彼女は出会う
わたくしは非常に怒っております。
滞在していた宿泊施設から追い出されたのです。
大事な客人がくるから出てけって、エルフィードの王女に言って良い言葉でしょうか!?
せっかく王宮のツケで、好き放題できると思ったのに。
むしゃくしゃするので領主に直接文句を言いに行くことにしました。
あまりの怒りに前が見えなくなり、馬車に轢かれそうになります。
そのことに一層怒りを感じて、わたくしの中の煮えたぎる思いは喉のところまできました。
領主の屋敷の門戸に、激情を叩き込んでやりましょう。
「グロサルト領主!! いるのでしょう! 出てきなさい! わたくしはメロディア・ヴァース・C・C・エルフィード第二王女! 出てこなかったら不敬罪で逮捕します!」
内情調査という名目で派遣されている以上、領主にわたくしの存在を知られてはいけません。
しかし、この怒りの前では些事。
わたくしのモットーは好きなように生きることなのです。
「グロサルト領主!! 早く姿を見せなさい!! 10秒数える間に出てこないと強制捜査です!! はいじゅー、きゅー、はち、なな、ろくごよんさんにいちぜろ!!」
警告はしました。
それでも領主は出てきません。
大義名分の元、わたくしは領主を成敗しに踏み込むことを決意しました。
「メロディア・ヴァース・C・C・エルフィード、参ります!」
腰に携えた剣を抜き、門扉の蝶番を一振りで破壊しました。
支えを失った扉はばたりと奥へ倒れます。
その音を聞きつけた警備兵が、屋敷の敷地を囲む門扉より、ずっと向こうにある兵舎の中から、ぞろぞろと現れました。
『何事だ!』
今更出てきたって、もう遅いのです。
夕食を取り逃がした恨みはとても重いのですからね。
槍を持ち、わたくしを敷地から突き出そうとする兵士たち。
やり過ごすのではなく、攻め込みましょう。
わたくしの胸部に向かう槍の軌道を読み、剣を抜いてその槍の腹を両断。
剣を仕舞い、ガラ空きになった兵士の懐へ潜り込んで、鞘で顎を強打しました。
脳みそを揺さぶられた兵士が倒れ、まず一人。
続いて左右から迫る刃を飛んで躱すと、目標を失った槍が地面に突き刺さり。
剣を振るって鞘を半分だけ抜き、そのぶん長くなったリーチで右の兵士の首筋を打つ。
そして剣を抜ききる勢いを利用し、剣の柄で左の兵士の胸を突き。
地面に落ちていく鞘を拾い上げ、目前の大剣を掲げる敵と対峙します。
兵士よりわたくしの方が小柄な分、力では歯が立たないでしょう。
そこは速さでカバーするのです。
腰を据えて防御の姿勢を取るのではなく、敵に向かって走りこみ。
眼前に落ちた大剣を、剣と鞘の二刀で受け止め、そのまま前進。
わたくしの推進力で相手の姿勢が崩れます。
もっともっと前へ。
体の大きい兵士が後ずさると、その後ろに控える兵士が道を開けざるを得ません。
その道へ兵士をグイグイ押し込んで。
ついには何かにつまづいた相手の体が、後ろに傾き始めます。
わたくしは倒れゆく兵士の体を駆け上り、思いっ切り前に飛びました。
領主の屋敷の真ん前まで、一気にショートカットです。
——最後に納刀。
カチッと気持ちの良い音と共に、屋敷のドアが開かれました。
「何事でございましょう!!」
「メロディア・ヴァース・C・C・エルフィード。王の名の下、グロサルト領の調査に参りました」
すでにここまでわたくしが侵攻しているとは思わなかったのでしょう。
領主が無防備に体を晒して、静止しています。
「な、なんのことですの……??」
目は口ほどに物を言う。
明らかに隠し事をしている様子が、丸わかりです。
「あなたわたくしを宿から追い出したでしょう! 何考えてんですか!? 国家反逆罪ですよ!?」
「え? あ、そっち……こほん! 申し訳ございませんわ姫さま。メロディア様がお見えになるとは知らされておりませんでしたので」
領主がひざまずいて、最大の謝罪の姿勢をとります。
別に止めもせず、それを見下ろすことにしました。
「事前の通達がなかったものですから、王族の名を騙る偽物だと判断してしまいました。もしもグロサルト家が、そのような極悪人をもてなしたとなると、それこそお国に申し訳が立たなくなってしまいます! 私は領主としての役目をまっとうしたまでにございます! どうかお許しを!」
…………。
確かにナイショで調査しにきていますから、怪しまれても仕方ありませんね!
「よろしい。顔をあげなさい」
「ありがたき幸せっ!」
わたくしとしたことがついうっかり、怒りに我を失っておりました。
しかしここで自らの失態を暴露すれば、王室の権威が損なわれてしまいます。
あくまでも堂々と、胸を張るのです。
「それではグロサルト領主、わたくしは今晩泊まるところがないので、そちらのお部屋をお借りしてもよろしいですか」
「はっ、最大限のおもてなしをさせていただきます!」
領主は再び頭を下げますが、今度は謝罪ではなく敬意。
相手のモシャモシャの長髪がせわしなく揺れていました。
領主に立ち上がる許可を与えて、わたくしは今晩の宿を手に入れました。
うれぴー。
・・・・・・・・・・・
客間は狭く、夕食はまあまあ、宿と比べると見劣りするところしかありませんでしたが、地方の一貴族の屋敷などこんなものでしょう。
突然の訪問に対応できただけでも、上々です。
褒めてつかわしましょう。
ということで時は深夜、屋敷の皆が寝静まった頃に、わたくしの目がさめました。
ベッドから体を起こすとズキリと頭が痛みます。
夕食でお酒を飲みすぎたのでしょう。
頭痛の他にも、倦怠感や寒気も徐々に感じて参りました。
「おしっこ」
頭の不調から始まり、下の異変へ。
強烈な尿意を催したので、トイレにいくことにしました。
立ち上がるともっと頭が痛みます。
あまり頭を揺らさないように歩いて、なんとか客間から出ました。
しかし真っ暗な廊下を左右どちらに進めばトイレがあるのかわかりません。
考えていたら漏れてしまいそうです。
とりあえず屋敷の入り口方面と逆の道をいくことにしました。
なんとなく。
壁伝いに一歩一歩確かめながら歩きます。
「…………で、……の?」
途中、ドアから光が漏れている部屋があり、中から声が聞こえました。
起きている人がいるならちょうど良い。
トイレの場所を聞いてみましょう。
相手の都合を考えず、ドアノブに手をかけようとすると、すでに少しだけ開いていました。
気になってしまい、中をのぞいてみることに。
「一体、わたしになにをしたの?」
「な、なにもしていませんわ……」
中にいるのは領主と、黒髪の人間……?
もう一人の方は、後ろ姿でよくわかりません。
「嘘でしょう。この屋敷にきてから、頭の中に違和感があって、眠れないのよ」
「それは、『勤労の兆し』かと……」
「なに、それは」
言い争っているようです。
黒髪の方は、夕食を取っていた頃にいなかったので、わたくしが寝てからここにきたんでしょう。
こんな深夜に、どうもご苦労なことですね。
「この街に住む選ばれた民は、ふとある日、『勤労の兆し』を感じるのでございます。とある商人は、『勤労の兆し』を感じたその日から、千客万来商売繁盛と、失敗知らずの商売をするようになりましたの……」
「わたしは商人じゃないのだけど」
「そ、それは……」
黒髪の女が領主に向かって手をかざすと、領主の体が浮き上がりました。
そして結構な勢いで上に飛び、天井に音を立てて張り付いてしまいました。
痛そうです。
……これ、なんとかしないと領主が危ないのではないですか?
王女として助けに行かねばならないところですが、体を動かそうとすると激烈な尿意に止められてしまいました。
「まあいいわ。そんな話がしたくてここにきた訳じゃない」
黒髪が掲げていた手を下ろすと、天井に磔にされていた領主が落ちました。
またも鈍い音が部屋に響き渡り、その生々しい痛さが伝わってきます。
領主は鼻血だらけになった顔を、自分に回復魔法をかけて癒していました。
とりあえず、無事なようです。
「あなたが昼間、ずっと話し続けたせいで、リルちゃん疲れちゃったでしょう」
リル、ちゃん……?
その単語が黒髪から発せられた瞬間、わたくしの頭の中が一つの単語で埋め尽くされました。
リルフィ様リルフィ様リルフィ様リルフィ様リルフィ様リルフィ様リルフィ様リルフィ様。
わたくしの予想通り、リルフィ様はこの街にきているのです……!
「リルちゃんはね、王になろうとしているのよ」
「…………お、う?」
リルフィ様が王!
リルフィ王国にわたくし住みたい!
第一国民になります!
「そう。エルフィード王国の、国王。だからこんなところで、道草を食っている場合じゃない。あなたのような俗人が、引き止めていい人じゃない」
リルフィ様の素晴らしさを語る黒髪の女。
領主は黒髪の足元へ這って進み、その足にしがみつきました。
「お、王、……王ッ! す、素晴らしいですわ、リルフィ様が、王になられる! きっと、いえ絶対に、夢のような国に変わりますわ!」
領主にもリルフィ様の素晴らしさが伝わったようで、その名前を讃えます。
わたくしも混ざりたいです。
「リルちゃんは新たなる王。その慈悲をもらいたかったら、どうすればいい?」
「リルフィさんに、好かれるように……」
「様、でしょ?」
「——リルフィ様に、好かれるために、気に入られるために、まずは振り返ってもらわねば!!」
興奮していく領主とは逆に、黒髪の雰囲気は冷えていく。
黒髪は足にしがみついていた領主を払い、窓の方へと向かいました。
窓を開け放って、そこを乗り越える黒髪の女。
最後に、こちらと目が合って。
「ふふっ。じゃあ、がんばってね」
最初から、気付かれていたのでしょうか。
その言葉は、わたくしにかけられたような気がしました。
その黒髪の女の容姿はわたくしと瓜二つでした。
違うのは髪の色。
王族の持つ金色と、禁忌の黒色。
——不貞の子、アリア。
それはわたくしの妹なる存在でした。
リルフィ様の手配書と並んで、嫌という程見てきた顔が、すぐそこにあったのです。
リルフィ様に酔いしれていた頭が急に冷え。
アリアが飛び降りた窓へ、無意識に体が動きました。
追わなければ。
そう思ってわたくしも飛び降りようとすると、領主に手首を掴まれます。
「放してください!」
アリアはリルフィ様を魔法学校からさらっていった人間。
そこで全てを理解しました。
リルフィ様はアリアに監禁されているのです!
今頃アリアにいいようにされて、苦しんでいるに違いありません!
わたくしがアリアを殺して、リルフィ様を助けて差し上げなければ!!
「王女様、お待ちになって」
「邪魔をしないで!」
領主が頑なに手を放しません。
窓から顔を出してアリアの姿を確認しましたが、すでに夜の闇に紛れて何もありません。
わたくしの道を阻む領主を、睨みつけてやりました。
「見失ってしまったじゃないですか!」
「……問題ございませんわ、王女様」
こんな状況だというのに、領主の目は据わっていました。
それまでわたくしに向けていた敬意はどこへやら。
様子がおかしいです。
「私はリルフィ様に認知していただくのです。そのために、立派な領主になるのです。頑張って頑張って、国で一番栄える領を作り上げ、来たるリルフィ様の時代に備えるのです」
「な、何を……!」
領主の目が大きく開かれると、わたくしの意識が持っていかれそうな、強烈な違和感を覚えました。
目をそらそうとしましたが、首が動いてくれません。
自らの体に拒否されました。
「末はここを首都にしていただきましょう。我がグロサルト領は新生エルフィード王国の首都となり、領主ソフィア・グロサルトはリルフィ国王と結ばれるのです。それは必然。自然の摂理。不貞の子アリアには到達できない、確たる身分を得るのです。愛は恋だけでは成し得ない。権力と財力が伴わなければ、幸福を享受できないのです。してはならないのです。私は領を育て、アリアを越え、ずっと焦がれてきたリルフィ様と共に、この地に花を咲かせましょう」
領主は首のチョーカーに手を触れました。
茶色だった瞳が緑色に染まり、視線がそこに持っていかれます。
その時、わたくしはわたくしの体も精神も、奪われてしまったのです。
「メロディア王女殿下も、手伝ってくださいまし」
その言葉が、頭に響き渡る。
なんとも心地よい感覚でしょう。
領主を前に、自然と言葉が浮かんできます。
「…………わ、わたくし、はたらきたいです……! グロサルト領主、仕事を、わたくしに労働をさせてください……!」
言い切ると幸せになります。
もっと領主と話したいです。
——思ってもいないことが口から溢れ、考えたくもないことが頭を埋め尽くす。
わたくしの意識が、少し離れたところでわたくしを見ている気分です。
「よろしくてよ。王女様にも『勤労の兆し』が見えてきたようで、私はたいへん嬉しゅうございますわ。おほほほほほほ」
「仕事を、仕事を……!」
志半ば。
アリアを殺せない、リルフィ様にも逢えない。
精神と体は領主に忠誠を誓い、心では涙を流し。
わたくしはグロサルト領の養分となったのです。
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