メトリィのハッピー転生譚

 ——リルフィさまが1日2日でわたしを見つけてくれるとは思っていない。

 行き先も告げずに喧嘩別れのような去り方をした。

 いまごろリルフィさまは一人で泣いちゃっているかもしれない。

 その光景を見に行きたいが、新しい王の遺産の能力が分かっていない状態で接近するのは危険。

 察知されて捕まってしまう可能性がある。


 王の遺産はエルフィードの血筋に莫大な力を与える。

 王の遺産が増えるたび、リルフィさまは人間ではなくなっていった。

 武器を与え、感情をコントロールする装備を与え、不死化させ。


 もしわたしが始祖メトリィだったら、装備を作ってあげてただ力を与えるだけ、ということはしない。

 愛する人を魔物から守る仕組みを作ったら、次は監視する仕組みを作る。

 どこにいても居場所が分かる能力や、呼び寄せる魔法など。

 装備者が、ではなく、こちらが手綱をにぎるための能力。

 

 わたしだったら、そうやって愛するリルフィさまと永遠に一緒にいられるようにする。


 メトリィはエルフで、エルフィードは人間だ。

 普通に生きていたらエルフィードが先に寿命で尽きてしまう。

 そうならないようにするために、あの装備でがんじがらめにしてやる。

 王の遺産とは、メトリィがエルフィードを独占するために作った拘束具なのだ。

 そうとしか考えられない。


 今となっては始祖メトリィも帰らぬ魔物と化し、宙ぶらりんになった力はどのように働くか分からないけど。


 ……と、魔法学校を出てから、考えながら歩いていたら、エルフィード王城に着いてしまった。

 道中、ごみを適度に掃除しながら、気づけばもう敷地内だ。

 城門は反王権派の有象無象が集まっていたのかもしれない。

 興味がない。


 駆除する方法をいちいち考えていられないから、全て地中深くに埋めてきた。

 どうせ皆、最期には埋葬されるのだから、それが少し早まっただけ。

 葬式代と墓代が浮いてよかったね。


 墓地兼城門をくぐった先には、エルフィード王国兵が隊列を組んでいた。

 それもどうでもいいので直進していたら、道を開けてくれたので処分はしないでおいた。


 王城の長い廊下を右に左に、あまり通ったことがない道には懐かしさも感じず、中心棟に着いた。

 すれ違う使用人や騎士の顔も見覚えはない。

 見てないし。


 上階には謁見の間と王族の居室がある。

 無駄に装飾された無駄にカーブした階段を上り、無駄に大きな扉を魔法で開けて進入する。

 謁見の間。

 近衛兵に挟まれたカーペットの先に、仁王立ちする人影。


「——よくも顔を出せたな不貞の子よ。反乱の最中、居場所を失くしたか。残念だがここにもお前の居場所はないぞ」


 第一王女アキュリー。

 覚えるほど一緒にいたこともなく、エルフィード王家の中から消去法で判断。

 王子は死んだし、第二王女メロディアは外だし。

 悪意に満ちた表情を向けられては、素通りするのも無理だろう。

 さてどうしたものか。


「指名手配の際に大人しく殺されておけば面倒事が避けられたのだがな」


 そいつが手を振りかざすと、風の刃の魔法が形成される。

 すかさずこちらも風を成形して、その凶刃を相殺する。


 相手も無詠唱魔法を使える。

 それは単純な話で、王族が王族であるための単純な仕組み。

 王国民には詠唱魔法だけを普及させ、王族は無詠唱魔法を修得することで、絶対的な強者でいられるのだ。

 そうやって偽物の王家はその地位を維持している。


「ふん、ここまで侵入したとあらば、相応の実力は持っているか」


 アキュリーが構えを解く。

 無詠唱魔法の使い手であっても、向こうには実戦経験がなく才能もない。

 魔法の発動が無詠唱の割に遅く、魔力量にも隔たりがある。

 魔法を放ってきたのは実力差の確認行為。


「現王を呼び寄せよう。目的はそれだろう」


 近衛兵に目配せをすると、アキュリーは玉座の裏から居室へ向かって行った。

 わたしは玉座に座って待つことにした。

 この椅子の持ち主は何度座ったのか。

 きっと二桁もないだろう。


 微動だにしない近衛兵を数えて暇を潰していると、二人分の足音が近づいてきた。

 国王カントと、王妃ヴァース。

 両親と呼ばれる類の存在。


「おおアリア! ようやく戻ったか!」

「最愛の子、まちわびていましたよ」


 王家の証である金髪碧眼の男と不貞の証である黒髪の女がわたしの体を無遠慮に触ってくる。

 四つの手に服を髪を顔を体を触られる。


「子らにアリアを探させたが、役立たずであったな」

「でもアリアが自分から戻ってきてくれるなんて、これはわたしたちの愛の賜物ね」


 服を引っ張られ、腕を引き上げられ、玉座から降ろされ。


 わたしは国王夫妻に挟まれ、目前でディープキスを見せられた。

 王妃の唇が、国王の唇に触れ、舌と舌が絡み、口内を弄り合う。

 わたしはその間で、二人の発する生々しい音と、吐息の匂いに晒され、溢れた唾液がわたしの横髪に垂れた。


 これはわたしにとって当たり前の光景だった。


「……第一王女は指名手配によりわたしを始末しようとしました。わたしは第一王子率いるエルフィード軍の襲撃を受け、第二王女にも私怨で攻撃されました」


 魔法学校に閉じ込められる前の、はるか昔の記憶にしたがって、振る舞う。

 両親の行為が止み、情欲にまみれた視線がこちらに向いた。


「保護の命令が曲解されたか。愚かな子らはなぜ我々の愛を理解できぬのだ。アリアは決して不貞の証ではなく、我らが愛の結晶だ」

「ほとぼりがさめるまで魔法学校に隔離するなんて無理があったのよ。血筋を維持するためだけの傀儡なんて信用してはだめ。愛の結晶はわたしたちが大切に守らないと」


 国王夫妻は自身の子に興味がない。

 金髪碧眼の偶像か、愛の末に勝手にできた排泄物か。

 王女2人、王子1人、それは周囲の批判に夫婦の愛が邪魔されぬように置いたものでしかなく、わたし以外の子は生まれた瞬間から乳母に投げたらしい。


 しかし、わたしが生まれた時点で国王夫妻は狂い始めた。

 それまでかろうじて平和な国を治めようと内政に関わっていたが、わたしが生まれてから一変。

 国王夫妻の興味は黒髪の子に移り、王宮を私物化。


 父親は黒髪の妻と子を守るため、この事実を知る貴族をシエルメトリィに強制送還し、王族、貴族、平民の徹底的な封建制を敷くことで、王族に逆らえない仕組みを作った。

 その環境構築の邪魔にならないよう、幼いわたしは魔法学校に送られた。

 王宮の息がかかった従順な教師にわたしの行動を監視させ、勝手が出来ないようにして。

 他の学生の前では、わたしを王族ではなく一貴族として扱い、アリアという存在を徐々に社会になじませる。


 そのようにして現在の歪な体制が出来上がった。

 

「アリア、我らが愛の結晶よ、待たせて悪かった。退屈な外での生活は終わりにしよう。また三人で静かに暮らそうぞ」

「大丈夫ですよアリア。今度は邪魔がはいらないようにするから」


 二人の繋いだ手に背中を押され、居室に誘導される。

 王族と一部の使用人が立ち入りできる奥の間から、上りと下りの階段に続く。

 上は執務室や寝室があり、第一王女はすでにそちらに戻ったのだろう。


 国王夫妻が進むのは、下り階段の方向。

 一階下ると、浴室や倉庫、夫妻の第二寝室が並ぶ。

 そこからさらに下り、地下。

 窓はないが照明が行き届いているので不便はない。

 地下だがあくまでも王族が過ごす空間として手入れされている。


 この階には部屋が一つ。

 突き当たりに鍵穴もドアノブもない鉄扉がある。

 国王が解錠の魔法を使用し、続いて壁の穴に水魔法を流し込むと、鉄扉が持ち上がった。

 今だから理解できるが、幼少期のわたしには絶対に開けられない仕組み。

 無知な子供を閉じ込めるための構造。


 王妃があかりの魔法を唱えると、中がくまなく照らされる。

 その部屋は一階層を丸々ぶち抜いたような間取りだ。

 大きなベッドのそばに転がった人形。

 壁にそって一面に並ぶ本棚。

 仕切りのないトイレ、浴槽。


 黒髪の子を隠匿するために作った軟禁部屋。

 王族しきたりを踏みにじった夫婦が、愛を営むための隠れ家。

 わたしの故郷だ。


「さあアリア、入りなさい」


 王妃に背を押され、軟禁部屋にいちばん乗り。

 続いて夫妻が入り、鉄扉を閉めた。

 わたしのセカイが、この狭い空間だけになる。


 目的地はここだった。

 わたしの人生の前半は、この牢獄で成り立っている。


 この記憶が、リルフィさまとの愛を育む上での異物となっているのだ。

 リルフィさまがいない時代の記憶は不要。

 だからリルフィさまにここを見つけてもらい、連れ出してもらうことで、この忌まわしき記憶を、リルフィさまとの幸せな記憶で塗り潰す。

 わたしにとって必要な儀式なのだ。


 部屋の中を歩き、本棚をなぞる。

 児童向けの物語から、学者用の魔導書まで、幅広い分野の書物が置かれている。

 ここは元々は図書室として使用されていたらしいが、軟禁部屋にするために邪魔な本棚を撤去した。

 たまたま残った本棚が、わたしの知識の源となったのだ。


 書物のタイトルを流し見て、ベッドの前の絨毯に座る。

 ベッドは国王夫妻の場所だから、わたしが触れてはいけない。

 そもそも手入れされずに黄ばんで異臭を放つシーツに触れたいとも思わない。

 ベッドを背に壁を見つめていると、国王夫妻がそのベッドにあがった。

 そして、ぴちゃぴちゃというリップ音と衣擦れの音。


「わたしたちの愛の証が帰って来てくれて、もう我慢できないの」

「我々の溢れる愛をアリアに受け止めてもらおう。さあアリア、こっちを向きなさい」


 言われた通りに体の向きを変える。

 夫妻はすでに生まれたままの姿になっており、その瞳にはわたしは映っていない。

 わたしの前でお互いのあらゆる場所を触り合い、体を震わせ、嬌声をあげ、正気を失った表情に変わる。

 どこから出たかも分からない液体が互いを濡らし、体を打ち付け合い、それが飛び散って生暖かい汁がわたしの顔や髪にかかる。

 馬鹿みたいに同じ動きを繰り返し、痙攣し、動物のような鳴き声を部屋中に響かせる。


 触り、交わり、撒き散らし、舐め合い、触り、交わり、撒き散らす。


 終わりのない行為を見せられて退屈。

 

 


 ここで、間抜け共の行為を見て、リルフィさまを待つことになるのだ。

 明日か来週か来年か。

 退屈だけど、どれくらいかかってもいい。

 時間が開けば開くほど、再会の喜びも増す。


 国王夫妻の行為がまた1サイクル終わる。

 数秒の静止を置いて、二人はつながったままベッドを降りた。

 液体に塗れて色が変わった衣服を弄り、小さな革袋を取り出す。

 夫妻はそれぞれ片方の手を使って封を開ける。

 それをわたしの手にかぶせてきた。

 指に何かがはめられる感覚。


 革袋が取り払われ、銀の指輪が見えた。


 急激に魔力が抜ける。

 姿勢が保てなくなる。

 エルフィード人は魔力がないと心を失ってしまう。

 身体機能は正常でも、思考ができないため一切の活動ができない。

 指輪なんてすぐに外せばいい。


 しかしそんなことをする思考も


 ……。


「それは始祖メトリィが遺した婚約指輪よ。魔力が吸い取られるからわたしたちは直接手で触れられません。でもわたしたちのアリアには、どこにも行かないように、指輪を大事に持ってもらうことにします」

「我らが愛の結晶に心は必要ない。そこで永遠に我々の愛を受け止めていればよい」


 ——。


 それが最後に聞こえたことば。



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