シアンのつよつよお披露目会

 アリアがいない。


「アリアっ! アリアーっ! どこにいるのっ!」


 4つ目の王の遺産を手に入れ、マリオンとユリアを倒し、アリアを置いてきた場所に戻った。

 でも、もうそこにはアリアはいなかった。


 一日ほど経っていたと思う。

 そんな時間があったらどうするか。


 私がアリアだったら、真っ先にリターナ領に向かい、合流するだろう。

 しかしあの時は、ロクでなしの私が怒って、アリアをぶってしまった。

 そして精霊たちと仲良くしているところを見せつけ、勝手にリターナ攻略に向かった。


 そんな最低なヤツを、追いかけるだろうか。


 愛想を尽かして当然。


「あ、あああ、……」


 最悪の想像をしてしまい、体がくずれ落ち、地面に膝をつく。

 アリアがいないと、私は、ここまで頑張ってきた意味がない。


「あ、謝らないと」


 すぐに起き上がり、周辺を探す。

 死角が多くて全部なぎ払いたいけど、勢いでアリアもろとも切ってしまったら取り返しがつかない。

 素手で、茂みをかき分けて、あのキレイな黒髪を求める。

 痛覚が薄れているため、小枝で派手に腕が切れたがどうせ治る。

 焦燥感が、そんな探し方はムダだと語りかけてくる。

 アリアが移動したなら、すぐ近くにいるハズがない。

 もう一日経っている。

 アリアが一日で動けそうな範囲を探そうとすると、私は数日かかってしまう。

 数日すれば、行動範囲はさらに広がってしまう!


 王の遺産のチカラを使えば、分かるんじゃないか。

 首環フローラのチカラで未来予知に近いことができるんだし……!


 そう思った瞬間に、王の遺産のチカラを起動した。

 魔剣の身体強化で視力をさらに強化。

 焦点が何百、何千にも増えたような、目に入るあらゆるものが鮮明に映る。

 そして魔剣の強化作用を首環にも適応。

 視界の情報全てに注釈が付き、アタマの中が文字でいっぱいになる。

 情報過多による頭痛は腕輪の回復と痛覚軽減で強制的に沈静化。


 取捨選択し、アリアの痕跡の情報の優先度を上げる。

 私が叩いて、アリアが倒れ、その時に地面を擦った跡が判る。

 そこから足跡。

 立ち上がって方向転換し、私がリターナ領に向かう姿を見送ったのだ。

 そして、それとは逆方向に足跡が向かい、茂みの中へ。

 小さな血痕と、大きな血痕が、雑草を染めていた。

 アリアはここで倒れていた。

 顔に当たる部分の出血は、私が傷つけてしまったもの。

 やるせなくて私の頬に爪を立ててチカラ任せに引きちぎったが、当然すぐ治る。


 続いて、大きな血痕。

 こちらは足元に相当する位置にあり、顔の血痕と比較するとずっとあたらしい。

 寝そべって数時間後に、起き上がって、激しい出血を伴う傷を負ったのだ。

 でもアリア以外の痕跡はない。

 争った形跡もない。

 首輪の分析結果は、アリアが自分自身で両脚を傷つけ、へたり込んでから傷を癒やしたと断定している。

 なぜ?

 行動は分析できても、心は予測できない。

 最近のアリアの感情が分からないから、直近の衝動へとつなげられないのだ。

 だから可能性がムゲンに生じ、発散する。

 今は行動の確定に専念することが大事。


 傷を癒やしたアリアは再び立ち上がり、茂みから出る。

 血が混じった足跡は、ユリアが立っていた場所へと続き。

 数回ジャンプした次に。

 パッタリと途絶えてしまった。


「は?」


 最後の足跡の向きは、リターナ領とは正反対。

 分析能力は、そこで「誘拐」だとか、「転移」だとか、そういう可能性しか提示できなくなった。


 分析は予想であり、証拠の数だけ信頼性が上がるが、奇抜な行動を取るほど可能性の分岐に覆い隠される。

 ひとの行動は連続的だから、予測も容易だけど、途中でぷっつり切れてしまうともう全く分からない。

 転移したのであれば、体の向きは関係ない。

 王の遺産の暴走による無差別転移の対象が、アリアになった可能性がある。

 いや、この周囲のモノが転移された様子はないから、可能性はごくわずか。

 アレは一定の範囲内のモノに「不完全な転移」をさせるから、必ず一部が元の場所に残る。

 しかしこの場にアリアの一部はない。


 すると、アリアが魔法で転移した可能性。

 そんな魔法なんて聞いたことはないけど、ここまでの旅で何度も初見の魔法を見てきたから、学校で習う知識が役に立たないことは確実だ。

 転移魔法であれば、アリアが行ったことのある場所にいる可能性が高い。

 知らない場所に転移したとすれば、魔力の暴走で魔法がランダムに発動した可能性がある。

 そして、第三者の可能性。

 エルフィード人は私に異常な好意を見せつける一方、私と行動するアリアに対しては、害意を持つ。

 私から遠ざけるためにアリアを飛ばした、という可能性だって、否定ができないのだ。


 転移魔法という前提条件で、こんなにも可能性が分岐する。

 アリアがいない原因ですら推定しかできないのに、行き先を知ることなんてできるワケもない。


「……もしかして、アスカなのか?」


 転移という未知の魔法が使え、アリアを認知している存在。

 ソイツしか、いないじゃないか。

 セレスタの代わりかのように、付き纏ってくるようになったエルフ。

 私がひとりの時を狙って、どこからともなく現れる。

 逆に考えると、私が誰かと一緒にいた時、アスカは別の場所にいたことになる。

 精霊といた時、メロディアと話していた時、ユリアとマリオンと戦っていた時。

 アスカはアリアと接触する機会があった。


 地面に他の痕跡がないか、集中を移す。

 周囲を徹底的に探しても、そんなモノはない。


 でも、痕跡がないことが、果たしてエルフがいない証拠になるか?


 いつもフラッと現れるアスカは、痕跡を残さないで移動することなど、当たり前のようにできるのでは?

 そもそもエルフという種族自体、ニンゲンから身を隠すためだとか、自然という概念そのものだからという理由で、存在の痕跡が残らないとされている。


 痕跡の有無は証拠にならない……!


「アスカを探せばいいの……?」


 そうだ。

 普通ならここで「呼んだ?」と言って出てきそうなところなのに、出てこない。

 それはあのエルフにやましいことがあるってことじゃないか。


「エルフ……!!」


 どこまで私たちのジャマをすれば気が済むんだ!

 絶対探し出して……殺してやるッ!




 ——。


「……ふぅーぅ、リルフィはいつもボクたちを置いていっちゃうね」

「理系の、運動神経を、はぁ、甘く見ないで欲しいっ……けほっ」


 エリスとフローラの声。

 精霊たちが追いついてきたようだ。


「リルフィ様! どうしてわたくしを置いて行ってしまうのです!」


 精霊の間からメロディアが飛び出してきて、手を握ってきた。

 ニセモノのアリアの姿が視界いっぱいに広がり、嫌悪感を覚える。

 汗で湿ったメロディアの手を離そうと一歩後ずさるが、絶対に離さないと言わんばかりに二歩詰め寄ってくる。


 背中がぞわぞわしてきたのでチカラづくで振り払おうとしたとき、また新たな人影が現れた。


「お、お姉さん、お馬さんじゃ、ないよ……?」

「でも〜、そーいうの〜、好きでしょ〜?」

「うん……幸せ」


 だいぶ遅れて、四つん這いのリリーと、その上に乗った新しい精霊——シアンが姿を現す。

 赤髪碧眼の少女は、へんたいを叩いて私のすぐ近くまで移動させた。


「リルフィちゃんの太ももが目の前にある……!」


 変態が舌を出してきたのでメロディアを盾にした。


「ぎゃーっ!」

「ぇい゛ぅぅ!!」


 リリーのあごにメロディアの膝が入り、勢い余って舌を噛むリリー。

 やっとメロディアが手を離したと思えば、倒れゆくリリーから降りたシアンが、今度は抱きついてきた。


「ふふふ〜。新しいご主人さま〜。すぅ〜〜〜〜」


 胸元で、すごい吸ってる。


「改めて〜、わたしぃ〜は〜、シアン〜。アルシアン・ピンの精霊だよ〜」

「よろしく。で、能力は?」

「え〜? せっかく会えたのに〜、そっけないぃ〜! 教えないも〜ん」


 暴走していた時の現象から考えれば、「転移」しかないだろう。

 アリアを探すためにちょうど欲しかった能力。

 問題は使い方だ。


「かまってくれないと〜、な〜んにもしな〜い」


 と、言いつつも、シアンは私の背後に回りこんでよじ登ってきた。

 私も馬にするつもりなのか。

 足にチカラを込めて四つん這いにならないよう対策していると。


「ぐぅ……」


 寝やがった。


「なんなのこれ……」


 歴代の厄介精霊たちに視線をやると、みんな目を逸らす。

 エリスに狙いを定めて、逸らした目線の先に移動。


「なんなのコレは」


 背中にしがみついたまま深い眠りにつく精霊を見せる。

 エリスは一歩下がり、フローラの背中を押した。

 苦虫を噛み潰したような表情。


「ねえどうにかして」

「寝たら起こせない。起きたら手がつけられない」


 どっちにしろ手がつけられないらしい。

 急いでいるのに、肝心の能力が使えないなんて……!

 試しにチカラづくでシアンの手を解こうとしたが、全く動かない。

 と思えば、いきなりシアンの寝息が途切れた。


「あ〜〜! そうだ〜!」


 首に回っていた手が、そのまま腰の位置まで下がって、両手が絡め取られた。


「出会えた記念に〜、二人きりで旅行しよ〜? そしたら〜、お互いうれしいね〜」


 その言葉に、エリスとフローラが反応する。

 ふたりはこちらに手を伸ばし、その異変に気づいたメロディアとリリーもシアンを離そうと動く。


 しかし。


「えい〜!」


 気の抜けた掛け声と同時に、視界は一瞬で変わった。

 森の中から、焦土へ。

 転移した。


「え……リターナ領……?」


 つい先程までいた壊滅した街。

 ……にしては、雰囲気が違う。

 リターナ領にはもう何も残っていないハズだ。

 一方でここには、かろうじて原型を留めた建物がちらほらと。

 黒焦げになった家、倒壊した家、焼けた畑の跡……。

 知らない光景だけど、知っている。


 すぐ近くに見える山。

 風の匂い。

 倒壊した建物の位置。


「う、嘘、ノーザンスティックス領……?」


 シアンが青色の瞳を細め、笑った。


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