。




 でもそれっきり。しばらく彼とは会えなかった。

 毎日いのりと一緒に庭中探したけど何処にもいなかったの。


 お母様のお部屋へも行きたかったけど、妙な見張り番が増えて…お部屋に近づけなかった。

 薇弥様が見張らせていたのよ。誰もお部屋に近寄らせないために。




 その後、彼とは七年も会えなくて、結局私の手に残ったのは彼に返しそこなった蒼いハンカチと、そのハンカチに挟まっていた金の毘盧遮那仏びるしゃなぶつが描かれた輝く碧い鱗だけだった。


 それでも、私は片時も彼を忘れたりしなかったわ。だって、初恋の相手ですもの。





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