メトリィの弱くてニューゲーム

 ——。


 ——指輪に魔力が充填され、自我を取り戻す。


 わたしはエルフ。

 わたしはメトリィ。

 わたしはエルフィードの妻。


 自己認識は正常。

「わたし」の再構成は無事に終わったようだ。




 ――自我の次に、記憶が復元される。


 わたしの愛する人と過ごした記憶。

 彼は名もなきエルフの集落に迷い込んだ人間だ。


 未開の地を開拓するため、海の向こうから流れてきた冒険隊の一員。 

 岩礁と山に囲まれ、魔力溜まりとなったこの地には、外の生き物は侵入できない。

 船は座礁し、生き物は魔力に冒され老化したように朽ちていく。

 例外なく冒険隊は壊滅したが、彼は唯一生き残った幸運の持ち主だった。

 わたしはたまたま、魔力に侵食された瀕死の彼を見つけた。

 単に金髪碧眼の顔が好みだったので延命させてみたのだ。

 ひと月以上回復魔法を絶やさず、魔力に冒されながらも体の再生を続けた結果、彼はこの地に適応した。


 彼はエルフィード・ノーザンスティックスと名乗った。

 ここではない別の大陸の北の果てにある寒村から出稼ぎに出て、使い捨て要因として無茶な航路で進む冒険隊に組み込まれたらしい。


 人間という存在への興味と、顔が好みだったこともあり、わたしはエルフィードを養っていくことにした。

 変化を望まぬ周囲の反対を予期し、エルフの里から出て平地に住み家を作った。


 魔物は人間の土地には出ないらしく、彼は魔物を見て驚き、逃げようとして大怪我を負ってしまった。

 だからわたしは彼に生き残ってもらうために魔剣を作り、渡した。

 彼は魔物に負けない力を手に入れ、さらにこの地に順応し。

 言語の違いも徐々にすり合わせ、そしていつしか愛が生まれ、わたしは彼と幸せな家庭を築いた。


 しかし、彼の容姿は徐々に劣化していく。

 魔力を受け入れたエルフィードでも、人間という生物の設計図には逆らえない。

 日に日に目尻の皺が深くなり、肉が垂れ、髪は変色して抜け落ち。

 そこでわたしは人間の寿命が短すぎることを知ったのだ。


 急ぎ劣化防止のアクセサリーを作り、彼に着けさせた。

 手を繋ぐときの邪魔にならないよう、足輪アンクレットにした。

 エルフィードをこの地に適応させた時のように、回復魔法を流し続ける仕組みだ。

 そのおかげで彼の老化は止まり、一安心。


 とはならなかった。

 人間は1世代50年ほどで循環している。

 これは種に定められた運命であり、逸脱すると至る所に綻びが生じる。

 エルフィードは物を覚えられなくなった。

 記憶も失われ、思考もできなくなった。

 子供のような知性にまで劣化してしまったのだ。


 今度は思考を補助する魔道具を作り、それは首環にして贈った。

 エルフィードを自分の所有物にしたような支配欲が満たされた。

 これはただの性癖。


 エルフィードの理性が回復し、これで永遠に愛し合うことができると思った。

 この時点で愛し合って幾百年。

 すでに子供は二桁を超え、子供同士も繁殖するようになっていた。

 エルフと人間の子供は寿命が短く、世代の進みが早い。

 初めは一つの掘建て小屋が、すぐに村になり、街になり。

 わたしたちは始祖として崇められるようになった。


 エルフィードは窓の外に広がる街を見て、驚いていた。

 そして次の日、彼は逃げ出してしまったのだ。

 必死になって探し、見つけたのは北端の山。

 エルフと人間の住む土地の境目だから、もう少しで手が届かなくなるところだったと、冷や汗で地面を濡らした覚えがある。

 再発防止のために、転移魔法を組み込んだ装備を作った。

 長い逃亡生活で髪が伸びていたので、ヘアピンにして、整えてあげた。

 これでどこに逃げても呼び寄せられる。


 そして。

 老いもせず、知性も退行せず、逃げ出せもしなくなった人間は、ついに発狂した。

 わたしはこんなにもずっと愛していられたのに、人間とはかくも脆い物だ。

 罵詈雑言を撒き散らす器の前で呆然としていると、子供が心配して見にきてくれた。

 金髪碧眼の可愛い子供。

 そこで気付いてしまった。




 エルフィードは次の世代に移動したのだ。




 わたしは再びエルフィードを愛そうとした。

 しかし劣化した人間と暮らした自分の姿を見て、自身も劣化してしまったのではないかと、思ってしまった。

 エルフの容姿はそう簡単に変わる物ではない。

 でも心が、新しいエルフィードを愛すには汚れてしまっている。


 子供達は繁殖を重ね、すでに血は薄まり、貴族と呼ばれる複数の系統ができていた。

 わたしは子供達の家々を周り、呪いをかけた。


 一つ、エルフィードの血を引く子を必ず一人、この地に生み出す呪い。

 血筋には依存させず、魂という概念体を作り出した。

 エルフィードの魔力が寿命以外で消えると、別の家系でエルフィードの魔力が組み上げられ、エルフィードの魂を持った子が生まれるようになる。

 そうやって一つの家系に絞らないようにする事で、途絶えてしまわないようにした。

 

 もう一つは死の呪い。

 エルフィードを害すような系統は滅ぼさねばならない。

 エルフィードが死ぬ時に発する魔力を浴びると、その系統は自身の魔力で体を焼き尽くす。

 魔力の質は系統ごとに異なるため、同質の魔力を持つ一族も皆発火する。

 これでエルフィードを手にかける者はいなくなるだろう。


 そうして一通りの作業を終えて、最後に指輪を二つ作った。

 片方は永遠の愛の魔法を込めて、新しいエルフィードに贈った。


 もう片方にはわたし自身の心を移した。

 記憶、いまわたしが考えていること、容姿以外の全ての情報を詰め込んだ。

 現在の肉体を捨て、再び愛し合える時代に、転生するために。


 新しいセカイで新しいエルフィードと新しいわたしが再び出会い、新しい愛を育むのだ。


 そこで最高のセカイで蘇るための条件を作った。

 エルフィードの末裔が全ての装備を着け、愛し合う準備が整っていること。

 加えて、わたしに適した高魔力の肉体が存在すること。

 指輪に魔力が満ちたタイミングを復活の時として、わたしは肉体を捨てた。


 最高のタイミングで、綺麗になった身体と心で、わたしたちは一から愛し合う。

 たったそれだけのことのために、全てを捧げる——。




・・・・・・・・・・・




「はっ……!」


 気がついたのは窓のない部屋。

 目の前のベッドの上で男女による血湧き肉躍り液散るエキサイティングファイトが繰り広げられている。

 周りを見ると、簡単には開けられなさそうな鉄扉が一つ。

 明らかに幽閉されている。


「こらアリア、目を背けるのではない!」

「その指輪を着けていて自我を保っていると言うの……?」


 男は金髪碧眼だがエルフィードとは似ても似つかぬ俗物。

 女は前世のわたしに似た黒髪の麗人。

 多分両親だ。

 それが自分達のにゃんにゃんを見ていろと。

 他所を見るなと。


「えぇ……?」


 わたし——両親いわく名前はアリア——はひどい虐待を受けているらしい。

 こんなにも痩せ細っていて、胸もなくて、汚れた服を着させられて。

 でもわたしが蘇ったということは、魔法的な才能は秘められている。


「おとうさま、おかあさま、今何年ですか?」


 現状把握のために質問するもの、回答はぐちゃぐちゃという水音。

 お邪魔でしたね(笑)。


 おそらくアリアという子供は、不埒な両親による洗脳教育により抵抗できなかったと予想するが、今のわたしには障害ではない。

 見るなと言われても気にせず、出口の方へ直進。


「どこへ行く!」

「わたしたちの愛の結晶は外じゃ生きられないのよ」


 わあセックげふん……しながら近づいてきた気持ち悪っ!

 っていうか臭い!

 生き物のだめな方の匂いを煮詰めたような悪臭が部屋に充満している!


 袖で鼻と口を覆っても貫通してくるので、新鮮な空気を求めて鉄扉を押す。

 びくともしない。

 ドアノブもないし魔法で開く仕様になっているのだろう。


 いっちょ壊してみようか?

 両親の耳がとんがっていないから、エルフの血はだいぶ薄まっているようだけど、アリアの体の魔力に違和感はない。

 人差し指を鉄扉に向け、熱線を放つ。

 超高温の熱で金属を溶かして、わたしが通れるほどの穴を開けた。


「無詠唱魔法だとッ! どこでそれを覚えた!」

「アリアには魔力がないはずなのに……」

「あれ? わたし何かやっちゃいました?」


 なおも腰を振り続ける二人の声色を察するに(表情は常に恍惚としていて読めない)、この時代では無詠唱魔法が廃れており、その上アリアは才能のない子としてこの部屋に監禁され両親の愛の捌け口にされている。

 両親がエッチをやめられないのは、跡継ぎとして早く有能な子供を作らないとならないから、か?


「おとうさま、おかあさま、わたしは魔法が使えます。もう跡継ぎを作る必要はありません。さあ一緒に出ましょう」


 穴から部屋の外に出て、深呼吸。

 ああ、普通の空気。

 相変わらず窓はないから気分が晴れない。


 両親を置いて一本道を進み、階段を駆け上がる。

 ようやく自然の光を浴びることができ、深呼吸。

 うーん、空気がうまい!


「……」


 で。


「愛しのエルフィードを探さないとね」


 さっきの映像を思い出したらムラムラしてきちゃった。

 現場は色々と不快感が優ってそういうのは湧かなかったけど。

 思い出とは美化されるものだ……(達観)。

 わたしとエルフィードが本気を出せば――出さなくてもああなる自信がある。


 手近な扉を開けると、無駄に豪華な装飾がなされた部屋に出た。

 金に縁取られたふわふわな椅子に座り、一息つく。

 エルフィードに会えると思うと、緊張してきた。

 出会った頃のような溌剌としたエルフィード……!

 いや、最初は瀕死だったから出会って少し経った後の元気なエルフィード……!

 清い体のわたしは、初恋のような高鳴りを抑えられない。

 深呼吸をしすぎて過呼吸になる直前で、覚悟を決める。


「アルシアン・ピン」


 エルフィードを呼び寄せる魔法の道具。

 名前を呼べば勝手に転移してくるはず。

 目を瞑って、セルフサプライズにする。

 ああ、気配がする!


 ——。


 薄目を開け。


「……ん、誰かな?」


 跪く5人の姿。

 赤、青、緑、紫、銀。

 キャラの濃い人達が並んでいるが、金髪碧眼はいなかった。


「……始祖メトリィ、復活をお待ちしておりました」


 緑色ツーサイドアップのゴシックドレスが最初に発言。

 リーダー格かな?


「我ら王の遺産、全てここに」


 青髪白衣がにやける。

 目の隈がすごいのでちゃんと寝た方が良いと思う。


「お姉さんたちは、長い時を経て溜まった魔力が実体化した存在だよ……!」


 紫色の最年長が頬を赤らめ。


「一緒にエルフィードの末裔を〜、捕まえに行こ〜」


 赤色おさげがあくびをして寝落ち。


「……あっ。……あっ。状況よく分かんない……」


 最後はコミュ障。

 あたふたする姿を見ているとわたしまで恥ずかしくなってくる。


「えーっと、現状が分からないのだけど。どうしてエルフィードが召喚されないの?」


 わたしが転生する条件は、わたしの転生体となる優秀な個体が存在することと、エルフィードの末裔が全ての装備を着けていることの二つを満たした時。

 つまり呼べば来る状態になっているはず。

 それなのに、よく分からない女達が並んでいるのはなぜ??


「……あるじ様の復活に、アリアの魔力と、王の遺産の魔力が使われたのです」


 緑色が応える。

 そんな仕組みにはしていないし、そもそも装備に込めた魔力が具現化したとか言っているのもおかしい。

 壊れちゃったのかも。

 思ったより長い時間が経過してしまったのだろうか。


「くくく、王の遺産の魔力は主人の魔力そのもの。最も親和性の高い魔力が復活に消費されたと考えられる」


 青髪の言うことは的を得ている。

 指輪に仕込んだ転生の仕掛けは、急いで作ったので予備試験していない。

 装備品に込めた自分の魔力が自分に帰ってくるなんて可能性は、言われてみると無いとは言えない。


「じゃあ、魔力だけが飛んできちゃったってこと? わたしがカッコつけてアルシアンピンとか言ったのはただの独り言?」

「……ご慧眼さすがですあるじ様。魔力体であるボクたちはあるじ様の復活と同時にこちらに転移しましたが装備と末裔は元の場所に残されています」

「末裔ちゃんはお姉さんたちの力なしで置いてきぼり……寂しくて泣いているかも……!」


 人間は戦闘力もなくすぐに壊れてしまう存在。

 装備自体はエルフィードが持っているらしく、すぐに死んでしまうことは無いだろうけど……。 


「エルフィードはどこにおいてきたの!?」

「ここから〜、ずっと遠くの〜、森の中〜」

「なんでそんな場所に……!」


 エルフィードから外した装備はまとめて子供に渡した。

 順当に継承されていればどこかの屋敷に収納されていて、今代のエルフィードはその屋敷でちやほやされている予定だったのに。

 それが森の中に居るとあれば、なんらかの事故があったということ。


「……末裔はあるじ様が思うより強いです。どうかここは体調が戻るまでお休みください」

「嫌! 早く逢いたいの!」


 椅子を蹴り、緑髪の静止を振り切って出口っぽい扉を風の魔法で押し開ける。

 おあずけなんて許せない。

 早くエルフィードを迎えに行かないと!


 吹き抜けの大広間に出てから、窓に向かって飛ぶ。

 飛翔の魔法で建物を抜け、街を俯瞰した。


「……うわー何これー」


 街のあちこちで煙が立ち、人々がわたしのいた建物に押し寄せてきている。

 遠くの空にはドラゴンの姿。

 明らかに混沌とした光景に、現代の状況は思ったよりも複雑だと分かった。

 しかし情勢よりもエルフィードが最優先だ。

 ドラゴンの視界に入らないよう、空を抜けて街を通り越そうとすると、途端に目眩がして魔法が途切れる。


 ふらふらと漂う感覚と、体が落下していく現実。

 危機感を覚えて飛翔魔法を再度発動——出来ないっ!


 思いっきり強引に魔力を捻出して、ようやく中途半端な飛翔魔法が組み上がり、落下スピードが減っていく。

 なんとか体勢を立て直して、足で着地をすると、二階から飛び降りたくらいの強い衝撃。

 立っていられず手をつくと、なし崩し的に体まで倒れ込んでしまった。


 力が入らない……。


「んふふ〜。それは〜、魔力切れ〜」


 どこからともなく赤髪の女が現れ、わたしの顔を覗き込んできた。

 魔力切れって、そんなことあるはずがない。

 エルフの魔力は飛翔魔法ごときで尽きない。


「あんたの復活に必要な魔力は〜、どれだけ精霊に補われていたのでしょ〜う」

 

 もう一度飛翔魔法を使おうとして、気持ち悪くなって吐いた。


「正解は〜、ほとんどっ、でした〜♡」


 そして意識も遠くなって、わたしは再び眠りにつくことになった。




・・・・・・・・・・・




「——はっ!」


 ぬちゃぬちゃという水音が聞こえて飛び起きた。

 目の前で男女によるエキサイティングファイトが繰り広げられている。

 周りを見ると、穴のあいた鉄扉が一つ。


「戻ってきた……?」

「目覚めたか我らが愛の結晶よ。だから言っただろう、外は危険だと」

「アリアは無力な子なのですから」


 どうやらまだ、眠りにはつけないらしい。

 アリアはこの時代にしては優秀なのかもしれなかったが、わたしからしてみればそこらの子らと変わらない。

 このほとんど魔力のない肉体では、転生の魔法は作れないし、この時代を捨てる選択肢が取れないのが辛いところ。

 エルフィードを探すか、精霊とやらを贄にして転生する方法を作るかしないと。


 なんにせよ、最低限の魔力すらない現状では、なにもできない。

 これからしばらくは、魔力トレーニングだ。

 エルフの子にやらせるような基礎トレーニングをやって、魔力の容量を大きくして、魔法を不自由なく扱えるようにする。

 今のままでは一歩も外に出られない。


 逢いたい気持ちを抑え込む。

 手足も無い状態の無様な姿をエルフィードには見せられない。


 百年くらいならエルフィードも無事にいてくれるだろうか。

 人間の寿命は短いから、十年くらいの方が安心か。


 今は、エルフィードが生き残ってくれるよう、祈ることしかできない。

 祈りついでに魔力を込めて、早速容量アップのトレーニングを始めた。


 そして、本格的なトレーニングの場を確保するために両親に提案しよう。



「——おとうさま、おかあさま。わたしに王都の騒乱を鎮める策があります」




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