友好と警戒
エルフィード王国では、エルフのことを神として崇めている。
主神の始祖メトリィと同じ種族であるエルフは、雲の上の存在なのだ。
後ろ姿を見ただけでも、一生自慢できるほどの思い出になる。
それなのに……。
アリアは家主を締め出して、エルフの家を不法占拠。
リリーは長老に高圧的な態度で命令。
そもそもここに来たのが、廃人にしてしまったセレスタを引き取ってもらうという最低な理由による。
当初の予定では、エルフにバレないようにこっそりと、セレスタを里の近くで逃してやるつもりだった。
もしも向こうがまともな感性を持っていたら、ファーストコンタクトで首が飛んでいただろう。
そんな私たちが、どうしてまだ生きていられるのか。
「ねぇねぇニンゲンさん! お名前教えてよ!」
エルフ娘さんはずっとこの調子だ。
長老は追い出したけど、例のエルフ娘さんは残ったまま。
追い出されなかったことを幸いにと、私に迫り、ニコニコと質問を投げかけてくる。
エルフの警戒心が致命的に欠如しているのだ。
私たちが暴れたところで簡単に鎮圧できるから、気にしていないのだと考えたけど。
エルフ娘さんの顔には、そんな打算的な感情はいっさい含まれていなかった。
腕輪のチカラで分析しても、中身はカラッポ。
完全な好奇心だけで、私に構い続けている。
「あっ、あたしはアスカ! 里の中では若手の185歳! よろしくねっ☆」
「リルフィです。アレがアリアでコレがエリスでフローラで」
「あっはっは! そんなかしこまらなくていいよっ!」
バンバンと両肩を叩いてくる。
「私たち、セレスタをあんな風に……」
「ふ〜ん? それがなあに? っていうか敬語はやめよう!」
一瞬の陰りもない。
さっきの長老もそうだ。
セレスタを連れてすぐ帰れと、ヒドい要求なのに文句も言わずに従った。
敵意という感情がごっそり抜け落ちている。
「あたし、ニンゲンさんの暮らしに興味があるの! 色々教えて欲しいな!」
「……人間らしい暮らしはしてないけど」
思わず自嘲してしまった。
家がない。
職がない。
身寄りがない。
ないモノを挙げていくと悲しくなるから考えないようにする。
「里の外のことなら、なんでも知りたいの! ねえねえ教えてよ!」
そういえば、セレスタと出会った時もこうして目をつけられて、今の今までずっと付きまとわれてきたのだ。
今回も、エルフとはあんまり仲良くしない方がいいのかな。
「リリー、後はよろしく」
セレスタを引き取ってもらって、ここでのやることは終えた。
敵対心を持っていないのから、私は今後のことを考えていたい。
「リルフィちゃん。お姉さんは、女の子同士が絡んでいるところを見たり、間に挟まるのが好きなのよ……?」
断られた。
「あたしはニンゲンさんと話したいのっ! 不自然な魔力のかたまりは飛んでけ☆」
エルフ娘——アスカにも断られた。
セレスタとエリスの仲が悪かったように、アスカも精霊とは相容れないようだ。
すると、残るはアリアのみ。
怒ったり追い詰められたりしたアリアは混乱の末、すっかり大人しくなっていた。
しょうがないからアリアと遊んでようか。
「アリアーよーしよし可愛いねぇー」
アスカに背を向け、アリアの黒髪を乱暴に撫でる。
まっすぐに整った長髪を私の手で乱していくと、アリアを自分のモノにした気分。
「んんん〜? あたしも触っていいのかな? ニンゲンさん触りたい!」
と、背後から伸びてきた手をとっさに振り払う。
アリアは私だけのモノ。
触らせない。
……またエルフさまに粗相をして前科が増えた。
「ふぅ。リルちゃんはエルフと話したくないんだよね? いいよ、わたしがやってあげる」
私が触れたことで、アリアが起動した。
アリアは目を潤ませて私の頬に触れると、立ち上がる。
「もう用は済んだから、早くここから出して欲しいわ?」
エルフに対して、他所さまへの態度で話すアリア。
色々な顔を使い分けていて、器用だと感心する。
私はそういうのができない。
できていたら、きっと魔法学校時代にうまいことやって、難なく卒業していただろう。
「え〜。ニンゲンさんとお話ししたい〜」
口を尖らせるアスカ。
でも長居してセレスタみたいに暴走したらイヤだから、アリアの提案に大賛成だ。
エルフが人間大好きなのがいけない。
私たちは早々と準備を整えて、ここから出るという意思表示をする。
みんなで座っているアスカを囲み、見下ろした。
「本当に帰っちゃうの?」
三角座りをして床をなぞるアスカ。
昔のセレスタのように、強い引き止めはない。
むしろ座ったまま動かず、見送りはしないという意思が見えた。
フローラが真っ先に出て行って、エリスとリリーがそれに続く。
残ったアリアに腕を引かれて、私も家を出た。
お別れの言葉もなく、私たちは最初から最後まで無礼な訪問者だった。
それなのに何かを咎められることもなく脱出できた。
きっとエルフには警戒心がないんだ。
近くの家々から、珍しそうにこちらを見る目が。
手を振ってくるエルフもいる。
そんな視線の中を完全に無視して、私たちは道の端に立つ。
木の上にあるエルフの里には、階段やハシゴはない。
前に来たときに、作った気がしたんだけどなぁ。
エルフにはそんな無粋な人工物なんて、使う必要がないのだろう。
私たちが取れる手段は枝を足場にして降りるか、飛び降りるか。
ついこの間まで、塔の上でセレスタに飼われていた私は、飛び降りる方法を散々やらされていた。
地面に激突する直前に、風魔法で落下速度を緩めるのだ。
同時に嫌な思い出がよみがえり、胸のあたりがズキズキする。
「リルちゃん」
アリアに手を握られる。
機嫌はすっかり元どおり。
なにこれかわいい。
今すぐ抱きしめて舐め回したい。
くっついている所をジャマをしに来たエリスをかわし、アリアと私の間に顔を入れようとするリリーもやり過ごす。
残ったフローラがどう動くか気を向けていたら、意識の外から一段と強いチカラで、手を引っ張られた。
振り向くと、アリアの体が傾いて、落ちて。
手を繋いでいる私も一緒に落ちた。
空中で向き合うアリアと私。
アリアの可愛い可愛い顔を見てトラウマが吹き飛んだ。
アリアの顔に魅入っていると、落下速度が和らいでいく。
当然のように、アリアはエルフと同じ魔法を使ったのだ。
詠唱もなく、標的を見定めることもしない。
さすがアリア。
とってもスゴい子。
体がくるりと回転して、地に足がつく。
落ちる前と同じように、手をつないで並び立つ。
手をつなぐだけじゃ物足りなくなってきた。
アリアの腕を胸に抱きたい。
いざそうしようとしたところ、横からドスドスと軽い音。
精霊たちが平然と飛び降りてきた。
「……ボクたちは精霊だから」
エリスが地面に倒れながらくぐもった声で言った。
落ちたところで死ぬことはない。
魔力のカタマリである精霊は、魔力さえあれば永久的に生きていられる。
エルフィード国内だと無敵なのだ。
上に置いていけば精霊の監視から抜け出せるかと思ったけど、やはりそう簡単にはいかない。
「じゃあリルちゃん、いこう」
アリアに手を解かれ、先に歩き出してしまう。
ほんのり湿った自分の手を見て、黄昏ていると。
フローラがヘンな液体を吹きかけてきた。
「くふふ、ひと吹きで完全除菌。ワタシが塗り込んであげる」
アリアの熱が急激に奪われていく。
衝動的にフローラを叩いてしまいたくなったけど、なんとかこらえる。
逆上してアリアに手を出されたらおしまいだ。
結果、されるがまま精霊に上書きされて、私の周囲を精霊が囲むいつもの配置に。
珍しくリリーが前に出たと思えば、アリアの進行方向と全然違う向きを指さした。
「つ、次は、あっちに行けば、うーん……?」
「……シアンかな?」
エリスから知らないひとの名前が出てくる。
きっと次の精霊の名。
精霊は王の遺産の場所を感覚的に把握している。
私たちの旅はそれを集めてエルフィード王国に反旗を翻すことが目的だ。
だけど……。
「……はぁ。また増えるの?」
チカラを得れば精霊が増える。
精霊が増えるとアリアが離れていく。
エルフィード王国をこらしめて、アリアと一緒に平穏に暮らす未来がゴールなのに、いつまで経っても精霊がいたのでは本末転倒だ。
「ワタシ、あいつ嫌い」
「……フローラが得意な精霊なんていないじゃないか。このぼっち」
「あのような愚か者と仲良くなれるのは、エリスが同レベルだから」
「……べつに仲良くないし。リルフィ、違うからね? ボクはリルフィ一筋」
ケンカを始めてしまった。
リリーが隙を見て私に耳元に顔を近づける。
今のうちに先に行っちゃおう、みたいなコトを言われるのだろうか。
「……ふぅ〜」
「おょょおーうう!?? な、なに!?」
生暖かい吐息が耳にかかって、背筋がゾォッと。
リリーの顔を鷲掴みにして、押しのけた。
「い、痛、リルフィちゃん、顔痛い……! 痛いけど尊いぃぃ!!」
なおも迫ってこようとするリリーの顔面に、魔剣により強化された握力を惜しみなく使う。
痛みの声に喜びが混じっていて、とても気持ち悪い。
鼻息を荒くして手のにおいを嗅がれて、さらに舌を伸ばして私の手首を舐めようとしてきた。
突き飛ばした。
「気持ち悪い」
「あっ、あぁっ……! いぃ……!」
「気持ち悪い」
地面の上で土だらけになって悶えるリリーに気持ち悪いコトを伝えるも、その言葉に喜んでよだれを垂らす。
無視するのが良いね。
「ねえアリアー! こっちだってー!」
精霊たちをやり過ごす間にも歩き続けていたアリア。
見通しの悪い森の中だから、油断するとすぐにはぐれてしまう。
だから呼んだのだけど、アリアの反応がない。
目をこらしてよく見ると人差し指で耳栓をしていた。
「もぉー!」
ささやかな抵抗が超かわいい。
ケンカしている精霊と地べたでうごめいている精霊を放って、すぐにアリアを追いかけた。
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