鮮やかな梃入れを

「なんだ、これは……」


 案内された豪華宿泊施設の客室。

 広すぎる客室に通されて驚いたばかりなのに、中を探検していた時に見つけてしまった。

 おそと。

 水堀に面した見晴らしのいい立地。

 街を囲む外壁のてっぺんと繋がるように造られたバルコニー。


 そこにはプールがあった。


「す、すごい……」


 その隣には露天風呂があった。


「ど、どっちか片方でいいでしょ……」


 水を汲み上げてくるポンプが外に向けて通っている。

 立地的にすぐそこは街の外。

 そして街は水堀に囲まれている。

 つまりこれは外から水を汲み上げるラインだ。

 ここにあるのは魔法を使わずに作り上げた、人力の水たまりなのだ。

 手動で水を汲んで、火を起こして温めて、お湯が冷めないように常に供給する。

 プールならともかく、おフロは平民を道具のように使って初めてできるシロモノなのだ。

 きっと下の階では、この景色を作るために何人ものひとが動いているに違いない。


「ア、アリアを呼ばなきゃ……」


 開いた口がふさがらない。

 せめてこの驚きを誰かに共有してもらおうと、後ろを振り返った。

 が、次の瞬間。


「んなにぃ!?」


 私の体から全ての衣服が取り払われた。

 長い旅路で泥だらけになったブラウスとスカートが、無残に地面に横たわっている。

 さらによく見ると横にアリアのワンピースと黒タイツもあった。


「おふろだね。リルちゃん」


 全裸のアリアが目の前で腰に手をやって仁王立ちをしていた。

 いつの間に……!


「リルちゃん、おふろには入らなきゃね」


 一筋の風が吹き、自分の体が露出していることに気づく。

 すぐに隠さなきゃならないところを隠した。


「……ボクがリルフィの背中を流してあげるよ」


 背後からエリスが抱きついてきた。

 が、いつものドレスの感触ではなく、こちらも地肌が当たっている。

 精霊でも服、脱ぐんだ……!

 出会った時からずっと同じ格好だったから、着脱不可能かと思ってた。


「さあリルちゃん、おふろ」

「……リルフィ、おふろ」


 後ろから背中を押される。

 前から腕を引かれる。


「もっと準備とかあるでしょー!」


 まだチェックインしたばかりだよ!

 荷物を下ろしたり、着替えて一息ついたり、他にすることはあるハズ!


「なんでみんなそんな元気なの!?」

「リルちゃんのはだかは別腹」

「……全く下心のない善意の奉仕」


 有無を言わさず、私はおフロの方へ引きずられていく。

 アリアが目を輝かせながら、衰えた筋力からはありえない力で引かれ。

 私が手で恥ずかしいところを隠しているのをいいことに、エリスに脇腹とかお尻とかをモミモミされながら押され。

 ヘンタイはアリアだけじゃなくてエリスもか!!

 信じてたのに!


 ずるずるとお湯との距離がせばまってくる。


 ——ゴツゴツした岩で囲んだところにお湯が張られていて、おもむきが出ているなあ。

 沈みゆく夕日に照らされる水面がキラキラ輝き、実にロマンチックだねえ。


 ……前後の脅威から目をそらすための現実逃避。

 遠いところを見ていると。


「あっ! つっ! あっつい!」


 一足先にお湯に入ったアリアが声をあげ、掴んでいた手が離れた。

 アリアは必死の形相でお湯から這い出て、すぐ隣のプールに飛び込んだ。


 ……そんなに熱いの?

 心の準備ができてからそっと入りたい。

 後ろのエリスをなんとかしないと。


「エリス、押さないで!」

「……ん? わかったよ」


 アリアが離れたためか、エリスが素直にしたがってくれた。

 前向きの力はなくなったけど、そのぶんモミモミが勢いを増す。

 この際それは気にしないで、お湯に入る準備をする。

 もうここまできたら楽しむしかないのだ。


「押さないでよ! ゼッタイに押さないでよ!」


 エリスに念をおして、つま先をお湯に近づける。

 ゆっくり、ゆっくり。

 湯気が足先をくすぐり、その先のお湯の温度の高さを想像させる。


「ゼッタイにだからね!」


 エリスにもう一度お願いして、身の安全を確保する。

 そうしてから、少しだけ足をお湯に入れた。

 結構熱い!


「……あ、あしがすべった」

「え」


 脇腹に触れていた手の感触が消える。

 同時に背中にエリスの顔が当たって、加えて体重がのせられる。

 片足が地面から離れている私は、そこで踏ん張れるワケもなく……。


「んをぉぉぉぉぉ! あついあついあつい!」


 全身に突き刺さる熱!

 手足をバタバタさせて、すぐに底を見つける。

 さっきのアリアとおんなじように、お湯から出て四つん這いでプールに直行。

 べちゃりと飛び込む。


「くうっ! 冷たい!!」


 今度は冷たすぎる!

 これも入っていられない!

 肩まで浸かるプールの中を、ぴょんぴょん飛んでなんとか外に出た。


 そしてそのまま、地面にうつ伏せに寝そべる。

 力尽きた。


「……地面、気持ちいい」


 ほどよい温度。

 丁寧に掃除されたバルコニーには、小石ひとつ落ちていなくて、コケも生えていなかった。

 ほっぺたをつけても安心して寝られる。


 しばらくして、びっくりした体が落ち着いてくると、仕返しがしたくなってきた。

 私だってやられてばかりじゃない。

 やるときはやるんだ。


 すっと立ち上がり、再度私に襲いかかろうとしていたふたりのうち、エリスの方に近寄る。

 あの熱さを体験していないのはエリスだけだ。

 堂々と歩み寄る私に、興奮したエリスの鼻から血が出てくる。

 構わず、エリスをお姫様抱っこ。


「ずるいずるい!」


 プールサイドで休むアリアから不満の声があがったから、あとでアリアにも優しくしてあげよう。

 まずはエリス。

 お姫様抱っこをされてうっとりしているエリスを露天風呂まで運ぶ。

 お湯にゆっくり足を突っ込むが、いきなりじゃなければガマンできる温度だった。


「……あれ、リルフィ?」


 立ち上る湯気がエリスの背中をなでる。

 その熱に気づいたエリスがキョロキョロとあたりを見て、逃げ場がないことを悟った。


「おおっ、おフロの床、滑りやすいなあ」

「……嘘でしょ、リルフィ」


 私の企みに気づいたエリスが、目に涙を浮かべてこちらを凝視する。

 そんな目で見たって、容赦はしないよ。


「……落とさないでよ、絶対落とさないでよ!」

「あ、手が滑った🌝」


 パッと手を離して、ここまで共に歩んできたエリスと別れを告げた。


 だがしかし!

 エリスは落ちる瞬間、私の首にしがみついてきた!


「エ、エリス! それダメ!」


 突如のしかかる重みに、私のバランスが崩れる。

 結果、仲良くふたりで、熱湯にドボン。


「あちちちちち!! おなかが!!」

「んにゃーー!!!」


 再びの悲劇。

 ひとは同じ過ちを繰り返す——。


 先に上がろうとするエリスを手で退けて、真っ先に脱出を試みる。

 しかし、エリスも私を手すりがわりに掴んで、お湯から逃れようとする。

 お互いがお互いの足を引っ張り合う。

 熱湯からの脱出を巡る争いは熾烈を極めた。


 そして……。


「はぁ、はぁ」

「……ううう」


 戦いは、唐突に終了した。

 ゆっくりとお湯の中に腰を落とす。


「ぅんぁ〜気持ちぃー」

「……ふぅ」


 慣れたのだ。


 泥沼の戦いをしているうちに、熱さが快適さに変わってしまった。

 首までお湯につかっていると、じわじわと、体じゅうのコリがほぐされていくようだ。

 思わずオバサンクサイ声が漏れてしまう。

 エリスも私に肩をくっつけて、隣でおフロを堪能していた。


「リルちゃん、よくガマンできるね!」


 私とエリスの肩の間に手が差し込まれ、アリアの声が上から降ってきた。

 そんなアリアは湯船に入ろうとせず、その場でしゃがんでいる。

 私は差し込まれた手を握り、アリアをこちら側に引き込むことに。


「ちょっとリルちゃん! やだ、やだああ!」

「大丈夫、やけどするほどじゃないよ」


 さっきの私たちのように、じたばたして逃げ出そうとするアリアをお湯の中に入れ、足と腕を回して固定する。


「ん〜〜〜〜!! んんんんん!!」


 唇を噛み締めて、声にならない声をあげ、必死に耐えるアリア。

 じきに、この辛さが快感に変わってくるさ……。


「んんん! ん、ん?」


 暴れていたアリアの動きがだんだん鈍り、静かになる。

 緊張していた肩の筋肉やお腹の筋肉からチカラが抜けていくのが、私の腕ごしに伝わってきた。


「……んぁ〜」


 胴体に回していた足と腕をはなすと、アリアはずるりとお湯の中に沈んでいった。

 相変わらず水中に広がっていく黒髪がオバケっぽくてこわい。


 少しして浮上してきたアリアは、私と対面するように方向転換していた。

 そしてだらしない表情のままこちらに寄ってきて、伸ばしていた私の太ももに乗っかる。

 アリアのお尻が密着。

 すごく、距離が近い。


「えへへへへ〜」


 アリアの笑顔。

 雪国にいる間にかなり痩せてしまったアリアの胸から、肋骨が浮き出ているのがわかる。

 幸せそうな表情と痩せた体の対比が、なんだか心にグッときた。


「アリア、こんなに貧相になっちゃって……」

「ちがうの! リルちゃんが大きくなってるの!」


 いきなりキレたアリアは、お湯の中に潜って私の胸に顔を突っ込んできた。

 アリアの両手が私の胸をわしづかみ、肉がアリアの顔の方へたぐり寄せられる。


「ぶくぶくぶく!」


 水中で何か叫び、全身を震わせるアリア。

 その手が私の胸を揉み始める。

 こんなにも興奮しているアリアも久しぶりだから、恥ずかしいのと痛いのをガマンしてやりたいようにさせる。


「…………あっ」


 と、なぜか声が出てしまった。

 それに反応してこちらをエリスが凝視してきた。

 アリアもお湯から顔を出す。


「……リルフィ?」

「リルちゃん?」


 しばらく無表情で見てくるふたりに、知らんぷりをしてやり過ごす。

 心の中では恥ずかしさが最高潮に達する。

 ふたりの表情が、アブないことを考えている顔に変わっていった。


「リルちゃん顔赤い!」

「……どうして声が出たか、ボクに説明してごらん」


 目前に詰め寄ってくるふたり。

 止まっていたアリアの手が、再び稼働を始める。


「…………んっ」

「ほらまた! 我慢しちゃだめだよ!」

「……ボクもさわるっ」

「だめだよ、わたしが触ってるもん」

「……一つくらいいいじゃないか」


 そして私の胸を巡って争うふたり。

 ……。


「……アリア、どいて」

「あと5時間したら交代してあげる」

「……絶対どく気、ないだろう」

「そんなことないよ? あと5日したらって言ったよ?」

「……増えたし!」


 もうやだ!

 言い争っているふたりの肩を押して、お湯に落としてやる。

 ふたりが復帰しないうちにおフロから出て、小走りで部屋に戻った。


 あれ以上やられたら一生の恥を10回、20回もかかされてしまっただろう。

 備え付けのタオルを見つけて体を拭いて、さっさと服を着る。

 さすがの高級宿で、なんと服まで備え付け。

 キレイな白いローブに袖を通して、追いかけてくるふたりを待ち構える。


「もう触らせないからね!」


 濡れた体のふたりを、手に持ったタオルで受け止め、さっさと拭いてやる。

 触られたぶん、やり返しの意味を込めて。


「リルちゃんの使用済みタオル」

「……いいね、匂いが」


 アリアもエリスも満足そうな顔をしやがって、まったく効果がなかった。

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