これから始まる聖戦

 リルフィ様と運命的な再会を果たしたわたくしは、またもや離ればなれになってしまいました。

 リルフィ様はわたくしのことなどアウトオブ眼中なのです。

 侵入者共に連れ去られたまま、行方をくらませております。

 街の外は迷宮ダンジョンです。

 案内板を守らねば、たちどころに道を見失い、帰らぬ人となってしまわれるでしょう。


 探し出して救助したいところですが……。


『探し出せっ! 奴は大事な人質だ! 殺しはするな!』


 わたくしは今、僧兵に追われる身なのでございます。

 身を守らねばならないのはわたくしの方。

 あの静謐なシエルメトリィの街はすっかり殺伐とした雰囲気に変わり、女僧兵がいたるところで走り回っております。


 わたくしは敬虔なるメトリィ教の教徒でありますが、そんなことは通用しません。

 民はわたくしの身分に目を付けました。


『その木箱からローブがはみ出ている! 兵たち、集合だ! 一気に破壊するぞ!』


 声がこちらに向いています。

 どうやら注意を怠っていたようで、頭隠して尻隠さずの状態でした。


「……しのげませんか」


 兵が集まりきる前に、自分から木箱を開けます。

 わたくしの体に何本ものメイスが向けられておりました。

 鋭い棘付きの殴打武器。

 生身で受ければひとたまりもありません。


「捕らえろ!」


 僧兵の一声で、この場にいる全員が一斉に動き出します。

 シエルメトリィは没落貴族の行き着く先として知られる街。

 民は皆、元貴族ということは、魔法が使えるのです。


 まず聞こえたのは、金縛りと石弾の詠唱。

 兵が迫るよりも早く、魔法が降りかかって来るでしょう。

 魔法が終わった後、速やかにわたくしを拘束する戦法です。

 まさに貴族の戦い方ですから、相手の考えは手を取るように分かります。


 分かっていても、常人であれば対応できないのでしょうが。


「わたくしを誰だと心得ているのです」


 木箱を兵に向かって蹴り飛ばし。

 そこに生まれた一瞬の隙をついて、近接役の一人からメイスを奪い、人質にします。


 ——向こうの詠唱が完了し、金縛りと石弾が放たれました。

 兵の体が異常な硬直をした後、二、三回の衝撃が伝わって参ります。


「エルフィード第二王女ことメロディアが、没落貴族などに引けを取るものですか!」


 と、大見得を切って。

 全力で後ろに走り出しました。

 逃走です。

 逃げるが勝ちなのです。


「逃げたぞ、追え!」


 遅れて聞こえて来た号令は、すっかり遠く。

 この狭い路地では、一人が通るので一杯一杯です。

 流石にこの悪路で追ってくるのは困難です。

 わたくしの作戦勝ちと言えましょう。


 分岐する路地を右に左に。

 途中で、建物から丁度良い足場が見つかったので、屋根に登りました。

 高みから、狭い路地を行ったり来たりする愚民共を見下ろします。

 ふふふのふ。

 未だ地を這ってわたくしを探していますね。


「……さて」


 休憩がてら、これからのことを考え始めます。

 どうやらシエルメトリィの民は、エルフィード王国に反旗を翻す様子。

 エルフ様がリルフィ様を気に入られたことが発端らしいです。

 神にも好かれるリルフィ様は、流石としか言い様もありません。

 しかし、たとえ神であろうとリルフィ様は渡しません。


 セレスタ様を敵認定しました。


 背信行為だと指を差されるなら、わたくしの信ずる神はメトリィ様ただ一人と断言しましょう。

 セレスタ様はわたくしの敵です。

 いつか出会ったら説教をしてやりましょう。


「いやいや、まずは国に帰らねば」


 誠に遺憾ながら、今は公務のことを考えなければならない状況です。

 メトリィ様と初代エルフィード国王の邂逅という神話が、セレスタ様とリルフィ様によって再現されたのです。

 それ機に、民の意識は新生エルフィード王国の創造へと、奮い立ってしまいました。


 これが、腐敗した王家を失墜させるための革命であれば、納得せずとも理解できるものです。

 しかしその実態は、没落貴族が権威を取り戻すための身勝手な反乱でした。


 些細な理由で国家転覆されては困りますので、現エルフィード王家は抵抗せざるを得ません。

 国が新しくなったら良いお酒を飲むんだとか、そんな話を公然としている奴らのことを、早く帰って姉にチクりましょう。


「ふーぅ、王族は忙しいですねぇ」


 王家が腐敗していることは否めませんが、平民は、特にシエルメトリィの熟成された愚民どもは、王家以上にもっと腐敗しています。


 確かに、不貞王は平気で禁忌を犯してアリアを生み出すし、その不祥事を鎮めるべく、兄が勝手に軍を率いてアリアを始末しようとしてやらかしました。

 さらに姉は忙しさにかまけて諸問題を放置。

 完全に国を私物化している王家です。

 

 しかし、これでも一応、やって行けてるのですよ。

 この状態がさらに悪化すると考えれば、エルフィードは滅亡決定でしょう。

 私欲にまみれた没落貴族が、平民から資源を吸い上げ、次第に土壌が腐っていく。

 そのような末路は想像に容易いのです。


 それに、王家には秘密がいっぱいあって、それが伝えられないままでいると、あっという間に崩壊する危険性もあります。


 解決策は、一つだけ。

 わたくしがリルフィ様と結婚するのです。


 エルフ様ではなく、わたくしでなければならないのです。

 すでにエルフィードはエルフ様のものではなく、わたくしたち人間のものであります。

 ですから、わたくしは早く帰って反乱を鎮め、リルフィ様と共に王位継承けっこんしきを行うのです。


「急がば回れ、ですね」


 リルフィ様を見失ってしまったのは非常に悲しきこと。

 ですが、生きていたと分かっただけでも僥倖です。

 わたくしの人生に色が戻って参りました。


「ああ、でも、わたくしが手を回している間、変な奴等に嫌なことをされないでしょうか」


 リルフィ様を誘拐した緑髪と青髪の二人組。

 片方は以前からリルフィ様と一緒にいるところを目撃していました。

 ですがもう一人は、初めて見る顔です。

 エルフ様もリルフィ様に惹かれた事実を鑑みるに、この先も続々とリルフィ様を付け狙う輩が増えていくことでしょう。


わたくしの目の届かぬところで、記憶喪失のリルフィ様が不特定多数の人間に欲望を吐き出される——。


「ああ、もうっ!」


 反乱を放置すれば、リルフィ様が幸せに暮らせる場所がなくなってしまう。

 リルフィ様を放置すればそれもまた危険。

 どうしようもない板挟みにとらわれてしまいました。

 どちらも緊急性が高く、優先順位をつけられずに焦りだけが募ります。


「——上から声がしたぞ!」


 さらには兵にも見つかってしまい……。


「リルフィさまぁ……誠に、申し訳ございません……!」


 エルフィード第二王女であるわたくしは、どこにいるか分からないリルフィ様より、目的地のはっきりしている城への帰還を選択しました。




・・・・・・・・・・・




 馬は反乱軍に占有され、徒歩での脱走。

 まず復興作業を開始したグロサルト領に向かい、駐屯していたエルフィード軍から馬を拝借しました。

 わたくしの早馬に比べると比べ物にならない程に鈍足で、王国に至るまでに1週間もかかりました。


「たーだいまぁー」


 普通に挨拶して王宮に入りましたが、広い敷地の中で、返事をするものは誰もいません。

 それにわたくしはシエルメトリィ送りにされた身。

 歓迎される立場でも無いのです。


 ですから、一人早足で廊下を進み、お姉様の執務室へと直行しました。


「お姉様、反乱です!」

「うぬぁメロディア! なぜお前がここに!? 死んだんじゃなかったのか!」


 お姉様が驚き、書類の山が崩れてて床に散らばって行きます。

 せいぜい後始末に苦しむことです。


「シエルメトリィで反乱軍が決起しました!!」

「とうに知っている! 邪魔だからクソして寝ろ!」


 忙しさに人間の感情を失った第一王女は、手近な法律書を投げてきました。

 このまま引いてはわたくしが帰ってきた意味がなくなってしまいます。


「わたくしにできることは!?」

「チッ……今国中の貴族を王都に召集しているところだ。お前はリナータ領の領主を呼んでこい。早く」


 聞き覚えのない地名を言い渡されました。

 さてはわたくしをからかっているのでしょうか。

 こちらはこんなにも真面目な顔をしているのですから、それを汲み取って欲しいものです。

 まあ、お姉様に期待をしてはなりません。


「はいはい分かりました。適当にやりますよ」


 思いっきり扉を閉めて、執務室を後にします。

 状況は使用人に聞いていけばじきに分かることでしょう。

 そこで反乱軍を止める方法を探すのです。


 本当に腹が立つ。

 エルフィード王家はクソです。


「——そこにいるのは、メロディア?」


 嫌なことは続けざまに。

 最も聞きたくない声が聞こえました。


「アリアは。アリアは見つかったのメロディア。カントとわたしの最愛の子。早く見つけて欲しいのだけど」

「必要ならば、また軍でも領地でもなんでも出そう。全てはヴァースの幸せのために」


 わたくしの目の前で、二人の男女は濃厚なキスをする。

 ぴちゃりぴちゃりと音を鳴らし、何度も舌を絡め合う様を見せつける。

 それは、この世で最も憎むべき人間のつがい。

 母親であるヴァース・エルフィードと、父親のカント・C・エルフィードです。


「……不貞王」


 忌むべき黒髪の女に、堂々と愛をぶつける金髪の男。

 それが嫌い。

 アリアを探せとわたくしたちに指図するのも嫌い。

 両親はわたくしの嫌いなものの塊です。


「不貞王と言ってはいけません。カントとわたしは深い愛情で結ばれているのです。愛はしきたりで制限できるものではないと、いい加減に理解しなさい」

「そうだ。アリアを見つけたあかつきには、城下町でパレードを開こうではないか。全国民に我々の純愛を知らしめ、今度こそ認めてもらおう」


 再び濃厚なキス。

 お互いが体を弄り始め、これからの展開が容易に想像できます。

 繋がっていないと死んでしまうとでもいうように、隙あらば愛を確かめ合っていました。


「んっ、んぅ……では、早くアリアを連れてきてね」

「我々は部屋に戻る。面倒なマツリゴトは任せた。次期国王としてまい進するのだ」


 言いたいだけ言って、現国王と女王は愛の巣へ戻って行きました。

 わたくしは怒りを抑えきれず、飾ってあった壺を持ち上げ、壁に叩きつけました。


 大きな音を立てて割れ、すぐに使用人が掃除に集まってきます。

 ひとりの襟首を掴み。


「メロディアは戻りました。直ちにディナーの用意を」


 やけ食いです。

 鬱屈とした気分を晴らすため、死ぬほど食って、死ぬようにふて寝することに決めました。

 難しいことは明日から考えましょう。


 ——今日もエルフィード王家は通常運行。

 いつも通り腐っています。

 めでたしめでたし。


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