理想を追い求める者に

 領主の部屋の前で、心臓の音を数える。

 10回鳴ったら、突入だ。


「じゃあ、また私が先に入るから」


 アリアにそう言ったところで、10回目の鼓動。

 意を決する。


 屋敷に侵入した時と同じように、扉をそっと開けてすぐ近くの様子を伺う。

 そこに何もないことを確認して、一気に扉を開け放つ——。


「グロサルト領主、——っ!」

「あああ領主様あああああ!!!」


 魔剣を構えた瞬間に、後ろの女商人が私を押しのけ、室内に駆け込んでしまった。


「領主様、商人でございます! ご申しつけくださったリルフィ様のご案内、たいへん頑張らせていただいております!! 領主様、ばんざいっ! 領主様、ばんざいぃっ!!」


 真っ先に乗り込んだ女商人に、危害を加える者はいない。

 罠はないと判断して、私も室内に足を踏み入れ、ひとがいないか確認。


 奥の大窓のそばで、領主ソフィア・グロサルトが背を向けていた。


「あら、ようこそおいでくださいましたわ、リルフィ様」


 狂ってしまった領民たちに対して、領主は余りにも自然体。

 呪いの根源は、高みの見物をしているようだ。

 領主はキツいウェーブのかかった茶髪を揺らして、こちらにふり返った。


「領主っ様ぁぁぁ!!!」


 女商人が領主のすぐ近くまで走り、アタマを床につけて崇める。

 領主は商人の前でしゃがみ、そのアタマを撫でた。


「よく頑張りましたね! 労働に対する貴女の姿勢は、素晴らしい!」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 呪いをかけた本人が、思い通りに動く人形を褒める。

 商人は体を震わせながら、領主の施しを受け止めていた。


「でも——」


 言葉を切って。

 アタマを撫でていたその手が止まり、押さえつけるような力の入り方に変わる。


 領主は小声で何かを呟く。

 目を凝らして、その口の動きを読んでみる。


 カゼヨ、ソフィアノナノモトニ、ケンゲンセヨ。


「リルフィ様をここにお連れするようには、言っておりませんでしてよ?」


 音もなく、実体もない魔法の風が、刃となって女商人の首に落ちる。


 人間の体は脆い。

 刃物で少しでも傷つけられれば、血を吹き出して死んでしまう。

 風の刃は商人の首をすんなりと通り抜けて、商人と商人をオワカレさせた。


 ごろり、と転がる首。

 行き場を失くして、仕方なく領主の方へ飛び散っていく液体。


 ソフィア・グロサルトの顔に返り血が付き、その水分は厚く塗られた化粧に吸収される。

 赤い模様に彩られた顔を歪め、領主は愛おしそうに商人の髪を掴み、頭部を持ち上げた。


「——結果を出さないと、いくら努力しても無駄です。勤労において、失敗は論外。私は貴女に、リルフィ様をおもてなしするよう、命じたのです。それなのになぜ、リルフィ様はあのような表情をしていらっしゃるのでしょう。失敗です。大失敗。命令に従わないばかりか、リルフィ様に不快な思いをさせてしまった。貴女に任せたことが間違いでしたね。この失敗は、失った信用は、死をもってしても元に戻せないでしょう」


 ソフィアは涙を流し、その涙はすぐに化粧に吸収される。

 顔を染める赤色に、青いアイシャドウの色が加わった。


 領主は泣きながら、諦めたように商人の頭部を遠くに放った。

 静かな部屋に、鈍い音が2回、3回。

 領主は私の前に来て、さっき商人がやっていたみたいに、アタマを下げた。


「大変申し訳ございませんわリルフィ様! 私はただ、この街を楽しんで頂きたかったのです! 不甲斐ないことにお見苦しいところをお見せしてしまい……どうか、どうかもう一度チャンスを頂けないでしょうか!」


 私が何か反応する前に、ソフィアは私の足にしがみついてきた。

 見るも無残に崩壊した領主の顔が、こちらに向けられる。

 緑色の瞳。


「——っ!?」


 その目を見た瞬間、膨大な量の情報が、アタマの中に、強引に押し入る。


 ……愛しています、愛してください、許してください、喜んで欲しい、見ていて欲しい、ずっとここにいてください、私が養います、抱きしめてください、愛してください、アリアには消えて欲しい、リルフィ様に触れていいのは私だけ、愛してください、私が全て終わらせます、リルフィ様は見ていてください、愛してください、立派に働きます、一緒に国を作りましょう、二人だけで良いのです、愛しています、愛してください、愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を、……。


 これが呪いなのだと、すぐに理解した。

 言葉で、脳を殴られる。

 理性を切り刻まれる。

 痛みはないのに、立っていられない。

 立っているという認識を、おびただしい言葉の数々によって、上書きされる。


 魔剣エリスフィアを握って、その効果を打ち消そうとした。

 一瞬だけ言葉が弱まるも、すぐに言葉が現れる。

 魔剣を持っている事実さえ、言葉に押しつぶされる。


 私が私でなくなる前に、エリスフィアで自分の腕を刺す。

 腕が痛くなるだけで、言葉は消えない。

 痛いという認識も、覆い隠される。


 何が何だかわからない。

 領主から直接与えられる呪いが、強すぎるのだ。


 アタマの中にある、愛しているという言葉を、受け入れる。

 受け入れるという感情を、ムリヤリ押し上げられた。


「——ゎ、わかった」


 肯定。

 ぐちゃぐちゃに荒らされたアタマの中で、言わされた言葉。

 私がその言葉を発すると、ぐるぐる回っている言葉たちは「達成感」という感情を置いて消えていく。


「はぁぁぁ〜〜! ありがとうございますわ! リルフィ様!」


 私の腕から滴り落ちる血液を、ソフィアが両手で受け止める。

 それを口元に運び、啜った。


「ああ、リルフィ様が、私を受け入れてくださいました……! 私とリルフィ様がひとつに! 素晴らしい芳香! 素晴らしい味! 幼い頃より抱いていた恋心が、今、成就したのです!」


 領主の声が砂糖のように甘く、沁み渡る。

 一回領主の呪いを肯定したことで、言葉の勢いがわずかに弱まっていた。

 その小さな理性を動員させて、自分の言葉を訂正しようとすると、また言葉が押し寄せる。


 ——愛しています、こんなにも想っているのに愛して頂けないのでしょうか、どうして、望むものは全て差し上げます、愛してください、お願いします、私を抱きしめてください、もっとリルフィ様を感じさせてください、匂いも、味も、感触も、温度も、声も、全て私にください、愛してください、お願いします、お願いします、……。


 気分が悪くなる。

 ソフィアの手を振り払って、這って距離をとり。

 胃の中のものを全部吐き出した。


 それでも言葉は回っている。

 拒否してしまったために、余計に

 思考をすると言葉が覆いかぶさる。

 やがて自分の見ているものまでも、言葉に侵食されていく。


「愛してるって、『言ってください』ませ!」

「っ、あ……あ、……」


 言ってしまえばラクになる。

 でも、その言葉は寸前でつっかえて出てこない。

 理性は言葉に飲み込まれ、私を動かすのは本能。

 本能が領主の命令を拒否している。


「リルちゃん! だめだよ!」


 自分の体が何かに包み込まれる。

 その何かの正体を理解しようにも、言葉が理解を妨げる。


「『邪魔をしないで』くださいまし!」

「————いっ!」

「そこで『じっとして』いなさい!」

「————がぁっ!」


 領主が『命令』を下し、何かが私から離れていく。


 ——その何かにも、優しいリョウシュサマは言葉を授けてくださったのだ。

 大変名誉なこと。

 ガンバってください。


「リルフィ様、私と抱擁を! 永遠の愛の誓いを!」

「……リルフィ、聞いてはいけないよ」


 もうひとつの何かが、私とリョウシュサマの間に立つ。

 そんなところに立たれると、目障りだ。


 リョウシュサマがそれに対して手を挙げて、思いっきり張り倒した。

 さすがです、リョウシュサマ。


「口づけを! 愛を確かめ合うのです!」


 視界に映る唯一の存在が、リョウシュサマ。

 一歩、近づいて来るたびに、幸せな気分にさせられる。

 このまま全てを受け入れて、もっと幸せになりたい。


 リョウシュサマの顔が目の前に迫って来る。

 言葉がかすみ、ソフィアサマの顔が鮮明に映る。


 近づいて来る。

 アタマの中も、視界も、リョウシュサマのことでいっぱいになる。


 唇。

 紫色に塗られた唇。

 好奇心が湧く。

 拒否する理由がなくなった。


 口と口が触れるところで。


「ああうあうあああぁぁぁ!!」


 なりふり構わない叫び声。

 その音源である黒い影が、リョウシュサマの頰にぶつかって、真横に飛んでいった。


「……リルちゃんは、わたしのもの、……呪いなんかで、この想いはたち切れるものか……!」


 リョウシュサマの姿が見えなくなって、悲しい気持ちになる。

 邪魔をするのは、目の前の黒い影。


「リルフィ様! それはリルフィ様に『不要な存在』です!」


『命令』が、全てを覆う。

 消さないといけない。

 シアワセになるためには、邪魔するものを全て、排除しないと。


「リルちゃん、耐えてっ——」


 手に持っているモノを、黒い物体に突き刺す。


「っ! ぁぐっ……」


 確かな手応え。

 でもどいてくれない。

 チカラづくでモノを抜き、再度刺す。


「ぎぃっ!」


 もう一度。

 刺す、刺す、刺す。

 機械的に、与えられた指示をこなしていく。

 達成するごとに、リョウシュサマからご褒美がもらえる。

 すごくシアワセ。


「……ぁ、けほっ」


 何回か刺していると、それが対象に刺さったまま抜けなくなって、泣く泣く手放す。

 障害物をどけるのにはちょうどいいモノだったのに。


「……ぐっ……り、リルちゃん……ふ、ふふ、……つか、まえた……!」


 手がぬるぬるする。

 気持ち悪い。

 目の前の存在からの飛沫で、手を汚してしまった。


「……その、まま、……っ……リルちゃんは、……じっとしてて……!」


 汚い。

 リョウシュサマ以外のモノに、触れてはいけないって、命令されているのに。

 ちゃんと拭かないと。


 拭いて、拭いて、拭いて、拭いて。


「……ふ、ふふ、リルちゃんに話しかけたら、許さないって……いつも、言っていたでしょうっ!」

「貴女は『大人しく』していなさいっ!」


 あ。

 やっと落ちたぁ。


「く、くっくっくっく、ふふふ、ははは……!」

「気味が悪い! 笑うのを『やめなさい』! そこで『這いつくばって見ていなさい』!」


 また、別の何かに動きを止められる。

 顔を動かせない。

 目の前を、黒いものが覆うようになった。


「……リルフィ、ごめんね。今だけは、アリアに、手を貸すよ……」


 抵抗したいけれど、なんだかとても落ち着く。

 リョウシュサマじゃないのに。

 なぜだろう。


「——さあ! わたしを服従させてみなさい! 見ていてあげるわ!」

「『お黙りなさい』! 『どきなさい』!」

「い、や、だ、ね!!」


 リョウシュサマの声と、それ以外の雑音が、交互に耳に入る。

 リョウシュサマは何か別のお仕事を始めちゃったのかな。

 忙しいのかな。


「なぜ言うことを聞かないのです! 目障りなので『消えなさい』! リルフィ様を『渡しなさい』!」

「ふふふっ! そうやって、自分勝手なことばかり、言ってると、失敗するよっ!」


 真っ暗な中、音だけを聞く。

 目の前の何かがアタマを撫でてくる。

 リョウシュサマの言葉が、ひとつひとつ、消えていく。

 消えていってしまう……。


 ……消えてくれた。


「どうして! 私の言葉が通らないのです! もしかして、壊れたのですか!」


 消えていく言葉に、塞がれていた思考が戻りつつある。

 何がリョウシュサマだ。

 私のバカ。


「その首飾りが、王の遺産! それがないと、あなたは、なにもできない!」

「うるさいですわ! 愛は、財を持つものが得るのです!」


 今、私を抱いているのは——そう、エリスだ。

 そして遠くで、アリアと領主が叫んでいる。

 名前がわかるようになった。


「さあ『ひれ伏しなさい』! エルフィード王女が我が物顔で出歩く時代はもう終わったのです! 新生エルフィード王国の誕生を、地面で『指を咥えて見ていなさい』!」


 リョウシュサマ——領主ソフィア・グロサルトがわめき散らしている。

 エリスに抱かれていると、魔剣を握っているよりも、呪いの減弱が早い。

 新たに生まれる言葉よりも、消えていく量が多いのだ。


 思考ができるようになって、すぐに状況把握をする。


 エリスが私に抱きついている。

 視界がふさがっていて、そのおかげで呪いの効果が軽減されているのかもしれない。


 アリアと領主が争っている。

 激しい動きはないため、殺し合いにはなっていない様子。


 早く加勢しないと。


「うぅ、けほっ……さすがに、叫びすぎた……」

「はっはぁ!! ついに音をあげましたね! そうです、そこで倒れていなさい!」


 べちゃっと、水音。

 アリアが倒れた音。

 見なくても分かる。


「エリス、はなして」

「……でも、リルフィは呪いを無効化できない」

「はなして!」


 体を下に動かして、エリスの抱擁から抜ける。

 そのまま転がって、アリアが倒れた音の方へ走る。


 目を閉じたまま。

 さっきは領主と目があったせいで、魔剣で対処できないほどの呪いが送り込まれたのだ。

 目を見なければ、正気でいられるだろう。

 かかったとしても、目を見ないでいれば、他の町民と同じ程度の、軽い呪いだろう。

 それは魔剣でかき消すことができる。


「ああリルフィ様! 私の声を『聞いて』くださいませ! アリアを放って私と『遂げましょう』!」


 手を離れたエリスフィアを、念じることで手元に戻す。

 予想通り、その命令は、効かない。

 声にも呪いのチカラがあるが、エリスフィアの効果で打ち消すことができた。

 アリアの前に立ち、目を開ける。


 血だらけになって倒れていた。


「うそ……」


 背中のあたりを、なんどもなんども刺された傷がある。

 胴体が繋がっているのが不思議なくらい、穴だらけになった体からは、ピンク色の、赤色の、白色の、出てはいけないものが出ている。


 魔剣を見ると、血が塗られていて。

 自分の手も、血に染まっていた。


「私が操られたから……!」

「うぅ、見られちゃった……」


 うつ伏せの状態から寝返りを打って、私の方に向きなおるアリア。

 動いたせいで、余計な出血が床の水溜りを大きくする。


「う、動かないで……!」

「リルちゃんは、なにもわるくないよ……。わるいのは、あの領主。わたしの傷は回復魔法ですぐに直せるから、リルちゃんはあいつに……」


 アリアが咳き込んで、赤い液体が私の服にかかる。

 このままだと命が危ない。

 そう思って回復魔法をかけようとすると、腹部の傷が塞がりつつあった。

 私が動くまでもなく、アリアが無詠唱で自分自身を治していたのだ。


「……あー、リルちゃんにいろんなところをさわってもらいながら、回復魔法をかけて欲しかったなあ」

「もう! こんな時になに言ってんの!」


 傷は治っても、出て行った血はそのままで。

 唇から溢れる血痕、黒髪を固める血だまり、服を染める赤色を目の当たりにして、安心なんてできない。


「リルちゃん、領主がまってるから……」


 アリアに言われて、敵の存在を思い出した。

 後ろでずっとわめいていたが、アリアの方が大事。

 アリアを失ってしまったら、戦う意味がない。

 呪いの効果を打ち消している今、領主のことは意識の外に追いやっていた。


「リルフィ様、こちらを向いてくださいませ! お願いです! 私のために、リルフィ様のお顔をお見せください! お願いします!」


 ずっとお願いをされている。

 襲いかかってくる気配はないが、目を合わせれば再び正気を失うだろう。

 そうなったら、今度はアリアにトドメをさしてしまうかもしれない。


「……あいつを、倒す方法は、かんたん」


 アリアの顔は青白くって、意識を手放す直前の儚さ。

 それでもまだ、か細い声で私に語りかける。

 領主の発する雑音に紛れないように、必死に聞き取る。


「あいつを、嫌って、憎しんで、捨ててやって」


 急にアリアの目が見開かれる。

 口角が上がり、妙にはっきりとした口調で話し始めた。


「——リルちゃんの中にあいつが踏み入る隙がないことを徹底的に教えてあげればいいんだよ。それだけ。それだけで、あいつは自壊するよ。ふふ。見たいなあ。わたしも失敗したら、あいつと同じことになる。これから起こることは、失敗したわたしの末路。無様に、支えを失った人間は、どうやって果てるのかな。ふふふふ。領主の心を、完膚なきまでに砕いてよ。リルちゃんの言葉であいつの心を、叩いて殴って噛み砕いて刺して斬って蹴って踏んで投げて落として、あいつの生きる意味を否定してあげて。ふふふ。あれが崩れていく姿を見たい。わたしも見たかったよ」


 一気にまくし立てて、アリアの体からふっとチカラが抜ける。

 貧血。

 体力の限界に到達した。

 アリアは目を閉じて、気を失ってしまった。


「……それだけでいいの?」


 アリアが息をしているのを見届けてから、立ち上がる。

 アリアがそう言ったのなら、やってみるしかない。

 どうせ目を見れば戦えなくなってしまう。

 でも、アリアは私を信じていってくれたのだ。

 私ならできる。


 ゆっくりと、領主の方に体を向け、視線を合わせる。


「ああ、リルフィ様、やっと私の言葉が届いたのですね。さあ、こちらにおいでください。私と愛を深めてゆきましょう」


 予期していたこと。

 領主と目が合って再びおびただしい量の言葉呪いが、再びアタマを埋め尽くす。

 魔剣が打ち消す以上の威力。


 思考すれば、覆われる。

 思考をする前に、満たされる。

 思考を変更させられる。


 剣を握る思考を塗りつぶされ、持っていられない。

 領主の元へ近づくことだけに思考を占領され、足が勝手に動き始める。


「さあさ、こちらへ。幸せになりましょう」


 ——思考しなければ、問題ない。

 本能に従え。

 しっかり目と目を合わせて、心の底から存在を否定してやれ。


 呪いを凌駕するほどの嫌悪。

 生理的な嫌悪。

 私の中のどす黒い感情。


 自分の手を汚さず、アリアを私に傷つけさせた。

 それが愛か?

 ふざけるのもいい加減にしろ。


「愛しのリルフィ様。色々と邪魔が入りましたが、早速——」

「うるさい」


 言えた。

 その言葉を二度と言えなくするかのごとく、呪いの勢いがいっそう強まる。


「え、リルフィ様、今なんと……?」

「黙れ。構うな。アリアを傷つけるな。許さない。殺したい。今すぐ死んで欲しい」

「え、え、え」


 領主の顔は、呪いの言葉に視界を覆われて見えない。

 でも、見えなくったっていい。

 私の、この憎しみを、一方的にぶつけるだけ。

 今できる唯一のこと。

 呪いでも踏み込めない、私の心の奥底から出てくる言葉。


「オマエなんて、嫌いだっ!!」


 ——その感情を吐き出した瞬間、パキっと音がした。


「そんな、リルフィ様、嘘、私のリルフィ様がそんなことを言うはずがありませんわ! さあ! 私を見て、抱きしめて、愛を囁いてください! 私ならばリルフィ様を幸せにして差し上げます! ですから! 愛してるって、言ってくださいよおおおおおおおおおお!!」




 視界が晴れる。

 目の前には、もちろん、領主が立っていた。


「リルフィ、様、私を見てください」

「醜い顔を見せるな」


 厚く塗られた化粧にヒビが入り、いくつか破片が落ちる。

 その顔は人間とは思えない形相。


「リルフィ様、私に、触れて、ください」

「汚らしい」


 乱雑にかきむしられるアタマ。

 指に髪が絡まり、ごっそりと抜ける。

 構わず、領主は力づくで髪を引っ張り続ける。

 皮ごと持っていったようで、ところどころ赤い肉が見えている。


「リルフィ……さま…………私を……愛して…………」

「死ね」


 ——。

 領主は、体を震わせて、天を仰ぐ。




「いやああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアあああああああああああアアアアアア゛アアアアアアヒアアアアアアアアアアアアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アッッっっ!?!?!???!??」




 大きく開いた口は、アゴが外れて戻らない。

 唇が裂け、血が垂れている。

 ヨダレも落ちる。

 床には液体がたまり、その出どころは下半身。

 絶望を全身で表現。


 領主ソフィア・グロサルトは、立ったまま死んだ。




 グロサルト領を飲み込んでいた呪いは、領主の死によって解けた。


 領主の死因は過労死。

 私たちは話をしただけで、あとは勝手に死んだ。


 ——そして私は、ふたつ目の「王の遺産」を手に入れる。




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