シアンのざこざこハネムーン

 国の端から端へ、一瞬で飛ばされてしまった。

 ノーザンスティックス領は、暴走したエルフィード王家によって滅ぼされた。

 罪状は、指名手配だった私とアリアをかくまった罪。

 私たちを炙り出すためか、念入りに放火したようで、原型をとどめている建物は一つもない。


「まずは〜、実家に~、ご挨拶〜🤍」


 ひとの気配も完全にない。

 時間が経って、植物や魔物の住処と化している。


「リルフィ〜、両親にわたしぃを〜、紹介して〜?」

「な、何を言っているの」


 気配を察知せずとも分かる。

 こんな場所に、ひとが住んでいるワケがない。


「ほらほら〜」


 赤髪碧眼の精霊は、また私の背によじ登って、実家があった方向を指さす。


「い、いるワケ、ないでしょ……!」


 なんで、両親がいないと、わざわざ言わされなきゃならないの。


「そうだね〜。くだらない反抗期をこじらせて〜、孝行もしないうちに殺されちゃったね〜」

「……ッッ!」


 気がつけば、背中の精霊を振り切って、突き飛ばしていた。

 小柄なシアンの体は、勢い余って尖った木材に突き刺さった。

 記憶が読まれている。

 なんで?

 悪意?

 どうしてそんなことを言うの?


「ふぅ~。そうやってすぐ手が出るのは〜、成長してない証拠かな〜? おと~さん、おか~さん、こんなざこざこ一人娘ですが~、わたしぃ~が~、もらってあげま~す♡」


 精霊は死なない。

 すぐに再生する。

 何事もなかったように、自分の体を引き抜き、薄笑いで私を罵る。


「よ〜しよ〜し。ざこざこリルフィ〜」


 聞きたくない言葉を止めるために、拳を突き出す。

 闇雲に放ったそれは当たらず、私の腕が優しく取られ、引き寄せられた。


「王の遺産がなければ、何もできないくせに〜」


 なんなの?

 やめてよ。

 そんなの分かってるんだから。


「アリアを探すなら〜、わたしぃの〜、能力を使わないと〜、いけないよね〜」


 手を振り回す。

 シアンは転移し、命中しない。


「エリスも〜、フローラも〜、リリーも〜、アリアを守るには〜、必要だよね〜」


 逃げ出す。

 転移で引き戻される。


「リルフィ〜は〜、親切な精霊たちに〜、どう接してたのかな〜?」


 耳をふさぐ。

 片方をこじ開けられ、吐息が流れ込む。


「ねえ」


 魔剣をとりだし、触られたところを刺す。

 自分の耳も巻き添いになったけど、すぐに再生。

 聞きたくない、聞きたくない。


「都合が悪くなると〜、そうやって〜、逃げるんだよね〜」


 両の指を耳に突き刺し、自分の鼓膜を破る。

 再生するたびに、破る。

 鼻血が垂れて、地面に吸い込まれる。


「そうやって〜、可哀想な自分を演じればぁ〜、エリスが優しくしてくれるもんねぇ〜??」


 精霊たちはただの道具。

 どう使おうが私の勝手。

 アリアのためなら何をしても良い。


 ぜんぶアリアのため。

 私にはアリアしかいないんだから他のものがギセイになってもしょうがない。

 しょうがないんだ。

 村が焼かれたのだって、しょうがない。




「リルフィ〜の〜、く〜ずっ♡」

「あ……」


 腕から、チカラが抜ける。


「あは〜っ♡ 当たり前のこと〜、言っただけなのに〜♡ なんでそんなに〜、なるのかなぁ〜♡ 普段は強がってるくせに〜、中身は、よわよわ、なんだね〜♡ よわよわ〜♡ よわよわ〜♡ そんなんで〜、よくやってこれたね〜♡ あ〜、違うか〜♡ 何も出来てないよね〜♡ リルフィ〜のせいで〜、こうやって〜、故郷が焼け野原になってるんだよね〜♡ ねえねえ〜、今まで何人の人を殺したの〜♡ よわよわリルフィのせいで、何人死んじゃったかな〜♡ ほらぁ〜、一緒に数えよ〜♡ い〜ち、に〜い、さ〜ん、あはっ♡ ここだけで80人〜♡ いっぱい殺したね〜♡ く〜ずく〜ず♡」

「うあああああああああああああっ!」

 

 まくし立てられ、もうワケが分からなくなった。

 飲み込んだハズの罪悪感を、無遠慮に掘り返され、醜い欠点を暴かれ、罵られ。


「あああああ、ひっく、うええええええん」


 この歳になって、幼児のように声を上げて泣くことなんてないと思ってた。

 ここまでされて、恥もなにもない。

 そのまま尻もちをついて、胸の中の苦しみを逃すために、声と涙と鼻水と涎を出す。


「あ〜♡ ぶざま〜♡」


 アタマを踏まれる。

 それを追い返すために、もっと大きな声を出す。


「泣いてるリルフィ〜♡ かわいい〜♡」


 蹴飛ばされる。

 泣くのに精一杯。

 上下左右前後の感覚がなくなって、どうなっているのか分からない。


「そんな〜♡ く〜ず♡ なリルフィ〜が〜、好き〜♡」


 柔らかいものに包まれる。

 それにしがみついて、漏れ出る液体を染み込ませる。


「よわよわリルフィ〜は〜、そうやって〜、地面に這いつくばっているのが〜お似合い〜♡」


 意味わかんない。

 意味わかんない。

 どうして初対面の精霊にここまで言われているの。

 ついさっきまで何回も死にながら戦っていたのに。

 やっとのことで勝って、頑張ったのに。

 褒められない。

 怒られている。


「ふふ〜♡ じゃ〜あ〜、ゆっくり休めるところ〜、行こ〜?」


 パシャリ。

 風の音、虫の音が消え、地面は硬い感触に。


「ほら〜、座って〜」


 少し反響する声。

 全身にチカラが入らないから、脇の下に手を入れられて、引きずられ、座らされた。

 薄目を開けて見える光景は、瓦礫の山。

 頭上から外の光がわずかに差し込む、地下空間。


「ゆっくり〜ゆっくり〜」


 カチャリと、両手に冷たい感触。

 それが手枷だと認識した時には、足枷もはめられていた。


「これ〜、覚えてる〜?」


 手に、釘を刺される。

 腕輪の影響で痛覚が薄れていて、金属の冷たい感触が伝わる。

 今は痛みはないが、昔の痛みは覚えている。


「リルフィ〜が〜、初めて〜、人を殺した場所〜」


 ビザール領。

 領主リオ・ビザールの地下拷問室。

 暴走した魔剣エリスフィアを持つと殺人で快楽を覚えるようになる。

 快楽に依存した領主が冒険者たちを騙し、誘い込み、ここで多くのひとを殺した。


「初めてなのに〜、リルフィ~が~、二人もっ、殺した場所〜」


 シアンは薄笑いを崩さないまま、返しのついた鉄杭を棚から取り出した。


「ひとりは~、名前も知らない~、冒険者~」


 淡々と、その鉄杭が胸に当てられ。


「ふたりめは~、エルフィード王国貴族~。重罪~」


 杭がハンマーで打たれ、胸の中に入ってくる。

 痛みはない。

 この胸の苦しみは、もっとちがうモノ。


「初めて魔剣を手に入れて〜、気持ちよくなっちゃったんだね〜」


 身体が引っ張られる。

 喉がしまる。

 心臓の鼓動が異物に邪魔される。


「どくどく、どくどく、かわいい〜♡」


 呼吸ができなくなって、意識が遠のいてくる。

 意識が遠のくと、余計なことを考えなくて済む。


「え~、リルフィ~、笑ってるの~? きもちわる~い♡」


 ここで死んでしまえば、ラクになれる。

 釘抜きを突っ込まれ、杭が引き抜かれた。

 返しが心臓をひきちぎってもそれはひとりでに動き、血は管が切れても流路を変えずに循環する。

 こんな光景を見て、笑うしかかったな。


「……も、う、ゆるし、て」

「え~? なにを許せばいいのかな~? わたしぃ~は~、別に~、怒ってないよ~?」


 朦朧とする意識。

 アタマがもう休めと命令している。

 しかし再生能力のせいで強制的に引き戻される。

 そんな宙ぶらりんの状態で、精霊シアンが杭に伝った私の血を舐めている様子を眺めていた。


「わたしぃ~は~、よわよわなリルフィ~が~、好き♡ なんだ~」


 手や胸に刺さされた異物は、腕輪の治癒効果によって、最初からそこにあったかのように馴染んでしまった。

 まるでピアス穴のように。

 金属と肉の間に皮ができて、異物感がなくなっている。

 そんな穴に手を添えて、周囲をなで回すシアン。


「じゃあ、次いこ~」


 シアンが指を鳴らし、またもや視界が一変。


「今度は~、ここ~」


 比較的記憶に新しい街の大通り。

 しかし大通りであるのにも関わらず、誰の気配もない。


「ここはね~」

「……ひっ」


 シアンが口を開いたところで、再び胸が締め付けられる。

 刺さっていたものは転移のときになくなった。

 肉体だけが移動した。

 今も私を締め付けているのは、モノではなくてシアンの言葉だ。


「ん~? んん~?」

「聞きたくない……」


 今度は首環を手に入れた場所だ。

 フローラの暴走は、装備者の欲望を増大させて、装備者のキャパシティを超えるほどに増殖していく。

 次第にその欲望は装備者という殻を破り、伝播する。

 影響を受けたニンゲンは、欲望という情報に思考を塗りつぶされ、欲望を満たすために死ぬまで動き続ける。


 装備者だった領主は魔法学校時代の同級生。

 エルフィードの血に冒された彼女は、私を独占するべく、私を捕らえようとする国家に対し反逆する計画を企てた。

 しかし、それは一朝一夕でなし得るものではない。

 欲望のリミットが外れた領主は、反逆への第一歩として領地拡大を計画。

 街のニンゲンはその欲を叶えようと働くようになり、疲弊しきったニンゲンたちは最後に全滅した。


 これも、私のせいなのだ。

 私がここに来なければ、こんなことにならなかった。

 私が存在しなければ、何もおこらなかった。

 それをまた、咎められるのだ。


「リルフィ~」

「……っ」


 もう抵抗できない。

 言葉の刃で身体を滅多刺しにされ、心がもう敵わないと判断してしまった。

 肉体は何度殺されても大丈夫。

 しかし心は殺される。

 腕輪の能力で精神は回復しない。

 今まで心を凍らせることで、いろいろなモノを見ないフリして、傷つかないようにしていたのに。


 そうやって無視してきたモノを、いまこうして蒸し返されている。


「この街で~、お友達を~、殺して~」


 指のなる音。

 景色が変わる。

 今より暗い場所に移り、焦点が合わない。

 少しして目がなれると、ここがどこだかわかってくる。


「地下の街……」


 私とアリアが王国に指名手配され、普通に地上を歩けなくなったとき。

 同じように国に追われる犯罪者たちが作った地下の街に、流れ込んだのだ。

 そこで私は、アリアをさらった犯罪者を殺して……。


「ここでもリルフィ~は人を殺して~。犯罪者を殺しても~、犯罪じゃないもんね~」


 そして場面が変わる。

 メトリィ教総本山・シエルメトリィ。


「エルフまで手にかけてさぁ~~」


 場面転換。

 エルフィード王国の国境。


「ユリアとマリオンを~、見捨てて逃げたよね~。しかも~、ついさっき~、半殺しにして~、後片付けもしっかりできたね~」


 魔力がある土地とない土地を隔てる「屍の山」。

 エルフィード人は魔力がある場所でしか生きられない。

 初代エルフィード国王直系で「人間」の血が濃い私は、魔力がなくても生きられる。

 だから、すべてを置いて国外に逃げた。

 ユリアとマリオンがドラゴンに食べられても、見捨てた。


「リルフィ〜の、くぅ~ず! くぅ~ずっ!」

「ごめんなさい、ごめんなさい……」


 ついさっき、この手にかけたマリオンとユリア。

 私がここで、置いていったせいで狂ってしまったのだ。


「アリアもマリオンもユリアもセレスタもエリスもフローラもリリーも~、み~んな、リルフィ~の身勝手さに~、ぷんぷんだよ~。わかるでしょ~??」

「……」


 見ないフリをして心の奥底に隠してきたもの。

 いっぺんに見せられ、責められ、自分の行為の醜さに直面して。

 自己嫌悪にさいなまれ、果たして私にアリアを追いかける資格があるのか、このまま精霊のチカラを借りて進んでいいものかと、自分自身を信じられなくなる。


 自分も、周りも、私を嫌っている。

 みんな初代エルフィード国王の血に誘引されているだけ。

 それがなかったら、こんな私に良くしてくれるひとなんて存在しない。


「でも~、わたしぃは~。ゆ~る~し~て~、あげるっ!」

「……!」


 後ろから抱かれる。

 撫でられる。


「ぜ~んぶ、許してあげる!」


 散々罵倒されたあとの、突然の許容。

 それは呪いの言葉となって、心のなかに入り込む。


「みんな、み~んな愛想をつかしても~、わたしぃがついていてあげる~♡」


  散々罵倒されたあとの、突然の許容。

 それは呪いの言葉となって、心のなかに入り込む。


「わたしぃが~、愛してあげる~♡」


 そして再び、指が鳴る。


「だから〜」 


 一瞬で景色が切り替わり、複数の人影を認識。

 もとの場所に戻ってきた。


「残りは〜、殺しちゃえ〜♡」


 エリス、フローラ、リリー。

 その前には、拘束された人々が並べられていた。


 エルフィード王国第二王女にしてアリアの姉、メロディア。

 短い間ながらチカラを貸してくれたエルフ、セレスタとアスカ。

 そして最大の師であり宿敵と変貌した、ユリアとマリオン。


「なぜトドメを刺さなかったのだろうか」


 フローラが虫の息のユリアとマリオンを蹴る。


「女の子を殺すのは、もったいないもんねー?」


 リリーは廃人状態のセレスタの髪を引っ張り上げている。


「リルフィは優しすぎるから、ボクたちが守って、愛してあげないと」


 エリスは、関節を外して四肢をひとまとめに縛ったアスカに触れることで、魔力を無効化している。


「王の遺産は〜、リルフィ〜の〜、道具〜」


 一服盛られたのか、意識を失っているメロディアの元に、シアンが歩み寄る。

 腕を持ち上げる。

 その手にはまっていた指輪を、外した。


「これが〜、最後の遺産〜。実は~、ここにあったのでした~」


 シアンが私の前で片膝をつき、私の手を取った。


「もう、増やさないで……」


 王の遺産が増えれば、精霊が増える。

 精霊が増えれば、私を憎む存在がひとつ増えてしまう。


「そんなこと~、気にしないでいいの~」


 左手に薬指の先に、リングがかかる。

  

「これでリルフィは王になる。王はボクたちを使って何をやってもいい。逆も然り」

「この国はメトリィがノーザンスティックスのために作った遊び場であり、リルフィが遊具に対して感情を抱くことは無意味」

「その中で作るのも壊すのも自由だからねー?」

「だから〜、もう〜、泣かないで〜」


 リングが、指の根元まで、差し込まれ。


 契約が始まる——。

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