逃れ取り戻した聖霊

 メロディアの下宿からエリスと抜け出してきたところ。

 フローラを置いてきたのだけど、少しして後から追いついてきた。

 メロディアをどうやってか、無力化してきたようだ。

 エリスよりは戦闘力がある模様。


「くふふ、ワタシの発明品が効果的に作用すると良い気分だね。コレ、針葉樹の葉をくりぬいて、体内に特製の試薬を直接インジェクションできるようにした。危ないのでリキャップ禁止」


 そう言ってフローラはその発明品とやらを見せてきて、満足したのか道に投げ捨てた。


「今度リルフィにも使ってあげる。まず安全なところまで逃げようかね」


 まだ記憶は完全に戻っていない。

 でも、のんびり療養するヒマはない。

 この街は危険に満ちている。


「エリス、どうすればいい?」

「……街の外に出ればいいんじゃないかな」


 魔剣エリスフィアを取り戻したとはいえ、エルフのセレスタに見つかったら流石に逃げ切れないだろう。

 でも、エリスの言う通り街の外ならいくぶんかマシ。

 そうしよう。


 私の顔を覗き込み、何か分析するフローラ。


「ふむ。エリスフィア、リルフィにだいぶおかしなオペをしたね」

「……なんのことかな」


 緊張感のないふたりを置いて、通路の安全確認を行う。

 まだメトリィ教信者の、朝修練が終わっていない。

 道には誰もいないから、動くなら今のうち。


「あ、ワタシも契約更新いい?」

「後にして」


 ふたりの手を引いて、私は街の出口へと向かった。


 そして、何事もなくシエルメトリィの門に着いた。

 アリアのことを忘れていたのに気づく。


 でも、記憶が戻ってみると、私とアリアお嬢様はあまり仲が良くなかったことが分かった。

 あのひとは、メロディアやセレスタのように、しつこく付きまとってくるひとたちの一員なのだ。


 だから、探しに行こうか迷いどころ。


「エリス、アリアはどうしたの?」


 確かエリスたちはみんな一緒に捕まっていたはず。

 エリスとフローラが助かったのなら、アリアも出てきたのではないか。


「……残念ながら、ボクたちが出てきたときには、アリアの姿がなかったよ」

「彼女のみ扱いが酷かった。もうサクリファイスされていると考えられる」

「へぇ」


 アリアはセレスタの怒りを買ってしまっていた。

 だから特別待遇だったのだろう。

 もしかしたら、セレスタが直接手を下す前に、メトリィ教の信者にやられてしまったのかもしれない。

 神であるエルフに手を出そうとしたのだから、信者の恨みを買ってしまったのだ。


「じゃあ、仕方ないね」


 それならもう、この街には後腐れがない。

 門に手を添え、開けようとした。


 ……。


「……リルフィ、どうしたの」


 体が動かなかった。

 魔法にかけられたとか、そういうのではなくて、私の意思に体が反発している。

 その結果が停止。


「……早くしないと、また襲われるよ」


 それはそうなんだけど。


「やっぱり何か忘れ物をしてる気がする」

「……ああ、そうだね」


 エリスも心当たりがあるような反応だ。

 最初から教えてくれればよかったのに。

 まあ、私の身を案じて脱出を最優先にしてくれたのだろう。


「王の遺産がこの街にあると推察されるが、今のところ手掛かりはない」


 私が聞き返すよりも先に、フローラが忘れ物の正体を教えてくれた。

 王の遺産。

 記憶が混濁して詳しいことは分からないけど、私にとって必要なものだ。

 エリスもそのひとり。

 そしてフローラもそうなのだろう。


「後で探せばいいか」

「……そうだよ。今のリルフィに必要なのはお休みの時間」


 今度は体がちゃんと動き、門を開けることができた。

 さっきのはなんだったのだろう。

 違和感が残りつつも、私たちはシエルメトリィから脱出した。


 街から出たという事実に、色々な枷から一気に解き放たれた感覚。

 敷地を出てすぐに、急な坂道が始まる。

 自分の足で、自分の意思で地面を歩くのが久しぶりな気がして、体を動かすだけでも楽しかった。


「……ふふ」

「くふふ」


 いつものように・・・・・・・エリスとフローラが、両隣りにくっついてくる。

 歩き辛くはなるけれど、安心する温もり。

 ふたりがそばにいることのありがたさが、身にしみる。


「……リルフィ、疲れたら言ってね。ここで休むのは危ないけど、揉みほぐす程度はしてあげられる」

「そんなおまじないより、ワタシの作製したソリューションの方が効く」


 フローラに小瓶を渡される。

 中には変に黄色い液体が入っていて、飲み物とは思えない。

 エリスは実力を見せるというばかりに、私の腕をモミモミした。

 気持ちいいかも。


「……リルフィ、このまま抱きしめてしまいたい」


 いつも私のお世話をしてくれるエリス。

 追っ手の心配がなければ、私もエリスの腕に包まれていたい。

 エリス大好き。


「私もエリスと一緒にいたい」

「……ふふ」


 シエルメトリィの周囲の地面には、深い亀裂が何本も走っている。

 どうやってできたのか、その一本一本が道になるほどの広さ。

 亀裂のどれかひとつに潜り込んでしまえば、誰にも見つけられないだろう。


 遭難の危険性もあるけど、エリスの力と魔法があれば餓死することはない。

 生きていればいつかは出られる。

 魔物を食べるのにはまだ抵抗があるけど頑張ろう。

 昔の私もきっとそうして順応し、今までやってきたのだ。


「エリスは、疲れてない?」


 魔法学校時代のエリスは、体を動かすよりも考える方が得意なインテリキャラだった。

 シエルメトリィの街から抜け出しただけでも、エリスにとっては重労働だ。

 加えてこの急な下り坂は、体力をムダに消費してしまう。


「……ん、リルフィがおぶってくれたら、嬉しいな」

「ま、任せて……!」


 いつも頼ってばかりのエリスが、私を頼ってくれた。

 頰を赤らめて上目遣いに言ってくる表情が、可愛すぎる。

 やる気が出過ぎました。


 私がその場にしゃがみこむと、エリスはフリフリドレスの裾をたくし上げて、私の背にまたがってきた。

 その足に自分の腕を回して立ち上がり、エリスとの密着感を背中いっぱいに受け取る。

 あ、意外とおっぱいでかい。

 ありがとう、ありがとう。


「……夢にまで見たリルフィの背中。ふふ。ついにボクは、この位置を手に入れることができた。ふふふ」


 エリスが耳元でブツブツ言っている。

 喜んでもらえて何よりだ。


「あとで痛い目を見るぞー」


 フローラがエリスになぜか注意をしたが、聞いていない様子。

 エリスをおぶって両手がふさがったから、さっきまでくっついていたフローラは離れざるを得ない。

 だから嫉妬でもしているのだろう。

 ニクいヤツめ。


「リルフィ、あとでワタシの希望も叶えて欲しい」

「わかったわかった」


 フローラは最近仲間になってくれたひと。

 もっと彼女のことを知るためにも、たまには時間を作ってあげないと。

 今のところの印象としては、ただのアブないひとだ。

 あまり手入れされていないような青髪が目にかかっているから、ずっと切ってあげたいと思っている。


「……フローラはじゃまするな」


 エリスが私越しに威嚇する。


「むう。エリスフィアのくせにワタシに指図するとは」

「……いたっ」


 フローラがエリスの尻を叩いた。

 ふたりは相性がいいらしく、私に向けるものとは違う表情を見せながらじゃれあっている。

 私も混ざりたい。

 私にもそういうひと、できないかな。


「……リルフィ、浮気?」


 すぐにエリスに勘付かれた。

 長年・・一緒にいたから、なんでもわかってしまうのだろう。

 エリスの前では隠し事できない。


「いや、ふたりが羨ましくて」

「ワタシはリルフィとエリスフィアの方が羨ましいが。んん、言語化したらフラストレーションが劇的に増加した」


 エリスの足を抱えている腕に、フローラがムリヤリ腕をねじ込んで来た。

 そして体をぴったりくっつけて、静かになった。

 おんぶと腕組みを同時にやっている状態。

 重い。


「リルフィの脈拍。非常に心地よい音楽。くふふ」

「……ちょっと、今はボクとリルフィだけの時間だぞ」


 一応私たちはシエルメトリィから脱走中の身だ。

 坂のおかげで、もう街は死角に入ったけど、セレスタに幽閉されていた神殿の先っぽがまだ見える。

 セレスタはなんらかの方法で人間の所在を感知することができるから、予断は許さない状況だ。

 しかも一本道だから、誰かが探しに出てきてもすぐに見つかって終わり。

 それでも、辛い時間が長かった分、束の休息として自分を甘やかしてしまった。


 ……何事もなく分岐点まで来られたのは、幸運だ。


「そこを右。そうすれば街道を外れる」


 フローラが言うと、エリスに腕を押されて、自然とその方向に歩いていく。

 案内の看板が示している方とは逆の道。

 ここから先は案内がない。

 ひとが通らない道に入ることが、吉と出るか凶と出るか。

 ふたりが一緒なら、大丈夫。


 きっと、ふたりだけ、いれば……、……?


「……どうしたの? リルフィ、疲れちゃった?」


 少しだけ、心の中で何かが突っかかって、足が止まってしまった。

 エリスが背中の上から、アタマを撫でてくれた。

 こわばった体が解消されていく。

 やっぱりエリスがいると落ち着く。

 気をとりなおして行こう。


「心配ないよ。もう少し進んでから休める場所を探そう」

「……えらいえらい。頑張り屋さんのリルフィには、とびっきりのご褒美を用意しないと」


 なにそれ超気になる。

 ごほうび欲しい。


 ……とはいえ、着の身着のままで出てきたから、暗くなる前に野営の場所と食料を確保しないといけない。

 エリスのごほうび欲を、唇を噛み締めて我慢する。

 ぎゅっと我慢しながら、道を進んで行く。


「変な顔」


 フローラの指摘を聞かなかったフリして、上を見る。

 視界のほとんどは岩肌に埋められ、青空はいつもより遠くにある。

 こんなのだから、谷底の夜は驚くほど暗い。

 明かりの魔法は不可欠だけど、光を使えば居場所がバレやすい。

 だからこそ、野営の場所はしっかり選ばないと。


「ん、次はどっちに進む?」


 そうこうしているうちに、二個目の分岐だ。

 上から眺めていた限り、シエルメトリィを中心に、地面の亀裂が無限に広がっていて、しかも木の枝のように無数に分岐していた。

 ある亀裂がほかの亀裂と合流したり、行き止まりがあったり、そんな中に私たちはいる。

 案内もなしに適当に歩けば、遭難することは必至だった。


「とりあえず人の通る道から離れたいなら、ずっと右に行けばいい」

「……リルフィの好きなようにしていいよ」


 ふたりが適当なことを言うから、絶対に出られない自信がある。

 裏返せば、絶対に誰にも見つからない。

 いっそ野生に還ってやろうか。


「じゃあ、ずっと右に行くからね。どうなっても知らないよ」


 考えてみると、人間は私ひとりだ。

 精霊であるエリスとフローラは、最悪、水も食事もいらない存在。

 普段は飲み食いしているけど、それはただのシュミであって、本当は魔力さえあれば動けるのだ。

 魔力があればどんなことがあっても死ぬこともない。

 実際に、メロディアに殺されたふたりは、何事もなかったように生き返って元気にしている。

 つまり何かが起こったときに困るのは、実質私だけ。


「くやしいなぁ!」

「……わ、リルフィ、指を動かさないで、く、くすぐったい」


 おぶっているエリスの、黒タイツに包まれた太ももを揉みしだく。

 死なないからって、余裕ぶりやがってさあ!


「……ふ、ふふふ、ふふん」

「リルフィストップ。ウェイト。ステイ。過剰なスキンシップ禁止」


 フローラに腕を引かれて、エリスを落としてしまった。

 振り返って見たエリスは、顔を赤くして息を荒げ、その場にへたり込んでいた。

 なんか……いけないコトをしてしまったような。


「……フローラ……なんでとめるんだ」

「そんなにして欲しかったらワタシがやってやるから」

「……ばーか」


 さりげなく私の胸にタッチしてから、フローラはエリスを立たせる。

 エリスにばかり構っていたことへの、ささやかな反抗を受けた。

 私に擦り寄るのをやめ、エリスを離す作戦に変えたようだ。

 かわいいなあ。


「あ、また分かれ道」


 少し歩くと、すぐに次の分岐が見える。

 ひたすら右に進むことにしたから、歩くところも右側通行。


 寂しくなった腕をさすりながら、どんどん進んで行く。

 ……これ、同じところを延々と回ることにはならないよね?


「……ばーかばーか」

「ワタシのインテリジェンスに向かってその表現は的確ではない。正しくは『行くところまで行っちゃっていますね』だろう」

「……行くところまで行っちゃってますね」

「あ? なんだと?」


 ふたりがじゃれ合っているのを温かく見守りつつ、そろそろ野営地を探し始めることにした。

 何回かの分かれ道を経て、もう街には引き返せない場所まできただろう。

 セレスタの魔法があれば簡単に見つかってしまうかもしれないけど、それはどこに行っても同じこと。

 休めるときに休んで、行けるところまで行く。


「……もういい。リルフィを甘やかしてくる」

「そういうところが浅はかだと言っている。リルフィを解剖するのはワタシ」


 解剖しないで。


「エリスフィアもワタシと同じく、本当は解剖したいのだろう」

「……違う。ボクはリルフィにいっぱい甘えてもらって、上のお世話から下のお世話まで全部やってあげるんだ」


 介護しないで。


「あの、野営地作るから、落ち着いて……」


 ふたりが自由すぎる。

 しまいにはお互いにつかみかかってケンカを始め、これ以上進めそうにない状態になってしまった。

 前途多難である。

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