遺産と異変
「——お久しぶりです! メロディアが参りましたよ!」
「帰れ!」
王国への招集を伝えるために、リターナ領主を訪問しました。
新しい領主とは、就任時に一度お会いしておりましたので、顔パスで行けると思いました。
門前払いにされました。
わたくし王女なのに。
激おこです。
「王家は出禁だ!」
お分かりになられましたでしょうか。
冒険者あがりの領主には、エルフィード王家の命令など聞く価値もないと言うのでしょうか。
っていうかこの街全体が反エルフィード体制になっている気がします。
リターナ領に入ってから、わたくしを見つけるなり切りかかってくることが十回二十回……。
あらあら。
指名手配を受けるとはこういうことなのでしょうか。
わたくしは余裕で倒せるゆえ問題ありませんが、指名手配されていた頃のリルフィ様は、さぞかし苦労したことでしょう。
今や街中の手配書はひっぺがされ、リルフィ様のご尊顔を拝むことができなくなりましたが、わたくしはリルフィ様のことを片時も忘れたことがございません。
わたくしを頼ってくださればすぐにでも保護しますのに。
あ、そうだ。
教会を襲えばリルフィ様の居場所が分かるでしょうか。
反乱軍の襲撃からエルフィード王国を防衛するために国中の貴族を招集するのとか、もうめんどくさくなってきたので、今日は勝手に動くことにします。
ということで領主の屋敷兼冒険者ギルド本部を後にして、教会に参りました。
「メロディアです! エルフィード王国のメロディアでーす!」
槍が降ってきました。
それを取って投げ返し、入り口をぶっ壊して入りました。
僧兵はもともとシエルメトリィで一緒に修練していた顔見知り。
しかし交友関係などまるでなく、今ではただの敵です。
「エルフィード王家を殺せェー!」
没落貴族たちの稚拙な魔法が飛んできましたが、土壁の魔法で全て防ぎました。
腹いせに近くにいる僧兵の胸ぐらを掴み、二、三度殴ります。
すると早くも相手は泣き顔に。
「リルフィ様どこにいるか知ってますぅ?」
「つ、ついこの間、本教会に天啓を授けに来られました……」
「おお?」
「その時は、冒険者ギルドに向かわれたようですが……」
「イケてますね!」
教えてくれた僧兵を捨て、忘却の魔法をかけてから教会にさよならしました。
行方不明だと思っていたら、リルフィ様もここにいるなんて、運命を感じて思わずチビってしまいますね。
無事にシエルメトリィから抜け出せたのですか。
よくできました。
じゃあ早く保護しよ。
先ほど出たばかりの冒険者ギルドに再入場し、職員に聞くことにしました。
「リルフィ様どこにいるか知ってます?」
「うるせえ!」
怒られてしまいました。
よく見ると周りの職員も、あくせく作業をしていてお話どころではない様子。
室内は激しく争ったような痕跡が残されており、その修繕作業でてんてこまいになっています。
ううーん。
あ、暇そうな人がいる。
奥の部屋に向かい、途中で何かを踏んで怒鳴られましたが気にせず進み、壁に寄りかかってうなだれている人の前へ。
「あのー?」
「ユリア、ユリア、ユリア、ユリア」
「え? 領主がどうかしましたか?」
「ユリアがあいつに、ユリアがアタシを、ユリアユリアユリア」
どうやらご自分との対話でお忙しいようです。
諦め半分にリルフィ様のことを探ってみます。
「リルフィ様って知ってますか?」
「……っ! リ、ル、フィ……! なんでユリアはあいつのことを……! アタシを捨てやがってぇぇぇぇ!!!」
「どうどう」
意外にも、リルフィ様のことを知っている様子。
その取り乱し方から推測するに、領主ユリアがリルフィ様の魅力にとりつかれてしまったようで。
この忙しい方はユリアの知人で、愚かにもリルフィ様に取られたと勘違いをしているのです。
うんうん。
わたくしがこの方と領主の仲を取り持つしかありませんね。
そして余ったリルフィ様は私が引き取ります!
「おおおぉぉぉぉぉおぉおお!!」
錯乱した彼女は自分の手首を引っ掻き始めました。
どうやら癖がついているようで、すぐに傷が開き、血が流れ出しました。
死なれると面倒なのでさっさと回復魔法をかけ、ついでに眠りの魔法もかけておきます。
静かになった彼女を担いでギルドカウンターに出て、そのまま階段を登って領主の部屋へ。
「性懲りもなく来たか!」
「参りましたメロディア・ヴァース・C・C・エルフィード第二王女です!」
扉の前で門番に止められるのも本日二回目。
今度はわたくし諦めませんとも。
「領主ユリア・リターナに話があります。個人的に!」
「我々は王国に協力しないと言った筈だ! これ以上王国の勝手は許さん! 貴様を領主様に会わせる訳にはいかない!」
「だから個人的な話だと言ってるじゃないですか!」
「ならもっと駄目だ! 何考えてんだ!」
愚民と話していると埒が明かないので、迷わず武力行使です。
あんなに煩くわめいていたのに、突風の魔法で埃のように飛んで行きました。
所詮、冒険者ギルドにいるような人間は下級民族。
魔力をろくに持たない人間は、貴族に勝てないのです。
門番のいなくなった扉を蹴り開けて、領主の部屋へと乗り込みます。
邪魔なので担いだ女を放り投げ、部屋の中でユリアの姿を探しました。
「おーい! 貴女の想い人を持ってきましたよー!」
…………。
「出てこーい! メロディアが直々に参りましたよー!」
しーん。
「いねーんじゃないですか!」
じゃあなんであの門番はあんなにごねたんですか!
最初っからいないって言えばいいでしょうに!
「うーん……。どうしましょうか」
断片的に得た情報から推測するに、領主はリルフィ様を認識している。
そこで寝ている女は領主の関係者で、元はかなり親しい関係だったのでしょう。
しかし現在、領主はリルフィ様にうつつを抜かし、捨てられた女はやつれている。
典型的な痴情のもつれです。
そうなると、領主はリルフィ様を囲い込んで別の場所でよろしくやっていることが想像できます。
うらやま……許されざることですが、ここで無闇に探しに出れば入れ違いになる可能性もありまして。
待つべきか、探すべきか。
とっても悩みます。
「……ユユユユユリアの匂い」
おばかになった女が目覚めてしまいました。
投げ捨てたせいで魔法が早く解けてしまったようです。
こいつはリルフィ様になびいている訳ではない様子。
ま、下級民族にはリルフィ様の魅力なんて理解できませんよね。
「ユリア、どこ、ユリアユリアァ」
女は床を這いつくばって、領主の部屋を物色し始めました。
それはそれは非常に見苦しい有様でして、領主の使用した形跡のある物品を片っ端から嗅ぎ出し、口に含んでいます。
ゴミ箱に入った紙屑やペン、髪の毛なども拾いあて、もそもそと咀嚼していました。
汚い……。
「わたくしもリルフィ様の陰毛でも探しましょうかね」
と、他愛もないことを呟いてみたり。
いやいや、リルフィ様にはそんなもの生えていない筈。
いやいやいや、たとえ生えていたとしてもここに落ちていたらわたくしshock!
嫌な妄想をしつつ、荒い呼吸が繰り返される音を聞いていると、女が執務机の裏に回り込んで視界から失せます。
そしてしばらくすると、カチリという音が混じりました。
続いてゴゴゴという音が横から聞こえ、そちら見ると本棚が動いているではありませんか。
「……でかしましたよ変態平民」
本棚の裏には上階へ続く梯子が隠れていました。
隠し部屋です。
上に領主が隠れているかもしれません。
早速移動しようとすると、虫のような素早さで女が先に行ってしまいました。
「許しませんよ変態平民……!」
そのケツを追っかけて梯子を上り、たどり着いたのは再び無人の部屋。
キッチンにトイレにバスルームにガラス張りの個室と、そこだけで生活できそうな環境になっており、こまめに掃除もされているようですが。
生活臭とか家具の使用跡もなく、日常的に使用している形跡がありません。
これは残念。
「ユリア……!」
女がテーブルに乗った小箱に目を付けたようです。
大事そうにシルクの織物の上に乗せられており、触ったら滅茶苦茶怒られそうな雰囲気ですけど……。
女はフラフラと吸い寄せられるように移動し、それを開けました。
わたくしも中身が気になるので、覗いてみることに。
「えー、髪飾りぃ?」
普通そこは指輪とかネックレスでしょう。
先入観が過ぎますかね。
でもわたくしはそういうものを贈られた方が感動します。
「ユリアの……!」
女が血のついた汚い手でそれを鷲掴み、わたくしは思わず顔をしかめてしまいました。
期待外れとは言え、高価なアクセサリーをそのように……。
これだから下級民族は嫌いなのです。
愚民は躊躇なくそれを自分の髪にぶっ刺すと、髪飾りが眩い輝きを発し——。
「あっこれ王の遺産でしたか」
魔力の輝きではないことを瞬時に判断し、生存本能が同時にその正体を見抜きました。
王の遺産とは、エルフィード王国に散らばりまくって行方が分からなくなっている初代国王の装備です。
初代国王の持つ五つの武具は、その一つ一つに強大な魔法が込められています。
それは人間である初代国王が、エルフや魔物と対等に渡り合うために作られました。
始祖メトリィの愛がこもった装備に他者が触れると、呪いとなって効果を発揮してしまいます。
本来の効果とは異なる暴走状態。
呪われた人間は、その力を振り回して暴れるのです。
要するに、今わたくしめっちゃヤバイ。
「キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!」
女が青い光を纏い、呪いが始まります。
王の遺産、アルシアン・ピン。
その効果は吸収。
あらゆるものを消失させ、装備者の近くに転移させるのですが、全て中途半端に転移をするという困った効果。
例えばそう、ちょうど今、そこのテーブルの半分が消失し、女の前に現れました。
残った半分が支えを失い、倒れます。
このように、不完全な転移が起こるのです。
「って見てる場合じゃないですね!」
このままだとわたくしも真っ二つになる危険がありますので、脱兎の如く逃げることにしました。
このわたくしが愚民などに背を向けなければならないなんて。
しかしいくら英才教育を受けた王族でも、王の遺産の呪いには勝てません。
以前グロサルト領を訪問した時も、わたくし王の遺産になすすべもなく洗脳されましたし!
王の遺産の遭遇率高くありません!?
己の不幸を嘆く前に、逃げることだけに頭を切り替えます。
梯子を飛び降り、着地地点に切断の魔法で穴を開け、一気に一階までくだり。
ギルドカウンターの真上に降り立ち、戸惑う職員を払い退けて窓に飛び込み、脱出しました。
「ああ、街が壊れていってます……」
家が斜めに切れて消失し、地面がえぐれて民が落ち、戦闘の跡とは異なる歪な傷が、街に刻まれます。
もっと距離を取らねばと、出口に向かって一直線に走りました。
途中、首から上が消失した民や、体の下半分が消失した民の唸り声を聞き。
幸いにも、わたくしは生きて街から出ることができました。
振り返って冒険者ギルドを見ると、先ほどまでいた背の高い建物は跡形もありませんでした。
周囲の民家や地面や人間が、ギルドだった場所に歪な塊を形成し、みるみる成長しています。
そして、出来上がった巨大な球体。
どす黒く禍々しい構造物が、街を飲み込んでしまいました。
球体は蠢いています。
外殻を吸収して中身を押し出し、押し出した構造物を再び内に取り込み。
無限に続く吸収が、不気味な蠕動を繰り返していました。
「ううん、どうしましょうか……」
わたくしとしては、こんな気持ち悪いものなど、見なかったフリをして逃げたい一心です。
しかし、リルフィ様の所在がわからないのが心残りで……。
領主の屋敷にいないことは確認しましたが、街の中に取り残されている可能性は残っています。
探しに行くべきか。
初代国王の直系たるノーザンスティックス家であれば、この事態を収拾することができるでしょう。
王の遺産を正当な後継者が装備すれば、正しく機能するのです。
しかしリルフィ様をこのような禍々しい構造物に留めておくことは許せません。
リルフィ様には行って欲しくもあり、逃げて欲しくもあり。
やっぱ持って帰って甘やかして差し上げたいです。
「ん〜〜!」
助けに向かおうと足が動きそうになりましたが、踏みとどまります。
あのような無差別で不完全な転移をされると、わたくしの命も危うい。
わたくしが動けなくなれば、リルフィ様を助けられません。
思考放棄して救助したいという欲望と、待つべきだという生存本能のひしめきあい。
板挟みいっぱい。
「走ろう」
わたくしは街の外周を走ることにしました。
見回りですからね。
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