娯楽と試練
アリアが不機嫌そう。
なぜなら、服屋に入ったからには、アリアを思いっきり可愛くしてやろうとコーディネートしたから。
それはもう、私のちょっかいを出している方ががラクに感じるほど、着せ替え人形にした。
エリスみたいなゴテゴテのドレスとか、フリルでいっぱいの実用性を無視した服とか、着てもほぼ裸な、服というよりヒモみたいなヤツとか。
アリアは体が細いから、露出が多いと、その凹凸のなさが浮き彫りになる。
だがそれがいいのです。
私の理想のアリアは、キズひとつ付いていない深窓の令嬢だ。
旅をしてきて化けの皮が剥がれてきているけど、まだ私の理想像は健在。
アリアの余計な出っ張りのない完璧な流線型は、磨いたガラスのような透明感と輝きを感じ、美しさを際立たせる。
思わず、ありがとうございますと、祈りを捧げてしまった。
散々着せ替えを強要した結果、ぴしゃりと試着室のカーテンが閉められ、次に現れたのは自分で選んだ服をまとったアリア。
真っ白なブラウスにふわふわなひだがつけられたベストを着て。
ヒザより少し上までの丈のスカートをはいた姿からは、この世の理たる流線型が失われていた……。
その服も可愛いんだけどさあ。
不機嫌そうなアリアに手を引かれ、入れ替わるように試着室に押し込まれた。
アリアの残り香を漏れなく吸い込んでいると、外から何種類かのコーディネートが突き出される。
私のは別にいいのに。
適当にひとつ選んで着て、外に出ようとしたら、アリアに行く手を塞がれた。
「次、着て」
いやホント私は無地の長袖長ズボンでいいから。
そんな要望に反して、渡されたのはきっちりした服。
ちょっとしたレストランでも通用するデザインだ。
仕方なく次のセットを着て、アリアに見せる。
「ほぉ……」
じっくりじっとりと評価されているのが気恥ずかしい。
さっきまで私がアリアにやっていたことだけど、同じことをされるのはダメージが大きい。
「次」
はい。
人形になった気持ちで、いそいそと服を脱ぎ、別のセットを着る。
私とは違い、ネタに走らない堅実なファッションを攻めてくるのがつらい。
でも後悔はしていない。
「うーん、前のやつがいい」
という評価をいただいたので、また脱いで着る。
ええホント、私の服はなんでもいいんで。
「これ?」
「それ」
アリアは店員のところに行って、さっさと会計を済ませてしまった。
その間に散らかした服を元に戻しておく。
何気に入った店だけど、動くことよりデザイン性を重視する服があったり、試着できたり、富裕層向けの店だ。
入った瞬間から今まで、店員はすごくイヤそうな顔をしていたけど、やはりチップをはずめば笑顔になる。
みんな笑顔。
世界平和。
慈善活動を終えた私たちは店を後にした。
アリアは肩が触れる距離で歩いているけど、俯いたまま黙りこくっている。
一歩ごとにアリアのスカートがひらめいて、歩くたびにかわいい。
見ているだけでも十分幸せ。
「次はどこに行く?」
「あの……少し休みたい」
くぐもった小さな声の返答。
調子が悪いのかと思い、念のため首環のチカラを使って検査する。
——アリア・ヴァース・C・C・エルフィード。
状態、陶酔。
あっはい。
アリアのコーディネートを着る私は、アリアの理想像を体現している。
そんな私を見たせいで、アリアの状態がいつもより悪化している。
背中をさすってやろうと伸ばした手を引っ込める。
調子が悪いんじゃなくて、興奮が抑えられない方の悪化だから、触ったら食われる。
すると突然、アリアが私の足の間につま先をねじ込んできた。
バランスを崩し、立て直そうとしたスキに、体当たりをされて壁際に追い込まれる。
触らなくても爆発しちゃった。
私をはさんで壁に手をつくアリアは、中腰で下を向いているから表情を読み取れないけど、恍惚とした表情を浮かべているのだろう。
「……はぁ、はぁ、リルちゃんかわいいぃ。わたしのためにどんどんかわいくなって、わたしのことを想ってくれる。もう耐えられない。でもまだ我慢しろわたし。我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢。ここであきらめたらリルちゃんの愛はそこでとまってしまう。でもちょっとだけ、リルちゃんのさきっぽだけ、でもそしたらわたしの歯止めがきかなくなる。絶対に触れちゃだめ我慢我慢我慢我慢。リルちゃんの誘惑に乗ってはだめ」
今のところ誘惑はしてないです。
とはいえアリアの言葉に身の危険を感じ、私の思い描く触れ合い以上のことをされそうなのでそっとしておくことにした。
少しでも刺激を与えたら、暴走したセレスタみたいになりそう。
両手をあげてしばらく静止していたら、自分から離れていったので、私もそれに続いた。
肩がぶつからないように、視界に入らないように、アリアの斜め後ろを進む。
私は私でアリアの動きと香りを堪能しつつ、カフェの場所を探した。
この通りにある店は、街の入り口近くの大衆向けな商店街と比べて、一段階レベルが高そう。
さっきの服屋も富裕層向けだったし、そういう地区なのだろう。
貴族とまでは行かずとも、商売で成功した小金持ちが悠々自適な暮らしをしている。
すれ違うひとの顔にそう書いてある。
そういうマダムを喜ばせる施設が所々にあった。
だから、静かに過ごせるオシャレなカフェも、すぐに見つかった。
敷地に入るとすぐに店員が現れて、テラス席に案内される。
メニューを渡され、そのひとは店内に戻った。
冒険者の使う施設とは大違い。
あっちはメニューなんてなく、全て店主の気分で作られる。
こうしてゆっくり選ぶ時間もくれないのだ。
「……ちょっとリルちゃん、お手洗い行ってくるね」
「はーい、ゆっくりしていってね」
返事をするとアリアは体を痙攣させて、腕をつきながら息も絶え絶え、店のトイレに向かった。
「さて」
お腹が空いたから食事も一緒にしてしまおう。
メニューを開いて内容を把握する。
「お決まりでしょうか」
「この、キャラメリゼシュガースノウクワトロベンティスペシャルクリームブリュレティーウィズローズフレーバーウィズダブルホイップラテふたつと、サルサソースポークサンドウィッチブタヤサイアブラカラメマシマシパンカタメノダイ辛口みっつ、あとシェフの気まぐれサラダを5人前と、あースープはいいや。デザートにシフォンケーキのホールとビスケットカゴいっぱいと旬のフルーツ盛り合わせください」
「えっ……え?」
あ、いけない。
つい冒険者の食堂のノリで注文しちゃった。
反省してひとつずつ確認しながらメニューを頼む。
それでも店員は不思議そうな顔をしていた。
話し相手がいないから空を見て暇をつぶしていると、アリアよりも先に料理が来てしまった。
アリア、長いなぁ。
いつ戻るか分からないので、冷める前に先にいただくことにした。
また注文すればいい。
サンドウィッチがかじれないほど分厚くて、ナイフとフォークで攻略することに。
一口。
「……マズっ」
味がない。
塩を振って焼いただけの肉は、生臭さばかりが口に残る。
一緒にはさまれた野菜も、味と食感がなくなるほど茹でてあった。
それをはさんでいるのはパッサパサなパン。
どうしたらこんなものができるのだろう。
「……マズいぞ」
この呟きは味に対してじゃない。
何も考えず、大量に注文してしまったことに、である。
どうしよう。
果たして食べ切れるのか。
胃のキャパシティは余裕でも、味のせいで食欲がどんどん失せる。
アリアは小食だし。
エリスがいれば美味しくアレンジしてくれるんだけど。
首を振る。
せっかく精霊から離れられたのだから、頼ろうとしてはダメだ。
これはもう、気合いで乗り越えるしかない。
——味がない植物、臭い肉、水分の抜けた生地、異常に甘いだけの水。
テーブルに乗せられた料理を、口に入れ、お腹の中に押し込む。
冒険者を始めたばかりの時に、キャパオーバーな量の食べ物を飲み込んで、トレーニングした時を思い出した。
これが終われば私強くなる。
そう信じて、頑張った。
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