不死と修羅

 私は、王の遺産を装備していても、ユリアに勝てない。

 そのユリアは今、私と同じく王の遺産を装備したマリオンに、取り込まれている。

 でも、意識までは融合していない。

 つまり、身体はひとつだとしても、ふたり分の思考と戦わないとならない。

 単純にユリアとマリオンのチカラが合わさったのなら、勝利は絶望的。

 でも、暴走した状態の王の遺産は、何を引き起こすか想像がつかない。

 装備者を自滅に導くような強力過ぎるチカラは、ユリアの長所を打ち消すか。

 それを願って、対峙する。


 目の前の存在からは、逃げられないことを本能的に悟っている。

 死ねない、逃げられない。

 だから私が勝つまでのガマン大会。

 マリオンが装備した髪飾りの能力は、あらゆるモノを破壊して転移させ、自分の近くに引き寄せる。

 装備してしばらく経ち、わずかに制御が効くようになったのか、無差別に周囲を破壊して球体を形成することはなくなっていた。

 まるで繭から孵化した虫のように、黒く変色したマリオンは静かに佇んでいる。


 おもむろに、その巨体が手を広げた。

 頭部の髪飾りが青く光ると、地面が、砂となって舞い、マリオン〜に集合し、融合する。

 体を肥大化させるための吸収ではなく、強化のための融合。

 腕と脚に筋が浮かび、その変化に引っ張られたユリアが苦悶の表情を浮かべる。

 私を握り潰し、踏み潰す準備が整い、再びふたつの顔がこちらを睨む。


『リルフィ、リルフィ、リルフィ……!』


 魔剣を顕現させる。

 それが合図。


 マリオンの醜く歪んだ顔が、目の前にある。

 気づけば私の体は、マリオンの手に握られていた。


 髪飾りの能力で、引き寄せられたのだ。

 抜け出すためにもがこうとすると、急激に体からチカラが抜けていった。

 だらりと下を向くと、私を握る手から血が流れ出ている。

 ユリアの口に流れ込んでいく。


 私の下半身がない。

 上半身だけが引き寄せられた。

 断面から私の熱が逃げて行って、胸の鼓動がみるみる弱まる。


 魔剣が手から落ちると、私は地面に叩きつけられた。

 そこで意識が途絶える。


 ——。


 次に目が覚めたのは、マリオンと相対した時、最初に立っていた場所。


「下半身から生えてきた!」


 フローラに言われて意識が戻った。

 マリオンの様子をうかがうと、私の上半身だったモノを殴って蹴って千切って、ユリアはその破片を噛んで舐めて飲んで、弄んでいる。

 私はここにいるのに、私の顔と目が合う。

 嫌いな自分の顔の、間抜けに歪んだ表情に、早く片付けてくれと願う。


 私のことも、他のガラクタみたいに、木っ端微塵に転移させまくればそれで終わりなのに。

 そうしないで、わざと私をいたぶっている。

 そう簡単には終わらせないらしい。


 大丈夫、つい昨日までも、同じことをやられていた。

 ただ戦闘不能になるペースが早いだけ。

 心が折れなければ、負けではない。


「みんなも、ついてきたならも手伝ってよ」

「ワタシは分析役」

「……ボクは応援してる」

「お姉さんは肉壁になってもいいよ……!」


 リリーが来たので腕を引っ張ると、腕が取れた。

 正確には、腕以外が転移してしまった。

 分かっていたことだけど、あんな相手に肉壁は意味がない。

 それでも会話をしたのは、自分がまだ正常であることを確かめるため。

 私の上半身ヌケガラを両手でねじるマリオンを正面に捉え、魔剣を取り出して一気に斬りかかる。


 ————!


 攻撃は通った。

 肉ではなく、石にぶつかったような反動が、剣に響く。

 だから刃が入ったのはほんの表面。

 その直後、重い巨体からは考えつかない速度で拳が飛んで来た。

 一瞬にしてシャットアウト。


 殴られて飛ばされた先で目が覚める。

 ユリアがアタマのない私の体を喰らっている。

 さっき傷つけたマリオンの腕は、当たり前のように修復されている。


 不死身同士の闘い。

 いつ終わるんだ。

 魔剣を握り、迫る。

 剣を突き出し、私の死体ごとユリアの顔を串刺しにする。

 剣が食われ、私は蚊を叩くように両手で潰された。


 目覚める。

 お腹に魔剣が刺さっている。

 さっきアタマが飛ばされた私の体だ。

 そっちの方が損傷が少なく、他と比べて安全な位置にあったから。


 魔剣を抜き、マリオンの足の筋を斬る。

 コレに取り込まれる前のユリアには、剣が届くことすらなかった。

 だけど、今は届く。

 私の死体に気を取られて、次の私の攻撃を避けられないことから、知能が低下していると判断。

 その途端に、柱のような脚に魔剣を弾かれ、さらに火の魔法で焼かれる。

 筋肉が引きつって、体が動かなくなった。


 目覚める。

 フローラの懐にいた。


「密かに採取していたリルフィの髪が」


 その言葉を聞き、髪の一房を切って、フローラに返す。

 これはチェックポイントだ。


「回復に時間かかってない?」

「そうね。ダメージが大きすぎて、消耗が激しいと思うよ……!」


 リリーに確認をとると、最悪の回答。

 腕輪の能力に回数制限はないけど、短時間に何度も使うと復活に時間がかかるようになる。

 回復速度は、私の体力に比例しているのだ。


「エリス、フローラ、転移の範囲外で食料を用意して」

「……うん」

「ワタシに言うってことは、なんでもして良いってことだね」


 魔力とは違い、体力は単純に回復できない。

 思いつくことといえば、食べることと寝ること。

 のんびり寝るヒマはないから、とにかく栄養補給ができるようにしないと。

 怪しいクスリでもいいから、食べる作業も省いて、体力になるモノを直接打ってもらう。

 今の私はひたすら戦う人形なのだ。


 精霊を見送り、何回目かの対峙。

 マリオンとユリアは、向こうでこんがり焼けた私を、毟り取ったりほじくったりして食べている。

 向こうは私で栄養補給をしている。

 それを中断させるように、マリオンの髪飾りを奪いとりに飛び込む。

 しかし、到達する前に、蹴り飛ばされた。


 目覚める。

 チカラの源である王の遺産を狙われれば、防御行動をとるようだ。

 それは私のモノなんだから、抵抗せずに渡して欲しい。


 体を起こすと、すでにマリオンが目前に迫っていた。

 拳を握るところまで見えた。


 目覚める。

 復活から死ぬまでが速すぎて、殺された瞬間が分からない。

 今度は起き上がる前に意識が途絶えた。


 目覚める。

 踏まれる。


 目覚める叩かれる。


 目覚め踏まれ。


 ————。


 ——目覚める。


「……戻ってきたね」


 マリオンの周りにいた私は、狩り尽くされたようだ。

 街の外、保険でフローラに預けた髪から、復活した。


「再生する速度が落ちたせいで、最後の方は起きた瞬間にやられてた」


 言っていて、つくづく異常な戦い方だと思う。

 ひとつの命を、チャレンジの回数に換算している。


「取り敢えずこれを舐めて」


 ため息をついたところに、フローラに飴を放り込まれる。

 途端にヘンなにおいと苦味と渋味が口中に広がった。


「マズっ」

「良い栄養分は苦い。我慢」

「……ボクがついていながら、美味しくできなくてごめんね。ボクがいる意味ないよね。リルフィと一緒に行って壁になろうかな」


 飴を噛み砕いて、飲み込む。

 走り出そうとするエリスを座らせて、再びマリオンの元へ。

 距離と方向が分かっていれば、ゆっくり周りを見ながら進む必要はない。

 身体強化を最大限に発動し、焦土を駆け抜ける。

 その勢いのままマリオンに魔剣を突き出した。


 避けられる。

 でもそれは散々ユリアとやった動き。

 見てから避けるのでは追いつけないから、体が覚えた癖によって、攻撃される前に回避する。

 予想通り、私のいた場所に拳が降ってきた。


 避けられた。

 その事実が、すぐに自信につながる。

 最初は相手の力量が分からず、油断していたんだ。

 痛みを感じず、死なない状態になって、危機感が薄れている。

 そのせいで、無意識に自分を消耗品として扱っているのが敗因。

 もっとよく見ろ、考えろ。

 一回のチャレンジをだいじにしろ。


 回避して攻撃、防御して攻撃。

 これが戦闘だ。

 今までのは、王の遺産で得たチカラを一方的に叩きつけ、身勝手に暴れただけ。

 気を抜くとすぐにそういう悪いクセが出る。

 しっかり戦闘をするんだ私。


 マリオンの筋張った上腕に剣を刺し、それを足場に後頭部へ飛び乗る。

 魔剣を手もとに呼び寄せて、脳を破壊してやろうとしたところで、はたき落とされた。

 ダメだ、間に合わない。


『リルフィィィィィィィィィ』


 元の声が想像できないような低い声。

 続いて、高所から落とされた時みたいに、全身の骨と皮が弾ける音。

 アタマを守れば、すぐには死なない。

 欠損しなければ、すぐに治る。

 修復したての腕で地面を殴り、マリオンから距離をとった。


 飛んできた魔法を魔剣で消し、動ける程度に治ったところで再度攻撃。

 マリオンの体の動きから、拳の軌道を首環の能力で予測し、そこをチカラの限り剣を振るった。


「————らぁっっ!!」


 渾身の一撃で、人差し指を切り落とした。

 指程度の太さを切断するのがやっとだ。

 しかも、攻撃に専念したおかげでスキだらけ。

 もう片方の拳に、私は空高く吹っ飛ばされた。


 本当に高い。

 崩壊した街の全体が見える。

 海岸が見える。

 遥か遠くの首都エルフィードが見える。


 風景を見ながら、そのまま落ちることは、許されなかった。

 マリオンが超速で、迫ってくる。


 空中でロクに身動きが取れない状態で、両足を掴まれ。

 左右に引き裂かれた。

 途中で足が取れないように、骨を砕かれ、柔らかくして。

 私の中の色々なモノを空中に撒き散らす。

 マリオンは憎しみをぶつけるようにそれを細かく千切り、ユリアはそれを喰って欲を満たす。


 もうこの私はダメだ。

 まだ動く腕を振って、魔剣を自分のアタマに突き立てた。


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