球体と蠢動

 街に近づくにつれ、大きな球体の正体があらわになった。

 それは、街のあらゆるものを取り込み、丸々太った塊。

 建物だったと思しき木片、地面を覆っていた石畳、街路樹や人間までもが取り込まれていた。

 時おり、球体の一部が消失し、中身が外側に押し出されて動いている。

 まるで球体が生きているかのようだ。


 消失は無秩序。

 建物の一部が転移し、人間の足が転移し、消えていく。

 全てのモノが、不完全な転移をする。


「これじゃあ私もどっか取れちゃうね」


 街だった土地に踏み込めば、私もどこかが消失するのだろう。

 ユリアに何度もかじられて、自分の一部がなくなることに鈍感になっている。

 今更足が消えても、また生えてくると思えばどうでもいい。


「直径から推測するに、中心は冒険者ギルド本部の上階。ここに突入するための策は三つ。一つは転移の影響を受けるリスクを軽減するため、高速で中心まで飛び込むこと。二つ目は消失を顧みず進むこと。三つ目は中心に転移することを願って待つこと」


 フローラがダンジョン化した街の攻略法を分析する。

 中心に転移するって、私のどの部位が飛べば、転移したことになるのだろう。

 首とか飛んじゃったら首環が取れたりするのかな。


「おそらくユリアとやらは一つ目の方法をとったと考えられる。あの魔力で、あの速度を出せれば問題ない。しかしながらリルフィは無理。リルフィは速度を出せても障害物を突破する能力がない」


 できないと言われると、無能だと言われているように思ってしまう。

 ユリアに負け、アリアに努力するように言われ、自分の能力に自信がなくなっている。

 能力強化を使ってムリヤリ突破してやりたいと思うも、改めて巨大な物体を見るとやはり感情がしぼむ。


「ゆえにリルフィはあの構造体に侵入し、慎重に進むことを推奨する」

「あの……お姉さんに任せてくれれば、リルフィちゃんは血の一滴からでも復元できるから……安心してね……!」


 血の一滴って……。

 例えばここで血を一滴落としたとして、それが復元したらもう一人の私が生まれるってことになる。


「あ、でもね……! リルフィちゃんがいっぱいに増えたらお姉さん悶絶するほど嬉しくなっちゃうけど、リルフィちゃんは絶対に一人だけです……! もしその制限がなければ今頃、お姉さんの周りはリルフィちゃんだらけよ……? 保存用と使う用と観賞用とはべらす用と一緒に寝る用と抱く用とおしゃべり用と、いろんなリルフィちゃんに囲まれたいな……!」


 ……私、増えないでよかった。


「じゃあ、そろそろ行くよ」


 とりあえず、いくら私がバラバラになっても死なないことが分かったので、あの球体に向かうことにする。

 街はもう跡形もなく、王の遺産の影響がおよぶ範囲が丸々えぐられていた。

 底には落ちてきた残骸が溜まっていることから、球体自体には吸い込むチカラがなく、引き寄せたガラクタが微妙な均衡の上でまとまっているだけ。

 中心にある王の遺産は、モノをひっきりなしに転移させることで、この球体をカタチ作っているのだ。


 巨体なクレーターに第一歩を踏み入れたが、特に違和感はない。

 自身に身体強化を施して、足に力を込めて飛び上がった。

 普通にジャンプするよりもずっと長い滞空時間を経て、球体の端、家の残骸にある出っ張りにつかまる。

 着地の衝撃で崩れるかと思ったけど、なんとか大丈夫だった。

 そこから周りを見て、街路樹の破片が足場になりそうなので、そっちに飛び乗った。


 かなり高いところまで飛んだようで、下を見ると地上に残った精霊たちは点に見える。

 これでは追いかけて来られないだろう。

 もしかしたら王の遺産に引き寄せられて、こちら側に来ることがあるかもしれない。


 待っている意味もないので、中心部に向かうことにした。

 建物や岩が密集する中、わずかなスキマを探し出し、そこに剣を差し込んだ。

 チカラを込めると簡単に崩れ、予想以上に多くの破片が地上に落ちていった。

 この球体には丈夫なところがあればもろいところもある。

 ヘタをすれば一緒に足場も壊れる危険があるので、木材の破片に手をかけておいた。


「うわっ」


 慎重に次の通り道を探っていると、周りの構造物が動き始めた。

 近くのガラクタが転移して、押し出しが起きたのだ。

 足場の角度が変わってしまい、立っていられなくなった。

 心許ない木材につかまって、宙ぶらりん。


「早く進まないと落ちる……」


 いつまでも外側にいては、球体の動きに翻弄されるのみ。

 なんとか外殻にしがみつき、さっさと侵入できそうなスキマを探すことにした。

 少しだけ移動したところで、私が入れそうな穴を発見。

 体をもぐり込ませて、安定感を得た。

 頭上からうめき声。


「ううぅぅぅぅ……」


 見上げると苦しそうな表情の住民と目が合う。

 ただその体は完全にガラクタと同化しており、救出は困難だ。

 自分の進むべき方を優先し、剣で空間を広げ、深部へと登った。


 どこかが消失し、構造が大きく変わる。

 それに伴って、せっかく作った道が狭まってしまった。

 ケガが治るとしても、押しつぶされては身動きが取れず、進めなくなってしまう。

 だから余裕を持ってスキマを広げながら、少しずつ進んだ。


『キィィィィィィィィイ!!』


 人の声だ。

 球体全体に響き渡るような、甲高い絶叫が周囲を揺らす。


「——っ」


 伸ばした手の先が、丸ごと消失。

 早速巻き込まれてしまった。

 私の手が持っていかれて、姿勢を維持できない。

 しかも、開いたスキマを埋めるように、様々な破片が私に向かって降ってきた。

 迫りくる莫大な重量に耐えられず、抵抗もできず私は球体の外へ押し出された。


 せっかく登った距離が、一瞬にして無かったことに。

 体が空中に投げ出され、数秒後に衝撃。

 破片も降ってきて視界が暗転し、体の中が破裂したような違和感と共に、息ができなくなる。

 痛みを感じないからつくづくヘンな感覚。


 しばらく、治るのを待っていると、ザクザクとガラクタの山を踏む音が近づく。

 私の上にかぶさっている破片がどけられて、リリーに発掘された。


「地面の中から女の子! これはお姉さん、リルフィちゃんを愛するしかないよ……!」

「……訳のわからないことを言ってないでどいて」


 エリスが私の胴体を持って、引っ張り上げると救出完了。

 咳をして喉の奥に詰まった血を吐き出す。


「これ、中心まで行ける気がしない」


 街を一個飲み込むほど巨大な球体に挑み、進めたのはほんの表面だけ。

 頻繁に起きる転移消失に対して、私にはなす術がない。

 上級魔法のような対軍用の破壊魔法であれば大穴を開けることが可能だけど。

 魔法学校を中退した私が使えるのは中級まで。


「ふむ。下からではなく上から攻めれば……うわあぁーーっ!」


 フローラが喋っている途中で上半身が消失してしまった。

 残された下半身は緑色の光となって散った。


「とりあえず、敷地から出ないと落ち着けないね」


 エリスを担いで街の外周部分まで走る。

 リリーは後で来るでしょう。

 王の遺産の効果範囲から出たところで地べたに座り、先ほどフローラが言ったことについて考えを巡らせる。


「上から掘って行くようにって言っても、やっぱりすぐに押し出されると思うなぁ」


 落ちる危険は無くなるけど、球体は常に中のモノを外に押し出すように動いているのだ。

 そんな状況でチマチマ進んでいたら、中心部にたどり着くのに何年かかるんだ。

 困った困った。

 あー誰か魔法でぶっ壊してくれるひといないかなー。


「やあやあリルフィたん☆ お困りのようですね!」


 アイデアも浮かばず、地面に座ってボーッと球体の動きを眺めていると、唐突にハイテンションエルフの声。

 金色の髪が視界の上から垂れてきて、アスカの逆さまの顔が現れた。


「アスカさんアスカさん。あの球体に穴を開けてくれませんか」

「えー? エルフは外で攻撃魔法使っちゃいけないんだよぉー?」

「里から抜け出しておいてそのルールは守るんだ」

「ニンゲンさんに当たったら一大事でしょ!」


 絶対遵守な自分ルールがあるらしく、私の頭上でブンブン首を振っている。

 早くも打つ手がなくなり、私はアスカと大人しく座って球体を眺めた。


「あそこ、メトリィの魔力っていうか、においっていうか、おばさん臭い感じぃ」

「分かるの?」

「そこのカタマリと一緒!」


 エリスとリリーを指差して、鼻をつまんでいる。

 試しにエリスの服のにおいをかいでみると、いつものように懐かしくなる香り。


「……加齢臭じゃないからね」


 うんうん大丈夫分かってる分かってる。

 エリスおばあちゃんはくさくない。


「リルフィたーん! お鼻直しに魔力をちょっとちょうだーい!」


 アスカに手を握られ、勝手に魔力を吸い取られる。

 ちょっとと言われたけど、私の中から悪いモノが出ていくようなこの爽快感は、相当な量をとられている証拠。

 エルフにとってはこれでも少しだけなのかもしれない。


「んっ、ひっ、あふぅ! ……ふぅ。ニンゲンさんってとっても刺激的!」


 そうですか。


「もっといっぱいのニンゲンさんに囲まれたいな! 他にニンゲンさんがいないと、あたし、リルフィたんのことをずっとずっと、24時間365日ずぅーっと、追いかけないとイけなくなっちゃう!」

「間に合ってます」


 そうなったら完全に第二のセレスタである。

 というか森から出てきてしまった時点で手遅れかもしれない。

 イヤだなあ、どうしようかなあ。


「ぁリルフィ様だーー! おーーーーい! わたくしです! メロディアでぇぇぇす!!」


 また新しいひとが増えた……。

 クレーターに沿って街の外周を走っているのは、シエルメトリィで私を誘拐しようとしたお姉さん。

 私の後ろにエリスを認めると、一気に表情をこわばらせた。


「大いなる火炎よ! メロディアの名において! かの者に獄炎の重苦を与えることを命ずる!」


 詠唱が終わると、エリスのいたところに、火柱が落ちてきた。

 ただの火柱じゃない。

 向こうが見えなくなるほどの強烈な赤い光が、螺旋を描いてエリスに降りかかる。

 熱はこちらに伝わらず、エリスを焼き尽くそうとする殺意をひしひしと感じた。

 不思議な火柱に興味が湧き、思わず触ろうとすると。


「危ない!」


 メロディアと名乗る怪しいひとが叫び、火柱が消えた。

 火柱の一歩後ろで、エリスが平気な顔をして立っている。

 エリスが火柱に触れ、魔法を無効化したのだ。


「上級魔法が打ち消された……?」

「……いきなりびっくり」


 メロディアとエリスの接点は、シエルメトリィでのひと時。

 私がメロディアに誘拐されて、それを助けにきてくれたのがエリスとフローラだ。

 このひとからすれば、エリスは私をとった敵。

 だからと言って、アリアみたいに見境なく攻撃するのは迷惑。


「リルフィたん、人気者だねぇ〜」

「リ、リルフィ様!? そそそそれは、エルフ!?!?」


 段々と近づいてきたメロディアが、アスカの長い耳に気づいた。

 敵が倒せなかったこと以上に、エルフの存在が衝撃だったようで、一瞬にして敵意がなくなっていた。


「で、でも、リルフィ様は、ついこの間まで、別のエルフに……」


 私の側までついた頃には、全てのやる気を無くし、座り込んでしまった。


「リルフィ様はエルフまで取っ替え引っ替えにして……もう訳がわかりません」


 とりあえず私とアスカ、メロディアで球体を眺めた。

 打つ手なし、である。


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