3章 叛逆
独占と秩序
ふと、アリアが寝ている間にイタズラしようと思い立った。
長くキレイな黒髪を愛でたり、白くて艶やかな肌を舐めてみたりしたい。
つい最近、私はアリアを蘇生する過程で、その体を隅々まで知り尽くした。
表面はもちろん、中身まで、どんなモノがどんな配置で入っているのかを知っている。
知っていると、見てみたくなる。
知識と実際を答え合わせするように、体の隅々までアリアを感じたい。
今の私は、アリア以上にアリアのことを知っているハズ。
つまりアリアの体は私のモノと言っていい。
独占欲。
そういうものが、私の中に芽生えている。
それを自覚している。
お腹の中でじわじわと染み渡るように欲望が広がり、気が気じゃなくなる感覚。
アリアが誰かと話しているのはモチロン嫌だ。
歯を噛み締めて見ている。
アリアが誰かを見ているのも不快になってくる。
私に構ってくれなくなってしまうんじゃないかと不安感に襲われるのだ。
そういう時は、アリアのアタマをムリヤリねじってこっちに振り向かせたい衝動に駆られる。
我慢に我慢を重ねていると、段々と、アリアが歩き、食事をとり、呼吸していることすら引っかかりを覚えていった。
私のアリアが、勝手に動作していることにイライラしている。
そういう要素がひとつでもあると、アリアが勝手に離れていく危機感に苛まれる。
すべての動作の前に、私に確認を取って欲しい。
多分、私にはそうさせるチカラがあるだろう。
王の遺産を集めた私は、人間ひとりを簡単に壊したり治したりする能力を手に入れた。
でも、無闇にチカラを使ったら、余計にアリアが離れてしまう恐れがある。
アリアが私を見てくれるためには、アリアの言うことを聞いていなければならない。
……そうして波風立たないように過ごしていると、欲求不満になってくるのだ。
どこかで発散しないと、大変なコトになってしまう。
正気を失って日中にアリアを襲ってしまうかもしれない。
そんなコトになったら今後の関係が気まずくなる可能性が大いにあり。
だから寝ている時にアリアを襲うことにした。
・・・・・・・・・・・
時刻は深夜の深夜。
森の中に作った野営地には、星の光も届かない。
唯一の光源である焚き木が、うっすらと周囲を照らす。
寝ずの番を買って出た私は、周りで雑魚寝をするみんなを見渡した。
アリア。
すぅすぅと寝息をたてて非常にかわいいです。
エリス。
丸くうずくまって微動だにしない。
フローラ。
自前の長いローブを全身にぐるぐる巻きにして寝ている。
リリー。
三角座りで端っこにいる。
セレスタ。
寝相が悪くて見る度にあちこち移動している。
みんなしっかり眠っていることが確認できた。
つまり、今は私が自由に動ける時間なのだ。
アリアにイタズラするにはもってこいである。
「悪く思わないでよね……。アリアがいけないんだから」
昔みたいに私にべったりじゃなくなってしまったので、どうも調子が狂う。
だからといって日中、自分からアリアに近づこうとすると、上手いこと逃げられてしまうのだ。
例えば、道中で肩をくっつけて歩こうとすると、アリアが前に出てしまう。
そして、開いたスキマを埋めるように精霊たちが入ってきて、特に面白くもない話を振ってくる。
入れ替わり立ち替わり、私とアリアを分断する精霊を対処するうちに、いつの間にか休憩の時間になったり、日が暮れて寝床を作り始めたりするハメになるのだ。
辛い旅路。
もう私は爆発寸前。
アリアのことでアタマがいっぱいで、今どこに向かっているか、ここまでどうやってきたかも分からなくなっている。
一刻を争う。
誰も起きていないことを再度確認して、音を立てないようにアリアに近づいた。
アリアの寝息を吸収しよう。
横たわっているアリアに、向かい合わせになるよう寝転がる。
アリアの白い肌が、火の赤い光に照らされて、おいしそうに映る。
そのままかぶりつきたい気持ちを抑え、様子見に腕を触ってみた。
——ああっ。
柔らかい。
お預けを食らっていたアリアの感触は、私の衝動をさらに強めた。
もっと触りたい。
妄想でも得られないこの感触を、全身で受け止めたい。
魔が差した。
アリアの胸に手のひらを押し付ける。
触られたら恥ずかしい気持ちになるところ。
そんな場所に手を置いた。
胸の奥が締め付けられるような感覚。
やってはいけないと分かっていながら、もっと進みたい気持ちが強くなっていく。
服の上からでは足りない。
全部脱がせないと……!
「……はぁ、はぁ」
自分の息が荒くなっていることに気付く。
緊張?
違う、興奮。
アリアを汚してしまう背徳感が、私の背中を押してくる。
やってしまえ。
今しかないぞ。
「アリア……」
名前を呼んで、反応がないことを確認。
大丈夫だ。
すぐにやって、すぐに戻せばいい。
上衣に手をかける。
そのままの勢いで一気にめくろうとして。
「——!?」
嫌な予感がした。
一旦落ち着いて、目線をあげる。
アリアが、私を見ていた。
「——ひぃごめんっ!」
騒ぎにならないように、声を引き絞って、アリアに謝った。
アリアは無表情で私を凝視する。
顔からさっと血の気が引いて、気を失いそう。
「リルちゃん、がまんできなかったの?」
「——っ、ごめんなさいごめんなさいっ」
冷たい声色で叩かれて、言い訳も出来ずに平謝り。
「く、くふふ、ワタシに相談すれば、スッキリするクスリ、処方した」
意識の外から声がかかり、周りの変化に気づく。
エリス、フローラ、リリー。
みんな顔を上げてこっちを見ていた。
狸寝入り、という言葉が脳裏に浮かぶ。
よく考えてみたら、寝ずの番を私ひとりに任せるワケがない。
みんな、ひとりになった私が何をするか、様子をうかがっていたんだ。
「……ひっ」
不意に、耳元に触れるものがあり、声が出てしまった。
見ると、アリアの手が私に伸びていた。
潤んだ瞳を私に向けるその姿。
アリアは体を起こし、その手を動かして、私の髪を撫であげてきた。
「リルちゃん。いいよ♡」
ずっと私と距離を置いていたアリアが、熱のこもった視線を向けて、私のことを受け入れる言葉を紡いだ。
突然差し出されたアメに、驚きと幸福感が同時に舞い起こる。
抱きしめて密着したまま一晩を過ごしたくなった。
「えい」
「あぅ……!」
フローラの声と共に、左腕にチクリとした痛み。
「ワタシらの前で淫行は許さない」
フローラに針を刺されたのだと気づいた途端に、体からチカラが抜けていく。
ヘンな薬を注入された。
次第に体が火照ってきて、視界が赤く染まった。
「……つまんないの」
アリアが目を伏せながら、興味がなくなってしまったように呟いた。
アリアのご機嫌などお構いなしに、私の体は熱くなっていく。
熱すぎて、服を脱ぎ捨てたい。
「リルちゃんになにを打ったの」
「興奮するクスリ」
「あまり勝手なことをすると、殺すよ?」
「くふふ、できるものなら」
どうでもいいから、助けて!
火照りが次第に、疼きに変わってくる。
体の芯がジクジクと鼓動し、息がしづらい。
体を丸めて、どうにか抑え込もうとした。
「……っく、ぅぅ!」
うめき声が出るほど、自分をきつく抱きしめる。
周りのことを気にする余裕は、当然ない。
この発作が早く過ぎ去ってくれるよう、じっと耐えている。
「ほら、つーん」
「————いぃっっっ!!」
誰かに背中を突かれる。
背中での刺激なのに、脳を直接触られたような感覚。
丸まっていた姿勢から、強制的に背骨が反ってしまう。
痛いんじゃない。
触れられた瞬間、真っ白な電撃が体を操作する。
その間は息もできない。
「どうだい、ワタシのクスリは。よく効くだろう」
「——っや、——やめ」
息も絶え絶え、もう一度触れられたら確実に気を失ってしまうので、チカラを振り絞って拒否する。
この感覚をフローラから与えられるのはイヤだ。
アリアに助けを乞う。
フローラに冷たい瞳を送るアリアの背後に、エリスが立っていた。
これではアリアに魔法を放ってもらっても、すぐに無効化される。
助けはない。
「この中の誰かが秩序を乱せば、歯止めが効かなくなるのだ。シンプルに言い換えると、争いに発展する。そして今のようにワタシらが勝つ。それはリルフィにとって、嫌なことだろう?」
アリアを襲ったことを咎められている。
わざわざこんな舞台を作って、精霊たちに思い知らされた。
「このままリルフィには、ワタシのクスリを心の底から愉しんでもらえるよう、手を尽くしたいところ。心も体もワタシの虜になって、ワタシなしでは生きられない体へと
フローラは私に触れようとする腕を引っ込め、その場に寝そべった。
手を伸ばせば届く位置だ。
「……ボクはアリアが暴れないよう、ここで見ているよ」
私とアリアの間に、エリスが座った。
右を向けばエリス。
左を向けばフローラ。
寝るときまでアリアが遠い場所にいる。
「リルちゃん、待ってるからね」
精霊の体越しに、アリアの声。
体の疼きは未だおさまらず、アリアが遠のいてしまった事実だけを噛み締めて、考えるのをやめた。
「……これ、治してよぉ」
「くふふ、リルフィが悶々とするところ、ずっと観察してあげる」
「……ボクがいっぱいいっぱい、ご奉仕したいのだけど」
治してくれないのだと理解すると、目を閉じて内なる熱に耐え忍ぶ。
これ以上話して消耗するのも辛いだけ。
調子が戻るまでずっとこうしていよう。
「あの……、お姉さんが、触ってもいいかな……?」
「いたのかオマエっ!」
「……触るならアリアにするといい。噛まれても知らないけど」
精霊たちが騒いでいるのもどうでもいい。
クスリの効果に負けないように、全身にチカラを込めて、やりすごすことに決めた。
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