姫が叡智を食らう辺獄
——リルちゃんがエルフに捕まった。
思い出しただけで殺したくなる。
エルフはリルちゃんを鎖でつなぎ、まるで家畜のように扱っていたんだ。
殺したい。
殺したい。
頭に血がのぼって、まともな判断ができない。
あの広場で、リルちゃんが四つん這いになってわたしを見ていた。
悲しげなリルちゃんの表情を見た瞬間、勝手に体がうごいてしまった。
それであっという間に捕まっちゃった。
昔、あのエルフには一度負けている。
エルフの里で、リルちゃんを横取りしようとしたエルフに攻撃して、返り討ちにされた。
だから、正面から戦いを挑んでも勝てないことはわたし自身がよく知ってる。
でもやってしまった。
その結果がこれ。
目も耳も口も鼻も布でふさがれて、息をするのも絶え絶え。
腕はうしろに回されて、後ろの人間にずっとつかまれている。
魔法使いを無力化するための方法。
無詠唱ができたって、ここまでされたら流石にむり。
一刻も早くリルちゃんを助けなきゃいけないのに、抵抗もできずにどこかに歩かされている。
わたしの無力さを悔いる。
無力なわたしが本能のままに行動したら、何事もぜったいに成功しない。
いままで散々思い知らされてきたのに。
「——、——」
耳栓の向こうで音がなり、考えるのを一旦中止した。
音の不規則さから考えて、信者の声だとおもう。
音が途切れると、いきなり背中に衝撃。
つき飛ばされて、硬い石の床に転がる。
壁に頭をぶつけて止まった。
いたい。
「————」
床を通じてかすかな振動が、近づいてくる。
わたしを突き飛ばした人間に腕をとられて——。
「ぁぁ゛っ……!」
鋭い痛みに襲われた。
異物が体のなかに侵入し、腕の感覚が痛みに塗りつぶされる。
ひんやりした感触が、背筋をかけ上って危険信号を受けとる。
刃物で刺されたのだ。
真っ暗な視界が真っ白になったり、真っ赤になったり、点滅する。
刃物はすぐに抜かれず、ぐりぐり、ぐりぐり、傷を広げるようにぐりぐり、ねじったりかたむけたりを繰り返される。
痛い。
苦しい。
痛みは途中からわからなくなって、なまあたたかい液体が服をぬらす感覚が広がる。
刃物が抜かれた。
すぐに違うものが入ってきた。
今度は刃物より太い。
傷口をさらにこじ開けられて、ぎちぎちと、いじられ。
あとどれくらい続くのかと思い始めた時に、すうっと痛みが消えた。
回復魔法がかかったときの感覚。
痛みが引いて、傷もなくなっているけど、腕の中に異物感が残っている。
何かを入れられた。
人間が立ち去る気配と、耳栓を通りこすほど鉄の扉が乱暴に閉められる音。
わたしは五感を封じられたまま、閉じ込められたらしい。
腕と足はしばられていない。
だから体を起こして、まず目隠しをとろうと思った。
でも、体にちからがはいらない。
全身が動かなくなっていた。
腕に埋め込まれた何かが、作用しているんだろう。
魔法の対策は万全。
褒めてやってもいい。
うごけないのなら、考えるしかやることはない。
まず、腕の中の物体だ。
体内で何が起こっているのか、集中をする。
魔力の扱いにかんしては、小さい頃からずっとずっと練習してきた。
城に軟禁されていた時代は、あそび相手が自分しかいなくて、魔力で遊んでいた。
わたしの中をめぐる不思議なちからを、ぐるぐるさせて遊んでいたのだ。
その時とおなじように、魔力を回す。
しかし、息苦しさと無気力感で集中が乱れ、すぐに魔力を見失ってしまう。
もういちど魔力を胸のあたりに集める。
集めてから、そのかたまりを腕に移動させる。
頭がズキリと痛み、またとりのがした。
もういちど、集中。
また、霧散。
集中。
霧散。
集中霧散集中霧散集中霧散集中霧散集中霧散集中霧散——。
脱力感は時間がたつごとに強くなり、集中ができない。
でも、できるまでやる。
何十回も何百回も、魔力をコントロール。
一回失敗するたび、わたしの体調に合わせた魔力の操作法を考える。
いつもどおりでだめなら、普段は絶対にやらない方法で。
そうして何度も何度も繰り返すうちに、魔力がいうことを聞くようになった。
魔力を束ねる集中力がないから、魔力のわがままにのってあげる感覚だ。
この方法でやっと、体内の異変を把握した。
腕に埋め込まれた物体は、魔力を放っているんだ。
それだけがわかった。
この魔力がどうやってわたしに干渉をしているのか、さらにこれを無力化するにはどうすればいいか、ぜんぶ解決しないといけない。
腕の魔力源を破壊し、ここから脱出したとして、今度はエルフからリルちゃんを取り戻す作戦の始まりだ。
まだまだやることはいっぱいある。
リルちゃんを助けるためには、自力で脱出しないと。
エリスとフローラは役立たずだ。
あれはあくまで魔剣や首環のおまけであって、戦闘力として期待できない。
それを扱うことのできるリルちゃんがいない現在、あれらはほんとうに置物としての価値しかない。
わたしはぜったいに、あきらめない。
・・・・・・・・・・・
——浮遊感。
誰かに体を持ち上げられた。
腕だけを持って、引きずられる。
牢から出された。
相変わらずわたしはうごけない。
されるがまま、運ばれる。
そして、動きが止まった。
腕を離され、今度は腰のあたりを持ち上げられる。
硬い壁に背中が当たる。
ひものようなものが、足から肩まで巻かれ、強制的に立たされた。
「——ッ!」
お腹を、殴られた。
一回。
二回、三回、四回。
胃液が逆流して、猿ぐつわに染み込む。
続いて顔。
こめかみ、あごのあたりを殴られて、意識がとぶ。
……目がさめると、牢に転がされた状態だった。
・・・・・・・・・・・
体を持ち上げられた。
また引きづられて、また縛りつけられて。
殴られ、気絶し、牢で目がさめる。
それが何回も続いた。
ずっとおなじことの繰り返し。
抵抗はできない。
まだ、抵抗できない。
・・・・・・・・・・・
わたしが牢に入れられてから、何日も経った。
目も耳も封じられている状態だから、時間感覚はない。
ただ、一定間隔で人間がやってきて、わたしをどこかに連れて行く。
行った先で立たされて、体を固定され、日課がはじまるのだ。
殴られて、気を失って、横たわった状態で目覚める。
目覚める、といっても、視界はふさがれたままだけど。
起きているかどうかなんて、こうして考えられる時間があるかどうかでしか判断できない。
わたしをいたぶる時間が何度もあって、気を失っては起きての繰り返し。
睡眠の代わりだと割り切った。
最初はただのうさばらしかと思っていた。
でも、目覚めた時には傷が治っていて、お腹に何か入っている感覚がある。
魔力の流れを見ても、危険なものは入れられてないようだ。
それに、何日も放置されているのにもかかわらず、わたしはまだ生きている。
……つまりあれは食事の時間なのだ。
わたしが魔法を使う隙を与えないよう、気を失っているときに流し込まれているのだろう。
なぜ、そんな生かさず殺さずの状態が続いているのかはわからない。
辛くても、殺されないのならそれを利用するまで。
牢を脱出する日は、もうすぐだ。
ただされるがままに日々を過ごしていたわけじゃない。
起きているときは、ずっと魔力の流れを調べていた。
腕に埋め込まれた物体からは、弱体化の魔法が放たれていることがわかった。
だからまったくうごけなかったのだ。
どうやってか、魔法を持続的に、さらに使用者がいなくても発動させる方法があるらしい。
その発見もわたしがリルちゃんを助けるための糧になる。
さいしょは魔法がどんな種類なのかを判別する方法もわからなかった。
何日もかけて魔力を調べて、やっとここまでたどり着いた。
魔力の扱いは誰にも負けない自信があったけど、まだまだ知らないことはたくさんある。
これじゃあエルフに負けても文句はいえない。
捕まったおかげ、というのは癪だけど、もっと魔法がうまく使えるようになった気がする。
魔力の操作法を知り、魔法の見分け方を知り。
あとはそれを利用するのみ。
リルちゃん、リルちゃん。
長い間待たせてごめんね。
すぐに行くから。
・・・・・・・・・・・
「食事」が始まる。
いつものように牢屋の外に運ばれて、どこかに縛りつけられる。
これから痛いことが始まるのだろう。
でも、今日は思い通りにさせない。
魔力の操作はできるようになった。
弱体化の魔法を封じる方法も考えた。
あとはそれを実行するのみ。
縛られてから殴られるまでの短時間。
体の中をめぐる魔力を意識する。
腕の中で弱体化の魔法を放ち続ける物体を意識する。
それを、壊すのではなく、無力化。
腕だけにわたしの魔力がいかないように、流れを少しだけ操作する。
その流れをつくるとともにに、弱体化が胴体に入ってこないように、魔力を押し戻す。
そうすると、徐々に体に力が戻ってきた。
久しぶりに血がめぐる感覚。
「——ぐっ!」
ふとももを蹴られた。
意識を持っていくには関係のない一撃。
こればかりは、向こうの趣味でしかないのだろう。
気にせず、次の段階に入る。
痛みのおかげで意識がはっきりしてきた。
魔力の自由が効くようになり、魔法が使えるのだと確信する。
次にやること。
自分の腕を切り離すと同時に、拘束を解く。
想像していた通りに、風の魔法「切断」を無詠唱で作り出した。
自分の体が対象なら、見えなくても聞こえなくても狙いをつけられる。
それを。
「〜〜っっ!!」
飛び散る液体が、頰にかかる。
ついでに胴体に巻かれたひもも切れて、上半身が自由になった。
痛がっている暇はない。
もう片方の手で目隠しを触り、ごく小規模の風魔法で布を切った。
数日ぶりの光。
眩しさに目が眩むが、一瞬だけ見えた人影に対して、次の魔法を放った。
ありったけの量の石弾を、前方に撃ち込む。
残りの拘束を全てたち切って、落ちているわたしの腕を拾った。
「……ふう」
思い通りに呼吸をするのですら新鮮だ。
今まで散々好き放題やってくれた相手の方を見る。
石弾の魔法でめちゃくちゃにしてやったつもりだけど、まだ生きている。
急所を守って、他はぐちゃぐちゃ。
でもすぐに回復すれば命だけは助かるかも。
相手は気絶したわたしに回復魔法を使っていた人間。
貴族である可能性が高い。
初級魔法くらい、ふせぐ術を持っていたのだろう。
「……ば、バケ、モノ……!」
相手に興味はない。
風魔法「暴発」を使用する。
圧縮した空気のかたまりが人間の口に入り、体内で破裂。
ぱん、という音とともに、残りぜんぶがばらばらになって、跡形もなくなった。
「……はぁ」
改めて深呼吸をする。
切断した肩口からとめどなく血が流れ出ている。
最近貧血ぎみだから、ちょっと困る。
切り離した片腕を床に置いて、便利な切断の魔法で、縦に割った。
わたしの中身。
黄色い脂の奥に、赤い肉。
指を突っ込んで中をさぐる。
きもちわるい。
骨以外のかたいものはどこ。
ひざで固定して、二の腕全体をまさぐる。
なまあたたかい。
丸い石のようなものが指の先にあたり、それをつまんで一気に取り出す。
「……ふーん」
弱体化の正体。
魔力を溜め込んだ石に、呪文が刻まれていた。
石が発する魔力が、呪文というフィルターを通って、魔法へと変化するのだ。
エルフィード人は呪文をこういうふうに使えない。
大方、エルフの差し金だろう。
考えている間にめまいがしてきた。
そうだ、わたしの腕から血が出っぱなしだったんだ。
これ以上血を失わないよう、すぐに腕をもとの位置に当てて、回復魔法をかけた。
骨と肉と皮と血管がつながって、感覚が元どおりに。
これで完全に自由が戻った。
でも、その状態を喜ぶ気はない。
リルちゃんを助けないと。
「お食事部屋」を後にして、牢屋を通り過ぎる。
鉄格子に石の部屋と、どこも牢屋は似たような作りだ。
進む先から、複数の足音。
わたしのエサ係を殺した時の音で、気づかれた。
わたしはリルちゃんみたいに、敵がどこに何人いるかを感じ取ることはできない。
感知魔法を使えばおなじことができるけど、そこらの虫どもなんて殺したほうが早い。
捕まる前より、魔力への理解が深まったいま、魔法がもっと早く発動できるようになった。
だから、前方から来た
ざっくり。
向こうが反応するよりも早く、何人か串刺しにできた。
人間串。
さらに、もう一つ学習したことを実践してみた。
わたしの腕に埋め込まれた、弱体化魔法を放つ石のように。
氷槍の中に、石弾と暴発の魔法の呪文を刻み、はだかの魔力を入れておいた。
呪文とは、魔法の構築を自動化したもの。
魔力から魔法へ、自分で変換できるなら呪文はいらない。
でもわたしたちは魔法学校でひたすら呪文を学び、魔力の本質を見ずに、思考放棄して詠唱魔法を使うのだ。
でも、呪文の使い方は、本来こういうものなんだろう。
人間に刺さった氷の槍が、時間経過で溶け出す。
すると中に入れておいた呪文と魔力が混じり合い。
起爆。
空気が弾け、石弾が全方位に飛び散る。
ぱりん。
ばん。
からからからから。
一連の音がやむと、死体の山のできあがり。
ここに駆けつけてきた敵を殲滅した。
階段を上って、誰もいない詰所を抜け、その先の扉をひらく。
星空。
松明の明かり。
風の音。
夜の匂い。
……リルちゃんを探さないと。
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