善意と悪意

 エルフ娘さんの家。

 アリアに襟を掴まれ、引きずられて居間へ。

 精霊たちとセレスタはその後ろから幽霊のようについてくる。

 みんなキレたアリアの出方をうかがっているようだ。


 アリアはひとり、テーブルに座った。


 足を組んで頬杖をつく。

 そのポーズが完成するまで、音のない時間がゆっくりと流れた。


「……で?」


 主語も述語も全部取っ払った質問。

 何を答えていいか分からず、ただ沈黙が続くのみ。


「エリスがすきなの?」


 首を振る。

 即答しないと疑われると思ったから、それはもう目が回るほど振った。


「じゃあフローラ?」


 首振りをやめない。

 最初からそういう性質の生き物であるかのように、視線を行ったり来たりさせ続ける。

 窓とアリアが交互に映る。


「…………」


 アタマが揺れていい加減バカになりそう。

 アリアは何も言ってくれない。

 いつになったら分かってもらえるのだろう。


「リルちゃん」

「はいっ!」


 一瞬で視線がアリアに固定される。

 アリアも私から目を離さないで、別の方向を指差した。


「……ちゅーしてよ」


 予想していなかった言葉。

 アリアの示す先には、フローラがいた。

 それに対して、何をしろと?


「ちゅー」


 あまりにも間抜けな語感だけど、その意味は冗談では済まされない行為。

 薄ら笑いを浮かべながら、それをやれと言うアリアの考えが理解できない。

 だから、アリアの顔をじっと見続けた。

 相変わらずアリアは冷たい目を向けてくる。

 それがいつか慈愛に満ちたモノに変わればと願って、アリアの命令を無視した。


 突然、こめかみの辺りを何かに押される感覚。

 抵抗をしながら、押されている場所を手で払ったが、何もない。

 覆った右手ごと圧力が掛かった。


 抵抗するよりも強いチカラで、強制的にアタマを正面に向けられる。

 これは、アリアの魔法だ。

 無詠唱の加圧魔法を、微動だにせず発動。

 魔剣を出して無効化するワケにもいかず、押し負けてフローラと対面することに。


「すきなんでしょう? キスすればいいじゃない。わたしの目の前で」


 フローラはアリアの方に一瞬、目を向ける。

 言葉なき会話により、フローラは納得したような表情で、私に一歩近づいた。


「……なるほど。リルフィが好意を抱いていない相手と強制的にメイティングさせる。そのような方法で精神的負荷をかける続けることで、最終的にリルフィは泣いて許しを請う結果になるだろう。アリアは物理的な接触をせず、効率的にリルフィの忠誠を得られる、と言うストラテジー。一方でワタシは当て馬に仕立て上げられ非常に不快」


 言語化されたことで、考えないようにしていた私の未来が確定。

 もう本当に、泣いて謝るしかない。

 無駄な抵抗をせずに、はやくラクになろう。


「しかし、ワタシの前で稚拙なストラテジーは無意味」


 私がしゃがみ込むよりも早く、フローラが抱きついてきた。

 フローラに染み付いた薬草の香りが鼻を抜ける。


 そんなことをしたらアリアに怒られる。


 でも。

 追い詰められた末、私の中の悪魔が、いまになって復活した。

 

 ……首環の力フローラを使えばアリアはモチロン、全てのひとの行動を先読みして、先手を打つことが可能だろう。

 さらに、魔剣の力エリスのおかげで、アリアが実力行使に出ても止められる。

 首環の持つ「あらゆることを知るチカラ」と、魔剣の持つ「魔法をかき消すチカラ」を手にした私に、恐れるモノはなにもない。


 支配されるより支配する。

 チカラを手にした者の特権。


 虐げられる立場から逆転するための悪巧みが、高速で組み立てられる。

 まずはフローラと協力しよう。


「——ワタシはアリアよりも綿密に、リルフィを手に入れる計画を立て、実行している」


 ……あれ?

 私が、アリアを自分のものにするんじゃないの?

 フローラの表情をうかがうと、不気味な笑顔を返される。


「もうタネは仕込んだよ。後は、任意のタイミングで発芽させる、だけ」


 その直後、最近お馴染みになった、チクっとした刺激。

 

 ……油断した。

 また、ヘンな薬でおかしくされてしまうのだろうか。

 フローラならそういうコトをするって、ちょっと考えれば分かるのに。

 早速、自分のチカラがうまく活用できていないことを思い知った。


「そんな顔を真っ青にしなくても、今回は苦痛を伴う即効性はない」


 フローラの言う通り、いつもなら効果が現れ始める時期になっても、体に変化はない。

 いたって正常だ。

 

「くふふ、リルフィは素直で聡い子」

「……!」


 しかし、フローラの言葉を聞いた瞬間、変化が起こった。

 アタマに幸せが流れ込む。

 辺り一面がキラキラ輝き出して、フローラの魅力を引き立てる。

 これが薬の効果だと理解しても、拒むことなんてできない。

 こんな気持ちになったの、……前にもあったような……?


「これ、首環が暴走した時と一緒……!」


 フローラと未契約の状態で首環を装備すると、正常な判断ができなくなるほどに欲望が増長される。

 その欲望を満たした時の快感も増長されるから、装備したひとは快楽を求め、死ぬまで欲望を満たす行動をとる。

 今回のコレは、欲望こそないが、ホメられた時の快感があの時と一緒なのだ。


「よくできました。王の遺産の暴走状態は、非常に興味深い研究テーマだね。今回のクスリは、ワタシの呪いの一部を再現できた。今リルフィはワタシに褒められると極度に嬉しくなる。ほら、リルフィは可愛い」


 フローラが私を肯定する言葉に反応して、心が勝手に、幸福になっていく。

 心臓がドキドキ。

 顔が熱い。


「次第にリルフィは、ワタシのことが気になって気になって、ワタシが視界に入っていない状態では、不整脈、高血圧、注意欠如、摂食障害、睡眠障害等の症状が出るだろう。それは俗に言う、恋の病。ワタシがワタシの力を解析して開発したのは、いわば惚れ薬。くふふ、感情なんて、所詮ニューロトランスミッターのバランスでしかなく、いくらでもコントロール可能なんだよ。愛はサイエンスで手に入れるもの。非科学的な策で不適切な行動を繰り返すアリアや、愚かなエリスがリルフィを占有しようとするなんて、あまりにもおこがましいことだと言えない?」


 …………。

 フローラがワケの分からないことを言っている内に、スッと幸福感が消えた。

 極めて冷静になった。

 何が起きたのだろう。


 ふと横を見ると、殺意のこもった目つきのアリアがいて、再び肝を冷やした。


「今回のクスリに即効性はないが、永続的に作用する。リルフィは一生、ワタシの虜だ」


 フローラが撫でてきた。

 話が本当ならば、また幸せな気持ちでいっぱいになるはずだけど。


「……ん、予想に反してリルフィに紅潮と発汗が見られない。なぜ?」

「それはね……!」


 急に入ってくる第三者の声。

 私の気配察知からも逃れ、突然現れたひとに、フローラは飛び退いた。


「ぅわ誰だオマエ!」


 薄紫の髪の持ち主はリリー。

 存在感がなさすぎて、いつも急に出現したように見えてしまう。


「可愛い女の子は、独り占めしちゃいけないから……! お姉さん許しませんっ!」

「……くっ、コイツの存在を想定していなかった……」


 リリーが宿る腕輪の能力は、治癒。

 装備している私は、ケガが一瞬で治るようになった。

 フローラの薬の効果が消えたところから、どうやら外傷じゃなくても治せるらしい。

 

 でも、ちょっと前にもヘンな薬を打たれて、体がおかしくなったのだけど。

 その時は治癒効果なんて現れなかったし。

 もしかしてリリーの裁量で治すかどうか決めてる?


「ふふっ、リルフィちゃん、お姉さんのこともっと頼りにしてくれていいんだよ……!」

「結構です」

「あふんっ!」


 このひとは油断ならない。

 腹黒い。

 卑怯。


 とはいえ、状況は変わった。

 アリアの策は空回り、フローラの企みは失敗。

 エリスとリリーは現時点で無害だ。


「……つまんない」


 アリアが一言、呟く。

 でも、私は面白くなってきた。


「アリア」


 向き直り、アリアの元へ向かう。

 冷たい目をして無表情を装いつつも、私に向かって必死に加圧の魔法を放ってくる。

 静かで激しい抵抗を、ぜんぶ魔剣のチカラで無効化した。


 アリアは表情を変えない。

 でも、私には見えている。

 魔法が効かない私を、次にどうやって困らせるか。

 内心かなり焦っていて、この短時間で頭の中をフル回転させているのだ。


 いくら私でも、答えが分かっていれば負けることはない。


「私は、昔みたいに、アリアともっと仲良くしたかったんだよ?」


 打つ手がないと理解したアリアの表情が強張る。

 うっすらと汗をかき、視線が私から逸れた。


「アリアが話してくれないから」


 そんなアリアの頬を掴み、すぐ近くでアリアの瞳を凝視する。

 アリアが組んだ足が解き、両手は足の間に挟む。

 みるみる内に、アリアの顔が朱に染まっていく。

 どうやら思考を放棄したようだ。


「アリアこそどうしたいのか分からないよ」


 エルフィードに帰ってきてから、ずっと素っ気ない態度をとってきたアリア。

 そのクセ私に危機が訪れると、自分の身を犠牲にしてまで助けてくれる。

 苦労して苦労して、これまでアリアの面倒を見てきたけど、もう自信が持てなくなってきた。

 二人きりになろうとすると、エリスやフローラがジャマしてくるのはわかっている。

 でも、その程度で疎遠になるような仲じゃないでしょう。

 

 だからアリアのやっていることが理解できない。

 アリアがわざと距離を置くから、私はあてつけのように精霊たちと仲良くしたのだ。

 そしたら、怒った。

 一体、どうすることが正解だったのだろう。


 恍惚として何も答えないアリア。

 その感情ステータスは、いつも見る通りの発情状態。

 離れて歩いている時だって、それは変わらなかった。

 気持ちは常に私に向いている。

 それなのに行動が伴っていない。


「どうして、そんなことができるの?」


 つい最近になって、私自身がその感情を、本当の意味で理解した。

 それはどうしようもなく抗いがたいもので、行動に歯止めが効かなくなるものだ。

 自分から離れていくなんて、死ぬのと同じくらい苦しい。

 理性が捨て去られた状態。


 ——ああ、だからなのかな?


 首環を装備しているおかげか、情報が整理されて論理になっていく。

 感情のままに行動するから、ムジュンに満ちた行動をとってしまう。

 精霊のジャマが入らないように策を練るが、思考もおぼつかない状態だから失敗する。

 失敗すると駄々っ子のように暴れるしかない。


 そう結論づけると、アリアが一層愛おしく感じた。


 アリアを見ると、自分の顔にも熱がこみ上げてくる。

 ああ、これはもう我慢ならない——。




「やーやーニンゲンさんたち! とりあえず長老、連れてきちゃったよ☆」


 ドアが勢いよく開かれ、空気が一気に冷める。

 エルフの少女は私たちの事情なんてお構いなしに、もうひとりのエルフを伴って居間に入ってきた。


「これはこれは、リルフィ殿、アリア殿。再びこの地を訪れてくださって、ありがたい限りですなあ」


 エルフの里の長老。

 始祖メトリィの存命時代から生きているひと。

 会うのは二度目だが、その姿はまったく変わっていない。


「おや。見たところ、セレスタの存在が希薄になっておりますが……?」

「え! セレスタちゃん、いたの〜!? 気づかなかった!」


 長老の視線は、最初から部屋の奥に向けられていた。

 呆けたまま外の景色を眺める、セレスタの方。


 ……用済みになったから返しに来ました。

 と言ったら、私たちは生きてここから出られなくなるだろう。


「まあまあ、そんな身構えなくてもよろしいのです」


 長老はその場であぐらをかく。

 どうやらいきなり襲いかかってくることはないようだ。


「あの、セレスタは——」


 事情を説明しようとすると、横から割り込んでくる人影。

 その背中に、言葉が遮られた。

 それがリリーだと認識した時には、リリーが私の代わりに会話を繋いでいた。


「セレスタちゃんはリルフィちゃんに悪さをした。だから相応の罰が下った。私達はその罪人を引き渡しに来たのだから、早急に応じなさい」


 えぇ……。

 どうしてリリーのキャラが豹変してるの……?


「わしらには争う気なんて一切——」

「議論は不要。私達は被害者。すぐにセレスタちゃんと共に出て行きなさい。今後、そこのエルフちゃんを通してなら、話を聞くのはやぶさかではない」


 いつもの歯切れの悪い感じから一転して、一切の隙を見せず高圧的な態度を取っている。

 せっかく座った長老を立たせて、セレスタと一緒に追い出してしまった。


「…………」


 足音が遠のくまで、みんなで入り口を見る。

 意外なひとの意外な一面に、どうしていいかわからないのだ。

 完全に長老の気配が消えると、リリーはこちらを振り返った。


「やっぱり、オスは駄目だよね……?」


 と、いつも通りの自信なさげな表情で言うお姉さん。

 オスがダメだっららしい。


 私としては、こちらの態度の方がよっぽどダメだと思う。


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