移動と異常

 適当な言葉でエルフィード反乱軍の意思をひとつにしたのはいいのだけど、これ以上長居したら軍の役職を押し付けられそう。

 役職がついたら自然と仕事も付いてくる。

 そしたら王の遺産を探せない。

 ただでさえ名前を無断で使っているのだから、仕事じゃなくてお金くれ。


 リターナ領の住人の尊敬の眼差しを一身に受けながら、台を降りる。

 アタマを地につけて拝み倒していた僧兵たちが、私に気付いて起き上がる前に、逃げることにした。


「リルフィ様——!」


 背後から聞こえる声を無視して、アリアと精霊たちを回収しながら走った。

 安易な気持ちで来るんじゃなかった。

 予想以上に運動が活発になっていて、情報収集どころじゃない。

 打倒エルフィードという言葉に酔いしれて、誰も何も見えていないような感じがした。

 この狂気に冒された状態こそ、王の遺産が関わっていそうな状態なんだけど。

 教会関係の情報を探るにはアプローチ方法を変えないとダメだ。

 正面から行くと今のようになるから、裏から忍び込むようなやり方で。


 まあ、難しいことを考えるよりも、もうひとつの事件の方を調べてみて、楽に進められる方から攻めていこう。


「じゃあ、冒険者ギルドに行こうかな」


 アリアの外套を少しだけ開き、首元を探ってドッグタグを取り出してあげた。

 私も服の中から取り出して、見せ合って少し嬉しくなる。

 一方で精霊たちは不満な様子。


「ギルド……偏差値が低そうな空間、果たしてワタシは耐えられるだろうか。エリスは馬鹿だから問題ないだろうが」

「……それってリルフィもばかって言ってることにならない? ……ふふ、おばかになったリルフィをお世話し尽くしてとろとろにしたい」

「いやいや。知能が低いリルフィに対して行動試験を徹底的に行い、習性を完全に把握して自由に操作する方がずっと愉しいぞ」


 なぜか私がバカにされてる。


「エリスたちは冒険者登録してないから入れないんじゃない?」

「……え」

「ワタシは低脳特有のシステムに組み込まれたくない故、登録なんて血迷った行為はやめて」


 付き添いとして行けば入れると思うけど、ちょっとからかいたくなっただけ。

 残念そうなエリスと嫌悪感を隠さないフローラに種明かしをすると、ふたりとも私に肩をくっつけてきた。

 どこからともなく現れたリリーも、入ってこようとしたけど、フローラが手で払った。


 街の中で最大の建物を目指して歩を進めると、教会みたいにヘンな集会が開かれていることもなく、昨日と同じ光景が広がっていた。

 行き交う冒険者は、思い思いに生きている。


「リルフィちゃん……!」


 リリーが他人からの視界を遮るように、前を歩くようになった。

 女ばかりの教会とは違い、冒険者という職業は男社会だ。

 筋骨隆々でけむくじゃらで、同じ人間とは思えない形の大男たちが、装備の金属音を鳴らしながら歩いている。

 貴族社会しか知らなければ、怖くて動けなくなってしまうだろう。

 それが嫌悪感だけで済むようになったあたり、私も成長したのだとしみじみ思う。


 今日はリリーの背中を目の保養にしながら、建物の中に入った。

 ランク10の専用スペースに向かい、待合席にみんなで座る。

 そこから壁に貼られた依頼の紙を眺めることにした。


『ハーブ採取』

『田植え手伝い』

『食堂接客担当』


 流石に最低ランクでは危険な仕事がない。

 私たちにとって有用な情報になりうる大事件は、高ランク向けの依頼にありそう。


「そういえばアリアってランク高くなかったっけ?」

「10だよ」

「あれ? そうなの?」


 冒険者登録をした時のアリアは、まだ本性を隠していたとはいえ、確実に私より強かったハズ。

 だから最初のランクも高い状態から始まったと思い込んでいた。


「リルちゃんと同じランクが良かったから」


 あー。

 かわいい。

 目を手で覆い、あの時のアリアを思い出す。

 オドオドして私の態度に過敏に反応していたアリア。

 今のアリアとは大違いだけどかわいい。

 ダメだ、回想でもかわいい。


「と、とりあえず手っ取り早くランクを上げられないかな」

「むりやり通ってみれば?」

「穏便に」


 おしとやかそうに見えてアリアはかなり武闘派だ。

 私が見ていないとすぐに指名手配が復活する。

 エルフィード王国を制圧しても、国民たちから追われるようになっては意味がない。

 アリアは王家だけど国民の味方だとアピールしないと。

 仕方がないから穏便に、クエストカウンターにて聞いてみることにした。


「ランクを上げるには……いや、領主に会うにはどうしたらいい?」


 そもそも王の遺産は貴族に与えられるものだ。

 すでに事件が起こっている教会側も怪しいけど、領主は領主であるだけで十分怪しい。

 ランクを上げて情報収集をするより、直接聞いてしまった方が早いのだ。


「冒険者ランクを3まで上げれば領主様に表彰されます」

「……はは」


 結局ランクを上げないと取り合ってもらえないようだ。


「リターナ領は冒険者ギルド総本山です。この街では冒険者ランクがそのまま地位となる。代々の領主も優秀な冒険者から任命されるのですよ」

「じゃあ、最近になって領主が交代したのは?」

「先代が今代に討ち取られました」


 フローラが聞いたら野蛮だとか阿保だとか散々言いそうな仕組みだ。

 ろくに経営を学んでもいない成り上がり領主が、統治なんてできるのだろうか。

 まあこれまで順調にやってきたようだから、口出しすることもない。


「じゃあ、簡単にランクを上げる方法を教えて」


 鼻で笑われる。


「あなた、ちょっとばかし有名になっていて調子に乗っているようだけど、冒険者はそんなに甘くないのよ?」


 これまでの丁寧さが一切消えて、受付の人は私のアタマに触れてきた。

 ちょっとイラッとくる。

 なりたくてなったワケじゃないし、甘々な暮らしを送ってきたつもりもない。

 だけど我慢我慢。


 受付の胸元を見ると、ランク5と書かれたドッグタグがあった。

 事務職をやっているけど、このひとも立派な冒険者なのだ。

 だから私がナメた態度を取るのが気に食わないのだろう。


「……こんな子娘があんな事件、起こせる訳ないでしょ」


 手配書が出ていたのは話に聞いていたけど、実は自分がどう書かれているかをじっくり見たことがない。

 受付の呟きから察するに、よほどスゴいことが書かれていたのだろう。

 まあ、私だってアリアの手配書に書かれていた「大量虐殺」が信じられなかったし、国民には王国の癇癪として見られていたのかもしれない。

 罪状はなんであれ、捕まえればお金をもらえるから、有名にはなっているという現状。

 受付の顔を見てしばらくボーッとしていると、相手が根負けしたように姿勢を変えた。


「……ふん。なら、酒場にいる問題児をなんとかできればランクを上げてもいいわよ」

「それは、誰?」

「丁度、領主が代替わりした時かしら。急に酒場に居座り始めて、初心者を見かけると襲い掛かるのよ。取り押さえようとする高ランクの冒険者にも噛み付いて、手が付けられなくて困っているの」


 なるほど。

 ランク10の私に、初心者狩りを仕留めよと、無理難題を吹っかけているつもりらしい。

 でも、ギルドの中で済むのならラクラクだ。


「じゃあ行ってくる」

「随分と自信があるようね。でも相手はランク4相当の実力がある。そんな準備もなしに行ったら痛い目を見るわよ。まあこちらとしては一回そういう目にあって反省して欲しいけど」


 ランク4ってどれくらいの強さなんだろう。

 領主に表彰される直前のランクだから、そこそこ強いくらいだろうか。

 アリアたちに行き先を告げると、みんなで酒場に行くことに。

 すぐ終わるだろうけど、一時も目を離したくないから連れて行く。


「結局、一人じゃ何もできないってこと?」


 5人でぞろぞろと酒場ブースに入ろうとしたところ、すかさず受付のひとに嫌味を言われる。

 とにかく批判したいらしい。

 無視して酒場に乗り込み、ランクを仕切る柵を乗り越えて例の問題児を探す。

 相変わらず冒険者たちから奇異の目を浴びるが、むしろそういう反応をしない特殊なひとがいないか見回してみる。


 すると、見つけた。


 しばらく観察して、明らかにおかしい状態だと判断。

 そのひとは、部屋の隅でだらしなく座り、ずっと俯いてフラフラしている。

 時おり瓶の酒をあおるが、口の端からほとんどがこぼれていた。

 茶色の短髪と、大きな胸が特徴の女。




 ——それは、かつて共に旅をした冒険者、マリオンだった。



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