集合と離散
リターナ領と書かれた門の先に、街が広がっている。
まずは宿を確保し、それから街の散策をするのが冒険者の定石だ。
私たちもそれにならって、大通りを直進していた。
のんびり歩けば精霊たちが面倒ごとを起こしそうだろうから、早歩きで看板を見送って行く。
食料品店を見るエリスの手を引き、雑貨屋に入ろうとするフローラの歩みをふさぎ、ボディタッチをけしかけるリリーを避け。
アリアの相手をしてあげられず、少し後ろからひんやりとした視線を送られてくる。
ものすごくストレスがたまる。
このまま精霊が一生付きまとってきたらアリアとふたりの時間は永遠にやってこない。
なんとかして精霊を追い払う方法、ないかなぁ。
繁華街を抜け、一般市民の住宅が現れ始めたところ。
ようやく宿屋の看板を見つけた。
一般客として利用するのはいつぶりか。
慣れたような手つきを見せつつ、扉を開いた。
こういうのは舐められたら足元を見られる。
「いらっしゃい」
受け付けのおばさんが鬱陶しそうに、こちらの人数を目で数える。
冒険者のパーティとしては結構な大所帯な私たち。
「この三人は倉庫でいい」
精霊を指差して言ってみるが、もちろん猛抗議を喰らった。
「……だめ。リルフィに膝枕するんだから」
「
「女の子のおしくらまんじゅうがしたいな……!」
アリアとふたりきりになりたいのに。
向けられる身勝手な好意に、ため息をつく。
「ウチには二人部屋しかないし、部屋もほとんど埋まってるから五人は駄目だね」
「大丈夫。一部屋に五人で入るから」
正気を疑う目を向けられた。
すごいでしょ、みんな正気じゃないよ。
「一つのベッドにふたり、ベッドの間の床にひとり、もう一つのベッドにふたり。これならイケるでしょ」
「……床がぬけちまいそうだよ」
諦めたように鍵を出して、カウンターに置いた。
それを受け取り、金貨を一枚置くと、おばさんの表情は一瞬で笑顔に。
いつかの貴族の屋敷でくすねてきたお金だ。
念のために持っておいてよかった。
鍵に刻印されたマークが示す部屋に向かう。
冒険者向けのボロ宿だから、歩くたびに床が軋むし掃除も完璧じゃない。
それでも屋根がある分、野宿よりはずっとマシなのだ。
部屋の扉を開くと、ベッドが二つだけ。
本当に寝るだけの場所でしかないので、他に必要なものがあったら、共用スペースを使うか買い出しに行く必要がある。
とりあえず、早速くつろごうと、アリアのいるベッドに飛び込もうと思ったけど、直前で踏みとどまる。
……私、汚い。
シエルメトリィ領で、アリアの姉ことメロディアにもらったローブを、今までずっと着ていたのだ。
エリスに仕立ててもらい、長旅に適するように改造されたそれを着て、何日も動き回ったり寝っ転がったり。
元は真っ白だった生地は、洗っても落ちない汚れでいっぱいだ。
アリアはもっとひどい。
つぎはぎだらけでシミだらけの服。
全身にキズを負って血がつき、ボロ切れになった服を、なんとか直したものだ。
途中で買い替えられればよかったけど、そんな余裕はなかった。
その時の悲しみを思い出さないように、旅の間は気にしないようにしていたけど、改めて見ると酷すぎる。
「服を買いに行こう」
かわいいかわいいアリアがかわいそう。
落ち着くよりも自分の身なりよりも、アリアの装備を整えることを最優先にしよう。
そうと決まれば即行動。
「三人は待ってて」
「やだ」
「やだ」
「やだ」
置いていかれないように、精霊たちが先に動いた。
私はアリアの腕を引っ張って、私の腕は精霊たちに引っ張られ、部屋の外へ。
何のために部屋に入ったのか分からない滞在時間。
「服を買うならお姉さんが選んであげるよ……!」
「……生地にしよう。ボクが縫うから」
「原料にするべき。ワタシ発 のステキ触媒を用いて合成繊維をつくる」
もう精霊たちで勝手に服屋でも開けばいいんじゃない?
「服屋に行くの! アリアの服を買うの!」
「リルちゃん……自分のぶんをわすれないでね」
精霊たちを突破して、カウンターでベルを鳴らす。
「おばさん! ヒモ! ヒモない!?」
アリアとふたりでゆっくり過ごすため。
精霊たちは魔力がある限りどこまででも追ってくるけど、瞬間移動するワケじゃない。
だから縛って動きを封じておけばいいのだ。
ふと思いついたナイスアイデア。
「布団を縛るやつでいいかい?」
「いいよ」
ロープを手に、裏方から出てくるおばさん。
その表情はまだにこやかで、お金の効力がまだ続いている。
「ありがとう!」
ささくれたロープをすぐに受け取り、精霊に逃げられないうちに3人まとめて縛り上げる。
情がわいたら困るから、抗議の声に聞かないフリをして部屋に押し込んだ。
部屋から少し離れて待ってみても、精霊たちが逃げ出すことはない。
扉を少し開けて中を覗くと、ほどいてとか出してとかぎゃーぎゃー聞こえたので、安心して戸締りした。
今度からこうしよう。
「さ、アリア。行こう」
本っ当に久しぶりにふたりの時間ができた。
服を買って、おフロに入って、美味しいものを食べて、最高の時間を過ごしたい。
アリアの腕をとり、宿から飛び出すように早歩き。
走り出したいワクワク気分を、アリアの歩調に合わせる思いで相殺する。
「アリア! 服屋はどこかな!」
「わからない」
「ならしょうがない!」
探す時間が長いほど、一緒の時間も長くなる。
なんて素晴らしいんだ!
気分が高揚してアリアのほっぺたを人差し指でつつく。
うりうり。
少し前までは痩せこけていた顔も、今やもちもち肌。
自由自在に形を変えていく。
「どうしたのー? アリアまだ怒ってるの?」
ちょっかいを出しているのに見向きもされない。
もう精霊達はいないんだから、昔みたいに喋りたい。
その切実な思いが通じることなく、そっぽを向かれてしまった。
もしかして、私、臭いのだろうか。
服は毎日洗濯している。エリスが。
だとすると臭いの発生源は私自身……!
どどどうしよう。
自分の腕を嗅いでみたけど、自分のにおいは分からない。
若干、アリアから距離を取った。
「……いまのリルちゃんがかわいすぎ」
「え! なんだってぇ!?」
私に聞こえないように呟いた言葉だったけど、ばっちりこの耳は捉えました。
なんだそんな理由だったのかぁ!
ちゃんとこっちを見て言って欲しいから、つめよって凝視する。
アリアの耳が赤くなっているのを確認。
照れているな?
「もう、リルちゃん! 服屋についたからはなれて!」
そんなウソには引っかからないぞ。
場所が分からないのにこんな短時間でたどり着けるハズがない。
一瞬だけアリアの目線の先に顔を向けると、色とりどりの布が展示されていた。
……生地屋じゃない。
本当に服屋である。
…………むう。
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