金髪と金髪

「あっ! リィィィィルフィーーーた〜〜〜ん!!」


 カフェでゆっくりじゃないランチをとっていると、やけにハイテンションな呼び声が聞こえた。

 アリアのものでないのは確か。

 でも聞き覚えのある声で、最近会ったような。

 それよりも大量の食料の攻略にいっぱいいっぱいだから、振り向きもしなかった。

 お腹がいっぱいになる前に詰め込まなければと、気づかないフリをして作業しょくじに専念する。


「見つけたよ〜〜っ☆」


 と言って向かいの席に勝手に座る長い金髪の耳長族。

 エルフの森で


「何食べてるの!? ちょっとちょーだい!」


 細い指でサラダをつまみ、頬ばった。

 この際あなたでもいいからもっとガッツリ食べて欲しい。


「うわっなにコレまっずーい! ニンゲンさんって、いつもこんなの食べるの?」


 店員が迷惑そうにこちらを睨む。

 だけどそれも一瞬で、エルフの少女を見た瞬間、持っていたお盆を落とした。

 店員は今まさに、エルフィード王国の神を目の当たりにしているのだ。

 まあ、金髪で耳が長いこの見た目は、始祖メトリィ様の像と一緒だしねぇ。

 メトリィ様とは違い、目の前のエルフには圧倒的に清楚さが足りてないけど。


「一心不乱に食べてるねっ! あたし、見てるよ!」


 立ち去ってくれるワケもなく、手伝ってくれるコトもなく。

 私は見世物になった気分で、残りを処理した。

 アリアはまだ戻ってこないから、食べ終わったとしても逃げられない。


「……吐きそう」

「だいじょーぶ!? 胃にやさしい魔法、いる!?」


 返事をする間もなく、魔法をかけられた。

 お腹の張った感覚が消えたけど、今度は別の気持ち悪さが襲ってくる。

 魔力酔いだ。


「っ、ありがとう。えっと……」

「もーぅ! アスカだよ! 覚えてねっ☆」


 これ以上魔法をかけられたらトドメになるから、なんとか抑えて治ったフリをする。

 もう一生会わないと思っていたから、名前なんて覚えていなかった。

 だけどセレスタみたいに追いかけてきてしまったようだ。


「……なんでここにいるの」

「どうしてもニンゲンさんに興味があって! セレスタちゃんが帰ってきたし、あたしが抜けてもだいじょーぶでしょ! 数的に!」

「そうはならないでしょう」


 エルフの森で散々無礼な態度を取っていたのに、このハイテンションエルフのには通じなかった模様。

 エルフには森から出ることを禁止するしきたりがあるのに、アスカの超理論によって覆されてしまった。

 こんなのでよくも数百年間姿を隠し通してきたね。


「リルフィたんの魔力ってすっごく気になる形してるから、いい目印だよ!」

「その呼び方……」

「リルフィたん! かわいいからリルフィたん! リルたんぺろぺろ!」

「やめて」


 指摘したらもっとヒドくなりそうだから、諦めた。

 リリーよりはマシだ。

 あっちはもっとねっとりべたべたしてて引く。


「リルフィたんのカラダはね、なんかこう、大事なものを魔力で包んで隠してるような……それを見るとね、ひんむいてやるぜげへへって感じになるの!」


 寒気を覚えて、肩を抱く。

 抽象的で分からないけど、私が初代国王の血を引いていることが関係しているのは確か。

 エルフィード人はこの血に惹かれる性質があるのだ。

 油断したら襲われる。


「本当にひんむく訳じゃないからね! でも、気になっちゃうよねぇ〜。たぶん他のみんなも同じこと思うはず! リルフィたんも結構苦労してるんじゃないの?」

「まあ、大体、一日あたり二十四時間は苦労してる」

「ずっとじゃないか〜いっ!」


 身の危険を感じるけど、他のエルフィード人と違い、アスカの目にはしっかり理性が残っているように見える。

 だからまだ大丈夫、かもしれない。


「でも不思議! 生まれて初めて外に出てきたけど、ニンゲンさんってあんまりいないんだね!」

「ん? いるでしょ、そこにも、あそこにも」

「え?」


 指を差しても、首をかしげるアスカ。

 突然注目を浴びたカフェの店員は、ひざまずいて拝み始めた。


「いないよ?」

「どういうこと……」


 あんなにありがたそうに祈っているのに、アスカはそれを認識していないかのように振る舞う。

 エルフには違う景色が見えているのだろうか。

 それとも私の目がおかしくなったのか。

 首環の能力で検査しても、目の異常はなさそうだった。


「いい? リルフィたん。あれは——」

「リルちゃんから離れろ!」


 一陣の風が吹き、アスカの姿が目の前から消える。

 続けて地面が揺らぎ、アスカが飛ばされた場所に石のトゲが突き出した。


「リルちゃん、だいじょうぶ?」

「うん、まあ」


 ようやくアリアが戻ってきた。

 私が浮気していたから、すごい怒っている。

 かわいい。


「やばっ! リルフィたん、まったね〜!」


 何事もなかったかのように、アスカは石のトゲの影から顔を出し、挨拶だけ残して行ってしまった。

 一体なんだったのだろう。

 まあ、あのエルフの呑気さから考えるに、きっと観光にしにきただけだ。

 向こうから接触してくるまで放っておこう。


「長かったねアリア。なにしてたの?」

「リルちゃん! ちょっと目を離した隙にまた新しい女を!」


 肩を揺さぶられて、罪を咎められる。

 最近は精霊と遊んでいてもアリアに無視されていたから、こうして怒られているのも幸せ。

 でも、そんなに揺らしたらダメよ。


「リルちゃん! あれあの時のエルフでしょ! どうして持ってきちゃったの!」


 勝手についてきたんだ。

 それを口に出す余裕はなく、今の私は限界まで満腹になった状態。

 魔力酔いも合わさって、気持ちの悪さは頂上まで昇り詰めている。

 抑えていたものがアリアに揺られすぎて制御を失い——。


「おぇー」

「リルちゃぁん!!」


 アリアが生やした石のトゲの根本に、マーキングの如く引っかけた。

 向こうの建物の影から、アスカが覗いている姿がチラリと見えた。

 まだ行ってなかったのか。


「ごめんね、わたしが揺らしたから……! 具合が悪かったんだね……! 宿にもどって休もう……! 歩ける? 手をつなごう?」


 アリアの手をとって、体制を整える。

 帰る前に店員に手招きをして、勘定を求めた。


「お、お代はいりませぇん!!」


 こちらに駆け寄って再びひざまずき、アタマを地面につけて手を合わせる店員。

 メトリィ教の敬虔な信者らしく、神様と対話していた私からは代金を受け取れない、ということらしい。

 店を壊してしまったので、とりあえずお詫びの気持ちも込めて金貨を二枚置き、店を後にした。


「……ふぅ」

「リルちゃん、無理しないでね」


 アリアが背中をさすってくれる。

 ああ、懐かしい、この感覚。

 魔法学校にいた時も、こんな感じで一緒に歩いていたなぁ。


「で、アリア」

「なーに?」

「あんなに長い時間、なにしてたの? トイレで」

「え」


 繫いだアリアの手から、じわりと汗が吹き出るのが分かる。


「えっと、せ、精神統一! リルちゃんの服がかわいいから!」

「どうやってやったの?」

「ええっ、あの、こう、すぅーって」


 精神統一とやらがうまく行ったらしく、アリアの状態を確認すると陶酔だったものがいつもの状態に戻っている。


「精神統一、どうだった?」

「その、す、すっきり、した?」

「よかったね!」

「ん〜〜!」


 楽しい。


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