魔力とは悪魔
アリアの治療はまだできない。
急がば回れ。
アリアと私に害をなそうとするものを、先に対処しなければならない。
魔剣の能力で、こちらに近づいて来る存在を感知。
少しして、その存在が姿を見せた。
「……リル、さがしたぞ!」
その存在は、始祖メトリィと同じモノ。
神と崇められるチカラを持った、エルフという種族。
「エリスと一緒だったんな? さっきまでリルフィの魔力が見えんかったけん、どこに行ったか分からんくなっとった。ごめんなぁ」
私を連れ戻しに、敵意を見せずに近づいて来る。
警戒されないように、私も無防備にセレスタの接近を待つ。
「帰ろうな?」
「うん」
そうして私の手を取ってきたところを。
「アリアを生き返らせてからね」
油断しているところで、エルフの腕を背中に回し、体を地面に倒した。
魔法を使えないように、魔剣をエルフに、躊躇なく突き刺す。
死んだら困るから、致命傷は避けるように。
腕も背中も貫通させて、剣を地面に深く刺した。
我ながら、一瞬でよくできたと思う。
これで、身動きも取れないだろう。
「い、いたい、リル? リルぅ? なんじゃ、これは? えええ?」
「私を鎖で繋いでくれたよね。そのお礼と思ってくれれば」
太い血管を傷つけていないため、出血は少ない。
セレスタも驚いているばかりで、至って元気そうだ。
でも不用意に動けば、大事な血管が切れて致命傷に変わる。
これなら逃げられないだろう。
失血で意識を失うまでの短時間で魔剣を抜いて、回復までこなせば逃げられるけど。
そんなの、手も魔法も使えない現状、不可能に等しい。
例えできたとしても、私が刺し直してやる。
「さて」
「リル? もしかして、記憶がもどったん? エリスを使ってるんな! なら、わっちのことも……!」
「知らないよそんなの」
体に剣が刺さっているのにも関わらず、私のことを気にするエルフ。
その余裕から、この拘束から抜け出す秘策でもあるのかと、念のために首環を通してエルフの情報を観察しておく。
セレスタ。
エルフ。
仕込んでいるものはなし。
——アリアを殺害したその足で、ここまでやってきた。
深呼吸。
「あ、リルのためにアリアを殺しておいたんよ! だから、リルが覚えてなくたって、邪魔は入らんし、ずっと一緒じゃあ!」
息を吐く。
エルフに作り笑いを見せる。
「あはは、いいよ、ずっと一緒にいてあげる」
エルフの上に腰掛けた。
魔剣に寄りかかって、私が少しでも体を傾ければ、エルフは死ぬ状態。
「とりあえず黙っててよ」
これはただの魔力溜め。
アリアを治すための道具として使う。
……まだ、耐えなければならない。
「リル! リルに包まれてりゅぅぅぅ!!」
髪を持って地面に押し付け、黙らせる。
同時にエルフから魔力を抜いて、アリアの治療で使った分を回復した。
魔剣に接しているから、エルフは魔法を使えない状態だけど、魔力の受け渡しには問題がないようだ。
利用価値はある。
殺してはならない。
「これならアリア治せるね」
アリアの体をたぐり寄せて、首環のチカラを発動する。
再び膨大な量の情報がアタマに流れ込む。
脳が壊れたって構わない。
どうせ治る。
「待っててね」
目を閉じて、余計な視覚の情報を遮断。
まぶたの裏にアリアの体内の映像が映し出される。
無数に付けられた注釈のうち、ひとつに集中して、治療を開始しようとしたところ。
——。
別の映像が流れ込んできて、集中がそちらに持っていかれた。
最初は、エリスに見せられた記憶。
——いつも隣にいて、一緒に生活していたエリス。
その姿が、ノイズに覆われる。
そして、別のものに書き換わる。
黒髪をなびかせた、赤い瞳の女の子。
私の憧れのひと。
——私は学校の教師を魔剣で殺してしまった。
そんな記憶は、ありえない。
魔剣エリスフィアを手に入れたのは、退学の後だ。
映像は全てノイズに覆われ、消えてしまった。
——学校での裁判。
エリスじゃなくて、アリアが必死に、私をかばっている。
しかし、それは演技だろう。
先生を殺した映像が嘘で、私は冤罪だった。
ありもしない罪をなすりつけて、私を退学に追いやったのは、アリアなのだ。
——アリアの策略にまんまとはまり、私は退学する。
罪人として兵士に連れ出されたところを、命からがら抜け出した。
逃げた先で、ここまで生き延びる術を教えてくれた師と出会い、王都を発ち。
——エルフの里でセレスタと出会い、貴族の屋敷で魔剣エリスフィアと契約した記憶が流れていく。
——道中で立ち寄った街で、アリアへの想いに気づく私。
私がこの気持ちを抱くことは、アリアの計算のうちだったのかもしれない。
でも、一度動いてしまった気持ちは、もう戻せない。
——そして、アリアと一緒に、国外に逃げた記憶。
魔力の欠乏で動かなくなってしまったアリアと雪国で暮らした。
すぐに国外の暮らしがイヤになり、エルフィードに戻ることに。
帰国後、最初に着いた街で、色々あって記憶を失ってしまった。
——。
失っていた全ての記憶が走馬灯のように流れて行った。
その物語は、引っかかりもなく私の脳に刻まれる。
腕輪のチカラで、記憶が修復されたのだろう。
いや、腕輪に触れた時点で、もう戻っていたのかもしれない。
自分の体は意識する前から、以前のように動いていた。
……あわよくば、アリアへの強い想いが記憶を蘇らせる、って展開がよかった。
その方がずっとロマンチックなのに。
そんなささやかな願いを無視するように、これまで突っかかっていた記憶のフタが取れ、アタマの中が急速に整理されていく。
エリスとフローラに植えられた
放置していれば自然に戻る記憶も、これでは戻らなかっただろう。
——。
記憶の修復が終わったところで、私のアタマを好き放題してくれた犯人が現れた。
中々蘇生に移れないことに苛立ちを覚える。
周りの妨害の処理も、治療のうちのひとつだと自分に言い聞かせた。
「……驚いた。こんなところで王の遺産を入手するなんて」
いつもの調子で、語りかけてくる。
振り返ると、エリスとフローラの姿を捉えた。
どんなに離れていても私の居場所を把握するエリス。
もう長いこと共に旅をしてきたが、ここに来て、記憶を改ざんするという暴挙に出た。
うまく丸め込まないと、ジャマされるのは目に見えていた。
「その遺産に自我はできていた? ワタシ含め、この時代に次々と自我が芽生える現象は、非常に興味深い」
どうでもいい。
しかし、反感を買って、首環のチカラを使えなくされてはたまらない。
一旦手を止めて、ふたりが反発しないように相手をしてやらないと。
「……さ、リルフィ、そんな死体は捨てて、焚き木に戻ろうよ。ご飯冷めちゃう」
後ろから抱きついてくるエリス。
「ごめんね、やることがあるから」
エルフの上に座る私。
その前には血だらけの肉塊。
事情を知らなければ、何かの儀式をしているおかしなひと。
「……リルフィ?」
「エリスフィア、どうやら至福の時は終わったらしい」
フローラが察した様子で、エリスの手を引いた。
でも、エリスはそれを振り払った。
「……それ、アリアでしょ。リルフィがそんな表情をするの、アリアが関わっている時だけだもん。……結局、こうなの?」
「エリスフィア、そんなメソッドでは、ろくなリザルトが出ない。落ち着くといい」
記憶をいじって、私を精霊の奴隷にする計画は失敗。
その反作用で、エリスへの感情は、記憶が改ざんされた時と真逆に変わった。
今すぐにでもエリスの抱擁から抜け出したい。
……ガマン。
「……駄目だよリルフィ。そんな死体は捨てて。死体は生き返らない」
エリスが耳元で囁く。
ここで払いのけたって、何度も立ち上がってくるに決まっている。
エルフと違って、無力化する手段を私は持っていない。
だから満足するまでやらせるのが最善策。
耐えろ。
耐えるんだ。
口の中を噛んで、表情が歪むのをこらえる。
「……それから手を離して。お願い。あっちに行こう」
私はアリアの遺体から、そっと手を離した。
「……そうだよ。ありがとう。ボクの方を見て」
アリアは生身で岩に強く叩きつけられ、全身の骨が砕けている。
皮も破けて、血もほとんど残っていない。
肉だけで繋がっている状態だ。
死んでいるということは、しばらく放置しても問題ないということ。
燃やされたりしない限り、治しようがある。
最悪なのは、敵を変に刺激したせいで逆上し、アリアをさらに傷つけられような事態だ。
「……ねえ、ボクのことを見てよ。あんなに優しくしてあげたんだよ? ボクのことも相手してよ。ねえお願い」
エリスがアリアの死体を拾おうとする。
その手を遮る。
「……あっ。やっとボクの手を握り返してくれたね」
エリスをアリアから引き離して、握っていた手をすぐに解く。
私の行動に、エリスは視線を落として、アリアをじっと見つめた。
「……なんでアリアばっかり構うのさ。ボクの方が絶対、リルフィを幸せにしてあげられるんだよ?」
エリスはまた、私に抱きついてきた。
普段はこうされると落ち着くのだが。
今回ばかりはエリスの黒い感情が流れ込んで、それに同調するように私の不安感が増えていく。
「……ボクはそれみたいに、死んだりしない。はぐれたりしない。リルフィにはボクが役に立つところ、ずっと見せてきたはずだよ」
私に抱きついたまま、エリスの体が下に落ちていく。
ひざをついて、必死になって言葉を発するエリス。
「……お願い……リルフィは、ボクを見てくれれば……それだけで……いいの……ぐすん」
すがりついて、泣き声を聞かされる。
そんなものに、いまさら騙されることもない。
「……そうだ、この肉を、調理してしまおう……」
私の服を掴むエリスの手に、チカラが入った。
「……そうすればアリアはリルフィと一緒になるし、嬉しいでしょ」
這いつくばったまま、アリアに触れようとするエリスを、再び引っ張り戻す。
「……なんでよ……どうしてアリアが……リルフィはなんでアリアを……選ぶの」
理由なんてない。
私にとって当然のことなのだ。
「……アリアは、リルフィの人生を台無しにしたんだ……。ボクのやったことよりもずっと、酷い……」
そんなのとっくに理解している。
私はアリアの策にはまり、アリアなしでは生きられない立場になってしまった。
普通なら恨むのかもしれない。
でも、私は違う。
もう後戻りはできない。
記憶がなくたって、体が勝手に動いてしまうほど、アリアの存在は私に焼き付いているのだ。
「アリアは私に酷いことをした。だから責任をとってもらうって、決めたの」
「……そんなの……! ボクにが入る隙が……っ!」
エリスの体からチカラが抜けていく。
後ろに倒れそうになるエリスを、フローラが抱きとめた。
「エリスフィア。人間の心は、もっとサイエンティフィックに扱うべき。くふふ。リルフィ、エリスフィアは連れていくから、ゆっくりやるといい」
フローラは私の首環を凝視しながら、口を歪ませる。
うなだれたエリスを引き連れて、野営地に戻ろうとした。
「……やめろ。ボクはリルフィが受け入れてくれるまで、ずっと側にいるんだ。アリアの蘇生なんて無理だって分からせてやるんだ!」
フローラから逃れようと、私に手を伸ばすエリス。
その手を、つかみ返すことはなく。
精一杯に作った笑顔を、エリスに向けてやった。
「フローラ、あとはよろしく」
「くふふ。仰せのままに」
なおも抵抗を続けるエリスに向かって、フローラは針を刺した。
エリスの体の動きが緩慢になり、ぐったりとする。
「魔力を撹乱させる試薬。今度リルフィにも使ってあげる」
そうしてフローラは、エリスを引きずって歩いて行った。
……これでおそらく、全部終わったハズ。
「た、大変そうだねぇ?」
ずっとアリアの傍に立っていた精霊——リリーがいたことに、話しかけられてから気づいた。
「どうせあなたも同類なんでしょ」
「ち、違うよ。お姉さんは一番じゃなくていいから、二番目にしてくれると嬉しいなぁ……! 二番になれるように、お姉さんも頑張るから!」
とても悪魔の契約を持ちかけたヤツの言葉とは思えない。
「まあいいや。今度こそアリアを生き返らせるから、静かにしてて」
邪魔者はとりあえず全部片付いた……と思う。
これでようやく治療に専念できる。
エルフも足元で黙らせているし、エリスとフローラも当分戻ってこないだろう。
あと——メロディアは、そもそもこんな僻地まで追ってこられないハズ。
ここからが、本番だ。
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