愛情と憎悪

 街は空中で球体を形成している。

 崩れては引き寄せられ、引き寄せれば別の場所が崩れ、ずっとそのターンオーバーが繰り返されている。


「アリアを探したいけど、あの街を攻略してから」

「王の遺産の回収ですね。リルフィ様はご自分の責務をご自覚なされているようで、素晴らしいです」


 王の遺産は国民に知られていない装備。

 だからこれまで出会った貴族は、不用意にそれを暴走させてしまったのだ。

 にもかかわらず、メロディアはその存在を知っている。


「エルフィード王家は、王の遺産の存在も隠蔽してるの?」

「昔のエルフィード王家が、直系であるノーザンスティックス家に打倒されぬよう、装備を国内に散りばめたのです。散りすぎて、その所在や外観などは失われていますが……。今は、五種類の武具が存在することと、込められた呪いの情報だけが言い伝えられています」


 確かに、魔剣を出しても、メロディアは気付かなかった。

 王の遺産のあらゆる情報を、これまで大事に隠し通してきたのだろう。

 そのおかげで、ノーザンスティックス家はエルフィード王家に対して手も足も出なかった。


「それに加えて、王の遺産の継承者であるノーザンスティックス家には、魔力の薄い辺境の領地を管理させ、子には魔法学校で王家に都合の良い知識をすりこむ。そうして我が家系は偽りの権力を守ってきたのです。汚いですね」

「……じゃあ、私のウチ、皆殺しにしちゃえばいいでしょ」


 王の遺産がなければノーザンスティックス家は無力なのだから、さっさと根絶やしにすればいい。

 そしたら私はこんな苦しむことはなく、別の人間としてアリアを好きになったのかもしれない。


「それが始祖メトリィの魔法と言いますか、呪いと言いますか。ノーザンスティックス家には、代々一人、初代国王とまったく同じ血を引いた存在がいて——今代はリルフィ様ですね。その人を害すると呪いが返り、王国に災いが降りかかると伝わっています。だから丁寧に扱う必要があるのです」

「扱う……」


 ひとの家をモノみたいにして。


「いえっ、でも! わたくしリルフィ様に出会って理解しました! 本能がリルフィ様に忠誠を誓えと! リルフィ様を手厚く保護してお慰みをいただき放題ヤり放題の夢の毎日を!」


 ……もう、エルフィードに対していちいち腹を立てるのもバカらしくて、メロディアを責める気が失せている。

 王家から入ってくる情報はすべて悪いことで、何度も何度も打ちのめされた。

 もう、作業的に接することに徹する。

 メロディアがひざまずいて、私の片手を持ち上げる。


「エルフィード王家のくだらない権力なんか、捨ててしまえば良いと分かったのです! わたくしはリルフィ様を全力で支援いたします! 王の遺産を回収も、喜んで手伝いますとも! ぜひともエルフィード王家をぶっ壊してください!」


 手の甲に口付け。

 忠誠の証。

 初代国王の血によって、こちらが何もせずとも味方についた。

 エルフィード王家の優位性は、もうとっくに崩れている。


「……じゃあ、あの球体を壊して」

「はい喜んで!」


 相手の意思に反しない限り——愛に背かない限り、メロディアは私に従順に動く。

 アリアを愛するために、他人を愛する演技をする。

 アリアがいない事実が心を締め付ける一方で、憎きエルフィード王家に浮気する私を見せないことに、安心もしている。


「全てを焼き尽くす劫火よ——」


 聞いたことのない呪文が詠まれる。

 ユリアに似た重圧が、メロディアの手の先を中心に、広がる。


「メロディアの名において、其の物に、永遠の破滅を命ず——」


 魔力が収束し、高密度な赤黒い光に変化。


「愛するリルフィ様のため、真なるエルフィード王国再興のため、メロディア・ヴァース・C・C・エルフィードに誓って、あの街団子を爆発四散させまちゅ——させましょうっ!」


 最後の最後で噛んでしまい、思わずずっこけた。

 その瞬間、魔力のカタマリが街に向かって打ち出され——。


 光。


 続く熱波が届く前に、メロディアから土の魔法が放たれ、石のドームに閉じ込められた。

 鈍く響く音が、真っ暗闇の中で体を揺さぶる。

 暗闇に乗じて何者かに体を触られる。

 手が二本、四本、六本と増え——全員だコレ。


 揺れがおさまり、天井から石が消え、砂となって落ちてきた。

 大規模な爆発を防ぎきるほど厚い岩は、散ればそれなりに重量がある。

 どっさりと落ちてきた。

 私に触れていた手が肩に移動し、座るように促される。

 それに従うと、そのひとは私を砂から守るように覆いかぶさり。


 光が差し込み、まず見えたのはエリスの黒いドレス。

 それが背後から差し込まれた手によって突き飛ばされ、尻餅をついた。

 後頭部にあたる硬い感触の持ち主は、メロディアだろう。

 メロディアはエリスを敵視しているから、私に触れているのがイヤなのだ。


 そして守るとか関係ない位置で私のふとももを触っているのがリリー。

 こちらは私が蹴り飛ばした。

 喜ばれた。


「いやぁ、がっぽり魔力を使ってしまいました……」


 チカラの抜けたメロディアの声。

 抱いていた手が離れ、後ろからかかる体重がいきなり増えた。

 大魔法を使って魔力が尽き、気を失ったのだ。


 見上げると、蠢く球体が、跡形もなく消え去っていた。

 分厚い煙塵が空を覆い、太陽の光を遮っている。

 メロディアを地面に寝かせて、クレーターに向かう。

 こんな大規模な魔法でも、遺産を装備した人間を仕留め切れていなければ、再びモノを引き寄せてしまうから。

 エリスを連れて薄暗い中を進むと、首環が熱を持ち始める。


「ふいー。ダンジョンの一部になる貴重な経験。ただいま」


 街に練り込まれていたフローラがキズひとつ、汚れひとつもない状態で現れた。

 エリスみたいに魔法を無効化する能力はないから、一度燃え尽きて復活したのだ。


「……リルフィを独り占めしたいから、そのまま消えててよかったのに」

「こらエリス、いくらオマエとてそれは許さない。ワタシがいないとリルフィをより悦ばせる方法を分析できないぞ」


 こんな時でも相変わらずな精霊たち。


「ケンカしてないで早く行くよ」


 街の中心部だったところに向かって、走る。

 圧倒的な火力の余波を受け、黒焦げな地面が一面に広がっている。

 一歩ごとに足下から熱風が舞い上がり、メロディアの魔法の威力がうかがい知れる。

 知らない呪文を詠んでいたことから、私がまだ習っていない魔法だった。

 上級魔法か、それよりもっと上のレベルの魔法。

 一対一の戦闘ではなく、単純な破壊であれば、ここまでのことが可能なのだ。


「私じゃできないな」


 魔法を使っていると、自分の上限が自然と見えてくる。

 初級と中級のさわりは問題なく使えるけど、それ以上の魔力は出せる気がしない。

 そんなことを考えながら焼け野原を進んで行く。


 広大な焼け野原をしばらく走り、ようやく中心部が見えてきた。

 真っ黒な大地に同化するように、黒い影がひとり、佇んでいる。


「ユリアじゃない」


 真っ先に街に突っ込んで行ったのに、後から私が着いたときでも、攻略された形跡はなかった。

 つまり、ユリアは失敗したということ。

 あんなに私のことを痛ぶっておいて、あっけなく消滅した。


 では、遠くに見えるあのイキモノは何なのか。

 さらに近付くと、その正体が徐々に判別できる。


 黒い巨体。

 私の身長の倍以上ある。

 その体表には皮膚のような質感はなく、どちらかと言うと炭化した地面と同じ。


 人間のカタチをとっていながら、ひと目で化け物だとわかる禍々しさを放つ。

 そのアタマは、私が認識した時から一度も動いていない。

 私が来る前からずっと、私のことを捉えていた。


『……リルフィ、リルフィ、リルフィ』


 黒い巨体は、何度も、私の名を吐き出す。

 憎しみ、恐れ、怒り、そして愛情。

 複雑な感情が入り乱れた発音。


 空を覆う煙塵が割れ、一筋の光が化け物を照らし、その全身がより明瞭になる。


 ——肌は黒く、変色しているが、それには人間だったときの面影がる。

 ベリーショートの茶髪。

 切れ長の瞳。

 調和の取れた輪郭。

 酒場で廃人になっていたマリオンが、なぜかここで立っている。


『……リルフィ、リルフィ、リルフィ』


 ただ、声の発生源はひとつじゃない。

 ユリアの声。

 黒く肥大した体の胸部から、ユリアが生えているのだ。

 ユリアの頭部、首、肩が残っていて。

 そこから下は、無数の管に分かれて巨躯に繋がっている。


『……リルフィ、リルフィ、リルフィ』


 魔力に侵され、私に、エルフィードの血に魅せられたユリアの愛、欲望。

 ユリアを失い、王の遺産で狂ってしまったマリオンの嫉妬、憎悪。

 ぐちゃぐちゃに混ざったものが私に向けられている。

 全てが合わさって、狂暴な殺意へと変化している。


 私はこれから、命の恩人に、命を奪われるのだ。


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