魔力と災い

 エルフの森を出て、地上の道を進む。

 国外に向かう時は地下のダンジョン「蛇の洞窟」を通っていたけど、地上の道を通った方がずっと早い。

 王国からの追っ手の心配がない今、敵対するのは賞金稼ぎの冒険者くらい。

 王の遺産を手に入れた私と、魔法のスペシャリストであるアリアなら、問題なく進めるだろう。

 本音は、敵を気にしてコソコソ地下を歩くのがイヤになっちゃった。


 森を抜け、お日様に照らされながら南へ歩くこと数日。

 地上の魔物は味がよく、寝る場所も岩盤ではなく草の上だから柔らかい。

 比較的ストレスが少ない状態で進むことができた。

 強いて言うなら、アリアがあまり構ってくれないのがとても悲しい。

 会話には乗ってくれるクセに、ボディタッチをことごとく避けてくるのだ。

 だから満たせない欲求を食欲に変えて、手当たり次第魔物を狩りまくってエリスに調理してもらっていた。


 そんな毎日を繰り返していると、独特のにおいの風が吹き始める。

 生臭くて、やけに乾燥する感じ。

 さらに進んでいくと、地平線が水平線へと変わった。


 人生初の、海である。


「おああアリアすごいよ! 青い! キレイ!」

「リルちゃんの方がきれい」


 思わずはるか遠くの景色に浮気をしてしまい、アリアにたしなめられてしまった。

 風を受けて黒髪をたなびかせているアリアは神々しい。

 海なんか比べ物にならないほど偉大だ。

 むしろこの環境がアリアの魅力を一層引き立ててくれる。

 アリアかわいい!

 空に流れる黒髪に触れようとすると避けられた。

 

「私なんかよりアリアの方がずっと素敵だと思いますっ」

「リルちゃんの美しさに比較対象はいらないよ」


 アリアは褒めてくれるけど私自身にはいいところが一つも思い当たらない。

 クセっ毛が風に吹かれてパサパサボサボサだし、根暗だし、不幸だし。

 アリアだけが生きがいだ

 触りたい。


「……ねぇアリア、ボクと一緒に海岸を降りてみない? アリアに魚料理をご馳走したい」


 と、エリスの指差す先は断崖絶壁。

 そんなところにアリアを誘っている。


「こら、アリアを殺そうとしないの」


 エルフィード王国の海岸線は全て崖になっている。

 だからどこまで行っても海に入れる場所はない。

 さらに、海の向こうには波を阻む岩礁が見えている。

 エルフィード王国の海は、誰も出られないし入れないのだ。


「エリス、オマエが単独で行ってくればいいぞ」


 フローラがエリスをぐんぐん押して行く。

 不死の存在だから落ちても問題ないけど、上がって来られないだろう。

 特にエリスのドレスは圧倒的に崖登りに向いていない。

 これまでの経験上、転移する機能まではないハズだし。


「では、さらばエリス」

「……ちょ、冗談じゃないのっ——」


 フローラは本気でエリスを突き落とした。

 エリスはとっさにフローラのローブを掴み、二人して共に落ちていった。


「………」


 静かになった。

 じゃれあっているところを見ていたら、あっという間にいなくなってしまった。

 崖から顔を出して下を見ると、ふたりの姿はない。


「え? あれ?」


 アリアとイチャイチャする妨げになっていた精霊たち。

 こんなあっさりいなくなったコトに、声を上げて喜ぶべきか。


「まさか本当に復活するんじゃ」

「そんな機能ないと思うけどなぁ……?」


 リリーが言った瞬間、魔剣と首環が発熱する。

 腰回りと首回りがあったかくなって、長旅の凝りが解消される気がする。


「なにこれ新機能だ」


 おフロに入ったときのような感覚に陥り、思わずあぁ〜っと深いため息が出る。

 湯気も出てきて、地上にいながら温泉気分。

 ……湯気?


「リ、リルちゃん!」


 ここ最近では珍しく、アリアが慌てて私に駆け寄ってきた。

 抱き返してあげようと思って広げた手を退けられ、アリアは私の首環に手をかけ、急に引っ張った。

 

「ちょっとアリアなにを」

「リルちゃんがぁ!」


 よく見ると上がっているのは湯気じゃなくて煙で、発生源は私の首元。

 肉が焼けるにおいがして、ようやく自分に起こっている異変に気付いた。


「えぇ?」

「このっ、とれろ!!」


 私、焼けてる。

 無自覚。

 焦るアリアが、発熱する首環をちぎろうと引っ張っても、風の魔法で切断しようとしても、ビクともしない。

 アリアの手からも煙が上がってきたので、こんな状況なのにそれを吸い込もうと深呼吸した。


 芳醇。


 だって私はなんともないんだもん。

 対してアリアは、どうやっても首環が外せないコトに涙を流し、それでも手にチカラを込め続けている。

 私よりもアリアのことがが心配になってきて、ムリヤリ手をどけてやろうとするも、離れなくなっていた。

 掴む力が強いんじゃなくて、物理的にくっついているような感触。

 もしかして、手が溶けて首環に張り付いてる?


「アリア、手を離して……!」


 アリアの危機に、ようやく私にも焦りが生まれる。

 ムリヤリ剥がせば肉もろともいってしまい、悲惨な状態になる未来が見える。

 治癒魔法が使えるとは言え、一瞬でもアリアの傷を見るのは辛いものだ。


 でも初めての現象への対処法が分からず、ふたりであたふたしていると、背後から第三者に抱きつかれた。

 さらにもうひとり、アリアの手が青髪の少女によってどけられた。

 首環に焼き付いてしまった手を、ムリヤリ引っ張ったのだ。

 イヤな音がした気がする。


「な、なにしてんのっ!」

「ワタシの首環に触れるヤツがいたから」


 さっき落ちたはずのフローラが、当然のようにそこにいて、いつもの声色で答えた。

 無視してアリアの治療に取り掛かる。

 肉が削げて血が出てその周りも真っ赤に腫れ上がって、非常に痛々しい傷だ。

 アリアの両手に指を絡めて、回復の魔法を放った。

 治療自体はアリアが自分でやったほうが早いけど、その前に私の魔力をすりこんでやる。


 傷は治った。

 まだ固まらない血がぬるぬると、手と手の間で溜まっている。

 私はその手を顔の前に持って行き、残る赤色に舌を這わせようと……。


「……手が汚れちゃったね。ボクが拭いてあげるよ」


 案の定、私とアリアの仲を裂くように、邪魔が入る。

 エリスが間に割り込んできて、あっという間にアリアの血が拭き取られてしまった。


「……はぁ」


 不満のため息が漏れる。


「……なんでいるの?」


 海に落ちた精霊は、もう戻って来ないと思っていた。

 リリーは精霊の復活機能なんてないと言ったけど、首環と魔剣が熱を発したあとに二人が復活した。

 嘘つき。


「……海には魔力がなかったの」

「ワタシらは魔力非存在下で姿を維持できなくなり、王の遺産へ強制送還され、再構成したと考えられる」


 海に入るものには災いが降りかかる、というメトリィ教の教義がある。

 あの崖から向こうは魔力がないとすると、精霊だけではなくエルフィード人も自我を保てなくなる。

 エルフィード人は魔力が尽きると廃人になり、生きるしかばねとなるのだ。

 メトリィ教は、この仕組みを指して災いとしたのだろう。


「今回はそれを検証するべく、エリスを検体サンプルにしたが、ワタシまで巻き込まれるとはね」

「……なんでボクで実験するの」

「エリスは消耗品」

「……はあ?」


 と、再びケンカしようとするふたりの頭を持って、ぶつけた。

 ゴン、と鈍い音が響く。


「アリア、キズついたんだけど」


 自分の首に手をそわすと、跡形もなくなっている。

 私は腕輪の効果回復によって、完全に再生したから、ケガをしたのはアリアだけ。

 両手をグーの形にして、元凶のこめかみをグリグリと押し込んだ。


「……ボ、ボクは悪くない痛い痛い!」

「くふふ、流石のワタシでも王の遺産が発熱するとは予測できなかった」


 結構なチカラを込めているのに、平然とするフローラは、やっぱりおかしい。

 エリスも、痛がっているフリをしているだけなんじゃないか。

 不死の精霊には、いくらやっても手応えがないから、やる気がなくなって手を離した。


「アリア、大丈夫?」


 座り込んだアリアは、両手を頰にあててうっとりしている。

 私が回復魔法をねじ込んだ両手を、頬にあてている。


 ……えー、すごい嬉しい。

 アリアが私の魔力を堪能してくれてる。

 抱き締めたいけど、視界の端にリリーが見える。

 このまま欲望に従うと間にリリーが挟まってきそうだから、自分の肩を抱いて紛らわした。


 ——そんなこんなで、事態が収束し、再び前へと一歩を踏み出す。

 私たち海岸線を進み、次の街を目指した。


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