王の道具に刻まれる黙示

 しぶといことに、私は白い空間で目を覚ましてしまった。

 魔剣で確実に自分の腹を刺したハズ。

 血がドバドバ出て、地面に倒れたのも覚えている。

 なのに、今の私に、傷は残っていない。


「もうゆるして……!」


 記憶がないのに感情が暴れまわる。

 気持ち悪い。

 何も見たくない。


「ゆるして! ゆるしてゆるしてっ!」


 終わって欲しい。

 私という存在を終了したい。

 心臓が止まればいいのに。

 アタマが壊れて取れればいいのに。


「いやだいやだいやだいやだぁぁぁぁ!」


 舌を噛み切った。

 生え変わった。


 服を脱いでそれで自分の首を縛った。

 一向に苦しくならなかった。


 自分の口の中にチカラの限り手を突っ込んで、窒息しようとした。

 息が止まっても意識が消えない。


 そのまま粘膜を掻き切った。

 指をアタマの中にさしこんだ。

 指を動かすと、かき混ぜる音がすぐ近くで聞こえる。


 ……。

 

 手を取り出した。

 傷はすぐにふさがる。


「なんで」


 今いるのは白い空間だから。

 自分を傷つけているのに反して、平然と状況判断をする私もいる。

 ここはエリスと出会った時も、フローラと出会った時にも来た場所。

 私の中の世界。

 ここで起こることは現実ではない。


「いるんでしょ」


 私をここに連れ込んだ犯人がいるハズ。

 そいつを仕留めれば、私も死ねる。


「出てこいっ!」


 いてもたってもいられず、立ち上がって周りを見る。

 真後ろに、この空間のあるじが座っていた。


「そ、そんなに自分を傷つけちゃ、だめだよぉ……」

「うるさい」


 相手に掴みかかり、首を絞めた。

 私の手を解こうと、触れてくる女の手。

 チカラが入っていないから、気にせずに絞め続けた。

 女の顔がみるみる赤くなっていって、口から唾液が溢れていく。


「はやく私を殺して」


 と、危害を加えている私が言う。

 なんともおかしな構図。


「はやく」


 私が死ねなかったのと同じように、いつまでたっても相手が死なない。

 顔を真っ赤にさせたまま、涙を流しながらこちらを見ている。


「……はぁ」


 諦め。

 冷静な方の私が、もうやめろと命令した。

 黙って話を聞いた方がはやく終わる。


 手を離して、女の前に座り込む。

 椅子なんてないから、地面に直接。

 白い空間の地面は、柔らかいのか硬いのかよく分からなかった。


「で?」


 倒れた女に問いかけて、話を進めるように催促する。

 女はびくりと体を震わせ、横向きに寝返った。


「こ、こわいなぁ」


 ラチがあかない。

 女の腕を引っ張り上げて、なんとか起き上がらせる。

 相手の言葉を待ってにらみつけていると、女の顔は再び真っ赤に。


「かわいい……」


 私に対する感想。

 酷いことをしたのに、それはおかしい。

 こいつも例に漏れず、狂った存在だ。


「あ、ごめんね……! つい見とれちゃって! 新しいご主人様!」


 女の見た目は私より年上。

 顔の形がくっきりしているし、スタイルもいい。

 そんな相手に主人と呼ばれることに違和感を覚える。


「誰?」

「えー、当てて欲しいな……?」

「名前を言えっ!」

「ひっ、ご、ごめんなさい、調子に乗っちゃった……!」


 年上だからと態度を変える余裕はない。

 契約なんてもういい。

 とにかくここから出して欲しくて、女の一挙手一投足がじれったい。


「はぁぁぁ、でも、ご主人様がこんなにかわいい娘だったなんて……! お姉さんね、前からオスはないと思ってたんだよ!」


 知るか。


「ねえねえ、足、触らせてもらってもいいかな……? 少しだけ、先っぽだけでいいから!」


 私が返事をする前に迫ってきた女を、遠慮なく蹴り戻した。


「ああ……そういうのも意外といいね……! かわいい娘の蹴り、すっごく興奮した! もっと蹴って!」

「契約するんでしょ! はやくして!」


 世間話をする気はない。

 私はもう、この世にいる必要なんてないのだ。


「死んじゃだめ」


 肩を掴まれ、再び至近距離に。

 急に真面目な顔になって、つくづく意味のわからない女。


「あっそうだ。いいこと思いついたよ。ご主人様が自暴自棄になっているのは、お姉さんと一緒に飛んできた死体が原因だよねっ?」

「死体って言うな」


 今度は嬉しそうな顔で、一番触れて欲しくない所をえぐられる。

 信用できない女。


「……生き返らせてあげよっか?」

「は?」


 その言葉を聞いた瞬間、私は女を信用することにした。

 たとえそれが嘘でも、希望があるならすがりたい。

 一瞬にして寝返る私。


「お姉さんの言うこと、なんでも聞いてくれたら、教えちゃうなぁ……?」


 考える前にうなずいた。

 女はニコニコ笑っているだけで、それだけでは満足しない様子。

 ちゃんとした言葉での返事を待っているのだ。

 

「……お願い、します。なんでもします。助けてください」


 アタマを地面につけた。

 お願いだから、嘘と言わないで。


「あはは〜……かわいいな……! ほんと、かわいいよぉ」


 姿勢を戻すと。

 女は身をよじって、私の動きを楽しむように見ていた。


「お姉さんの名前はね、リリアンテ。普段はリリーって呼んでくれると嬉しいな……!」


 ようやく、契約の時が来た。

 あとは私が名乗って、相手の名前を呼べば、契約が成立する。

 はやく終わらせたい。

 ただ、この空間を終わらせる目的は、変わっていた。


「私はリルフィ。リリアンテ、契約を」

「うんっ!」




・・・・・・・・・・・




 目がさめる。

 いつもはハッキリと思えていない契約の内容が、今回は鮮明に残っている。

 リリアンテと名乗る精霊との契約。

 私の指先は、アリアの持つリングに触れていた。

 絡まっているアリアの肉を丁寧に解いて、腕にはめる。


「リリー」


 アリアを助けられると言っていた。

 はたして何が私を突き動かしているのか、未だに分からないでいる。

 しかし、このまま何もしないでいると、また自分で自分を刺してしまいそう。

 

「い、いつでも……大丈夫だよ!」


 どこからともなく精霊が現れた。

 今度の精霊は、透き通るような薄紫の髪に藍色の瞳が特徴的。

 それがアリアを挟んで向かい側に立っている。


「それじゃあね、この女の子の千切れたところとか、砕けたところとか、ひとつずつなおして行こっか……!」


 リリーの能力は回復。

 自然と理解していた。

 首環を通して見ても、回復の能力だと教えてくれた。


 現に私が自分で刺したところの傷が、キレイさっぱりなくなっている。

 このチカラをアリアにも使ってあげれば、きっとまた、息を吹き返してくれるのだろう。


「回復ってね、なんだと思う……?」


 アリアの前にひざまずいて、これから始めようという時に聞かれる。

 漠然とした質問だ。

 回復は回復であり、それがひとつの属性なのだと、魔法学校で習った。


「その本質は、時間を巻き戻すことにあるの……。だ、だからね、リルフィちゃんもそのつもりでなおしてみれば、いいと思うよ」


 まずは腕。

 胴体の中に入り込んだ手を、一緒について来る腸を削いで、剥がす。

 指先はとりあえず形を保っていた。


「一つ一つ、ね」


 その言葉がどういうことか。

 言われた通り、アリアの指先に手を触れて、回復魔法をイメージをする。


 ……何も起こらなかった。


「……これ、使い方が違うの? それとも壊れてる?」

「壊れてなんてないよ……っ! た、多分。だから、ポイ捨てしないでほしいな……?」


 だったら使い方が違うのだ。


「一つ、一つ、だよ……。リルフィちゃんを治す時は自動だけど、契約者以外を治すなら手動で、一つ一つ……」

「治してくれるって言ったでしょ」

「ご、ごめんねっ……! それが能力の限界なの……! う、嘘ついてないよっ!」


 ケンカしてもアリアは戻ってこない。

 冷静になって、首環の能力を使えばいいのだと思いつく。

 やってみると、アリアの体の中を透視したみたいに、情報が次々と浮かんできた。

 それでアリアの体を細部まで観察し、異変を察知。


 1、母指主動脈:破裂。2、示指橈側動脈:裂傷。3、橈骨静脈:塞栓。4、第1末節骨:粉砕。5、第2末節骨:欠損………………32427、血清ZZZ287高値————。


 …………。


「ウソ……」


 聞いたこともないような情報が何十個も何百個も、無数にアタマに流れ込む。

 この感覚には覚えがある。

 フローラが教えてくれた記憶の中にも、情報に思考をつぶされて狂った私がいた。

 それと似た陶酔感。

 

 ひとつずつとは、この項目を全て消すということ。

 試しに一番目の項目を意識して、治療を行った。


「……っ」


 消えない。

 首環によれば、確かに集中を向けたところのキズはなくなっている。

 しかし、項目はひとつに見えても、その中に何個ものキズが含まれているのだ。

 それが骨であれば、粉々になったものの全ての破片を合わせないと、治癒とみなされない。


 つまり、工程数は見えている項目よりもずっと多い。


「が、頑張ってネ、リルフィちゃん……」


 まず第1の項目を消してやろうと、意地になって治癒を開始した。

 首環のチカラで、修復部位を探索。

 修復後の形をハッキリ思い浮かべながら、回復を行う。


 ……。


 破裂した血管の時間を戻す。

 本来あるべき姿に戻るように。


 ……。


 長い間集中を向けて、損傷部が元の状態に形成された。

 ふと集中を血管からそらすと、実際に進んだ距離は数センチもないことに気づく。

 モチロン、まだ回復完了という知らせもなかった。


 ……。


 ひたすらキズを治すことに集中を向ける。

 魔力が徐々に失われていくのが分かる。

 王の遺産のチカラと言えど、使用するには魔力が必要なのだ。


 ……。


 汗が滴り落ちて来る。

 アリアの中に垂れてしまう。

 そんなことを気にする余裕もなく、血管をなぞっていく。


 …………そして、完了。


 数万の項目のうち、ようやくひとつ目が消えた。


「うん……! そんな感じだよ……!」


 魔力は無尽蔵にあるワケじゃない。

 モタモタしていたらセレスタに見つかってしまう。 

 これじゃあ、人間をイチから作るのと変わらない。


「……ぅ」


 負の感情がどんどん湧き上がってきて、気持ち悪くなってきた。

 体が動かなくなってしまい、次の治療に入ることができない。

 治せるけど、治せない。


「ムリ……!」


 特に何も考えずに使える、普通の回復魔法なら、もっとラクにできただろう。

 でも、すでに死んでいるモノには、普通の回復魔法は効かない。

 試しに使ってみたけど、やっぱり意味がなく。


 死体をも治癒できる王の遺産のチカラは、絶大なのだろう。


「こんなの、ムリだよぉ……!」


 それでも、扱う人間に能力がなかったら、使えるモノも使えない。

 言葉にしてしまえば、余計にその思いが強くなる。


「じゃ、じゃあ、リルフィちゃん、諦める……? 諦めても、お姉さんとの約束どおり、なんでも言うこと聞いてね……?」


 これは、悪魔の契約だったのだ。

 提示された耳障りのいい条件は、現実的に実現不可能なこと。

 それでも対価はきっちり払わなければならない。

 リリーと契約したことで、私のキズが勝手に治るようになった、ということは、私は死なない体になったということ。


 アリアを失って、生きる意味を失っても、終わることが許されない。

 王の遺産と契約を結んだ私は、この先永遠に、精霊に付きまとわれる。


「——っ」


 自分が、人間という枠から、外れていく疎外感。

 王の遺産を集めるごとに、使えるチカラは増えていく。

 それがどういうことなのか、3つ目の契約でようやく理解した。


 全てを破壊する力を与える魔剣。

 あらゆる物事の答えを導く首環。

 命を弄ぶ腕輪。


 ……王の遺産とは、始祖メトリィが創った魔法の道具。 

 神が創造した道具を、人間である初代エルフィードに贈った。

 その意味とは、人間を神と対等な存在にするための手段だったのだ。


「……あはは」


 乾いた笑いが自分の口から漏れ出す。

 首環が私の感情を教えてくれる。

 今私が手にしているのは、人を神にするための道具。


 地面を殴る。

 ちょっとチカラを込めただけなのに、足元の岩が少し砕ける。

 破片でキズついたところが一瞬で治った。


 つまり、私はこういう存在になったのだ。


「……そっか」

「リルフィちゃん? 顔色悪いけど、も、もうやめた方が」


 精霊の言うことは聞かない。


「……ムリじゃない、ね」


 アリアを治す。

 どんなに時間がかかっても、私にはもう、関係がないのだ。


「まずは、邪魔なモノを片付けるか——」


 懲りもせず、私に近づく存在がいくつか。

 それを早く処理して、アリアに集中しないと。



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