王家と諦観

 街のあらゆるものを吸い込んでできた球体、名付けて街団子。

 私とアスカとメロディアの金髪3人組で、街団子の表面がぬるぬる動くのを眺めている。


「リルフィ様、アリアはどうされたのですか」

「…………なんでそんなこと聞くの」


 メロディアはシエルメトリィで出会った時から、なぜか私のことを付け狙ってくる。

 私はこのひとのことなんて知らないのに。


「不貞の子アリアの存在をわたくしは許しません。何よりもわたくしのリルフィ様を連れまわした罪を、断罪せねばなりません」

「私はあなたのモノじゃないし」


 アリアに対する強い憎しみに、違和感を覚える。

 不貞の子という肩書自体が、その感情の原因のひとつになっている。

 普通の貴族はアリアを糾弾の対象にはしても、殺意を向けるまでにはならないハズ。


「あなた、一体誰?」

「リルフィ様!? わたくしですよ!? メロディア・ヴァース・C・C・エルフィードです!」


 ————。


「……は?」

「第二王女です! 汚らわしいことですが、アリアの姉にあたります」


 確かに、金髪碧眼は王族の証。

 私のように、王族以外にもたまに金髪のひとはいるから、そこまで気にしていなかったけど。

 そうか、このひとがアリアの家族……。


「アリアを指名手配したひと……」

「む。あれは王子が勝手にやり出したことです! 常識的に考えて、あのように王家の失態を知らしめるような暴挙、するはずがないじゃないですか!」


 しかし、王子だけでなく、メロディアもアリアを殺そうとしている。

 立ち上がり、魔剣を取り出した。


「ちょちょちょ、本当にわたくしは関わっていません! どちらかと言うとわたくしはお城で食っちゃ寝しているだけのプー子ちゃんでした! 現国王も女王も仕事しないせいで第一王子と第一王女が仕事してるんです! わたくしは何もやっていません!!」


 仕事しなよ。


「ああっリルフィ様のその目! わたくし城の中で何度も向けられましたとも! こいつは仕事もしないで遊び呆けてどうして王族やっているんだ、って言いたげな目! 不貞王のことは棚に上げてなぜわたくしだけ!」


 魔剣をしまった。


「分かってくれましたか! さすがリルフィ様! わたくしの運命の方!」

「……アリアのことは、放っておいてよ。もうアリアが王家に迷惑をかけることはないでしょ」


 黒髪の子が生まれたのは国王の不手際。

 指名手配をしてアリアの名前が世に知れ渡ったのは王子の不手際。

 隠蔽と八つ当たりに満ち溢れた王家に対して、呆れてものも言えない。

 こんなのが王国の頂点に位置し、国民から財産を搾取しているのだ。


「——なりません! アリアはリルフィ様を魔法学校から追放し、貴女の弱みにつけ込んで連れまわしているのです! リルフィ様は騙されているのです! わたくしはアリアを殺し、貴女を保護しようと!」

「騙されてない!」


 メロディアが黙る。


「アリアは私が好きでエルフィード人は全員私を狙っていてアリアは私を助けるために私を学校から連れ出して後になって私はアリアの気持ちを知って私はそれに応えると決めてここにいるんだからこれは私の意思であって騙されてなんかいない……!」


 全部分かっている。

 アリアと私の関係を、他人にとやかく言われる筋合いはない。

 アリアは私のことを一番に想ってくれて、私もアリアのことを一番に想う。


「アリア……アリアに会いたい」


 大事なアリアがそばにいなくて、どうしていないのか思い返すと、森の中に置いてきた記憶が浮かぶ。

 一気に体温が下がったような錯覚。

 自分のことで精一杯になり、周りが見えなくなって、やってはいけないことをした。

 これじゃあエルフィード王家とやっていることは一緒。


「アリア……アリア! アリアっ! どこ!!」

「リルフィ様! どうか落ち着いて!」


 抱きしめられる。

 アリアのことを殺そうとしているやつなのに、抱かれた感触はアリアと一緒。


「すみません。わたくしも言葉を選ぶべきでした。どうか落ち着いて。どうどう」


 アリアの感触なのに、頭上から降ってくるのは違う声。

 ちぐはぐな状態から抜け出すために、全力で目の前の体を押し退けようとしても、それより強いチカラで抱きしめられている。


「離して! アリアを探さないと!!」

「リルフィ様のおっしゃることは理解しました。貴女がそんなに必死になるのなら、わたくしはひとまずアリアに向けた剣をおさめることにします。一緒にアリアをゆっくり探しましょう」


 身体強化がかかっているのに、私のチカラではびくともしない。

 暴れても暴れても、メロディアには全く通じていない。

 どうして。

 私、強くなったんじゃないの。

 ユリアといいメロディアといい、立て続けに勝てない相手に遭遇している。


「深呼吸を。はい、すぅ——はぁ——」


 私の抵抗もムダに終わり、メロディアが何回も深呼吸をする。

 段々とメロディアのお腹の動きにつられて、私の呼吸も深く、長いものに変わっていった。

 そうすると、手からチカラが抜けてくる。


「そうです。リルフィ様とわたくしでアリアを探し、仲直りをしましょう」


 仲直り。仲直り。仲直り。

 アリアを叩いたことを謝って、アリアを抱きしめる許可をもらう。

 きっとメロディアは私を落ち着かせるためにウソを言っているのだろう。

 アリアに会った瞬間に、攻撃をするかもしれない。

 だから、アリアを連れて逃げ出して、反乱軍を味方につけて、ユリアにも手伝ってもらって、メロディアもろともエルフィード王国を破滅させる。


「……もう大丈夫。暴れない」


 こっちが脱力すると、メロディアも解放してくれた。

 背後に控えていたエリスの元まで下がり、ドレスを掴む。


「分かっていただけて超感激です。……んんっ、ちょっとトイレに行ってくるので待っててください」


 私が離れた後のメロディアは、顔が真っ赤になっていて、それを隠すように岩場まで走って行った。

 私と精霊だけが取り残され、再び街が動く音だけになる。


「あれ、アスカもいなくなってるし」

「……リルフィがあのロクデナシ王女と抱き合っている時に、行っちゃったよ。他の人間がいると嫌みたいだね」


 上書きするようにエリスが身を擦り付けてくる。

 本当にあのエルフは分からない。

 分からないことだらけ。

 どうして私は誰にも勝てないんだ。


「王の遺産って、誰よりも強くなる装備じゃないの」

「……リルフィはまだ不完全だから。ボクたちはエルフを倒すために作られたから、全て集めればエルフィード人よりは強くなれる」


 ああもう。

 アタマがごちゃごちゃ。


 アリアに会いたい。

 会えばメロディアがアリアに危害を加える。

 アリアを守りたいけど今は勝てない。

 守るには王の遺産をはやく手に入れる必要がある。

 王の遺産はすぐそこで暴走している。

 でも最深部までは簡単に到達できない。


 やらなきゃならないこと全部に、できない理由がつきまとう。

 だからここで街の残骸を眺めるだけ。


「メロディアにあれを破壊してもらうしか」


 イライラ。

 王家を野放しにして、先にアリアを見つけられたらオシマイだ。

 せめて味方につけて私が監視する方が良い。

 ひとりじゃ何もできないから、利用するしかない。

 一歩間違えればバッドエンドまっしぐらの爆弾を、グッドエンドのために使うのだ。


「なんであのひと、私のことを知っているんだろう」


 イライラ。イライラ。

 知り合わなければこんな面倒なことにならなかったのに。

 シエルメトリィで初めて出会った時には、メロディアはすでに私のことを知っていた。

 手配書で顔が割れているとはいえ、それだけで好意を抱かれることはない、と思う。


「どこかで会ったかなぁ……会ったんだろうなぁ」


 一回だけ顔を合わせたことがあったとしても、そんなこといちいち覚えてない。

 メロディアには王家の権力と魔力があるから、一回会っただけの私を強引に探し出すことができてしまうのだ。


「ほんっとエルフィード人っておかしい」

「……はやく強くなって、そのエルフィード人を束ねて、ボクたちを安心させてね」


 王の遺産は始祖メトリィが初代国王に贈った魔法の武具。

 人間の血がエルフィード王国に住む生き物を誘引するなら、きっと初代国王も今の私と同じ悩みを抱えていたハズ。

 始祖メトリィは、初代国王が誰かに奪われないように、自衛の手段を与えたのだ。


「——お待たせしましたぁ!」


 一時間後、メロディアが帰ってきた。

 これからが本当の本番だ。


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