クロルの陰キャラ大復活

 5度目の契約。

 白い空間。

 自分から動く気力もなく、ヒザを抱えて声がかかるのを待っていた。


 散々シアンに過去を見せられたあとで、もう他人と関わりたくなかった。

 きっとアリアも愛想をつかして行ってしまったのだ。


 全てに対して無関心でいるのが安全。

 魔法学校にいたときに確立した私の生き方だ。

 あそこに残っていたら、こんな思いなんてせずに、無味乾燥の日々を送り続けていたのだろう。

 エルフィードの血に誘引された学生たちの嫌がらせアピールを躱し、無視し、卒業まで孤独にしのいで。

 国の端っこのノーザンスティック領に飛ばされて、無爵位貴族という形だけの身分を与えられ、王宮に監視されながら統治という雑務で使い潰されるだけ。

 そっちの方が良かったのかもしれない。


 むしろ今までの旅がイレギュラーだったのだ。

 成人もしていない学生が外に出て失敗しただけの単純な話。

 すべて血筋のせい。

 現エルフィード王家の計画で、直系のノーザンスティックスを陥れ、権力を独占するという体制は、ある意味いちばん平和な形だったのだ。


 ――。


 うずくまってしばらくするが、精霊は現れない。

 シアンの時の居眠りしていた例もあるし、きっと今回も私用だろう。


 これが最後の王の遺産だ。

 メロディアの指に最初から嵌まっていた指輪が、最後の遺産だったらしい。

 精霊たちは王の遺産の存在を感知できるが、精度はそこまで高くはなかった。

 常に動き回っていて、しかも目立った暴走現象もなく、度々接触してくるメロディアを見落としてしまったのだ。


 しかし、感知の精度は王の遺産が揃うごとに上がっていく。

 シアンと契約をした段階で、指輪の存在を突き止められたのだ。

 精霊たちは結託し、メロディアから指輪を奪った。


 ここに来る直前の精霊たちは、いつもと様子がちがった。

 王の遺産が揃うのが確定し、本性を表したかのような態度。

 今まで、精霊たちが仲間に対して明確な敵意を見せたことはなかったと思う。

 個々のチカラが弱かったというのもあるが、そもそも仲間に対して関心がない様子だった。

 その興味は歪んだ形で全て私に向けられていたから。


 精霊たちの目的は、真のエルフィード王国の復興だったのだろう。

 始祖メトリィが作った装備は、初代国王を守るために作った道具。

 魔物エルフが蔓延る未開の土地で、愛する人間を守るためにある。

 装備した人間は武力や洞察力を矯正され、死ねないしどこにでも転移して逃げられるようになる。

 魔物が襲ってきても対抗できるということ。

 そうやって始祖メトリィは初代国王を生かし、独占し、一国を築くほどに繁殖したのだ。


 そして、長い時を経て道具に意思が宿り、道具自らがエルフィードの血を求めるようになった。

 王の遺産は暴走現象を通じて、人間を集めた。

 魔剣は所持者の殺人衝動を高め、獲物を探し続ける。

 その網に、私が引っかかってしまったのが全ての始まりだったのだ。




 ――それにしても、精霊が出てこない。

 過去最高に時間がかかっている。

 暴走もしていなかったし、別に契約しなくて良いということだろうか。

 それなら早く出してほしい。


 顔を上げて周りを見渡す。

 後ろにいた。

 遠くからこちらの様子をうかがう銀髪と目があった。

 いるならいつか契約をもちかけて来るだろうと、私は再び顔を埋めた。




 精霊が私を祀り上げた後はどうなるのだろう。

 シエルメトリィ領での一件で、すでに現王宮への反乱運動が起きている。

 王宮が教会を貴族のゴミ捨て場にしたおかげで、組織が肥大化し、教会がチカラを持ちすぎてしまった。

 信仰の対象が始祖メトリィとその子孫である王家だったから均衡が保たれていたものの、私とエルフのセレスタが姿を見せたことで、一気に崩壊した。

 教会は私たちを新たな神として、神の名を驕る王家を滅ぼそうと動いたのだ。

 メトリィ教という組織が、平民を巻き込みさらに肥大化し、王家の敵に回ったワケなので、エルフィード滅亡は時間の問題。


 その後釜に、私が据えられることになる。

 つまり精霊のチカラがなくとも、すでに舞台は整っているのだ。


 私が新たな王として君臨したら。

 帝王学なんて学んだこともない私は、国を統治するなんて絶対にできないし、興味もない。

 そうすると、私はだれかの操り人形となるだろう。

 きっと反乱軍がそのまま国を統治し、私腹を肥やすのだろう。




 ――ふと、後ろを確認する。

 銀髪の少女の赤い瞳と目が合った。

 若干、近づいているような気がしないでもないのかもしれないと思われる。


 気長に待とう。

 自分から動く気はまったく起きない。

 元の体勢に戻り、再び思案にふける。


 これまでの旅路、反省点、ああすればどうなったかという妄想。

 言語から映像に切り替わっていき、次第にそれは夢となっていく。

 ……。


 

  

・・・・・・・・・・・




 冒険者として成功し、最高ランクまで上り詰めてからの最初の仕事。

 アリアとともに屍の山のドラゴン退治に来て、あと少しで討伐できそうなところで。

 私はドラゴンに掴まれて、身動きがとれなくなってしまった。

 身長の何十倍もある巨体の手の中からは、地面にいるアリアが点のように見える。

 抵抗も虚しく、ドラゴンは私を地面に投げ落とした。

 ものすごいスピードで迫る岩肌。

 アリアの絶望した表情。


 きっと痛いだろうな。

 覚悟を決めて衝撃に備える。


 ――びくんっ。


 地面にぶつかった瞬間、目覚めた。

 相変わらずの白い空間。

 大きく深呼吸をして、新鮮な空気を取り込む。

 額からしずくが滴る。

 汗を拭い、手で仰いで涼をとる。


 結構時間が経ったかな。

 精霊の存在を確認するため後ろを向いてみた。


 最初と比べると、あと半分くらいのところ。

 じっと見つめていると、精霊はみるみる紅潮していき、だぼだぼローブの袖口で顔をおおう。

 そしてそのまま後ずさった――。


 寝ている間に接近した距離以上に離れてしまい、点にしか見えなくなってしまった。


「……あー」


 これは、度を越した恥ずかしがり屋。

 視線を交わすことすらダメージになる敏感体質だ。

 いつまで経っても契約を持ちかけて来なかったのは、単純に話しかけられなかったから。

 私がなにか行動を起こすと相手を刺激してしまう。


 捕まえてムリヤリ喋らせることも可能だけど、今の私にそんなモチベーションは存在しない。

 この白い世界は精神の世界だから、現実の時間の流れとは異なる。

 どれだけここで過ごしても、それは私がそう感じるだけで、実際は1秒も経たない出来事だろう。

 つまり向こうから契約を持ちかけてくるまで何時間も待っていて大丈夫。

 いっそ年単位でボーっとしていても問題ないかもしれない。


 もう何も考えたくない。

 うずくまっていても次から次へと思考して、勝手に疲れてしまう。

 仕方がないから、その場に寝そべって、もう一度眠ることにした。

 精神世界で寝るというのはヘンな感覚だけど、さっきはちゃんと寝れたのだからそういうモノなのだ。

 はるか遠くの精霊に背を向けて、目を閉じる。


 何も考えない何も考えない。

 アタマの中でそう唱えて、余計な思考を塗りつぶす。

 段々と言葉が途切れてきて……。

 入眠する。




 眠っていれば楽しい夢が見られる。

 Sランク冒険者の私がドラゴンを倒したあとに実家でスローライフを始める夢。

 王の遺産のおかげで無敵になった私が、魔法学校で成り上がる夢。

 無詠唱魔法を極めた私が王宮魔道士として世の魔法体系を変えていく夢。

 夢から醒めたら二度寝、三度寝して、新しい可能性を作っていく。


 夢の中の私には何の障害も現れず、簡単な事件を解決しては周囲に必要以上に崇められる。

 それがたまらなく快感で、何度もシチュエーションを変えて私は勇者になるのだ。


 ――私が隠居生活を始めてノーザンスティックス領はあっという間に発展して城が建てられ国が生まれ、私は面倒な政治から離れた場所でアリアと暮らし。

 たまに降り掛かってくるトラブルを解決していると、偶然地下組織のテロ計画を阻止することに繋がって、私は英雄として未来永劫語り継がれた。


 ――魔法学校では学生ながらも類まれなる才能により研究室を立ち上げ、エルフィード王国民が魔力のない場所でも生活できるような魔法を作り、私はアリアと世界中を回ることにして。

 魔法がないせいで生活が困窮している外国民に奇跡を与え、私たちは神として讃えられた。


 ――王宮魔道士の私は魔法を武力ではなく生活に役立てようと、まったく新しい使用方法を編み出し。

 何もかもを自動化することで、人々は指先ひとつ動かすだけで色々な場所に移動したり、モノを売り買いしたり、連絡したり、何でも出来るようになった。


 どの世界でも私は笑顔。

 夢の世界では私が私であることすらデメリットになるから、今の私をあの手この手で殺し、新しい私へと転生した。

 新しい私を否定するひとは誰もいないし、私のすることは絶対に最先端のアイデアとなる。

 料理研究家にもなったし、医者にもなったし、エルフに生まれ変わってエルフィード王国を滅ぼすこともあった。


 圧倒的なチカラを持っているから、失敗なんてあり得ない。

 憎しみも嫉妬も私だけには向けられない。

 温かい世界。




 だがそれは現実ではない。


 夢の最後は、毎回、アリアと手を繋ごうとして、伸ばした手が届かずに目が覚めてしまう。

 それは、それだけは、夢でも叶えられなかった。


「手を握ってほしい……」


 寝すぎたからか、感情が揺れたせいか、涙が伝って髪を濡らす。

 アタマがじんじんと痛む。

 これ以上は現実逃避できそうにない。


 この辛い現実世界で、手を伸ばし、あるはずもないアリアの温もりを求めた。

 目を閉じて、その姿をまぶたの裏に描いて。


 指先に、求めていた温もりが触れた。


 目を開くと、当然ながら、アリアの姿は映らない。

 フードから垂れた銀髪が、すぐ近くに見えた。

 ようやく精霊がコンタクトしてきたのだ。


「ク、ロル」


 消え入りそうな声で、なんとか絞り出された3文字。

 聞き覚えのない単語に理解が遅れたが、精霊契約の場ということで名乗ったのだと解釈した。


「ククククロルディルリングの精霊です! 契約してください!」


 顔を真っ赤にして脂汗を浮かべながら絶対に目を合わせないようにして、耳元で大声で早口で言った。


「……」

「あっ、おおおお願いしますもう決定!」


 こちらが返事をする間もなく精霊は全力疾走で逃げた。

 そして白い世界が崩れ、森の景色へと変化する。




・・・・・・・・・・・




 鈍い頭痛は白い世界に入る前のまま、目の前で片膝をついているシアンや、その他の精霊たち、拘束された仲間たちの姿。

 白い世界に移る前と同じ光景に、何もかもを思い出して吐き気をもよおす。


「契約~、終わったね~」


 左手薬指にはめられたリングを見て、最後の「王の遺産」を手に入れた事実を飲み込む。

 とりあえず抜いてみようと思い、指輪に触れる。


「……何っ?」


 突然アタマの中に映像が流れ込んできた。

 今見ている景色と同じで、だけど誰もいない森の中の景色。

 それがリアルの視界と重なり、映像がナマモノになっていく。


「え、アリア……?」


 茂みからアリアが現れる。

 私がつけてしまった傷は見当たらない。

 思わずアリアを抱きしめに行こうとしたが、金縛りにあっているように体が動かない。


「アリアー! アリア返事してぇー!!」


 チカラの限り叫んでも、まるで水の中で喋っているかのように、音が伝播しない。

 そうしている間にもアリアは何らかの作業を進めている。


 一度ジャンプして、もう一度ジャンプすると、アリアの体は宙に浮いたまま落ちなくなった。

 そして次にはアリアの体が上昇していくようになった。


 一度着地し、私がいた街の方を見て。

 真逆の方向へ、飛び去っていった。


 ――。

 そして「映像」が途切れ、視界が戻る。


「今のは、……過去」


 首環のチカラにより、勝手に分析が進んで理解に至る。

 指輪の能力は時間視。

 過去も未来も、見たい映像がリアルな情報として見られる。


 首環の分析能力では推測しかできなかった。

 しかし、指輪では確定した出来事が映像で得られるのだ。


「アリアは自分の意思でこの場から去ってしまった」


 それが意味することは。


「私のことが、本当に、嫌いに、なった……?」


 過去視の分析。

 アリアの表情、仕草や呼吸から分かる感情、そこからつながる思考。

 全てが平坦で、なんの情報も得られない。

 私に対する憎しみすら見られない。

 最も辛いのは、無関心だ。

 過去視の情報から察するに、私がアリアに暴力を振るってしまってから半日ほど。

 それだけの時間で、アリアは私への憎しみを、無関心に堕としたのかもしれない。


 ――。

 膝をつく。


 嫌な分析を進める首環をつかむ。

 どうせ外れないからと、自分の首を締めるためにチカラ任せに引っ張った。




 ぶちッ。


 首がちぎれる音。

 ではない。


 手の中に、黒い紐。

 首環。


 首に手を添えると、なにもない。

 理解ができずにアタマを抱えると、髪飾りが落ちる。


 チカラが抜けて腕が垂れると、腕輪が外れる。


 服に引っかかって指輪も取れる。


 出した覚えの無い魔剣が転がっている。




「あれ? なんで?」


 王の遺産を揃えたら王になる。

 精霊たちは偽物のエルフィード王家を滅ぼし本物の王を据えようとしていた。

 私は初代エルフィード国王の血を引く直系の子孫。

 つまり精霊は私を王にしようとしていたワケで。




「……リルフィ、ごくろうさま」

「王の遺産が全て揃い、の時が来た」

「利用していたみたいになっちゃって、ごめんね……?」

「ふふ~。な~んにも理解してないね~。ざ~こざ~こ」


 体が重い。

 恐怖が精神を蝕む。


 ――。


「……じゃあ、ばいばい。がんばって生きてね」


 エリスが消えた。


「我々はリルフィを愛している。しかし我々は道具。宿命には逆らえない」


 フローラが消えた。


「せっかく実体を持てたのにな……!」


 リリーが消えた。


「じゃ、そ~いうことで~。助けに~、来てね~♡ そこのストーカーも来な~」


 シアンが消えた。


「かっ隠れててしゅみませんでもこんな人がいっぱいいるところはメンタル的に無理だったので出会ったばかりで残念ですがさようなら!!」


 クロルが消えた。


 ――王の遺産に宿る精霊たちが消え、加護が失われた。


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