精霊と住民

 災いをもたらすとされる海。

 そのすぐそばにある街。

 近づくにつれて、人々の往来が増えていったけど、指名手配されている私たちを捕まえようとするひとは、誰もいなかった。

 来るなら来い、と身構えていたのに、拍子抜けする。


 無視されるワケでもない。

 好奇の目を向けられることが多いわりに、接触はしてこないのだ。

 すれ違うひとは皆、魔物を狩るための軽装備をまとい、特徴的なドッグタグを首から下げている。


 あれはみんな、冒険者だ。

 ここはやけに冒険者が多い。


 唯一冒険者じゃないのは、馬車を引いた集団の中のひとり。

 その商人がこちらに気付いてやってきた。


「お嬢ちゃん、もしかして——」


 その男の前に、リリーが割って入り。

 唐突に、無言でスネに蹴りを喰らわせた。


「うぐっ! なんだっ!?」

「何やってんのリリー!?」


 突然の暴挙に、商人の護衛が剣を抜いてやってくる。

 それでも構わず、リリーはもう一度、商人のスネに蹴りを入れた。


「この女ッ」


 冒険者のひとりがリリーに斬りかかる。

 リリーはそれを肩で受け、気にせず商人の股間を蹴った。

 あー、あれは私でもイタい。

 かわいそうに。


「ひぃぃ!!」


 卒倒する商人を、別の冒険者が介抱する。

 手の空いている3人が、リリーの胴体に続けざまに剣を突き立てた。

 後ろからでも、貫通した刃先が背中から突き出てくるのが見える。

 リリーが何をしたいのか分からないから、私はどうしていいか分からなかった。


 リリーに剣を3本も刺し、流石に死んだと判断した護衛たちは、剣から手を離して様子を見る。

 リリーは尚も無言で淡々と、斬りかかってきた護衛たちに平手打ちをしていった。


「な、なんなんだよコイツはぁ!!」


 護衛の誰かが叫ぶと、馬車に戻った商人が最後のチカラを振り絞って、馬に鞭を打っていた。

 それに気づいた護衛たちも一緒になって逃げていく。


 4本の剣が刺さったリリーは、その背中を眺め終えると。

 一本ずつ、作業的に抜いて、放り投げた。

 肩に入った剣を抜き、胸に腹に足に刺さった剣を抜く。

 魔力で作られた精霊の体からは、血の代わりに紫色の光が少しだけ漏れ出していたが、それもすぐに塞がる。

 こちらに向けた表情は、ひどく歪んでいた。

 笑っていない暗い目に、満遍の笑みを形作る唇。


「オスは駄目だよねぇ……」


 あぁ、ダメだ、やっぱりコイツも狂ってる。

 エルフの里でもそうだったけど、リリーは男に対して無条件に敵対するのだ。

 せっかく周りが危害を加えてこない状況なのに自分から吹っかけるなんて……。

 こんなので、あそこに見える街でもやっていけるのかなぁ?


 がっかりしながら街の外壁まで歩を進めると、先ほどの商人がいた。

 こちらを指差して、門番へ大声で怒鳴っている。


「ほらぁリリー。大ごとになっちゃったでしょう」

「で、でも、リルフィちゃんには清い体でいて欲しいから……!」


 とりあえず暴れ出さないよう、すぐに引っ張り戻せるように袖をつかんだ。

 そんなリリーはビクビクと体を震わせ始めて本当に気持ち悪い。


「その距離はお姉さんへの刺激がつよ……ふぅぅんん!!」


 気持ち悪すぎる。


「門番がこっちにきちゃったよ」

「あの歩幅は敵意がない時のパターン」


 剣に手をかけようとした手を、フローラに止められる。

 止められた手を話してくれず、手を繋ぐことになってしまった。

 片手に精霊、もう片方に精霊。

 これが両方アリアだったらどんなに嬉しいことか。


「あのー、あんた達、指名手配の……?」


 殺意を出したリリーを全力で引き戻す。

 門番が若干距離をとりながら、恐る恐ると言った様子で言った。

 なんだかこういう反応も珍しい。

 否定をする気もなく、頷いて見せると、門番は唇を尖らせて首を振った。


「何やったか知らんけど、面倒ごとは起こさないでよねぇ? さっきも商人に手ぇ出したみたいだし」


 そのまま何をするでもなく、門番は背を向けた。


「捕まえないの?」

「ん? もう指名手配は無くなったんだ。あんたみたいな子供捕まえたって金にならないでしょ。じゃあな」

「待って待って」


 いつの間にか指名手配がなくなっているという新事実に、リリーから手を離してしまった。

 門番に飛びかかろうとするリリーを急いで捕まえて、門番に愛想笑いを投げる。


「私たち自由にしていいの? どうして?」

「……俺今仕事中だから。世間話してる暇ないから。知りたきゃギルドにでも行って聞いてくるんだな」


 門番の様子を見ると、私たちは本当に自由にしていいらしい。

 脇を通り過ぎる冒険者も、私を見ても無関心な様子。

 拍子抜けした。

 なぜか無罪放免となっている。

 そんなに日ごろの行いが良かったかな?

 

「リルフィがエルフに捕らえられてる間、シエルメトリィでは決起が行われたからね」


 言われて隣の存在に気づき、フローラとつないだままになっていた手をはなす。

 汗ばんだ手を服に擦り付けた。


「決起?」

「金髪碧眼の人間と、長い間存在が明るみにならなかったエルフが、聖地で一緒に過ごしていた。そうなると、民衆の思考はある方向に向くだろうね。くふふ」

「……もしかして」


 エルフィード人の私は、アタマに刷り込まれた聖書の記述がパッと思い浮かぶ。

 メトリィ教は初代国王と始祖メトリィの邂逅から始まる。

 それを現代になって、聖書に記載されたことを私とセレスタで再現してしまった。

 しかも、メトリィ教の総本山であるシエルメトリィで。

 自分では最低の出会いと別れだったけど、他のひとからすればそうではない。

 そんなに熱心にお祈りしていた私じゃなくても、フローラの言うことがとんでもないことだと分かる。

 事の重大さと、いつの間にか当事者になっている違和感に、すぅっと血の気が引いて行く。


 メトリィ教信者の信仰が、エルフの末裔とされていたエルフィード王家から、新たな神へと移行する。

 権力に酔って私服を肥やすエルフィード王家は、宗教という鎧を失い——。


 教会が、反乱を起こす。


 アリア姫さま。大量殺人の犯人。

 きっとその身分は両方とも、近いうちになくなる。

 人権も何もかもが剥奪される。

 国を統治するエルフィード王家は、一転して王国の敵になるのだ。


「アリア……」


 ひとりになったアリアを、私が手厚く保護する。


 私が王。

 エルフとの邂逅を果たしたのは私。

 王族だけが装備できる武具を持っているのも私。


 なんとも言えない胸のうずきをごまかすように、私はアリアの手を引き街へ急いだ。

 アリアはにっこりと、笑っていた。

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