探索と現状

 なんと、なにも考えずに宿を出てきたせいで、帰り道を忘れてしまった。

 宿は商店街を少し外れた静かな場所にある。

 つまり、今いる大通りから、分岐する小道のどれかに入らないと、宿屋にはたどり着けないのだ。

 そんなの覚えてない。


「どうしよっか」

「別の宿をさがせばいいんじゃないかな」


 アリアの言う通りだ。

 最初に入った宿に愛着があるわけでもない。

 精霊たちを閉じ込めている程度だ。

 払った料金分の日数が過ぎれば追い出される。

 そして私を勝手に追ってくるのだから、それまで自由を謳歌してもいいだろう。

 アリアとふたりで遊ぶついでに、この街に眠る王の遺産の手がかりをのんびり探そう。


「とりあえず、ギルドかな? 他の宿屋の場所を聞いてこよう」

「リルちゃん、体調はだいじょうぶなの?」

「元気すぎる」


 入り組んでいるから、別の宿を探すのにも一苦労だ。

 冒険者ギルドに行けば、街の地図が置いてあるだろう。

 私たちの置かれた状況も把握したいし、まずはギルドで情報収集。

 そうと決まれば行動は早い。

 道ゆくひとにギルドどこですかと聞くと、大通りの先、斜め上を指差す。

 斜め上。

 街に入る前から見えていた、一際大きな建物だ。

 でっかいからリターナ領主の屋敷なんだと思っていて、意識の外に追いやっていた。


「あんたもしかして、リルフィ・ノーザンスティックスさまかい?」


 早速そっちに行こうとすると、今のお姉さんの声に止められた。


「そうだけど」

「はぁーあんたが噂の子なのね。あたしゃ政治のことはよく分からないけど、がんばってね」

「ん?」


 肩を叩かれるが、何に対して応援されているのか。

 外の暮らしが長いせいで、社会情勢に疎い。

 フローラが言っていたことを思い出すに、私とセレスタのせいで、決起が起こったらしいけど。

 それに関すること?

 ついこの間のことなのに、もうここまで情報が広まっているの?


「はやく行こう」


 反エルフィードの話が広まっているとすると、エルフィード王国の腐敗の象徴たるアリアをひとりにするのは危ない。

 トイレに1、2時間もこもるのを許してはいけなかった。

 ずっと近くで見てやらないと。


 とは言え、どこまで警戒すべきなのか、何が敵なのか、やっぱり詳しい情報を得るのは大事。

 アリアの顔を隠すような立ち位置をキープしつつ、ギルドへの足を早めた。


 目的の建物はどこからでも見えるから、曲がり道にあたっても問題はない。

 なるべく大きな道を選んで、右に左に進んでいくと、冒険者ギルドにたどり着いた。

 辺りは冒険者で溢れかえっている。

 汗臭さがヒドい。


 話しかけられないように、アリアの手を引いてぐいぐい前に進み、建物に入る。

 荒くれ者の相手はイヤだから、比較的キレイな所に行こうとしたら、職員に止められた。

 どうやら冒険者のランクごとに、入っていい場所が制限されるようだ。

 大きなギルドだからできる土地の使い方だ。


 私のランクは初期の10から変わっていない。

 まっとうに生きていればランクを上げていたのかもしれないね。


 示されるままに初心者スペースに行くと、治安は良好な様子。

 冒険者になりたてのひとばかりの低ランクのスペースは、平均年齢が低いから、暴れ出すような荒くれがいない。

 同い年らしきひとも多く、まるで学校にいるような気分だ。


「ようこそ冒険者ギルド、リターナ本部へ。登録ですか?」


 職員の応対が丁寧で驚いた。

 冒険者なんて社会不適合者は、人間扱いされないこともあるのに。

 ドッグタグを見せると、職員は眉を動かして奥を示した。


「うーん、どうやって情報を集めようか」

「こういう場所だと、酒場?」


 アリアに言われて探すと、ランク10から6までの共通の酒場が、カウンターの奥にあるのが見える。

 とりあえずそこに行ってみると、共通スペースとは言えランクごとに簡単な仕切りがついていた。

 低ランクいじめが起こらないように徹底されている。


「アリア、お酒飲んじゃダメだからね」

「もうすぐわたしたち成人だよ?」


 未成年だからダメというルールより、その飲み物が理性を崩壊させることがイヤ。

 優しいと思っていたひとがそれを飲んだ瞬間、豹変する映像が幼い頃のトラウマになっているのだ。

 酔っぱらった村人が私の体を好き好きに触ってくるあの感触を思い出し、鳥肌が立ってきた。

 お酒を飲むひとはみんなうるさくて迷惑な動物以下の存在だ。

 アリアにはそうなって欲しくない。

 警戒しつつ、カウンター席を陣取り、アリアを壁側に座らせた。


「アリア、お腹空いてるでしょ?」

「うん」

「私も空いてる」


 カフェで食べたのは全部戻しちゃったから、空腹状態。

 とりあえず目があった店員にいっぱい持ってきてと頼み、待つことに。

 アリアとの会話を楽しみたい所だけど、今は情報収集のための時間と割り切り、お口にチャック。

 周りの話に耳を傾ける。


 ——シエルメトリィの兵にスカウトされちまったぜ!

 ——あの防具屋、もう税を納めないらしい。今反乱軍向けに大安売りしてる。

 ——新しい領主も新体制派なんだって?

 ——ねえ、あの飲んだくれ、いつもいるよね。


 色々なひとの、色々な話。

 それぞれの情報を整理して、現状の理解に努める。


 まず、反エルフィード軍について。

 シエルメトリィ領から始まったその軍は、各領地に散らばり、順調に勢力を増やしている。

 私の名前を勝手に使って、ノウス・リルフィという合言葉で団結しているらしい。

 顔も知らないひとに自分の名前が叫ばれ、それが共通の言語になりつつあることにゾッとした。

 ただ、今はまだ勢力を増やしている段階だからか、何が敵なのかは具体的に定まっておらず、攻撃的な活動はなさそう。


「リルちゃんの名前が他人に呼ばれるのやだ」

「私もイヤ」

「しかも呼び捨てにして……!」

「落ち着いて」


 次に、エルフィード王国の現状について。

 反乱軍を鎮圧しようと王国軍が武力行使に出たり、貴族に課せられていた重い税を軽減したり、内部はもう、メチャクチャになっているようだ。

 私とアリアの指名手配がなくなったのも、王国自体の発言力がなくなったから。

 捕まえても報奨金が出なくなってしまったので、もう手配書には誰も見向きしない。

 しかも、教会の権力が増し、新しい神となる私を捕まえようとするヤツは、異端者として殺されるらしい。

 だから私の姿を見ると避けるひとが出てくるのだ。


「アリアの立場が難しいなあ」


 指名手配がなくなったけど、王族は国民の敵になっている。

 でも王国から見ると、アリアを指名手配するほど敵視していて、国民の敵の敵がなんとやら。

 こんがらがってくる。


「わたしは自分で身をまもれるから」

「ええっ」


 アリアらしからぬ発言。

 私に守って欲しくて魔法が使えないフリをしていた過去からは、とても想像できない。

 ホント、どうしちゃったんだ。


「ほらリルちゃん、続きおしえて」

「アリアが冷たい……」


 まとめた情報を忘れる前に、泣く泣く次の話題へ。

 最後は、この街について。

 ギルド本部があるリターナ領は、冒険者によって統治される街。

 代々、チカラと政治力に長ける冒険者が領主になってきたのだけど、最近になって事件が起きた。

 決起が起きるよりもだいぶ前に、領主が代替わりしたそうだ。

 魔法使いである貴族がやってきて領主を殺し、その座を奪ったのだ。

 その貴族は特に圧政を敷くわけでもないので、住人の不満がないのが救いだけど。

 ちなみに領主は反乱に乗り気らしい。

 これまでの経験上、王の遺産を持っているのは大抵領主だから、その動きは把握しておいた方がいいだろう。


 酒場の酔っ払いたちから得られた情報はこんな感じ。

 バゲットを6本ほど丸かじりした後に、ようやく整理し終わった。


「リルちゃん……お腹の調子、わるいんじゃないの……?」

「全然」


 気持ち悪くなるのは料理がマズいから。

 素材そのものであるパンを無心に咀嚼しているのは辛うじて大丈夫。

 パサパサだけど。


「アリアこそ全然食べてないでしょ」

「口に合わなくって……」


 ゲテモノ好きなアリアでも、この街の料理は合わないらしい。


「エリスに、作ってもらおうか」

「……わたしが作れればいいのに」


 置いてきたことを謝ったら、作ってくれるかな?

 結局、エリスの料理が恋しくなってしまい、新しい宿を探すことはせず、ギルド備え付けのマップを見て、精霊たちの所に戻ることにした。


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