混合と強化
お宿に戻った頃には日が落ちていて、室内は明かりがないとよく見えない。
食堂での喧騒を背に受けながら、ロウソクに照らされた廊下を進む。
精霊たちがいる部屋は真っ暗で、明かりの魔法を使った途端、ベッドの上の6つの目にギロリと睨まれた。
「放置してごめんね」
3人をまとめて縛っていた縄を解く。
アリアは興味がなさそうに、そそくさとベッドに寝っ転がってしまった。
「……服、可愛いね」
不満そうな表情で言うエリスは、自分で仕立てられなかったことに未練たっぷりな様子。
フローラは私の方をじっと見たまま、懐から針を取り出して自分に刺していた。
「何してるの?」
「せ、精神安定剤だよ」
数十秒ほどで、フローラの瞳が柔らかなものに変化する。
なるほど効果は抜群なようだ。
「まあ、明日は連れて行ってあげるから。許して」
そう言ってエリスのアタマだけ撫でていると、無表情だった口元がわずかに歪んだ。
ご機嫌をとってご飯を作ってもらう魂胆だ。
あふれんばかりの食欲を悟られたのか、エリスはぴょこんとベッドを降りて、ドアノブに手をかけた。
「……じゃあボク、調理場を借りてくる」
精霊の中の唯一の良心が姿を消す。
残るは
暴れられると困るので、ニコニコ愛想笑いを向ける。
「くふ、ふふふふ、ご機嫌取ろうったって、意味はない。ワタシは全てお見通し」
「そう……」
アリアのそばに腰掛ける。
私の行動が把握されているのなら、愛想笑いを続ける必要はない。
新品の上着を脱いで、たたんで置いておく。
特に話題もないので、適当な話を振ることにした。
「決起が起こったって話。フローラはこれから何が起こると思う?」
「まずは仲間集めだね。メトリィ教に従順な平民を味方につけて、王国の不評を植え付ける。リルフィも象徴としていつか呼ばれるよ。そしたらあとは勝手に進む」
フローラが鼻を鳴らす。
「しかし、政治ほどつまらない話はないね。愚かな生命体の動向など予想しても、決して面白いことにはならない。いかにサイエンスで生活を
「って言われてもそっちの方が分かんない」
フローラがいつもコソコソやっているのは、そのサイエンスとやらの追求だろう。
道に落ちている色んなものを拾って、茹でたりすりつぶしたり焦がしたり。
それをいつも投与される。
どこが面白いのだろう。
正体を知るのはコワいから、別の話題を振ることに。
「じゃあさ、王の遺産のヒミツ機能とか、他にない?」
リリーが知らなかった精霊の復活機能。
魔力枯渇によって精霊が消えても、本体である魔剣や首環に魔力が残っていれば、放熱して精霊が復活する。
こういった新しい機能が分かれば、対策も応用もできる。
「秘密機能は秘密だからワタシらにも分からない。しかし、そう、それだよ。分からないことを追い求めるディスカッションこそ、ワタシのインテリジェンスが輝く場。仮説と実証こそがサイエンスの歩だよ。そうだね、では手始めに道具の
うわっ。
饒舌になった。
「現時点での、王の遺産による恩恵をピックアップして」
新機能が増えて強くなるならそれに越したことはない。
言われた通り、魔剣、首環、腕輪、すべての能力を思い浮かべる。
魔剣は、装備すると身体強化がかかり、剣を振るうと魔法を無効化する。
首環は、つけるとアタマが良くなった気がして、使うと対象の情報が分析できる。
腕輪は、この間の感覚からして痛覚が軽減され、ケガをすると自動修復。
私は順調に人間をやめているようだ。
「フローラの効果は曖昧だね」
「シツレイな」
酒場で様々なひとの断片的な情報を聞いて、内容をまとめられたのは首環の効果かもしれない。
首環がなくてもできていたかもしれない。
装備の効き目が実感できないから地味だ(笑)。
「ああ、でも——」
能力の組み合わせという言葉に、心当たりがある。
あんまり思い出したくないけど。
死んでしまったアリアを治療した時は、首環の分析と、腕輪による治癒を組み合わせることで、本来自分にしか向かない治療対象をアリアに向けることができた。
組み合わせってそういうこと?
「その通り。つまり他者分析プラス自己治癒が他者の治癒に変化するということ」
最初、腕輪の能力を回復魔法と同じように使おうとしたら、何もできなかった。
そして、首環で損傷部位の詳細を分析したら、治療が可能になった。
リリーは最初から他人を治すことができるように言っていたけど、本当は首環がなければできないことだったのだ。
デタラメを言って契約を迫ったリリーを睨みたくなったが、やると喜ぶので自重する。
「では、次に痛覚軽減と自己治癒と身体強化の組み合わせを試みて」
「複雑だなぁ」
フローラの言ったそれらは、すべて自動的にかかっているものだから、どう使えばいいのか。
首環を使う時みたいに、能力を意識してみる。
身体強化身体強化……。
「……っ!」
全身の肉がミチミチと切れていく痛みに襲われる。
手元を見ようと下を向いたら、顔から赤い液体がぽたぽたと。
鼻血が出てきた。
痛覚軽減と治癒を意識すると、正常な状態に戻った。
「……うぅ、なにコレ」
強化が体に馴染んで、まず始めに感じた変化は、音。
周囲の雑音がかなり聴こえるようになって、うるさい。
アリアの心臓の音ですら、ここから明瞭に聞こえてしまう。
それどころか、部屋の外、ドアを隔ててさらに向こうの、調理場にある鍋に入った水が、沸騰して泡が弾ける音まで聞こえた。
「くふふ、うまくいったね」
「あぁ喋らないで。アタマがガンガンするぅー」
このままだとまともに生活できなくなってしまうので、いつもどおりの身体強化になるよう念じる。
強化されたままの痛覚遮断のせいで、触覚も消えてしまったので、ぜんぶ元のレベルまで下げた。
「この組み合わせを、名付けて
「私で実験しないでよもう……」
フローラは不気味な笑みを浮かべて、今の現象をメモに残している。
使っているペンも紙も見たことがないものだ。
それもフローラが発明したのだろう。
なんか光ってる板を手で触ったりペンで突っついたりして、それでメモになるのだろうか。
「では、次に——」
「リルフィ、ご飯できたよ。食堂に来て」
と、ちょうどいい具合に時間がつぶせたようだ。
王の遺産の複数使用、便利そうだからヒマなときに考えてみよう。
眉間にシワを寄せた顔をエリスに向けるフローラは、めんどくさそうにベッドを降りる。
私も背後のアリアをぽんぽん叩き、食堂に向かうことにした。
「……お姉さんを無視しないでぇ」
無視じゃなくて、相手にするのがイヤなだけ。
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