料理と掃除

 全身のだるさに目が覚めた。

 横たわっている現状から察するに、食事にヘンなものを混ぜられ気を失った私は、精霊たちに部屋に運ばれたようだ。

 私と精霊たち、小さなベッドに四人という摩訶不思議な状態である。

 エリスに膝枕され、お腹にはフローラが乗り、リリーは横で腕にしがみ付いている。

 夜通しこの姿勢だったのだろう。

 何時間も同じ姿勢のまま動けなかったせいで、首が凝って、息が苦しくて、暑い……!

 痛みがなくても体の不調はいっぱい。


 全てを振り切り、ばっと立ち上がる。

 全身の汗が熱とともに蒸発して、爽快感。

 深呼吸をして空気もたっぷり補給した。

 体が軽くなったところで、隣のベッドにアリアが横たわっているのを発見。

 せっかくだからそちらに体をねじ込んで二度寝することにした。


 あぁ〜! アリアの体ァ〜!!


 精霊たちに邪魔をされると分かっていても、あふれんばかりの愛をアリアにぶつけたくなるのだ。

 背中からアリアと私の左腕を絡め、右腕をアリアのアタマの下に差し込む。

 足と足も絡めて、全身がアリアと密着する。

 それはもう、身動き取れないほど絡まってる。


「ん゛……り、りるちゃん……ぎ、ギブギブ!」


 どうやらアリアを起こしてしまったようだ。

 アリアの首元で深呼吸すると、濃厚なアリア成分が体内に充填され、胸からお腹まで浄化されたような身軽さを覚えた。

 アリアのアタマが揺れ、絹糸のような黒髪が私の右腕からこぼれる。

 ベッドをバンバンと叩き始めたところで、絡めた腕と足を解放した。


 自由になったアリアが寝返りして向かい合わせになる。

 そして息を切らしながら、私の胸に顔を埋めてきた。

 乱れた髪を整えようと、手を添わせようとすると。


「……朝ごはん、作る」


 エリスが立ち上がり、時間切れの合図。


「あ、私も手伝う」


 体が自然と動く。

 精霊たちの「契約更新」とやらで、私の価値観が強制的に書き換えられた実感はある。

 昨日までの私は、こんなことを絶対に言わない。

 でも、エリスの手伝いをすることが当たり前だと思っている。


 全部書き換えられた。

 母の顔を思い出そうとすると、エリスの顔しか浮かばないのだ。

 だけどそれに対して嫌悪感はなく、懐かしさを感じるのみ。

 今、目の前にいるエリスは、私の体の一部だと思うほどに身近な存在。

 昨日まではそうしてこなかったけど、


「……えらいえらい」


 私がベッドを降りると、エリスは背伸びをしてアタマを撫でてきた。

 精霊が徐々に、確実に、私を侵食している。

 まあ、それもいいか。


 エリスについて調理場に向かうと、すでに料理をしている中年男性がひとり。

 こちらに気づいた途端、鬼の形相を浮かべて近寄ってきた。


「また来やがった! こちとら今まで飯作って稼いできたんだ! 何度もこの場を小娘に渡すわけにはいかねえ!」


 鍋と包丁を構え、臨戦態勢をとっている。

 昨日もこの男を相手に、エリスは調理場を奪ったのだろうか。


「……リルフィ、うるさくてごめんね」


 穏やかなエリスが、屈強な男と争う姿が想像できない。

 でも、男の怒る様を見ると、昨夜は相当気に障る態度をとったのだろう。

 朝っぱらからこんなに大声を出すほどに。


「俺の料理で客は満足してるんだ! てめえらもいっぺん食ってみろってんだ!」


 事前に用意していたのだろうか、机には野菜炒めの皿が乗っていた。

 なんか野菜がシナシナしていてマズそう。


「……リルフィ、食べちゃ駄目だよ」


 エリスが皿を取る。

 そしてその全てをゴミ箱に捨てた。

 マズそうだけど、もったいない。

 あまりの暴挙に、男も唖然としている。


「……料理はどれ?」

「オマエ……!」


 私もそんなことやられたらキレる。

 怒りに震える男は、手に持っている鍋を振りかぶった。


「調子に乗んじゃねぇっ!!」


 鈍い音がした次の瞬間、エリスの体がこっちに吹っ飛んできた。

 倒れる前に肩をキャッチ。

 もう片方の手に持った包丁を使わなかったから、男の理性はギリギリ残っているらしい。


「……だって、ここでボクが正当な評価をしても、これが自分のやり方なんだと聞く耳を持たないでしょ。適当な食材を適当に混ぜ、吐き気がするほどの塩を加え、焦げるほど焼く。基本も心得ず、ゴミを料理だと言って、味のわからない野蛮人と共有して満足している。それを個性と主張して、ボクが何言っても聞かない。そういうの、めんどくさいから、無視するに限るよ」


 わずかにお皿に残った汁を舐めてみると、確かにエリスの言った通り。

 あまりの塩気に思わず顔をしかめる。

 昨日外で食べた時もそうだけど、街の料理は味がなかったり、濃すぎたり、極端なのだ。

 ここでは、いつも野宿で質素なものしか食べられない冒険者向けに、こんなヒドい味付けにしているのだろう。

 こんな濃ければ、お酒も進むだろうし、そのほうが好まれる。


「……リルフィ! 食べちゃ駄目だって言ったでしょ!」


 エリスが私の行動に気づいた瞬間、大声を出した。

 普段物静かなエリスの声に驚き、身をこわばらせていると、そのスキにエリスが手を伸ばしてきた。


「はぐっ……!」


 まっすぐと私の口に指を入れられて、舌の奥を弄られ。

 反射的に、空っぽの胃の中から液体が逆流した。


 口の中に酸味と苦味が広がる。

 ネバネバした液体が、エリスの手を伝って袖に染みを作った。

 尚もエリスは指を動かし続け、第二波、第三波と胃の痙攣が起こる。


 エリスの手から逃れようと、その腕を掴んだけど、すぐさまもう片方の手を差し込まれる。

 涙が出ても許してはもらえなかった。

 吐こうとしても何も出なくなって、それからしばらくして、ようやく解放された。


「けほっ、はぁ、うぅ……」

「……いや、でもまだ、出し切れてない」


 気持ち悪さをおさめるために、手近なイスに座って休憩する。


「……そうだ、リルフィは、もう痛みを感じないんだ。治るんだ!」


 首に、ひんやりとした感触が走った。

 ぷつりと、全身からチカラが抜ける。

 体が勝手に痙攣してイスから転げ落ち、見えたのは血の垂れた包丁を持つエリス。

 料理が得意なエリスに、鮮やかな手筋で神経締めをされてしまった。

 息もできなくなっている。

 それでも私は王の遺産に生かされている。


「……この際だから、綺麗に洗ってあげるよ」


 痛みを感じることもなく、まな板に横たわった私は服を脱がされ、迷いのない包丁捌きによって自由に形を変えていくことに。

 肋骨に沿って包丁が入れられ、その穴に手を突っ込んだ。

 目的のものがあったようで、お腹の中のそれを掴むと、遠く離れた舌がつられて引っ張られる。

 多分、胃だ。

 お腹の中から一部が取り出され、一筋の切り込みを入れて開く。

 その内部に水をかけて中身を擦った。

 さらにエリスは水を口に含み、私の胃に顔を突っ込む。

 しばらくすると、私の鼻と口から水が吹き出してきた。


「……昨日も、どこかで食べてきたんだよね」

 

 すでに治りつつある切れ込みに、今度は縦線を刻み、腸を引っ張り出した。

 周りの脂を削ぎ落とし、何度も何度も手を引いて、長い管を引っ張り出す。

 その真ん中あたりに刃を入れて、真っ二つにした。

 根元を握り、先端まで手を滑らせて中身を絞り出す。

 私のものがゴミ箱に捨てられる光景は、フクザツな気分。

 動けなくなった体でも、目は見えていて、淡々と行われる作業を見せられる。

 キレイになった管に水を注がれ、逆流しないように手で押し込んだ。

 こんなにも膨れるものなんだ、と、どこか他人事のように眺める。

 そしてエリスは管を揉み、再び中身をゴミ箱へ流した。

 数回繰り返すと、切断面と切断面をくっつけて、腸をまとめてお腹の中に。

 きっともう繋がっているのだろう。


 外に出ていた部位を全て仕舞い終わると、エリスは手についた赤を舐めとっていた。


 徐々にキズが治り、数分で体が動かせるようになった。

 呼吸をすると血が巡り、感覚が戻ってくる。

 痛みがないから、気持ち悪さと下腹部の違和感だけが復活した。


「……ふう」

「……リルフィはもう、ボクが作ったもの以外、食べてはいけません」


 エリスが頬を膨らませて怒っている。

 これが赤の他人だったら、こっちも反論のひとつやふたつ、していただろう。

 でも、が言ったことだから——。


「ごめんなさい」

「……うん」


 私がちゃんと謝ったから、仲直りできた。

 料理人の男は顔を青くして伸びていたので、ジャマされることなく朝食を作ることができた。

 

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