計画と行動

 朝食ができたことをアリアに知らせようと、部屋に戻った。

 扉を開けようとしたところで、中から声が聞こえてきたので手が止まる。


「お姉さんはリルフィちゃんが大好きなんだけど、正直女の子なら誰でもイケるの……!」

「死ねば?」

「今ちょっと暇じゃない……? だから気晴らしにアリアちゃん、足を触らせて欲しいな……!」


 パンと叩いた音が鳴る。


「うーん、そんなビンタじゃあ刺激が足りないかな……? お姉さん、リルちゃんのグーパンチを知っちゃったから……!」

「……うらやましい」

「でしょ! アリアちゃんも頑張りが足りないね……! もたもたしてるとお姉さんが貰っちゃうぞ!」


 お腹の底からため息が出て、ドアノブをひねった。

 アリアが宿屋を全焼させようと、掌に炎を作っているところだった。

 私に気づくと、その手を握りしめてそっぽを向く。

 かわいい。


「リリーは気持ち悪い」

「ありがとうございます!」


 リリーが床に這いつくばる。

 今日は絨毯になっているようなので、遠慮なく仰向けの体を踏みこえた。


「あぅんこれよこれ……! この容赦なさ……控え目に言って最高です……!」


 ベッドに座り、アリアと向かい合わせになる。

 寝起きの直後、ボサボサになっていた髪はすでに整えられていた。

 私がとかしてあげたかったのに。


「朝ごはんできたよ。行こ」

「…………」


 そっぽを向いたまま、無視された。

 後ろで寝てたフローラが起き上がり、私の体を嗅ぎ始めた。


「む。血液のかほり。しかもリルフィの幸せ成分イッパイのやつ。エリスに何かされた?」

「ちょっと怒られただけ」


 背中にひっつくフローラをそのまま背負って、アリアの手をひく。

 そうしてみんなと食堂に行くと、ちょうど配膳が終わっていた。

 あれだけ厨房で騒いだけど、朝食では特に問題は起こらなかった。

 相変わらず脳がとろけそうになる美食を味わい、部屋に戻って身支度を済ませる。


 今日からは、王の遺産を探すことになる。

 どんな情報でもいいから、気になることに首を突っ込んでいって、何かヘンなことが起こっていないか調べる計画だ。

 未契約状態の王の遺産は、街全体に影響を及ぼす強い効果を放ち、持ち主を探すような行動を装備者にとらせる。


 魔剣エリスフィアは殺意を増長し、持ち主がひとを殺して回るようになる。

 フローリエットの首環を装備したものは欲に溺れさせ、周りのひとまでも欲望を満たすための兵隊にする。

 そうやって数多くの人間を巻き込み、結果的に私の手におさまったのだ。 

 リリアンテ・ブレスレットは……よくわかんない。


 そんな愉快な道具たちだから、次の装備もきっと事件を追っているうちに見えてくるハズだ。


 この街の現状で気になったコトは大きく分けて2つ。

 反エルフィード軍による運動と、領主交代の話。

 正直、勝手に私を持ち上げている組織に関わるのはイヤだけど、多くのひとが関わっているこの出来事は、怪しい感じがする。

 領主は貴族だから、王の遺産を持っている可能性が高い。

 まだ大ごとにはなっている雰囲気はないけど、マークしておく必要があるのだ。

 交代した領主も反エルフィードの体制には賛同しているそうだから、ふたつの別の事件に見えて裏でつながっているのかもしれない。


「まずは教会、かなぁ」


 領主に会う方法はわからないけど、反乱軍に会うのは簡単だろう。

 反乱の首謀者はメトリィ教だ。

 シエルメトリィの聖職者たちが全国に散らばり、教会を拠点に新しい神の降臨を広めている。

 だからこの街の教会に乗り込むのが手っ取り早い。

 けど。

 アリアを見る。


「うーん」

「わたしは自分で身をまもれるから気にしないでいいよ」


 悩んでいることを見抜かれてしまった。

 仇敵であるエルフィード王家を教会に連れて行くと、別の事件が発生して調査どころではなくなる。

 身を守る分には全く問題ないけど、過剰防衛で情報源が消滅すると困ってしまう。


 今度はアリアを縛ろうか……?

 ベッドの下に隠しておけば、敵に見つかることもないし。


「いや、それもどうか」


 いくら安全だからと言って、アリアをモノみたいに扱うのはイヤだ。

 しょうがない、連れて行こう。

 これまで使っていた外套で顔を隠して、ごまかし通すしかない。

 せっかくのキレイな服に、汚い生地をかぶせるのはかわいそうだな。

 壁にかけた袋から外套を取り出すと、長旅で染み付いた汗臭さが部屋に充満する。

 自分の匂いに嫌悪感はないけど、他人にはどう思われるか。

 今まで感覚が麻痺していたけど、こんなモノを身につけて過ごしていたなんて信じられない。

 ハズかしい。


 ……。

 …………。


 手に持った外套を、そっとアリアに渡す。

 アリアは躊躇なく受け取り、アタマに被せ。

 一呼吸してから、私の外套を体に巻きつける。

 それを見て、私の汚いところをアリアに擦りつけているという、奇妙な征服感にくらくらした。

 犬がマーキングするのと同じ。

 アリアを自分のモノにしたような錯覚。


「い、行こう」


 胸の高鳴りを抑えつつ、アリアの両肩を抱いて、部屋を後にした。




・・・・・・・・・・・




 エルフィード王国の勢力を大きく分ければ、王国、教会、冒険者ギルドの三つにできる。


 これまでは王国の権力が最も強く、教会とギルドは言いなりになっていた。

 魔力が高い血脈が貴族として王国に属するため、最も強大な武力を持つ。

 次に、魔力が低かったり、罪を犯したりした貴族が教会に送られるので、教会が二番目。

 そして、ほとんど魔法を使えない平民が、魔物を狩ったり討伐するために設立したのがギルド。

 魔法は使えないか初級程度までしか習得できず、数は多いけどチカラが弱い。

 そういうチカラ関係で成り立っていた。


 基本的に、貴族は王国に地位と名誉と豊かな生活環境を与えられており、代わりに高額の税を納める義務がある。

 圧政を敷くエルフィード王家が設定した税は、それはもう高額で、領民から絞れるだけ絞り取らないと賄えない。

 だから強大な魔力を持って恐怖を与え、平民たちを働かせるのだ。

 貴族の子供が魔法学校に行くのは、圧政を敷くための武力と運営法を学ぶため。

 税を納められなければ富と住居を全て剥奪され、シエルメトリィへ送られてしまう。

 その恐怖から、貴族はいかに金を稼ぐかということだけを考えて日々を過ごしているのだ。


 そうやってエルフィード王家は国民を飼い慣らし、自由を手に入れた。

 金髪碧眼でなければいけない血筋から、黒髪赤目のアリアが生まれても、隠してきた。

 それがバレても、圧倒的な魔力をもって、反乱分子を黙らせた。


 これまでは。


 教会に着くと、そこは憩いの場としての施設ではなく、兵舎のような雰囲気を醸し出していた。

 礼拝堂には入れず、教会の前に立った僧兵が、叫び声のような勢いで演説をしている。

 いわく、腐敗した王国を神が見捨てた、人民の自由を取り戻せ、と。

 それで最後には、ノウス・リルフィと口を揃えて叫ぶ。


 めっちゃ帰りたくなった。

 しかし僧兵のひとりと目が合うと、一瞬にして周りを囲まれてしまった。


「リルフィ様! いらしてくださったのですね!」


 背中を押されて台に乗せられる。

 後ろには僧兵がいっぱい、跪いている。

 前には町の住人がいっぱい、物珍しそうに見てくる。

 一段高いから全員の顔がわかってしまう。


「あっあの娘、昨日降臨なされたエルフ様と対話なさっていた娘よ! やっぱり本物だったのね!」


 声の方向には、昨日行ったカフェの店員。

 それを起点にざわざわと、住人たちの熱が徐々に上がっていく。


「天啓を! ノウス・リルフィ!」


 誰かが一際大きい声で叫ぶと、別のひとが真似をして叫ぶ。

 声量はどんどん大きくなって、私は自分の名を讃える声に囲まれてしまった。

 ひとを勝手に祭り上げといて、何か言ってくれなんて、あまりに図々しいんじゃないか。

 言うことないし。

 この場をしのぐため、適当に思ったことを話そうと息を吸うと、さっきまでの大声が嘘だったように場が静まる。

 全員が全員、目をうるませて、私の体の隅々に集中を向けてくる。


「私は、アリアや私を殺そうとしたり、故郷を滅したエルフィード王国を許さない。だから個人的に王宮に復讐するつもり」


 私自身の問題で王国を攻めようとしていることと、旧体制を壊そうとする教会と、目的は一致している。

 でも私はあなたたちとチカラを合わせる気なんてない、という気持ちを込めて、言ったつもり。

 そんな自分勝手な言葉に、誰もが呆然としていた。


「俺も、苦労して育てた作物を奪う王国が許せない……」


 すぐ近くの男が拳を握り締めて静かに言う。

 あ、この流れは……!


「あたしだって税金のせいで死にかけた!」

「王国は奪っていくだけで与えてくれたことはない!」


 民が、僕も私もいかに王国が嫌いなのかとそれぞれ宣誓をして、いつしかノウス・リルフィという合言葉で一致団結した。

 これ何をやっても都合よく捉えられるんじゃないか。

 試しに魔剣エリスフィアを顕現させて天に突き上げ、おー、と言ってみるとみんなも一緒になって叫んだ。


 みんな仲良いのはいいんだけど、私は王の遺産の手がかりが欲しいのだ。

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