存在するという大罪

 脱獄して、外の空気にさらされて。

 昂ぶっていた感情が、だいぶおさまってきた。


 ——エルフに囚われたリルちゃんを、たすけないと。

 無策につっこめば、また返り討ちにされて失敗するから、衝動をぐっとおさえる。

 考えてから行動するようにと、言い聞かせた。


 まずはわたしの体調を把握する。

 脱獄のためにずっと魔力を使っていたから、万全とはいえない。

 それに拘束から逃れるために、腕をきって血を流しすぎた。

 ふらふらする。

 これじゃあ今から奇襲なんてもってのほか。

 昔のわたしなら、この程度もわからないでいただろう。


 あと、これはあまり関係のないことだけど。

 何日もお風呂にはいっていないから体がくさい。

 こんな状態ではリルちゃんに近づけない。

 嫌がられてしまう。

 わたしの異臭にリルちゃんが息を止めてしまう。

 そんなことになったらショックだ。


 ……嫌がるリルちゃんにむりやり迫って、なすりつけるのもいいかも。

 最近リルちゃんに会えてないから、すごくスキンシップがとりたい。

 一日じゅう付きまとって、さいごに「これでお揃いだね」って。

 すごいそそる。


 いや、それだとエルフのやっていることと変わらない。

 自重。

 ここでのわたしは、リルちゃんを救う誠実な人間であるべき。

 特に記憶喪失中のリルちゃんには、誠実すぎるわたしが輝いて見えるだろう。


 とにかく、まずわたしに必要なのは休息。

 どこか身を潜められるところを探そう。

 今はまだ夜中。

 人間たちが寝静まっている今のうちに移動して、誰にも見つからない場所で準備をする。

 次の日の夜に、リルちゃんを助ける。

 それがいちばん、成功率を上げる。


 おそらくリルちゃんが囚われているのは、街の中心にある塔——シエルメトリィの神殿の頂上だ。

 悪の元凶は誰しも、目立つ建物のいちばん上を好む。

 リルちゃんとエルフはそこから降りてきて、メトリィ教信者たちの前にあらわれた。

 今のうちは、そこに近寄らないようにするのがいい。


 さっそく、牢獄の詰め所から南下し、塔から離れるように歩く。

 久しぶり動かす足が、なかなか思いどおりにいかない。


 なんとかしたい。

 でもこの状態で身体強化の魔法をかけても、意識と実際の動きのずれが大きくなるだけ。

 もっと人体に対する理解があれば、あたらしい魔法を作って治すことができたかも。

 治すのは壊すことよりずっと難しい。


 そういったところでは、フローラが役に立つ。

 エリスと同様、戦闘力は皆無なくせに、知識だけは持っている。

 一度説明をさせると、わけのわからない言葉で小一時間話し続けるくらいだ。

 気を失ったリルちゃんを運んでいる時、ずっとご自慢の理論を披露していた。

 うるさかった。


 思い返すと、フローラにいろいろ教えてもらっても意味がわからないから無意味かもしれない。

 落ちてたら踏んづけちゃおう。


 裏通りに入って道なりに進んで行くと、行き止まりに出会ってしまった。

 それまでに建物の裏口っぽいものはあっても、分かれ道はなかったから、引き返さなきゃならない。

 どれかに侵入してみようか。

 でもどれも明かりが漏れていたから、すぐに見つかって騒ぎになる。


 引き返すのも面倒だから、目の前の行き止まりを乗りこえることに決めた。

 高いところから飛び降りるとき、風の魔法で体を浮かせ、衝撃を和らげるのは常套手段。

 それを応用すれば、浮くことだってできるんじゃないか。


 風を魔力で操る。

 足元に向かって突風を送った。

 いつもより力を込めると、すごい音と土ぼこりが舞い、次第に体が浮き始める。

 誰かが音に気づいて出てくるまえに、思いっきり出力をあげて、飛ぶことができた。


 飛びすぎた。


 わたしの体は壁を余裕で越して、通りすぎ、その先にある二階建ての屋根が見えるところまできて、落ちた。

 壁と二階建ての間は地面。

 どうやらこれは、塀と呼ばれる類の石壁だとわかった。

 わかっても落ちる事実は変わらない。

 想定外のことに思考停止してしまっていて、受け身の魔法が間にあわなかった。


「っくぅ〜〜!!」


 おしりが。

 割れた。


 深呼吸して回復魔法を使い、立て直す。

 はじめての魔法でうまく制御できなかった。

 でも練習すればエルフのいる塔まで登れるようになる。

 明日までに使いこなせるようにしよう。


 ……憎っくき塀に守られた、二階建ての建物をにらみつける。

 見上げてみると、窓が一定の間隔で並んでいた。

 明かりが付いているところや、そうでないところもある。

 洗濯物が干してあったりもするから、ここは集合住宅だと判断した。


 ちょうどいい。

 空室があれば、そこに忍び込んで休もう。

 明かりが付いていなくて、洗濯物もないところは……。

 二階の端から一個となりの部屋だ。


 風の魔法でもう一度飛ぶのはうるさいから、やめておく。

 堂々と正面にまわり、さも住人のように振る舞った。

 集合住宅なら大丈夫。

 足音も気にせずに階段を上って、空室と思われる部屋に向かった。

 扉には鍵がかかっていて、耳を当ててもなにも聞こえない。

 ノックをしても反応はなく、空室と断定。

 つづいて水の魔法を鍵穴に流し込み、ロックを解除した。


 予想どおり、中には誰もいない。

 扉を閉めて施錠し、物ひとつない部屋の真ん中で、さっそく寝そべった。


 流石に、つかれたよ。


 ひんやりした石の床が気持ちいい。

 火照った体が癒される。


 ……しばらくじっとしていると、隣から話し声が聞こえることに気づいた。

 どんな内容かまではわからないけど、人間が普通に生活している音に、安心する。

 他人の存在が、こんなにも落ち着くものだったなんて、知らなかった。

 リルちゃん以外の生き物は邪魔で、滅べばいいって思っていたけど、BGM程度には役立つんだね。


 その音楽を聴きながら、意識が落ちていった。




・・・・・・・・・・・




 大きな物音に飛び起きた。

 部屋の中を見渡して、誰も入ってきていないことを確認する。


 隣の部屋で誰かが争っているらしい。

 わたしじゃなくて良かった。


 状況を把握するべく、壁に耳を当てたところで、ちょうど静かになってしまった。

 扉を閉める音がして、侵入者かなんかが出ていったんだと判断。

 こっちに来ても反撃できるよう、入り口の方を見ていたけど、何もおこらない。

 個人的なケンカだったらしい。


 警戒を解く。

 閉じた木窓から漏れる光が、朝方だということを教えてくれた。

 隣の喧嘩で、大きな振動は来たけど、声は耳をすまさないと聞こえないことを考えると、防音性能は良さそうだ。

 この部屋にいる限り、ある程度自由がきくだろう。


 昨日はそのまま寝てしまったから、これからお風呂にはいることに。

 お風呂場は入り口近くの小部屋。

 魔法を使う前提の作りになっていて、貯水槽と排水溝だけがあった。

 水の魔法と火の魔法でお湯を作り、貯水槽にためこむ。

 そこでさっさと体を洗って洗濯物も済ませた。

 部屋にもどって風の魔法で服を乾かしながら、このあとのことを考える。


 リルちゃん救出のための作戦。

 

 相手はエルフだから、正面から戦っても勝ち目はない。

 でもエルフはばかだから、ちゃんと策を練っていけば対応できるだろう。


 …………。

 ……。


 考えた作戦は、とにかく罠をはることだった。

 塔の頂上という都合上、エルフと一対一になることはさけられない。

 一瞬だけでも動きを封じ、リルちゃんを助け出して、追ってこれなくなるまで逃げる。

 なかなか無理な話だけど、実現させないとリルちゃんは戻ってこない。

 だから夜になるまでの時間に、ありったけの呪文石を作った。

 呪文石とは、わたしが勝手に命名したもの。

 石に魔力を込めて呪文を刻んでおくと、術者がいなくても魔法が使える。

 敵から奪った技術は、とっても便利だった。


 部屋の壁を削って、石を作る。

 そこに魔力を込めて、呪文を彫る。

 この方法で持続的に発動させる魔法を作った。

 回復とか、身体強化とか、使えそうな魔法はなんでも呪文石にした。

 

 好きな時に発動させる呪文石も必要。

 魔力を石の中の空洞に流し込み、出てこないように蓋をして、その上に呪文を刻むことで作った。

 地面に叩きつけて割れば、即座に魔法が発動する。


 この二種類の呪文石を使って、エルフを嵌めるのだ。


 ひととおりの準備をしたところで、夜になった。

 決行の時間。


 探知の魔法を使い、外に人間がいないことを確認。

 身支度をして部屋を後にした。

 感知魔法を使った時、エルフも同じように、わたしの存在を感知できることに気づいた。

 わたしにできることが、エルフにできないわけがない。

 となると、わたしはエルフに泳がされているのだ。

 その油断をつくことができれば、なおラッキー。


 街の中心にある神殿に向かって、早歩きで通りを進む。

 リルちゃんに会えない時間が長すぎて、手の震えが止まらなくなってきた。

 不安感。

 禁断症状。

 どっちかわからないけど、想いが体に出てきちゃう。

 

 早くしないとリルちゃんのことしか考えられなくなって、作戦どころではなくなってしまう。

 リルちゃん。

 リルちゃんの声が聞きたい。


 早歩きが小走りになり、疾走へかわる。

 誰かに見られたかもしれない。

 でもあとはリルちゃんを連れて行くだけ。

 情報が広がるよりもはやく動けばいい。


 リルちゃんのために動く体は、疲れという現象を忘れ。

 数十分走り続けたころに、中心部へと至った。

 リルちゃんの無残な姿を見せつけられた祭壇があり、その奥に神殿がそびえ立つ。

 祭壇を迂回して、神殿の人間に見つからないよう、塔の裏に回る。


 これからの動きをイメージすることはしない。

 復習が必要になるのは、準備がたりていない証拠。

 わたしには必要ない。

 すぐに、思いっきりの魔力を込めて、足元に風の魔法を放った。


 体がばらばらになるような衝撃。

 飛ぶ、というより、上に向かって吹っ飛ばされている。

 昨日今日であみだした魔法の細かい調整をする余裕はなかった。

 これも想定のうち。

 懐に忍ばせた回復魔法の呪文石が、ちぎれそうになる体をすかさず修復してくれた。


 空高く、地面が一瞬で離れていく。

 やがて速度がゆっくりになっていって、このままでは頂上にとどかない。

 落ち始める前に、さらに魔力を追加して、勢いを取り戻す。


 そして、ようやく頂上が見えてきて。

 リルちゃんが捕らえられている、エルフの巣に降り立った。


 ——屋上。

 エルフはぜったい、わたしの侵入に気づいているはず。

 でも、エルフの姿はない。


 肩掛け袋につめていた呪文石を、手当たり次第にばらまいた。

 わたしに近づこうとすれば、罠が発動するように。

 石を踏めば火と水の魔法が発動し、あたりは霧に覆われる。

 余った魔力が空気中に拡散するから、わたしの存在を魔力で感知することもできなくなる。

 わたしの視界もふさがってしまうから、今のうちに地形を把握しておく。


 あとは、投げるための呪文石を手に持った。

 金縛り、加圧、眠りの呪文石。

 なんとしてでもエルフの動きを止めてやる。

 そしてわたし自身でも感知の魔法を使い、屋上に動くものがあったらすぐに反応できるように備えた。


 ……感知魔法に、ノイズが走った。


 生き物の反応ではない。

 ある一点に魔力を取られていて、精度がわるくなっている。

 片耳をふさがれたような違和感があった。


 この屋上で、心当たりがあるとすれば、中央に立つ石像だけ。

 エルフとの戦闘に邪魔になりそうだから、先に原因を取り払うことにした。


 像は花壇に囲まれたところに、ぽつんと立っている。

 首が折れた始祖メトリィの像。

 頭部はその足元に落ちていて、断面はまだ新しい。


 胴体は大きく手を広げて、なにかを待っているようなポーズをしている。

 どうせ待ち人は初代国王のエルフィードだろう。

 教会にある他のメトリィ像も、みんな悲しげな表情を浮かべてなにか願っている。


 もう一度感知魔法を使うと、やはりこの像が元凶だとわかる。

 特に、像に取り付けられた腕輪が——。


「これって……」


 魔法に干渉する道具。

 それには心当たりがあった。

 手を伸ばし、腕輪に触れる。


 体が拒否反応を起こした。


 熱いものをさわったときみたいに、手が引っこむ。

 そして背中に悪寒が走る。

 寿命が縮まったかと思った。

 これじゃあ、他の道具みたいに、一般人が装備するのは無理。

 物に取り付けて、人目につかないところに置くのが最善策だ。


 それでも、わがままは言っていられない。

 我慢してとって、どこかに捨てないと。


 もう一度手を伸ばして、今度は腕輪を掴む。

 ぞくぞく。

 じわじわ。

 生存本能が、手を離せと警告する。

 無視して、像から腕輪を抜きとった。


 地上に投げ捨てようと、振り返る————。




「……おったぁ」

 

 

 

 ぐしゃり。

 という音。


 わたしの体が、骨が、全てが砕けた音。


「ふん。こんな弱いのに悩まされてたんな」




 ——。




「即死? あー、ちゃんと捨てんとな」




 ————。








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