教育と命令

 ユリアの「教育」によって、私は成長を強いられた。


 ユリアに出会ってから修行と称した虐待の毎日。

 本気になったユリアからは逃げられない。

 ユリアにボロボロにされて、体力が尽きると自然治癒が遅れ始め、最終的に身動きが取れなくなる。

 腕輪の能力に制限がかかるのは、この地獄を味わってから知った。

 動けないまま一晩かけて治癒が終わり、目覚めるとエリスに作らせた食事を詰め込まれ、強制的に体力の回復をさせられる。

 体力が戻ると治癒の速度も戻る。

 そして再び一方的な加虐が始まって、一日かけてじわじわと穴だらけにされ、私の一部がユリアに食べられる。

 体力が尽き、治癒に一晩かかり、また次の日、次の日、……。

 私はその恐怖を少しでも早く終わらせようと、泣きついたり、逃げたり、抵抗したりして、ぜんぶムダだった。


 でも、次第にユリアの行動パターンが分かってきて、少しずつ攻撃を見切れるようになった。

 その時のユリアは不満そうな顔をしていた。

 私が成長したら、ユリアは先輩でいられなくなるから、好ましくないのだろう。


 それでも私は、地獄を脱するために成長した。




「——さあ、今日も訓練です」


 今日こそ勝つ。

 そのための作戦を、何日もかけて考えてきた。

 起きがけに能力強化を使い、すぐに臨戦態勢に入る。

 夜はボロボロだった体は、全て元どおりになっている。

 魔剣エリスフィアを構え、首環でユリアの動きを確認。


 距離をつめ、ユリアを袈裟斬りにする。

 避けられ、反撃の拳と続く切断魔法をいなす。

 石弾の魔法を脇腹で受け、魔剣を投げた。

 首環の能力でユリアを分析し、集中が剣に向いた一瞬を見切り、横に飛んで死角へ。

 周囲の木を蹴って移動し、ユリアの背後を狙う。

 投げた剣がキャッチされる前に呼び戻し、振り向くユリアに突きを放った。


 身を翻したユリアの二の腕が切れる。


 私が王の遺産で治癒するのと同じく、ユリアも魔力に守られている。

 出血は一瞬。

 だけど確実に入った。


「……ふん」


 ユリアは単純に、私の一部を口の中に入れることが好きなのだ。

 教育とか愛情とか、そういう感情の前の無意識な領域。

 私が少しだけ強くなったことで、本能的な衝動が満たせず、反射的に不機嫌になる。


 かじってもかじっても再生する私は、ユリアにとって最高の餌場だろう。

 狩った魔物はそんなに食べないクセに、私のことは一日中狙っている。

 絶対にそれで腹ごなしをしている。

 ユリアの私に向ける衝動は、食欲なのかもしれない。


「いきますよ」


 ユリアがなりふり構わず噛み付いてきた。

 掴まれたら終わり。

 ユリアの下半身を狙って剣を振って牽制し、ギリギリのところで避けた。


 通り過ぎたユリアは左右に大きくステップを踏んで、私の集中を乱しながら迫る。

 その動きを見切れずに飛び上がったら、ユリアも一緒に跳躍し、つかまってしまった。

 そして、関節が外れる音とともに、右腕が丸ごとちぎられ、持っていかれた。


 ——この時こそ、ユリアが最も油断するタイミング。


 食事を始めるユリアの顔面に、思いっきり足にチカラを込めて突っ込む。

 そして、残った腕でユリアに抱きついた。


「——んん!?」


 本来ならここは攻撃するところだろう。

 抱きつくのではなく頭突きをすれば、そのまま一本取れたかもしれない。

 しかし、これが私の秘策。


「ユリアさん、私、強くなったでしょ! だから、少しでいいから、街に行きたいな!」

「でも……危険が……」

「もう服もボロボロだし! ね、いいでしょ?」


 その名は色仕掛け(?)作戦。

 バカらしくも、私は必死。

 乾き切った喉から声を絞り出し、笑顔を作る。


「もしものことがあったら、ユリアが守ってくれるでしょ!」

「あの……はい」


 ユリアの胸にべったり顔をつける。

 決して柔らかくない感触で、アリアとは違う匂い。

 まったく好みじゃない。

 でも私の作戦は有効だったようで、攻撃ではなくアタマを撫でてきた。


「ねえ、行きたい! 連れてって!」

「し、しょうがないですね……」


 ユリアの束縛から逃れる方法は三つ。

 ひとつ目はユリアを殺すこと。

 このまま訓練を続けていけば、いつかユリアに勝つ日が来るかもしれない。

 でもそのいつかが来るまで、今の生活を続けられるとは思えなかった。

 私の実力では、今みたいに自分を犠牲にしつつ一撃を入れるのがやっとだ。

 それに治癒のチカラを使っていると、キズは治るけど、ひととして大事なものを失っている感覚がある。

 長期戦にしてはいけない、という本能からの叫びが、ユリア殺害作戦を却下した。


 だからふたつ目は、奇跡の一撃が入った時に、ユリアの気を失わせて、全力で逃げる作戦を思いついた。

 しかしこれも即却下。

 そもそも街の外に逃げてきた私に、たやすく追いついたユリアに対し、逃走が有効だとは思えない。

 エルフのアスカがやっていたように、私の魔力をたどってすぐに居場所がバレてしまう。

 結局リターナ領に戻って王の遺産を探すことになるのだから、ユリアを味方につける必要があった。


 そこで今回の色仕掛け(笑)に行き着いた。

 ユリアを味方につける作戦。

 センパイ風を吹かすユリアをおだてることで、この苦痛に満ちた訓練を終了させ、王の遺産探しもできるようにする。

 完璧な作戦である。


「ユリア〜!」

「え、えへへ……分かりました!」


 勝った……!

 身をひりつかせる殺意が、なりを潜めていく。

 ユリアから離れると、照れ臭そうにもじもじしながら、私の右腕だったものの切断面を吸っている。

 異様な光景に恐怖がおさまらない。

 とはいえ、それを顔に出してユリアを刺激したくない。

 作り笑いが苦笑いに変わる前に、ユリアの横について街の方向を指差した。


「ユリアが用意してくれた部屋も、見てみたい」

「……!」


 その言葉はユリアにクリティカルヒットした。

 ユリアに体を引き寄せられて、密着する。

 肩に腕を回され、その手が私の襟元に差し込まれた。


「ひっ」

「リルフィは、とてもいい子に育ちました……! 私の言うことをよく聞いてくれますね!」


 手が無造作に動き、私の胸が蹂躙される。

 デリケートな部位を他人にさわられるのが、これ以上なく屈辱的。

 すぐ近くでアリアに見られていると言う事実が、いっそう悔しさを引き立てる。

 太腿に爪を立てて、それで怒りを逃がそうとする。

 でも腕輪の能力で全く痛みを感じない。

 この時ばかりは痛みがあった方がよかった。


「一足先に、ご褒美です」


 胸元でうごめいていた指が止まり、それが形を変えて、私の突起をつまんだ。


「……っ! なに……?」


 息が止まる。


「うん、私はよく知っていますから、安心して。力を抜いて、身を委ねてください」


 再びねっとりと指が動き始め、全体をもみしだいていく。

 何かのスイッチが入ったのか、ただ圧迫されていただけの感触が、熱を帯びて別の感覚に変わる。


「イヤっ!」


 これを続けるのは、ダメだ。

 ご機嫌とりをしなきゃいけないことも忘れて、ユリアを押しのけた。


「…………あの。今は、まだ」

「恥ずかしいんですね。分かります。私も最初は……んんっ! すいません、どうでもいいことを思い出すところでした。そうですね、リルフィが安心できるような場所で初めてを迎えましょう」


 なんとか解放された。

 離れてしまった距離を戻すように、再び肩を抱かれ、今度はもっと密着するように引き寄せられる。

 左腕をユリアの腰に回さないと動きにくいほど。

 そうすると太腿から頭までがユリアの体と接するようになった。


「では、街に急ぎましょう。早くしないと遊ぶ時間が減ってしまいます」


 ここ数日、いっさいアリアとコミュニケーションを取れていない。

 少し距離をとって、私を見守るだけのアリアに、目を合わせることすらできずに出発することとなった。


 私がアリアに集中を向けようとすると、その考えが浮かんだ時にはアリアに魔法が放たれている。

 まるで、そこには誰もいない、とでも言うように。

 でも毎日、エリスに料理を作らせることから見るに、利用できるモノは利用するのだ。

 ユリアは私との会話を邪魔するひとには容赦なく魔法を放つけど、邪魔さえしなければ危害を加えない。

 全て、ユリアの思い通りの展開になる。




 チカラを持ったユリアは誰に対しても命令できる。

 チカラを持たない私たちには自由がない。

 勝手に逃げることも許されず、好きなひとと会話することも許されない。

 命令されればどんなことでもやる。

 ユリアの望みを叶えるために、自分の好みまでも変えさせらる。


 チカラで押さえつけて人々をモノのように扱う。

 これが、今のリターナ領主のやり方なのである。


 でも、負けない。

 私はユリアを上手に利用するのだ。


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